* 嬉しいね。 *
「おおいしっ、バイバーイ♪」
「またな英二」
廊下を。
菊丸君と…その彼女が、歩いて行った。
噂は聞いてるよ。
菊丸君からの告白だったって。
両想いで晴れて付き合いだしたって。
全部知ってるよ。
だから…アナタもそんな気を使わなくていいのに。
「大石」
「…」
「大丈夫。もう知ってたことだから」
菊丸君が廊下を通り過ぎた直後、大石はこっちを見てきた。
運の悪いことに目が合ってしまった。
というか、お互い同じ方に顔を向けていたから仕方がないのかな。
未だに。
これだけ経っても。
あれだけ苦しんでも。
私はまだ、忘れられずに居る。
「有名人だからね。噂は耳に入ってます」
「そうか…」
「だからさ、菊丸君が近くににやってくる度に私の顔確認したりしないで?」
そうすると余計に傷付くんです。
と、口には出さなかったけど。
それでも大石は「そうだよな。ごめん」と謝った。
ふぅ、と軽く息をついて、私は掃除の続き。
窓際に腰掛けたり壁に寄りかかってお喋りをしている人が多い。
こんなに真面目に掃除をしているのは私と大石くらいだ。
話をしながら私は床を掃く。
大石はちりとりを準備する。
「なんだろ。それほどショックじゃなかったし」
「その…二人が一緒になった、ってことがか?」
「ま、そういうこと」
気を遣うなと言っているのに。
それでも必死に言葉を選んでいる大石が、なんからしくって。
余計に痛かったけど、嬉しかった。
「好きな人が幸せならいい…ってやつかな。決まり文句だけど」
半ば投げやりにそう言った。
しゃがんだ大石が構えているちりとりにゴミを掃き入れた。
口も動かしながら、箒も細かく動かす。
大石はゴミ箱へ向かう。
私は箒を仕舞って机を運び始める。
ちりとりを仕舞った大石は、同じく机を運び始める。
「さっきの言葉…本当か?」
「えっ?」
さっきの言葉というのはつまり。
例の決まり文句のことでして。
「どうして疑うの?」
「いや…なんか、辛そうな顔してたし」
…ホント?
勿論、大石が嘘吐くとは微塵も思ってないけど。
「俺も…ずっとそう思ってたよ。いや、思いたかったのかもしれない」
机を運んでは取りに行っての繰り返し。
距離と位置が前後する話は少し聞き取り難い。
「ずっと自分にはそう言い聞かせてきたけど」
「………」
思わず足を止めて、大石の顔を眺めてしまった。
なんか、辛そうな顔に見えたから。
「好きな人が幸せならいい、なんて」
「……」
「そんなの偽善に過ぎない」
大石は床をずっと見ていて視線を上げようとはしなかった。
もしかしたら大石にも居るのかな、好きな人。
その人が幸せならいい。
そう言い聞かせつつも、本当は辛いんだと思う。
私もきっと同じ。
「…いいんじゃない」
「え?」
「大石は…偽善がいかにも悪いみたいに言うけどさ」
少し視点を変えて。
これが私の意見。
「綺麗事並べたって、いいと思う」
だって。
「卑劣な言葉を並べるよりは、いいじゃん?」
別に、自分を偽れって意味ではない。
嘘を吐く以上の悪はないから。
だけど、時には自分を丸め込めることだって、必要だと思う。
たった少しの罪意識は、美の中に紛れ込ませてしまえばいい。
「、強くなったな」
「そうかな?」
「ああ」
大石はそういって微笑を浮かべると、視線を向けてきた。
「変わったよ」
顎は引き気味の体勢だった。
だから、下から見上げられるような目の形。
いつもなら私がその役を買っているのに。
また、溜息。
「…とか偉そうなこと言ってるけどね、それも…ギゼンなのかも」
「え?」
ぽつり、ぽつりと。
口から零れていく言葉は、果たして美のカケラさえあったものだろうか。
「私は嫌だ」
「…」
「本当は…菊丸君が他の女の子と笑ってる姿なんて、見たくないよ…!」
口から漏れる言葉を、押し込めることは出来なかった。
結局、人間っていうのは自分の幸せに貪欲なんだ。
本能の訴えに、綺麗事なんて通用しない。
いくら考えを偽ろうとしたって。
自分の想いを誤魔化しきることなんて、出来ない。
「やっぱり、辛いんだな」
「そうみたい」
ちょっと鼻声になり掛けだったけど。
滲んできた涙は瞬きで掻き消した。
だってここは、教室だし。
私たちの方に注目していないにしろ、周りに人は居るし。
泣いてる姿なんて見せられない。
…大石と二人きりの時は、泣いてるのにね、私。
いつの間に、そこが一番安らげる場所になったんだろう。
分からないや。
まだ、忘れられていない。
あの人の姿を見たくないと思う。
だけど変だね。
見てみたら、意外と辛くなかったりするんだ。
それよりも、余計な気を遣われるほうが、痛い。
傷は少しずつ癒えている。
外側からでは気付かなくても。
心の傷は、内側から少しずつ、治ってきている。
支えが居るということ。
本当に幸せなことだと思う。
深く感謝している。
だからアナタこそ無理はしないで。
「さあて、掃除終了」
「帰りますか」
その私たちの会話を目ざとく聞き付けたクラスメイトたち。
見せ掛けのために掴んでいた箒を仕舞うと帰路につく。
特に文句はないし。これが私の日常。
偽りはどこにも隠されていません。
嘘は吐いたことが有りません。
もしそんなことを言う人が居たら、その言葉こそが嘘だから。
誰でも犯せる一番重い罪は、やっぱり嘘を吐くことだと思った。
「大石、今日部活ないんでしょ」
「そうだけど」
「ならさ、一緒に帰らない?」
私がこんなこと言うなんて、変かな?
変じゃないよね、別に。
それとも、変わったのかな。
大石は「喜んで」といってバッグを掴んだ。
私も学生鞄を拾い上げて肩に掛ける。
そうして二人で歩き出す。
傍から見れば、私たち二人も。
さっきの二人のように見えているのかな。
それは過ちだけど、偽ってはいない。
だから構わないと思う。
好きな人が幸せならいい。
それは、その人の幸せによって自分も幸せになる人の言う言葉。
もしくはただの偽善のカケラ。
好きな人が幸せだって、自分が辛いならイヤ。
きっと、それが今の私の偽りなき真実。
裏を返せば。
好きな人がどうであれ、自分が幸せならイイ。
綺麗事からは掛け離れてはいるけれど、それが事実。
全てを知っている自分を誤魔化すなんて、難しすぎるから。
ずるい考えかもしれないけど。
辛いことがある限り横に支えてくれる人が居るから。
だから私は、今でも笑顔を作れているのだと思う。
この設定好きだなぁ…。
語り屋なお二人でございます。
大稲設定の次に思い入れ深いですね、きっと。
主人公の心情の移り変わりが分かるでしょうかー?
ちょーっとずつ変わってきてるんですよ。はい。
あーあ。いつ大石に告白させよう。(ぁ
それともせずに終わるのかな。
分からんなー。何しろこれは微悲恋シリーズ。
(意外と主人公が好きになって先に告白しちゃったりして/ありうる)
2004/04/20