新年度の一週目が終わった。
だけど、日本ではまだ新学期すら始まっていない。
8月の末。
猛暑の中。
それを感じさせぬほど肌寒い機内で、私は日記を綴っている。
だって、まさこんなに早く。
こんな形…こんな理由で、あの地を踏むことになるなんて。
* グッバイ・アゲイン *
帰国して、翌日。
私は黒い服を着て出掛けた。
タクシーに揺られて。
初めての場所。
こんなに、ゆらゆら、揺れて。
時差の力で押し寄せる眠気も、
良い意味・悪い意味で昂ぶる気持ちによって掻き消される。
不思議な気持ちがした。
……おばあちゃん。
突然居なくなっちゃうなんて…寂しい。
普段からはあんまり会ってなかったけどさ。でもやっぱり悲しい。
実に血が繋がっている身内だもの。会う会わないは関係無い。
いや、逆に…会ってないから。
一年以上その姿も見ぬまま。
例えば去年の夏とか。
家族の皆は向かったのに、私は部活の大会だった。
他の日に行ければ良かったんだけど、自分のことで精一杯で。
それに、また今度の時で会えると思ってたから。
いつが最後だなんて、考えてなかった。
これで、最後だ。
あと一回で、完全にオワリ。
きっと毎年会いに行くことになるだろうけど、それでも。
―――命って、なんて儚い。
……淋しい、よ。
車。
式場。
待合室。
葬列。
空っぽの気持ちがした。
だけどこのキモチは、本当に空なのかといったらそれも違う。
ただ、式場に流れていた音楽が、あまりに穏やかで。
小さな棺の中に見えた表情と、なんだか重なって。
涙ぐんだ。
情けなくなんてない。
葬儀の後は、親戚揃って食事をした。
普段なら会うことも無いような人にも会って。
久しぶりねとか大きくなったわねとか初めましてとか。
豪華な食事を食べながら近況報告をして笑顔を交わして。
やっぱり不思議な気持ちがした。
だけどやっぱり、心からの笑顔は、そこには無かったのかもしれない。
私はまだ子どもで、そこまでは見抜けていないだけで。
帰り際、もう一度だけ写真に視線を落とした。
あ、おばあちゃん。
私と同じだ。
左目は二重なのに右目は奥二重なんだね。
……さようなら。
**
家に着いたら、夕方の5時だった。
明日の朝にはもうドイツに向けて旅立つんだ。
なんて急いだ旅だったんだろ。
こんなに忙しい帰国は初めてだ。
3月の時以上に切り詰めた時間だったな。
あーあ。
買い物もカラオケも無理。
それどころか友達の一人にも会えやしない。
本当に、一つの目的のために、来たんだから。
…だけど、折角同じ時間に過ごしてるんだ。
わざわざ会いに行くことは難しくても、これくらい。
私は電話を手に取った。
電話帳は無かったけど、頭の中には入っている番号。
国番号、不要。市外局番、不要。
たった8ケタ。
『プルルル…』
呼び出し音が聞こえる。
そこへ来て、番号ちゃんと合ってたかな、と不安になり。
だけど自分の記憶を信じることにした。
「…もしもし?」
合ってた。
「もしもし、シュウ」
「……えっ!?」
突然のことに、驚いているその様子。
説明しなきゃいけないのかな、と思うと息苦しい。
だけど聞いてほしくて電話したというのも、事実な気がする。
「え、…だよな」
「他に誰だと思うの」
懐かしい声。
なのに安心することが出来ないのは、何故なのでしょう。
「今、そっち…何時だ?確かこの前、一足先に学校が始まったって…」
「シュウ・……っ!」
涙が滲んできた。
向こう以上に動揺していたのは、私かもしれない。
必死に落ち着かせようとするシュウ。
私はしゃくり上げながらも、全てを説明した。
今、私は日本にいるということ。
先日起きた、帰ってくることとなった理由。
「そうか…それは、大変だったな」
「ん…」
何も、言えなかった。
向こうも、励ましの言葉は失っていた。
空っぽのキモチで、呟いた。
「人の命って、儚い」
数秒間、沈黙があった。
尚更喋りにくい発言しちゃったな、と思っていると、
シュウは「人だけじゃないぞ」と言った。
「実は…な。俺もこの前、飼ってた金魚が一匹、死んじゃって」
「そう…なんだ」
金魚。
大切に大切に、してたのにね。
苦しいね。
「大きさは比じゃないかもしれないけど…やっぱり、辛かったよ」
溜息交じりの言葉。
シュウ、ちょっと疲れてる?
…私もかも。
「またね」
「ああ…またな」
あまりに唐突に別れの言葉を告げた私。
シュウはそのまま、返事を返してきた。
まだ向こうが受話器を下ろしていないことを知って、
私は「バイバイ」と重ねて言って、切った。
半年経ったのかーという気分で。
当時に浮かんだ話だけど書く勇気は出なかった。
今頃思い出して、書いていいのかな、と不安に思いつつも。
暗い話だー。どうしようー。
まあ、これで明るくやられても困るだろうけどさ。
中途半端な終わり方。微悲恋テイスト。
でも実際はただ単にダークなだけ。
そのまま返されると思ってなかったんだろうよ。
だから、重ねて別れを告げる必要があったのさ。
2004/02/25