* 放課後の風景画 *












今日は美術部の活動はない日。

なのに、私は美術室に居る。


外は、雨。

多くの部活は活動をしていない。
もしくは、屋内の活動をしている。


美術部だから、雨とは関係なく活動できる。

だけど私は、雨だからこそ、活動をしていたりする。




キャンバスを外に向ける。


私が描くのは、雨の風景。

しとしとと濡れる、校庭。


誰も居ない、孤独のトラック。



と、その時。


『ガラガラ』

「?」


扉の開く音。

そちらに顔を向ける。


今日は活動日ではないから普通だったら
人は来るはずがないのだけれど。

でも…先生とか?
それだったら挨拶しなくちゃ。


と思って立ち上がると。


「……大石くん?」

「あ、さん」


そこに居たのは、うちのクラスの学級委員である
大石秀一郎君だった。

確か…テニス部だと思ったのだけれど。

そうか、今日は雨だから活動がないのね。

だけど、どうして美術室に…?



さん、クレヨンってどこにあるか分かるかな」

「クレヨン?」


そういえば、クレヨンなんてあまり使わないわね…。

さて、どこにあったかしら。


「多分、この辺に…」


先生の机の後ろの棚を漁り始める。

クレヨンなんて、なんに使うんだろう…。

その間、大石君は美術室内を見回しているようだった。


それは、探しているからだと思ったら。


さん、他の部員は?」

「今日は活動日じゃないの。それで」


そうか、と納得したようで、
大石君も一緒に別の棚を調べ始めた。


「あ、あったあった。ありがとう」

「そう?なら良かった」


棚の扉を閉じて、私は元の位置へ戻る。

椅子に腰掛けなおしてキャンバスへ向かう。


外は、相変わらずの雨。



大石君は、そのまま美術室で何かしていく様子だった。

クレヨンを使って何かを描くみたいだけど…何かしら。


ちょっと気になって、見てみることにした。

大石君は、律儀に自分が授業で座る席についていた。

歩み寄って、覗き込んでみる。


「…何これ」

「心理テストだよ」


そうですか…。

って、言われても分からないんだけど…。


この棒人間が心理テスト?

横を見てみる。

何やら本を見ながら絵を写しているみたいですが、


…正直、あんまり上手くな……。



「(って、なんて偉そうで失礼なこと考えてるの!)」



ぎゅっと目を閉じたまま考えを掻き消した。


大石君は忙しいから、雑になっちゃうんだよね…。

紙も50枚くらいだしてある。

これ全部に書く気かしら…。


ふとした際に、大石君はこっちを見上げてきた。

お陰で目が合ってしまった。


「下手な絵でごめんな」

「いや、そんな謝らなくても…」


なんで私なんかに謝るんだろう。

大石君らしいというかなんというか…。


……はっ。

私、否定してないし。


「(まずかったかしら…)」


気まずいムードになる前に、そそくさとその場を離れた。

だけど考えすぎだったみたい。

大石君は私なんかに気も留めず黙々と描き続けていた。


さっ、私も絵の続きを書かなきゃ。


あ、大変!

さっきより雨が弱くなってる。

止む前に仕上げなきゃ。



水彩絵の具を取り出す。

筆に水を浸して、パレットに走らせる。

複数の色を混ぜ合わす。


青と、白と、少しの黒。



雨の色―――…。




「上手いもんだな」


声を掛けられて、はっと後ろを見た。

いつの間にか、私のすぐ後ろに大石君が居た。

さっきは逆だったように。


私は笑って否定する。


「そんなことないよ」

「いやー、やっぱり俺なんかとは全然違うよ」

「それは勿論、水彩絵の具とクレヨンじゃあ…」

「そうじゃなくて、美術の授業とかでもやるだろ?」


タッチが違うよな、と大石君は腕を組んでいた。

なんだかちょっぴり面白かった。


くすっと笑みを零して。

再びキャンバスに筆を進める。

後ろから見られているのは少し気恥ずかしかった。

プレッシャーとは言わないけれど、心地好い緊張。



上から下へ。

灰色の空から、茶色の地へ。

降り注いでいく雲の滴。


元々あったグラウンドへ描き足していく。

雨の色を。少し濁った青を。

水を注す、という表現が浮かんで苦笑する。



ふぅ、できあがりっ。


息を吐いてパレットを下ろす。

筆の絵の具を水でゆすぐ。


題名『放課後の学校』。



「完成?」

「うん」

「凄いな…どうしてこうも違うんだろう」


筆遣い、色遣い…。

確かに要素は沢山あると思うけれど。


「心情、かなぁ…」

「え?」

「うーん…なんていうのかな」


自分の絵を見回してみる。

さっき大石君が描いた絵を思い出してみた。


実力のなんたるかじゃない。

そこにあった違いは、何?



「心を込めるだけで、絵って変わるんだよ」



なんて、カッコ付けすぎだったかな。

自分に対して苦笑いしたとき。


「…さん」

「なに?」


ちょっと戸惑った様子で、大石君が。



「じゃあ、それはさんの心情なのかい?」

「―――」



キャンバスに浮かび上がる、私の心。


雨で濡れる孤独のトラック。


水は濁った灰の色。



…そうだね。

これ、私の心情かもね。



「初めはね、晴れのグラウンドを描いてたの」

「……」

「だけど…」



あと少し手直しをすれば、完成。

次の活動日に終わらせればいい。

そんな状況だった。


それなのに、昨日。



「昨日…好きな人に、フられちゃって」

「えっ」

「その人、陸上部なんだけど」



これを言ったら誰のことか分かっちゃうかな…。

まあ、それはいいや。

どうせ終わったことだし。


どうしてだろうね。

大石君にだと自然に話せちゃうんだよ。



「グラウンドには、人の代わりに雨を足した」



わざわざ今日、美術室にやってきた。

次の活動日に雨が降るとは限らないし。


雨が降っているうちに、描きとめておきたくて。


これで私の絵画は、完成品。

これ以上はもう変わらない。


「…それで、だったんだ」

「何が?」

「さっき見たときは綺麗な青だったのに。今は灰色だから」


私の絵から視線を逸らさずそう言った。


確かに。

澄んだ青で描かれていた空。

今となっては、混ぜられた黒と白に隠れた。


「…ごめんな。嫌なこと思い出させて」

「ううん。そんなことない」


首を振って否定した。

本当は、少しだけ苦しかったのにね。


自分のことなら否定するくせにね、ずるいや私って。



「でも…勿体無いな。こんなに上手なのに、悲しい風景画なんて」



…確かに、そうかもしれない。

だけどこれが今の私の真実。


「絵には、心を隠すこと…できないんだよ」


新しく絵を描くことだってできた。

この絵はそのまま晴れの風景にすることもできた。


だけど、私は重ねて描いた。


過去を塗り替える、その意味は?



「これが、今のワタシ」

「……」

「心の中では泣いてるのかな。分からない」



どうして、大石君にだと話せちゃうんだろうね。

話しやすくて、いい人だから、かな。


少し調子付いて、私は大石君の席を見渡しながら言う。


「ちなみに、大石くんの絵から読み取れる今の心境」

「ん、どんなだ」


興味有りげな顔で覗いてくる。

私はくすっと笑ってこう伝えた。



「忙しいみたいね。もうちょっと落ち着いたら?」



大石君は、ぽかんと固まって。

暫くすると、表情を崩して笑った。


「こりゃ参ったな」

「結構当たってるでしょ」

「まあな」


ああ…なんだろう。

今だったら、晴れの風景が描ける気がする。


ふと外を見てみたら、雨はもう止んでいた。

一度雨雲が去った空は、いつも以上に青い。



さん…一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「どんなお願いかによるけど、何?」



大石君は少し、はにかんだ様子を見せて。



「今度は、晴れの日のテニスコートを描いてほしいな、って思ったんだけど」





私は。

好きな人の絵を描こうとしたの。

だけど心の中で涙を見せてしまったから。

だからそこには雨で濡れる孤独のトラック。



今は?


とある人に頼まれたの。

絵を描いてほしいと。

再び筆を取るとき、私のキャンバスには何が描かれるのだろう。




前は、少し濁った灰のグラウンド。

今度は、澄み切った青のテニスコート。


そんなコントラストも、素敵かもしれない。




もし、完成したらさ。


題名は、『放課後の学校』で。



それでいいよね?






















大石の下手な心理テストの絵を見て閃いた。(笑)
主人公美術部はずっと書きたかったのだよ〜。

絵を描くべくテニスコートを覗きにいった主人公さんは、
リョーマに絵が「ヘタ」と言われている大石を見て、
再び笑うのだと思います。そして晴れの風景画を描くと。

あくまでも大石→主人公なんです。
主人公さんはまだ大石のこと好きにはなってません。(“まだ”必須)
絵が描き終わる頃にはどうかは、分かりませんが。
同じ題名で塗り替える、つまり俺は過去を凌駕する。(乾じゃん!)


2004/04/20