* 休み時間保健室伝説 *












クラス替えをして、私たちの距離はぎこちない。


それまではただのクラスメイトとして過ごしてきたのに、
それが恋人同士という仲になって。
漸くそれに慣れてきたというところで、
クラスメイトという肩書きが消えた。
離れてしまったようで、少し寂しい。

逆に。
今まではどこかに“クラスメイト”という意識があったけれど、
これからは“恋人”としてだけ認識してくれるんじゃないか。
そんな期待があったりして。



ところが。
やはり、クラスの壁は大きかった。



冷静に思い起こしてみる。
向こうは部活で忙しく、登下校は愚か休日だって一緒に居てくれることは少ない。
となるとメインは休み時間となるわけだ。

違うクラスとなると勿論時間割も違うし、
教室という存在する空間も違う。


…随分離されてしまった。


ただの恋人、というよりかは、
ただのクラスメイト以前の仲になってしまった気が。



だって、思い起こせば。
私が秀一郎のことを好きになったのは、
ある日の授業中のことだった…。



  ***



「(助けて神様…もしくは殺して…)」


教室の一番前では、
教師が小難しい顔をして数学を語ってる。

ルート?
日本人だったら日本語使え。

平方根?
どちらかというとスポ根の方が興味あります。


「(……マジ死ぬ)」


ぽてん、と頭を机に伏せて突っ伏した。
握っていた鉛筆を放りだして、
私は自分のお腹を抱え込む。

ごめんなさい。オンナノコ2日目なんです。

元々生理痛が重い体質なんです。
いつもは薬を飲んでなんとか凌いでますが。
今日に限って忘れた…あぅぅ。

本日の学食は私の大好きなエビフライ定食だったのに…。
この分だともしかすると食べれないかも、ああ。
せめて、デザートのフルーツヨーグルトだけでも…。


ああ。痛い。

他のことを考えて気を紛らわそうと思ったけどそれも困難になってきた。


痛ぁー……。



「おい…こらそこ!!」



げ。

ご指名が掛かったぞ…。


「寝てるんじゃない!起きろ!!」

っ!」


教師は四つ角を立てて叫ぶ。
後ろの席の子にも声を掛けてくる。

しかし違うんです先生皆さん。
別に寝てるわけではないんです。
今すぐにでも顔を起こして元気に授業に参加したいんです。


なんとか顔だけをそっちに向けた。
顎は机に乗せたまま。
お行儀悪いってのは分かってるけど。
とりあえず起きてはいるということを主張。

しかし…逆効果だった様子。


「なんだその目は」


ヤバイ。
先生様々の堪忍袋の緒がそろそろいっちゃいそうですぜ?

でも違うんです先生。
別に睨んでるわけじゃないんです。
眼付けたいわけじゃないんです。
寝覚めだから機嫌が悪いわけでもないんです。

ただ単にお前の顔がキモ…じゃなかった。
お腹が痛いだけ…ぐぉー来たっ!!


「(痛いの痛いの飛んでいけー…イタイイタイ虫さようなら〜ぁー、いだいっ!)」

「おい、聞いてるのか!?」

「(こっちこそ聞いてほしいよこの心の叫びを!!)」


でも声を出す気力もないんです。
顔を上げるのが精一杯です。
お腹を抱える手に汗握ってきた。

確かにちょっと目付きが悪いくらいで
あんまり辛そうな顔には見えないかもしれないけど。
こういう顔なんですごめんなさいね。
結構辛抱強いとは言われますが痛いもんは痛いんだ。

誰か気付いてよぉ…。


助けて。



「なんなら眠気覚ましに廊下にでも立ってもらおうか?」



肩を掴まれて無理矢理体を起こされた。
ああやめて、揺すらないで…。

っていうか、このままじゃ本当に連れて行かれる?


「ほら、さっさと…」

「何言ってるんですか先生!」


…へ?

この声は……。


誰だ。


なんでボケかましてる場合じゃないよ痛いよ。

っていうか本当に誰…。

意識が朦朧としてるから分からないんだか
それともただ単に特に関わりのない男子の声なんて覚えてないからか。


どうでもいいや。お腹痛いでつ。


「なんだ、大石…」
さん、辛そうじゃないですか!」


横に3列縦に4列離れた席から走ってきた。
なんて親切なんだ。ありがとう青年…。

っていうか、おおいしっつったか、この教師?

おお…そうか、大石好青年。さすがだ。
どうやら天の助けがやってまいった様子…。


「お腹でも痛いのかい?」


訊かれた。
首を縦に動かした。
ああ、安心したら涙が出そうよ…。

今教師がどんな顔してるのか見てみたい。
だけどそんな余裕もない。マジで痛いでつ大石様々。



「僕がさんを保健室まで連れて行きますので、先生は授業を続けてください」



ほら、と優しく声を掛けられて。
体を支えられつつ、ざわめきを背中に2年2組退場。




足元がふらふらする。
今頼りになるのは、体に回された腕だけ。

ありがとう。
って言いたいけど、
それは保健室に辿り着いてから…。

今はとにかく、休みたい。
助けて…マジで。


「大丈夫かい?」


掛けられた声に、返事することすらできない。
縦に首を振るのは嘘だし、
だからといって横に振るわけにもいかず。

大石君は私の体を抱えなおすようにして、
そのまま歩き続けてきてくれた。


ありがとう。
って言いたいけど、
口が動きそうにないや…。

ごめんね。
本当にありがとう。


……ありゃ?
安心したら、涙が…。

参ったな…どうしよう。
拭きたいけど、腕はお腹を抱えてる。
身動きは取れそうにもない状態。

…垂れた。


「ん?」


しかも、大石好青年の手に掛かった。

おぉ…気付かれたやもしれぬ。


さ…っだ、大丈夫かい!?」


泣いてる私に気付いたのか、
大石君は随分と焦った表情をした。

首を縦に振った。
大丈夫です。心配しないで。
痛くて泣いてるんじゃないから。
嬉しいの。私は嬉しいんだよ、大石君。


「そんな…泣いちゃうほど痛かったのに…。
 あの先生も酷いよな、気付かないなんて」


そうだよね!
ついでにたらこ唇キモイし眉毛繋がってるし!

とか、いつもだったら言うところだけど。
今日は喋り通す気力もないや。


大石君は、学生服の袖で私の涙を拭ってくれた。
…どうしよう。ホントどうしようってほどに優しいよ。



はた。

目が合った。



うわぁ…大石君の目ってキレイ。

なんだろ。澄んでるっていうのかな。


見透かされそうで怖い、というよりかは、

覗き込みたくなるような、そんな目。



しかし、大石君はパッと目を逸らした。
ありゃりゃ…照れやさん?
所詮は中学生2年生のいたいけな男の子よ。


困った風な顔を見せた大石君は、


「よっと」

「!」


少し悩んだ末、私の体を抱え上げた。



こ、これは…。


乙女憧れのお姫様抱っこ!?

やった、やりましたよママン!!


とか喜んでる場合じゃない。

腹が イ ダ イ 。


確かに歩くの結構辛かったかも。
ありがとう…優しいなぁ。

しかし…私重いでしょ、ごめんね?
もうちょっと元気があったら
「大丈夫だから下ろして〜」とでも騒ぐのだろうけど。

大丈夫じゃないから乗せてってくらさい。てんきゅぅ。



何も抵抗を見せない私が逆に不自然だったのか。
「これでもテニス部で鍛えてるんだよ」と照れ笑いをして。
そのまま、保健室まで連れて行ってくれた。


ありがとう。は、最後まで結局言えなかった。





というか、気付いたら私は保健室で寝ていたのです。


「(もしかして…安心したら胸の中で寝ちゃった!?)」


そんなそんな、
折角のお姫様抱っこなのに勿体無い!

ってそうじゃないでしょ自分!!(ツッコミ)


ああ…本当に、お礼言わなきゃ。
今何時ぐらいだろ…授業にまだ出られるかなぁ。
顔を合わせたら即行でお礼を言いに行こう。


体を起こした。
暫く休んでいたら体も随分楽になった様子。

と思って立ち上がった途端に痛みが来てしゃがみ込んでみたりしたけど。
とりあえずさっきよりはまともな様子で。

カーテンを開けて、壁に掛かった時計を見てみた。
どうやら、丁度昼休み。


どうしよう…教室に帰るとしたら今だよね。
だけど午後の授業出るの面倒くさいな…。
折角だからもっと寝てようかな。そうしよう!

そう決めた時、保健室の扉が開く音が。
私は焦ってカーテンを閉めてベッドに飛び込んだ。
(う゛、急激に動いたらまた来た…/←馬鹿代表)


そうしたら…。


さん、起きてるのかい?」


気付かれてた。
しかも今の声は…大石青年!

私は再び起き上がってカーテンを開けた。
にこりと爽やかな笑顔が見えた。


「調子はどうだい?」
「ん、お陰様で随分マシ」
「それは良かった」


優しいな、ほんとに。

…そうだ。さっきのお礼言わなきゃ!



「―――」
さん、お腹すいてないかい?」


…口を開いたのに先に喋られた。
まあいいや。


「んー、ちょっとだけ」
「そうか、じゃあこれ食べないか?」


出されたのは…フルーツヨーグルト。
これは、今日の学食のデザートではないですかっ!


「何も食べないのは体に毒だと思って…これならお腹にも負担かからないだろうし」
「わー、すごく嬉しい!」


確かにね、エビフライは食べる気にはならないけど、
これは少し食べたいなーと思ってたのよ!
凄い。大石くんってエスパー?

いただきまーす、と言ってから気付いた。


「あれ?これってもしかして大石君の…」
「いや、俺はいいんだよ!甘いものとかあんまり好きじゃないし」


そうはいいますけど…。
育ち盛りの男の子が、ねぇ?


「本当にいいの?」
「どうぞ」


それじゃ、いただきます。
もう一度言って、スプーンを口に運んだ。


わ、おいちv
やっぱりイチゴがヨーグルトにベストマッチよね!
みかんが本物じゃなくて缶詰な辺りが最高!

って、そうじゃないよ!


「おおいしくんっ!!」

「は、はい!」


突然叫んだら、向こうも焦った様子で返事をしてきた。(愉快×2)

言わなきゃいけないよ。
今日の授業中のこと!
(フルーツヨーグルトに丸め込まれてる場合じゃない)


「あの…ごめんね?保健委員でもないのに連れてきてもらっちゃって…」
「いや、いいんだよ。俺が付き添いたかっただけだから」


……ふむ。
そういうことか。

つまり…。


「さすがの真面目な大石君でもあやつの授業はつまらんってことか!」


大石君は目を点にするかのように呆然として。

数秒後、声を出して笑った。


何故笑う…。
そうか、さては図星だったから笑って誤魔化したのだな?


「…ごちそうさま、美味しかった!」
「いえいえ。で、午後の授業はどうするんだ?」
「んー…もう少し休んでる」
「そうか。無理はするなよ」


もう一度笑顔を見せて、大石君は保健室を出て行った。

布団に潜り込んだ私は、天井を仰いだまま笑顔になって。
そういえば結局「ありがとう」って言ってないやと気付きつつ。

目を閉じたら、また眠りについていた。



  ***



と、前フリが長いですが。
これが私が秀一郎を好きになったキッカケ。

付き合い始めたのはというと、
そのまた一ヶ月後に似たような状況になりまして。
といっても、その時は私が休み時間に自分で保健室に行ったのですが。
授業に私が出ていないことに気付いて、
次の休み時間に心配して覗きに来てくれて。

そして…告白。
向こうからです。私が告白されたのです。


今になって思うと、秀一郎の言った
『俺が付き添いたかっただけだから』ってやつは、
別に授業を抜け出したかったわけではなくて、
あの時既に私のことを好きだったんだろう…。
自惚れのようにも感じられるけど、きっと事実。

私って幸せ者。



  し か し 。



今現在この瞬間の私は全く幸せではありません!


「(いーたーいーよー!!)」


なんで君は毎月やってくるのかね。
しかもいつもより早めにやってくるって何かね。
お生憎今日はお薬お持ちしていなくてよ?

死ぬー。死ぐー!!


ちゃん退場。


「先生、お腹が痛みますゆえ保健室へ参ります」
「大丈夫か?えーと保健委員…」
「一人旅でも大丈夫でつる」


そうかー、気をつけろよー、だそうで。
ああ、新米教師は楽でいいわ…。
私の口調が思いっきり乱れててもツッコミすら来ない。

それに比べて去年のあのたらこ唇は…あーくそ。
あんなやつ辞めさせられて当然だ。
(停年でもないのに私立の学校から居なくなるといったら…)
(いやいや、これ以上は言わずにおこう。居ない人の悪口を言うのは良くない)



あの日の事件以来、私は学習したのです。

痛くなりそうだったら、休み時間のうちに保健室!

ちょっとでも痛くなったら、授業中だろうが保健室!


だって。

迷惑なんて、掛けられないし。


これからは、授業中に倒れようが何しようが、
壁に阻まれた空間では、なんにも伝わりはしないんだ。



自力で保健室到着。

ベッドは愚か部屋内には誰も居なかった。
(いっつもそうだよな、ここ…)
(こっちとしては楽でいいのだけれど)

布団に潜り込む。
さぁて、一眠り…。


『キーンコーンカーンコーン』


……はっ。
昼休みになった!!

なんだか損した気分だわ…。
そうか、もうすぐ昼休みだったのか。


まあ、痛いときは無理しないほうがいいし!


って。
……あれ?

ああっ!!今日のお昼は……。



「失礼します」


…誰かが入ってきた。




この声は……。


誰だ。



なんでボケかましてる場合じゃないよ。



「秀一郎っ!?」

「あ、やっぱりだった」



な、なななホワイ!?(どもった意味なし)
どうして…。

あ、何か仕事かな…。
学級委員になったとか言ってたし。
でも学級委員が保健室って関係ないよね??
はっ、まさか秀一郎こそ胃痛でやってきたとか…。


でも“やっぱり”って言ったってことは、
私が居ると分かってきたわけだ。

何…これって愛?テレパシー?


「どうして?」
「どうしてって…お腹痛いんじゃないのか?」


ほら、と秀一郎は私を寝かしてくれた。
…優しい、んだ。相変わらず。

「そうでなくてさ、どうして分かったの?」
「ん、廊下を歩いてるのがちらりと見えたから」

そうは言いますけど。

秀一郎ってば、いっつも授業に凄く集中してるじゃん。
しかも、席は一番前の列だし窓際に近いじゃん。
普通にしてたら気付かないと思うよ。
(現に私なんて廊下側で後ろの方の席なのに人が通っても気付かない)
(これは私が鈍感なだけ)(てやんでぃ)


なんで、なんで気付いちゃうの?


!…っだ、大丈夫か!?」
「え……?」


あらりゃ…?
はたた。おやま、涙が…いつの間に。

参った。



『大丈夫です。心配しないで』


それも私の本心だった。
だけど、ちょっとくらい甘えたって、いいじゃん?


「大丈夫じゃない」
「そ、そんなに痛いのか…」


おろおろとうろたえている。

…全く。
出産のときも旦那は頼りないっていうしね。


「手、握ってくれたら治る」


そう言ったら、素直に握ってくれた。
なんの疑いもなく、ぎゅっと強く。

温かくて、安心して。
本当に痛みなんて飛んでいっちゃうそうだった。


今だったら、言えるかな。


「大丈夫だよ。痛くて泣いてるんじゃないから」

「……?」

「えへへ。安心したら気が緩んじゃっただけだよ」


秀一郎は。

何も言わず、学生服の袖で涙を拭ってくれた。




 「ありがとう」




あまりに自然と口から出た言葉に、自分で驚いたほどだった。



「本当に痛くないのか?」
「大したことない。たらこに違って新米教師は楽で…」
「タラコ?」
「憶えてる、アイツ!?たらこ唇キモくて眉毛繋がってるやつ!」


秀一郎は声を出して笑った。
その後「ごめん、笑っちゃいけないよな。あの時の、辛そうだった」と言った。

本当だよ。
本名なんてもう忘れた!
私はあのたらこが嫌いだ!



はた。

目が合った。



秀一郎の目って、キレイ。


見透かされそう、というよりか。

覗き込みたくなるような、というよりか。



あまりに澄んでいて、思わず目を逸らしそうになった。


これは、秘密だけど。




「そだ、秀一郎お昼は?」
「これから学食だけど…」
「待って待って!今日はいいものを持ってきたの」


初めての愛妻弁当。
メニューには、エビフライがばっちり。
デザートは甘さ控えて、秀一郎の大好きな幸水さ。

「教室帰ろー」
「もう大丈夫なのか?」
「もともと大したことなかったし」

秀一郎の腕を掴んで立ち上がった。

ちろっと見上げる。


「お姫様抱っこ…」
「なっ!?歩けないくらい痛いんだったら置いてくぞ」
「やー待って待って!」


ぶぅ…冷たいなぁ。

なんちゃって。違うよね。


「(照れてるんだ。かーぁいっ!)」


所詮は中坊よ。きししし…。


ちょっとだけぎこちなく、
遠慮がちに支えられた腕が、嬉しかった。


そうだね。

ちょっとだけ支えてもらえば、自力で歩けそうです。



ありがとう。

毎月毎月、ご苦労様です。




クラスの壁を飛び越えて。

愛はいつでもそこにある様子。


ちょっとずつでいいから、共に成長していこう。






















本当は森君ドリームのつもりで書き始めたなんて誰に言えよう。(ぁ
いや、ちょっと森君っぽくないな、と…。
恋人という響きと、中1で付き合い始めてるってとこが。
それで急遽大石夢。いつものパターン。(笑)

毎月、保健室で掛け合う…素敵v
もちろん、それ以外でも会ってるでしょうけど。

この主人公のノリは書きやすい。


2004/04/19