吐く息が白い。


マフラーに顔を埋めて。

ポケットに両手を入れて。



枯れ木が、俺の乾いた心と重なって、切なくなった。











  * 冬木立 *












好きな人が居たんだ。

いや。
本当は違う。
そんな言葉の使い回しで自分を納得させようとしているだけで。


好きな人が、居るんだ。



人生相談を受けることはよくある。
それは重いものだったり軽いものだったり、様々だが。
いつでも、相談には真剣に応じている。
大小関係なく、その人にとって悩みであることには代わりないのだから。


あの日も、そんな心構えだった。
話を真剣に聞くつもりでいた。
だけどまさか、それが自分の悩み事へと繋がるなんて。

考えちゃいなかった。


「あんね、大石、オレ…好きな子がいるんだ」
「へぇ、そうなのか」


人生相談に比べて恋愛相談は苦手なのだけれど。
(何しろ経験が少ないもので。情けないことに)
でも、できる限りのことはしようと。そう思った。

名前を聞き出すつもりはなかった。
言いたくないと思っていたし。
でも、英二は即座に名前を告げた。



ちゃんっていう子なんだけど」



…信じられなかった。

いや、信じたくなかった。



何しろそれは、
俺の好きな子の名前で。


どこが好きだとか、
こんなところが可愛いとか。
英二は楽しそうに話を続けた。


俺には、アドバイスすることなんか出来なくて。


「頑張れよ。応援するから」


それだけ、伝えた。





何日後だっただろう。
今度はそのさんが相談に来た。

二人で話せるのは嬉しいことだけれど、
タイミングがタイミングなだけに、
少しだけ、話しにくい感じがした。

向こうもまた、言い出しにくそうに。


「あのね…」


困ったような顔を、照れから赤く染めて。


「実は…告白されたの。菊丸くんに」


――…そうか、英二。

告白…したんだな。


偉いと思った。
それに比べて、俺は、ただ、こうしているだけで。


「ねぇ、どうすればいいかな?」


少し斜めを向いて顔の一部だけを見せながら。
そのためらいにも見える恥じらいの表情が、
とても可愛いと思った。

だけど、感情は押し込めなくてはならなかった。
俺は、相談役にしか過ぎないのだから。


彼女がどのような返答を期待しているのか分からなかった。
というかそもそも、その期待に添うことばかり考えていたら、
アドバイザーとして成り立たないのかもしれないが。

それでも、俺は…好きなんだ。

だけど、押し込めなくては、いけないんだ。


応援するって。
この前も言っただろう。


「迷ってるんだったら、付き合ってみたらどうだ?」
「…そう思う?」
「ああ。英二は凄く良い奴だ。自信を持ってお勧めするよ」


……。

自分の発言を呪いたくもなった。
だけど、これが俺にできる精一杯だと思った。


彼女…さんは、
まだ少し顔を俯かせて。

「ありがとう」と残すと、教室を出て行った。


二人が手を繋いで歩く姿を見たのは、翌日の帰り道だった。




何もできなかった。

することといえば、微笑まれたら微笑を返すぐらいで。


何もできなかった。




それから一ヶ月近くが経った今でも、
俺は彼女のことが未だに忘れられずに居る。




吐いた溜息が、白へと姿を変えていく。

俺はなんとなく木の下に立って、枝を一本引っ張ってみた。
なんだろう。
先が膨らんでいるのが見えた。
もう、新芽が出来始めているというのだろうか。

俺の心に、春は来るのか。
柄にもなくそんなことを考えてしまった。


「おーいしっ」
「……英二」
「一人で何やってるのさ。寂しいヤツ!」


茶化しながら英二は走り寄ってきた。
俺は横にやってきた英二を見、また溜息。


「そういう英二こそ、今日の帰りは一人なのか?」


精一杯の皮肉のつもりだった。

そうしたら、それは予想以上に効力が大きくて。
英二は落ち込んだ表情になって、俺のことを見据える。


「…別れた」

「え?」

「別れたって言ったの!」


別れた…?
それはつまり。
いつも一緒に帰り道を歩いていた彼女と。
さんと、別れたっていうのか?


「どうして、あんなに仲良くて…」
「…向こうが、こっちに合わしてくれてたんだよ」


英二は地面に転がっていた小石を蹴った。
それはころころと転がって、道路脇に落ちた。

ちょっとした沈黙が、冷たい。


ぽつりと。
英二は口先だけを動かして呟く。


「…好きなやつが、居たんだって」
「え?」
「じゃなくて…居るんだって」


ドキン。

さっき自分が考えていたことと同じで、
思わず心臓が波を打った。


北風が強い。

空は灰色。

凍るような寒さ。



「じゃあなんで付き合ったの、って訊いたら」
「………」
「その人に…相談したら、応援されたから、って」


……え?



、そう言ってたぞ」



それは、つまり。

さんは、俺のことが……好き?


そんな。
そんなまさか。

でも、違うと言い切れるのか?
一度も確認しなかったじゃないか。


聞き出す勇気すらない俺だったから。


「…まだ、学校に居たよ」

「………ゴメン」


謝ったら、余計傷つけるって、
なんとなく分かっていたけれど。

咄嗟に口から出た言葉を訂正できぬまま。


俺は、元来た道を、走った。全速力で。




もしかしたら。

あの時。相談を受けた時。

彼女は、俺が引き止めることを期待していたのかもしれない。


それにすら気付かずに。

俺は。

どちらも傷つけるようなことをして。


………。


本当にあれが精一杯だったのかと、疑問になる。




 冬の間、木は枯れているわけではない。

 古い葉を落として、次に備えているだけで。

 新しい芽が膨らみ始める頃、春がやってくる。




学校に着いたとき、俺の吐いた息はやっぱり白くて。

まだまだ厳しい寒さは続きそうだな、と思った。


丁度、靴箱から出てきた、その姿を見て。

俺は、足をゆっくりと、動かした。
 

少しでも、春に近付いてくれればいいと思った。




まだまだ温かいとは言い切れない。



それでも、寒さを含めた温もりが、冬の温度。






















やっぱり菊が寂しい運命になるんだな、
我が家で三角関係をやると。
(理由:大石がおいしい役になること必至)

補足ですが、これはシリーズといっても、
同じ設定ではありませんよ!!
(大石は何股掛けてるんだ、と言われてしまう前に)

『幸せ探し』に微妙に似てしまった。あう。


2004/04/24