* te/mi/ho/e-rror *












「あーあ。杏ちゃんって鈍感なのかな。どうしてこんなに気付かないんだろ」


神尾クン。

ワタクシはその言葉をそのままキミに返したいよ。


「なぁ、どうすればいいと思う?」
「知ーらねっ」


ひょいと立ち上がる。

元々向いてないんだよ、恋愛相談なんて。
そんなガラじゃないっつーの。


「そういうなよ。オレはお前を見込んで…」
「利用してるだけのくせに」
「違ぇーって!」

そうは言うけど。
やっぱり疑わしいものがある。

だって、かの橘杏といえば、
うちと家が近く、時により一緒に登下校したり、
まあ、そんな感じ。

特に仲良いわけでもないんだけど。
性格もあんま合わないし。
それでも、それなりに会話はする。
向こうはどうも敵を作らない性格(または主義)らしい。

つまり、うちは彼女にコンタクトする機会がそれなりにある。
神尾はそれを知って、私を相談役に充てたんじゃないだろうか。

しかし、他にもいるのに、アイツと仲良い子。


「お前、ほんっと可愛くねえな。そんなんじゃ一生彼氏できねーぞ」


ウルサイ。
アンタに言われたくない。

アンタなんかにって意味でなくて、アンタには。


「…シカトかよ」
「っるさい」


後ろで溜息が聞こえた。
自分も思い切り肺の中身を吐き出したくなった。
それでもそのままにしていたら、胸がくぐもった。

神尾も神尾だ。
こんなならうちに相談しなきゃいいのに…。



「頼むよ。オレ相談できるような女子って、お前くらいしかいないんだからよ」



・・・・・・。
どう対応していいのか、分からない。


一瞬は嬉しくも感じたけど、別の考え方をすれば、
可能性のなさを、突きつけられているわけで。

“自分”という人間は、そんなヤツなのだと。


「…助けられるようなことがあったら、なんとかするよ」
「マジ!?頼むぜっ!」

そういう笑顔を、されると。

応えてやらなきゃ、という気持ちと、
やはり譲れない、という気持ちが、丁度半分ずつぐらいになる。
普段は渡したくない気持ちばかりが大きくて、先走ってしまうけど。



―――神尾がスキだ。






  **





「杏子ー」


自席でヘアピンを付け直している姿を発見し、駆け寄る。

杏子っていうのはもちろん橘杏のことだけど、あだ名だ。
だって、杏、とか、言いにくいし。
ちなみに、アンズではなくアンコと発音する。


「なに、
「趣味は?」


前置きも無しに突然問う。
向こうはぱちくりと瞬きをした後、
そうねー、と顎に指をあてて上を向いた。


「テニスでしょ、それから…ウィンドウショッピングとか」

うげ。
テニスは良いけど…うぃんどうしょっぴんぐ?
買い物と聞くとどっと疲れが…。


「じゃあ、誕生日」
「6月28日よ」

む…結構後だな。
まあ、「明日よ」とかそんな上手くいくなんて期待は
これっぽっちもしてなかったけど。


あと一ヶ月もすればクラス替えだ。
またこの3人が同じクラスなんて、きっとない。
今のうちに、決着をつけなきゃいけない。


終了式が来るまでに、春休みが始まるまでに。



「どうして突然そんなことを訊くの?」とか、
そんなことを杏子は訊いてこなかった。

というか、一年半もの付き合いがあって、
こんなことすら分かっていない自分たちが不思議に思えた。
(向こうはこっちについて知っているかは分からないけど)
うちらの付き合いなんて、そんなもんだ。

だけど、神尾のためにも、うちはコイツに対して頑張らなきゃいけない。


とはいえ、やはりこのやる気のなさは否めない。

頑張る、とか言い聞かせても、
手伝う、とか口にしても。
それは所詮その場を取り繕うためだけの言葉に過ぎないと。



ごめん神尾。
どうあがいたって、心の底から応援なんてできやしない。

いっそのこと、本当のことを打ち明けて、
相談役なんて辞めた方がいいのかもしれない。
だけどそれは自分にあまりにも被害が大きすぎるし、
神尾も傷付くことになるのは目に見えてる。


好きだから、辛い思いはさせたくない。

でもごめん、スキ。





  **





結局何もできないまま、2週間が過ぎた。今日は卒業式。

別に自分が卒業するわけではない。
今までうちらの上で威張りきかせていた、
本当は強くもなんともない先輩たちを、
追い出す…もとい、快く送り出す日。


今日と明日で、このクラスも終わり。

3年になったらどうなるだろう。
杏子と初めて別のクラスになるかも。
神尾と杏子は同じクラスになるかな。
うちと神尾、クラス違ったら、繋がりないじゃん。

…もしかして、明日までに決着つけなきゃいけないのは、
神尾じゃなくて、自分の方なのではないかと冷静に考察してみた。




式が始まるまで、あと5分。
卒業生は体育館の外で待機している。
緊張していたりするのだろうか。


ちらりと、斜め前の先を見た。

神尾の後ろ姿。

うちより背、高いくせに。
男女別の背の順にすると、前にいっちゃうんだ。

杏子は、うちの前の前の前だ。
要するに、神尾の斜め前の前だ。


神尾も、杏子の、後ろ頭見てたり、するのかな。



考えていると、教頭がマイクで喋り始めた。
式が始まるらしいことを告げた。


『卒業生が入場します。温かい拍手でお迎えください』


ああ、始まった。
冷めた気持ちでそう思った。

隣の席の男子は、手を叩くなんてことすらしてない。
でもそれを言えば、自分の拍手だって温かくもないのだから、
言われたことを守れていないという点では同じだと思った。






式の間は、非常に暇だった。
一人一人が卒業証書を授与されていくのを眺めたり、
校長やら来賓の方々やらの話を聞くでもなしに、
つまりはただ単にぼーっとしているだけ。

何度も立ったり座ったりさせられるのは無意味に思えたけど、
それが礼儀なのだというのだから仕方がない。
といいつつ、「礼をする時は腰から!」と何度も練習したにも関わらず、
注意されないのをいいことに本番に限って首だけ倒す始末。

だって、正直興味ないんだよ。卒業生がどうであったって。




もう式も終盤という頃になって。

何かが細かく屋根を打つ音がする。
風に巻かれた砂かもしれない、と思ってみようとはしたものの、
どう考えたってこれは雨の音でしかない。


参ったな。
今日、傘持ってきてないのに。
置き傘も昨日の大掃除で持って帰ってしまった。

式が終わるまで、あと30分ほど。
それまでに、止むかな。
多分、無理だろうな。
すぐに去っていく夕立と違って、
午前…お昼前の雨は、長引くことが多いから。




  **




そんなこんなで、式は終わった。
生憎の雨で、校庭に広がることの出来ない
卒業生はちょっと気の毒だったけれど、
その分、充分に教室で騒いでいるらしく、
上の階からはしきりに叫び声やどたばたとした足音が聞こえてくる。

来年は自分たちもああなるのだろうか。




うちのクラスは、もう流れ解散となっている。
ほとんどのクラスメイトは教室から居なくなった。

なのに自分は教室に残っているのは、
別に帰りの準備が遅かったからではなく。
どうしようか、どうかならないか、
半端な躊躇と曖昧な期待を抱いているから。


神尾もまだ、教室に居る。


鞄を持ち上げて、立ち上がった。
どうかならないか。そんなことを期待して。
神尾の視線に触れるように教室から出ようとした時、「!」。

良かった。
期待通りの応対をしてくれた。


そんな策略深い自分が誇らしかったり情けなかったり、
「なに」といつもの調子で振り返ってみせた。

嬉しそうに神尾は話し出す。
途中で挨拶してきたクラスメイトには「じゃなっ」と短く返しつつ。


「今日、テニス部でパーティーやるんだよ。橘さんの卒業記念!」

橘さん。
それは確か…テニス部を全国へ導いた当初の部長で…杏子の兄貴だ。

「へー、楽しそうじゃん」
「それでよ…」

神尾は耳に口を寄せてきた。
小さな声で、ぼそりと。


「杏ちゃんに、パーティー来るか訊いてみてくんねえ?」
「ヤダ」

「………」


余りに速く、即答しすぎたか。
神尾はそのまま固まっていた。

思わず溜息を吐いてしまった。
淡い期待を抱いていた自分が悪かったのだけれど。

別に、上手くいけ、なんて思ってない。
どちらかといえば、玉砕させてください、というような、そんな精神。

だけどその展開に持っていくことすら難しい。
全くこの神尾という男は、鈍感で、
頭の中には、一人の子のことしかしか入っていない。


「なんでだよ…」
「それぐらい自分で訊け」
「そう言わずにさ!」

鈍感。全く鈍感。
今まで、何度も気付く由はあったはずなのに。
相談という名の雑談を交わして、
その間何度も、「気付かれたかな」なんて思っていたのに。
安心なような残念なような、
神尾はまったくのまの字も付かないほど気付いてない。

嫌いじゃないのに。
この人と喋っていると、
辛くなるほどに、痛い。


「大体さ、訊いたところで来るものは来るし、
 来ないものは来ないんだから同じじゃないの?」
「だけど、心構えってものがあるだろ」

神尾は真面目な顔になった。

「もし…来るんだったら、なんとか二人きりになるチャンスを見つけるつもりだ」

そしてそう言った。


二人きりになるチャンスを見つける。
それはつまり、告白する、という意味でとって間違いない。


ちらりと。
視界の端を、橘杏が掠めていった。

全く、可愛らしい女の子で。
気が強いけど実は純情で。
と思ったら裏があったりして。
男っていうのは、ああいう子に惹かれるものなのだろうか。


「なあ、訊いてるのか?」


一瞬、何もかもが嫌になった。



「…バイバイ」
「おい、ちょっと待てよ!」


腕を掴まれた。
振り払うようにして、廊下に出た。

「おい!」と、神尾が後ろから呼ぶ声を全て無視して、
そのままスタスタと歩き続けた。

帰る人はさっさと帰った。
まだ教室に残っているような人は、
喋っているか遊んでいるか。
今廊下を歩いて階段を下りているのは、
うちら二人だけのようの思えた。

神尾は同じペースで後ろから付いてくるだけで、
特に声も掛けてこないしそのまま歩いた。


だけど踊場に着いたとき、ついに肩に手を掛けてきた。
無理矢理体を反転させられる。

力じゃあ全然敵わないってことに、気付いた。


「なあ…どうしたんだよ、


口を噤んだまま。
うちはダンマリを決め込んだ。

神尾は、溜息。


「お前…オレに協力したくねぇのか?」
「当たり前じゃん」

「―――」


即答された言葉は予想外だったのか、
神尾は、目を大きく見開いて固まっていた。

ああ。どうかなった。
どうしようもない展開だけど、玉砕はできそう。


「どういう…ことだよ」


神尾の声は震えていた。
自分も次に喋ったら、少し震えるかもしれない。

目では睨みをきかせたまま、ゆっくりと口を、開けた。


「…まだ分かんないの?」


本当に、最後まで鈍感だったね、キミ。
そんなところもくるめて、…だったんだけど。




 「神尾のことが好き」




主語すら抜かした言葉。
これが、うちから出せる今の真実。


バイバイ。





硬直したまま眉を潜めた神尾を置いて。
その場を駆け出した。

神尾は追うことは愚か、声すら掛けてこなかった。



自分でも驚くほどの勢いで階段を駆け下りると、
玄関に飛び出して、使い慣れた下駄箱へ向かって、
白いスニーカー取り出して薄汚れた上履き放り込んで、
校舎、学校の敷地をそのまま後にした。




走る。

走る。

走る。


雨はやはり止まなかった。
特別大降りではないけれど、
だからといって小降りでもない。
降り注ぐ滴を全身に受けて
触れたくもない水に濡れながら走った。


傘をいくつも通り過ぎた。

途中で通り越した中に、卒業生もいたかもしれない。
クラスメイトもいたかもしれない。
何も知らない。




制服が水を吸って重くなっていく。

このまま走れなくなったらどうなるだろうと思った。



がむしゃらに走り続けた結果家に辿り着いた。
家の中に入った途端に気が抜けて、玄関に座り込んでいた。
母さんが買い物から帰ってくるまで、そのままだった。
随分と驚いた声で名前を呼ばれて、後は憶えてない。




どうした、っけ……―――。





   **





翌日。ベッドの中でうちは体温を測っている。


「38度5分。今日は休んでなさい」
「………」


馬鹿は風邪をひかないというけれど、
どうやら大馬鹿の域に達するとそれも通用しないらしい。

何年ぶりだ、情けない。

でも、少し感謝している。
今日は終了式だ。それを終えたら、もう顔を合わせなくて済む。


どうも、昨日は玄関先で意識を失ったらしい。
何しろ気温は結構な低さだったそうで。
しかも全速力で学校から家まで走って酸欠。
やっぱり情けない。


一番情けないのは、顔を合わせなくて済むという事実に
安心していることなのだろうけど。





  **





その後もう一眠りして、気付いたら昼の12時になっていた。
のそのそと起き上がると、食卓には置手紙とラップの掛かった食事。

『出掛けて来ます。2時ごろ帰宅予定。ご飯は温めて食べてください。 母』

とのことで。
チャーハンが置いてあった。
めんどうくさいので温めないまま食べ始めてみたけど、
冷めたチャーハンは不味かったのでレンジに入れた。

ボタンを押そうとした、その時。


『ピンポーン』

チャイムが鳴った。


母が帰ってきたにしては早すぎる。
そもそも鍵を持っているはずだ。

郵便?めんどうくさいな…。
勧誘?眼付けたら帰ってくれるだろうか…。


いや、待てよ。
今は12時。今日は終了式。
学校が終わって人がやってきてもおかしくない時間帯だ。

考えられるのは、杏子だな。
前にうちが忌引きで休んでた時、
学校のプリントなどを届けてくれた。


とりあえず、インターホンに出てみる。


「はい」
『あ…神尾ですけど』
「!」


がちゃん。

電話を元の位置に戻した。



来た。
来た。
どうして来た?
折角合わなくて済んだと思ったのに。


「あれ、もしもし?すみませーん!」


機械越しではなく、
ドア越しから直接神尾の叫び声が聞こえた。

どうしよう。

アイツは馬鹿だ。
こっちの気持ちを察して帰ってくれるなんてありえない。
だからといって、インターホンに出たということは
人が家の中に居るはずだ、と気付くぐらいの脳は持ち合わせているはず。

絶体絶命。


ああ。頭がくらくらする。
これは熱の所為だろうか。
それともこの時間まで飯を食わなかったからだろうか。
もしくは神尾があまりにバカだからだろうか。

どちらにしろ、目眩。


「ごめんくださーい…」


まだ居る。早く帰れ。

居ません。この家には誰も居ません。
さっきインターホンに出たのは幽霊です。
っていうかキミの聞き間違えです。

そうだ。この際目眩を起こして倒れてしまったことにしよう。
熱があるさんがチャイムの音に反応して急いで起き上がったところ、
とりあえずインターホンには応えてみたけれど勢いよく動いたので脳震盪。完璧。


さあ。早く帰れ。心配はいらん。



「っていうか…、いるんだろ?そこに」



…バレてた。


「ごめん…オレが来たって、出辛いだけかもしれないけど」


謝るな。
余計出辛くなる。

せめて何ふれぬ顔で出てきてくれれば、
怒った顔して出てってぶっ飛ばすことができるのに。
それすらさせてくれない。

馬鹿だ。やっぱりコイツはバカでしかない。


「とりあえず…荷物だけは渡したいから、出てきてくれねぇか?」


……そこまで言われちゃ、仕方が無い。

そっと、ドアを開けた。10cmぐらい。
手だけを伸ばして、荷物を受け取ろうとした。

しかし、そこまで甘くは無かった。


ドアの、その微かな隙間から。

腕は思い切り引かれた。


「わっ、か、神尾!?」

「黙って出て来い!」


承知はしていたけれど、やはり力では敵わなかった。
結局、引かれるがままに玄関の外に出ることになる。

裸足の石畳は冷たい。
更に着ているのは病人らしくパジャマ…
どころか色気の無いことにジャージにTシャツ。
とりあえず薄着であることには相違無い。

もう3月だとはいえ、気温は低い。
風邪が悪化したらコイツの所為だ。

こっちが風邪をひいている身ということを分かっているのか…こいつは。


「………」

「………」


向かい合ったまま、沈黙。

全く、女々しいやつめ。何か言ったらどうだ。
こっちが何か言うのを待ってるっつーのか。
人を外に連れ出したのはお前のクセに。


「荷物、サンキュ」
「お…おう」


半分急かすように言ってやった。
神尾は焦った様子で、鞄の中からプリント数枚、
加えて通知表に上履きを渡してくれた。

そうだ。今日で2年生も終わりだったんだ。



荷物さえ受け取れば、もう用はない。
神尾だってさっきそう言ってうちを外に連れ出したんだ。

「…じゃ」
「ちょ、ちょっと待て!」

中に入ろうとしたところで、また止められた。
なんなんだ、コイツは。

「まだ何か用?“とりあえず荷物を渡したいから”って言ったのはキミですよ」
「…そう言うなよ」

神尾は、怒った…というよりかは、疲れたような口調だった。

こっちも疲れたわ。


「…入って。寒い」


神尾は無言で中に入ってきた。
靴を脱いで上がる時になって漸く、
「お邪魔します」と小さく言った。




  **




風邪を悪化さすまいと思って中に入ったはいいけれど。
…気まずいことこの上なし。

リビングルーム。神尾はソファに座ってる。
うちは台所に立っている。

数日前までだったら、笑顔作って、
「何か飲む?」とでも、訊けていたのかもしれない。
だけど、今は長居してほしくない手前、
その言葉すら掛けようとしなかった。


沈黙が、気まずい。

なんか言え、このバカ。


…無駄だと悟った。
余分なところでコイツは女々しいんだ、ホントに。

結局先にこっちがけしかけることになる。


「何か言いたいことあって来たんだろ?わざわざ…荷物を届けるなんて口実まで作って」


普通の流れで行けば、担任は杏子に荷物を任せる。
今まではそうやって来たからだ。
神尾の家は、うちからそう近くはないし。
自分から言い出さない限り、担任が神尾に頼むことはない。

それとも、一度は杏子に渡った荷物を、受け継いだのかな。

そういえばどうなったんだろ、パーティー。
杏子、行ったのかな。
神尾、言ったのかな…。


考えていると、神尾は突然立ち上がった。迫ってくる。

なんですか。
お客さんはどうぞ座っててくださいな。
え、そちらこそ座れば、ですって?
どうぞお構いなく、さあお客さんお茶菓子はいかがですか…。


なんて頭の中で馬鹿げた想像をしてみた。
熱の所為で相当やられてるらしい。

想像とは裏腹に、神尾は真面目そのものだ。
眼前までやってくると、立ち止まって、真っ直ぐ視線あててきた。


こうしてみると、身長もほとんど変わらないみたいなのに。
背中を合わせればどれぐらいの差が見えるのだろう。



「お前の方が…オレに、なんか訊きたいこと、あんじゃねぇのか?」



そう言った。

全く女々しいヤツだ。
それはつまり、「オレはお前に言いたいことがある」と。
そういうことだろう?
だったらいっそのことスパッと言ってくれりゃあいいのに。


「昨日の返事については…きかないから」


言う瞬間に視線を逸らしたけど、
神尾が眉を顰めたのはなんとなく分かった。
向こうはというと、まだ真っ直ぐこっちを見てくる。


「敢えて訊くことがあるとしたら」

間を置いて。

「昨日の、パーティーのこと」


ちら、と。
顔は傾けたまま視線だけをそっちに向けた。
目が合うと、今度は神尾が目を逸らす番になった。

視線を今度は真っ直ぐぶつけつつ、言ってやる。


「予想だけど…杏子は、行ったんじゃないかな。アタリ?」


顔を背けたまま神尾は小さく答えた。

「……アタリ」
「やっぱり。で、どうしたんだ?」

問い詰めてるつもりはないのに、自然とこっちの態度がでかくなる。
向こうは反比例して縮こまっていく感じがした。

神尾は黙ったままだ。


「何も…言わなかった、てか?」


神尾は硬い表情のまま首を下ろした。
また上がってくることは無かった。
しかしとりあえず、肯定という意味合いにしろ、
落胆のためうな垂れたという意味合いにしろ、
首を下ろしたというその行為は、“何も言えなかった”ということらしい。

自分の口からすら言えないのか。


ああ、なんでだろ。
コイツのこと、凄く…すごく……スキなのに。
だからなのか。腹立たしくなってくる。


自分と、向かい側に立っているからかもしれない。



「昨日…あれだけ騒いどいて言えなかったんだ?」



言いたくなかった言葉なのに、言ってしまった。
挑戦的な言葉。自分が偉いような顔をして。

ワタシはそれまでは騒いでなかったくせに、
言うときがくればビシっと言いました。
だからいいんです。その言葉を発する権利はありました。


だけど、こんなにも、痛い。



 嫌いじゃないのに(スキだから)


 この人と喋っていると(自分と向かい合わせになるから)


 辛くなるほどに  イタイ 。




痛すぎる。






「なっさけねー。それでも男かよ」


震えた声で発した一言。
それが神尾の導火線に火を付けた。


『ダンッ!!』

「っ!」


思い切り、胸倉を掴まれて食器棚に押し付けられた。


苦しい…ヤメロ、やめてよ。
飽く迄も病人相手だってこと忘れんなよ…。

それともなんだ、うちが今日学校を休んだのは
キミと顔を合わせたくなかったからだとでも思ってる?
自惚れないで。それぐらいじゃへこたれませんつもりです。
そういえば、最後の最後で病欠したら皆勤賞は消えたかな…とそれはいい。

まあ、確かに。
会わなくて済むと思ったとき、少し安心したというのは、事実だけれど。


情けない。

苦しい。



「…お前の所為だ」



何を言い出すのこの子は。



離して。

放して。


ハナシテってば。




「お前が…直前であんなこと言うから、頭ン中いっぱいで…」



何さ。

今度は責任転嫁?



「あんなキモチのまま…オレ、杏ちゃんになんか何も言えな」

『パシッ!!』



思い切り頬を叩いてやった。


……どうだ。

逆襲は、成功したかな?


キミ、今痛いでしょ。
苦しいでしょ。

分かるよ。


うちも今、きっと全く同じだから。



「うちの所為にする気?」

「…そういうワケじゃねえけど」

「じゃあどういうワケがあるんだよ!」



感情が先走っていく。

止まらない。


渡したくない気持ちばかりが大きくて、先走ってしまう。




「だって…お前も、こっちの身になってみろよ!
 今まで、相談に乗ってもらってた…親友だと思ってたヤツに、突然…」



突然スキダナンテイワレタラヨ。


キミの言葉は手に取るように分かります。
言いたいことがあるならはっきり言っちまえよ、めめこって呼ぶぞ?




神尾は、怒ってた風だった表情を、崩した。
少し穏やかになったけれど、切なそうな。
果たしてそれは申し訳なさから来てるのか、痛みからなのか。

淋しそう、っていうか、痛みを堪えてるみたいな。そんな表情。


「…しかもさ」


顔を下に向けて。



「あんな表情されたら、気にしないワケには…いかねえよ」



…やっぱり、うちの所為じゃんか。

なんだか嫌になってきた。
どうしてこんなヤツを好きになってしまったんだろう。
こんな大馬鹿。


バカだけど……バカだけど……。


「あんな表情って、どんな?」

「なんていうか…眼は、いつもの怒った顔みたいで…狼みたいにギラギラしてて」


好きなんだから仕方が無い。



「そのクセに、淋しそう、っていうか、痛みを堪えてるみたいな」



言われた瞬間、本当に泣きそうになった。


だからなんだ。やっぱり。
コイツと向き合っていると辛くなるのは、
自分と向かい側にいるから。
向かい合わせに立っているコイツは、
まるで鏡みたい。
だけど対称には動いてくれない。

思い通りにいかない、今にも引き裂けそうなアルミ箔のよう。


泣きそうになったけど、ここで涙を見せたら負けると思った。



「……善人ぶってるつもり?」

「―――」

「うちの態度を気にしての行動だっていうの?やっぱ責任押し付けてんじゃん」

「だから違えって!お前…いい加減本気で怒るぞ!?」


今までは本気じゃなかったんですか。

なんて、皮肉はさて置いて。



「純粋にうちを気遣ってくれたの?でも…そんなのイラナイ。どうせ応えてくれないんだったら…」





 ―――情(ナサケ)なんて、必要 ナイ。





沈黙は、優に10秒はあったと思う。

その間、うちはずっと視線を神尾の足元の床に当てていた。
神尾は、どこかでうちと視線が咬み合わないかと、ちらちらとこちらを見てきた様子だった。


もう、いいでしょ。

さっきも言ったように、昨日の返事については、きかないから。



「違う…アレは、情けなんかじゃ……」


神尾は弱々しくそう言った。
だけどもう言い訳にはうんざりしていたので、聞く耳持たなかった。

そういえば、昼ご飯は愚か朝ご飯も食べていなかった。
レンジの中ではチャーハンが温められるのを待っている。
興奮していて気付かなかったけれど、叫んだ所為で頭痛も悪化。
そもそも興奮していること事態で熱が上がった気がする。

アンタがいると碌なこと無い。もう、帰って。


「もう、帰って」


口が自然と動いていた。
神尾は、仕方なさそうにソファから自分の荷物を拾い上げると、
玄関に向かっていった。



その背中を見送りつつ、清々したような、でも苦しさの方が大きかった。


これはきっと、熱の所為だ。

頭がくらくらする。


そもそも、これは夢なのではないだろうか。

熱があるから、悪い夢を見ているんだ。

朝起きたら、熱は下がっていて、今日は最終登校日。

元気に登校して、そうしたら仲良さそうに話す神尾と杏子がいる。

だからうちは、「よっ、見せ付けてくれるね!」と茶化してやる。

神尾は焦った表情を見せるけど、うちは「おめっとさん」と言ってやる。

戸惑いつつも、神尾はきっと微笑を零すから。


苦しくても、温かい、春風が吹くから、大丈夫。

桜が開きかける中、うちらは2年生の扉を閉める。

そして、最終学年に昇るべく、準備期間に入る。


それでいいのに。



現実って、どうしてこうも、思い通りにいかないんだろう。



「…じゃあな」

「うん」



パタンとドアが閉まった。

覗き穴から見てみたら、神尾は左の方向へ歩いて行った。


うちから行くとどっちの方向が神尾の家への最短距離なのかは分からないけれど、
とりあえず杏子の家がそっちの方向であるということは分かる。

もしかすると、もしかするとなのだけれど。
言いに行ったのかな、と思った。



自分がそうさせたくせに。

苦しい。



新学期に登校して、仲良さそうに話す神尾と杏子がいる。

そうしたら、うちは果たして祝福してあげられるだろうか。

笑顔で囃し立てるなんてこと、本当にできるのだろうか。



現実は、どうしても、思い通りにはいってくれない。




今更、温めたところでチャーハンは美味しそうに食べれる気がしない。
ベッドに戻ることにして、階段をゆっくりと上がった。
ぺたぺたと人為的に加工された木の感触がして、自分の部屋についた。

ぼさっと倒れ込んだ瞬間、頭痛が悪化した気がした。



このまま一生走れなくなったらどうなるだろうと思った。






















中途半端に終わる=微悲恋=実は両想い?
という匂わせてみた。けへへ。
しかし意味深過ぎるエンディングだな。続編…書くべき?
「書いてください」といわれりゃ書くし、言われなきゃ書かん。
とりあえず杏→桃だという事実は残しておく。(ぉゎ
(うわ、これだけ残すと余計誤解を招く)(やっぱ書くべきかな…)

神尾は、きっと主人公の生き写しなんです。
寧ろ鏡に映した感じなんです。
といいつつ、色々と異なる点がありますがね。
実はそれはこの話の上で結構重要なんだけれど、
気付かないならそれはそれで普通に流せてしまう。笑。

かなり思い入れが強くなってしまった。
こんなスペースじゃ語りきれない。終了。
(日記にでも語ろうかなぁ。別ページを設けようかなぁ)


2004/03/08