オリンピックがある年は、2月が29日まであるの。
そうやって、ちゃんと憶えてた。
私の好きな人の誕生日は、その日だって。
4年に1度しかないって、ちゃんと分かってた。
だけど…盲点だった。
「…日曜日?」
週末開けて元気に登校してきた私は、荷物を取り落とした。
* first but not least *
悲惨。
これほど悲惨なことがありましょうか。
神様。
どうして貴方様はこんなにも意地悪なのでしょう。
「聞いてないですよ…」
思わず呟いたとき、後ろから足音が聞こえた。
この慌しさといったら、しか居ない。
っていうのは、私の親友だ。
登校するのはいつも早くて、
教室に一番に到着するのはいつも私かこの子。
今日は私の方が一歩先だったみたいだけど。
しかし、これって、これって……!
「っ!何ぼーっと突っ立ってるの、鞄も床に置いて…」
「あ、ごめん…落としちゃったみたい」
「落としたぁ?ならさっさと拾えばいいのに。ほらっ!」
しゃがんで鞄を拾い上げると、
は私にそれを手渡してくれた。
こういうとき、私はお礼と笑顔を欠かさない良い子だ。(自分で言いますけど)
だけど、今はそんな余裕も無かった。
黒板を見つめたまま、無言で鞄を受け取って。
ほとんど瞬きもせずに突っ立ってた。
「…あの、?」
その様子を不審に思ったのか、
私の顔を斜めの角度で覗き込みながらが呼び掛けてくる。
ああ、そうだ。冷静になれ、私。
「うん。おはよう、」
「……ヘンなの」
にこやかな笑顔を作ってみたんだけど。
…逆効果だったかしら?
だって、なんにしろショック。
どれくらいショックって、
期間限定のお菓子がもう売っていないと気付いたときのような、
レポートが来週提出だと思ってたら実は今日までと知ったときのような、
でもそんなものの比じゃない!
「…泣きそう」
「へ?なんで…ぉわっ!」
私の顔を見たは、驚いて飛び上がっていた。
まずった…本当に涙が溢れてきた。
泣くつもりなんてないのに、なかったのに。
「えと、何があったのかわかんないけど…とりあえず落ち着こ、ね?」
「ごめん…大丈夫」
手の甲で目尻を拭った。
あとは瞬きで、誤魔化した。
ずずっと鼻を啜って「へへっ」と照れ笑いをして見せた。
は困った顔をしてたけど、結局は微笑を浮かべた。
そうしている間にも、人は登校してくる。
クラスメイトに、は明るく挨拶をする。
私は泣き顔を見られたくないから背中を向けたままでいたけど。
(きっと今、目と鼻が真っ赤に違いない…)
だけど、ついに無視しているのにも限界が来た。
「おはよー、不二っ」
「!」
が声を掛けたその者の名前を聞いた瞬間、
高鳴り始めたこの心臓を、果たして私は掻き消すことができるだろうか。
きっと…否、絶対に、無理。
好きなんだ。
私は平静を装うことにした。
ゆっくりと自分の椅子に腰を下ろす。
特に何も入っちゃ居ないのに、
がさがさと自分の鞄の中を漁るふりをしたりして。
隣の席の人に、声を掛けてほしくないから。
だけど。
「おはよう、さん」
「…おはよ」
この人は、そんな私の態度に気付いたりしない。
それともわざと?まあどちらにしろ。
視線を合わせないまま。
下を向いたまま挨拶。
見ないで。そう心の中で連呼して。
しかし、届きはしない。
「…大丈夫?」
「―――」
平静を装うことは、出来そうにない。
「な、なんのこと…」
「赤いよ、目」
思わず、顔を上げてしまった。
視線がばっちり合った。
ああ、もう隠せない。
どちらにしろ気付かれていたけど。
「別に…大したことじゃないから、気にしないで」
「分かった」
こういうときは、泣いていたことを否定しない方がいい。
私の経験上、絶対にそうだ。
無理に否定すると、「どうして隠すの?」という展開になり兼ねない。
だから、泣いていたことは肯定しておいて、
だけど理由は聞かれないように…そういう風に仕向ける。
だって、どうすれば言えるの。
アナタの誕生日が祝えなかったから、だなんて。
4年に1度しかないのに「おめでとう」すら言えなかったから、だなんて。
言えるわけがない。
「そういえばさー…不二、昨日誕生日だったでしょ」
「あ、知っててくれたんだ」
さも関係無い話題かのように。
だって…このままでは悔しくってやりきれない。
過ぎちゃったけどさ、お祝いの一言ぐらい、かけてやりたいじゃない。
「だって、普通忘れられないよ、誕生日が2月29日なんて」
「そっか」
不二は、柔らかく笑った。
こんな笑顔が、好き。
そんな貴方の誕生日、祝ってあげたい。
だから一言だけ、「おめでとう」って。
そういえば良かったのに。
「当日に祝えなくてごめんね」
余計なことを口走ってしまった。
何やってるの私。
ほら、不二も「別に、謝ることはないよ」とか言ってくるし。
分かってる。
分かってるけどさ。
だって、次はいつ?
「最初で最後だったかもしれないのに…」
「え?」
「だって、次の2月29日はいつ」
戸惑う不二を余所に、私の口は勝手に動く。
止まれ。落ち着け。
こんなこと言ったって不二は困るだけ。
折角涙の理由、誤魔化したのに。
止まれ。
「あと4年だよ?」
そうしたら、私たちは高校も卒業してる。
揃ってここの大学に行くか分からない。
どちらにしろ、机を並べて仲良くお勉強なんてありえない。
もう、私たち、なんの係わり合いもない人になってるかもしれない。
「昨日、祝いたかった…っ」
また、ぽろぽろと。
なんとなくがこっちを見ているような気もしたけど、
元気な喋り声が聞こえたからそれはないかな、とか。
そういう余分なことを考える余裕はあったのに。
溢れてみるものを堪えることは、出来なかった。
不二は優しく、「ありがとう」と言った。
頭に手を乗せられた。
好きだ。
こんな優しいところが、大好きだ。
本当に好きだ。
早く、おめでとうを、伝えてあげなきゃ。
鼻声かもしれないけど、
精一杯のメッセージを伝えるために、口を開けた。
「っ――」
「でも…こんな理不尽な終わり方をしないためにさ」
…先を越された。
気抜けしてしまって不二の言葉ははっきりと頭には入っていなかったけど。
でも…終わりにしないため、とか。
そんなこと、言った?
「4年後を一緒に祝えるといいなと思うんだけど、どう思う?」
―――それは、つまり。
私は顔を上げた。
「ね?」と、笑顔が見えた。
一度だけ強く、首を上下に振った。
そして、決めた。
大切な「おめでとう」は、その日まで取っておこうと。
最後ではない、初めて一緒に祝える誕生日、その日まで。
本当に不二が好きです。
誕生日を迎えてそう思った。
4年後、私はまだテニプリで創作を続けているか疑問です。
もしかすると今回が最初で最後かも…なんて。
そんな不安を抱えつつ書いたものです。
でも、作品を書いたりはしないとしても、
その特別な日に、存在だけでも思い出して、
「おめでとう」を、言えるといいな…と。そんな話。
2004/03/01