秋は長雨というように。

この季節、一度訪れた雨は長居することが多い。


梅雨ともまた違うけれど。

じめじめしていると、なんとなく気がふさぎがちになってしまうものだ。



ただでさえ、秋といえば寂しげな印象があるというのに。











  * 秋時雨 *












「はー、秋だにゃー」


茶色い風景と舞い散る枯葉を見て、英二がそう呟いた。
俺は首だけを傾けて話を聞いていた。

英二はまだ何かを呟いている。
不二がゆっくりと歩み寄ってきた。

「秋といえばなんだろー…スポーツの秋?」
「英二は食欲の秋じゃないの」
「失礼にゃ!それは桃だろー!!」
「そりゃないっスよ!」

丁度通りかかった桃が嘆きの声を上げた。

今の発言こそ失礼だぞ、英二。
俺は心の中で思わずツッコミを入れていた。


しかし…なんだろう。

秋といって、浮かぶのは……?


「あー、ゴメンゴメン!桃は年中食欲旺盛だった!」
「そうそうー、ってオォイ!」

楽しそうに英二と桃がじゃれ合っている。
不二は輪から一歩引いて、俺の横に立った。


「大石は?」
「え?」
「大石にとって…秋はどんな季節?」


僕は読書の秋かなぁ、と不二は微笑む。
そのうちに英二も、「あ、オレも気になるー」と寄ってきた。


大石先輩のことだから勉学の秋とか?
いやいや、意外と恋愛の秋ー!なんつて。

桃と英二がなんやかんや言っている。
俺は何故か考え込んでいる。
こんなに悩むことではないのかもしれないけど。

でも…。

何だろう。
この感情は。
秋と聞くと、何かを思い出してしまう。



「別れの季節、かなぁ…」

「「はぁ!?」」


英二と桃の声で、はっと現世に戻ってきた。

「ごめん、何でもない。忘れてくれ」

さっさとその場を退場した。
不二が「へぇ…」と呟いていたのが気になって一瞬振り返りかけたけど、そのまま歩いた。


「さっき英二が言ったこと、意外と当たってるかもよ」
「え、にゃににゃに?」

「………」


聞かなかったことにした。





  **





朝練も終わって、教室。
自席に座ってふぅと息を吐いた。

天井を見上げる。
先ほどの話を思い出した。


秋。

秋といえば、別れ。


…何故そんなことを呟いてしまったのだろう。
自分でもよく分からない。

いや、原因はなんとなく分かるのだけれど…。



小学校の時。
仲の良い女の子が居た。

無邪気で。
笑顔がキラキラとしていて。
とても可愛らしい子だった。


名前は

俺は彼女のことが好きだった。


なのに。
秋のある日、親の都合か何かで転校してしまった。
挨拶すらなかった。
本当に突然だったんだ。


俺は、何も伝えられなかった。

言えなかった。

さようならさえも。


何も。



その時の気持ちがまだ強く染み付いていて。
普通の訣別ではなかったから、余計鮮明に。

それで、秋と聞いて“別れ”なんかを連想してしまったのかもしれない。



再び溜息を吐いた。
懐かしい思い出に浸るどころか、
今でも胸が締め付けられるようになる。

秋は別れ。別れは寂しい。
……そういうものだと思ったから。


と、その時。


「大石ィ〜!」


………。


俺に安息はやってこないのか。(と、これは英二に酷だな)


「大石ィ!」
「どうした英二、そんなに焦って」
「あの…あんね」

息も絶え絶えに英二は話す。


「3年2組に転入生が来るって!」


えぇっ!?とその声を聞きつけたクラスメイトが数人駆け寄ってきた。
(クラスメイト…といっても女子だけであったが)

「菊丸クン、それホント!?」
「マジマジ〜!」
「えっ、男?女???」
「女の子だって〜」


な〜んだ。と、皆離れていった。
(…女子って)(……なんでもない)


結局その場は俺と英二だけに戻った。
英二は気にせず楽しそうに話を続ける。


「確か名前はね…!ちゃん!」


わざわざ後から敬称を付け足したのが英二らしいと思った。
(そしてそれが“ちゃん”だということも)

しかし……え?


だって?



『キーンコーン……』

「あ、ヤベッ!じゃまたね、大石」


嵐のようにやってきた英二は、またそのように去っていった。
俺は呆然としたまま。


だって…え?

そんなまさか。

同姓同名もありえなくは無いけれど。


そんな偶然なんかより、同一人物であると考えた方が自然なんじゃないか?




チャイムが鳴ってから、3分後。
担任に誘導されて教室に入ってきたその人は…。


「……あ」

「アレっ、大石くんだ!」


ざわっと教室内が動いた。
俺はその中心に自分が居るのを感じた。
前に立って注目を浴びることはあるけれど、
真ん中に居ると言うのは不思議な感覚だった。


「久しぶり。よろしくね」


微笑まれた。

全身の力が抜けた。
代わりに頬が火照ってきた。

「大石、どういうことだよ!」
「いや…小学校が一緒だった子で…」

後ろから訊かれ、冷静に返した(つもりだ)けど。

どういうことか。
そんなの、俺が訊きたいくらいだった。


なんだろう。
この鼓動は。

年齢を重ねると脈拍は下がるというけれど。
昔のことを思い出したから、体もその頃に戻りつつあるというのだろうか。

…きっと違う。

体が戻っているのではない。
蘇ってきたのは、その頃の感情。


彼女は…さんは。
どこも変わっちゃいなかった。
名前を訊かされていなかったとしても、
一目で即座に彼女だと分かっただろう。

今も尚、無邪気そうで、キラキラと輝いた笑顔で。
敢えていうなら……。

綺麗になった、かな。


自分の考えに微笑して。
顔を伏せているうちに、彼女の自己紹介は終わっていた。
だけど、何もかも知っている。

名前も。
誕生日も。
趣味は小物集めだってことも
特技はスポーツだってことも。
照れ隠しの笑顔が飛び切り可愛いってことも。

全部、全部。




  **




「大石ィ〜!どうだった転入せ、あ」


チャイムが鳴って教室に飛び込んできた英二は、
俺と喋っている見覚えのない少女を見て固まった。

「もしかして君がさん?」
「うん、宜しくね」

にこりと微笑んだ。


その後すぐ、さんは先生へ呼ばれてどこかへ行ってしまった。
二人になって、英二は楽しそうに喋る。

「大石っ、さんてすっごく可愛い子じゃん!てゆかなんで早速二人で喋ってるの!?」
「英二」

はしゃぎ回る英二を一言で止めた。
無意識に、笑顔だった気がする。


「英二…さっき俺、秋は別れの季節だって言ったけど、訂正な」


ん?と英二は口の端を持ち上げた。



 秋は長雨というけれど。

 気紛れのような通り雨だって、悪くない。



「秋は出会いの季節にもなれる、のかもな」



英二は一瞬意味を理解するために固まって。

満面の笑みになって、肘鉄砲を喰らわしてきた。


「大石、もしかしてさんのこ…」
「こら英二、声が大きいぞ!」


にゃははごめん、と笑う英二。


そこに微かな

幸せを感じた。





寂しいという言葉だけでは括ることのできない。



喜びも秘めた、それも、秋の憂愁。






















このシリーズ楽しいなぁ。
3文字熟語季節シリーズ。
大石を使いたい放題弄れるよ。笑。
途中で乾ばりにデータを披露し始めましたが流して。

秋になったらテニス部はどうなってるのだろう。
まあいいや。たまには遊びにやってくるってことで。(適当)

片想いしてる大石なんて可愛いなぁ〜。
しかも3年間想い続けてたのか?
いや、多分、突然思い出したって感じだろ。笑。


2004/04/23