* 見たくない顔 *












 ―――失ってしまった大事なものを見過ごしてはいませんか?







ある日こんなことを小耳に挟んだ。
テニス部で問題が起きている、と。


うちのクラスにもテニス部のやつは居る。
そしてそいつは、オレと結構仲が良かったりするんだ。


「大丈夫か?神尾」

「うるせ。これくらいでへこたれるオレじゃねぇ!」

「そうは言うけどよ…」


毎日増えていく傷。
それを見て、単なる噂であった情報は確信へと変わった。


現在のテニス部、問題あり。


しかし…。

これを見せられて気にするなっていうのも酷ってもんだぜ?
オレは思わず眉を顰めた。
だけど神尾は笑った。


「本当に心配すんなって!どうってことねえから」


明るい口調で、そう言った。
だけど、その笑いの奥には影が宿っているように
感じられてしまったんだ。

「…無理すんなよ」
「そのうち全国行くからな、見てろよ」

オレの話は聞こえていなかったんだか、
話を逸らすために無視しただけなんだか、
分からないけど、神尾は少し外れた発言をした。


本当に、大丈夫なのかよ。




  **




体育の時間。
いつもは必ず半袖の神尾が、ジャージを着てた。

お節介だ。
我ながらそう思う。
オレが首を突っ込むことじゃない。
でも気になるものは気になる。

「神尾、どうして長袖?」
「ん?ああ。風邪気味」

嘘吐け。
準備運動の段階では咳一つせず
元気に走り回ってたじゃねぇの。


今日の体育はバレー。
パスの練習をするという。

いつもの流れだと、神尾は伊武とやること間違いなし。
オレは先生が、二人組みでやること、と言った瞬間、
神尾に向けて叫んだ。「一緒にやろうぜ!」

ちょっと驚いた様子で、「いいぜ」と返って来た。



そして、いざ開始。

おぼつかない手つきでのパス。
ボールがあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
短かったり、はたまた行き過ぎたり。


しかし…なんで、オーバーハンドばっかり?
神尾は妙なほどアンダーハンドをやりたがらない。
いくら低いボールも、しゃがんでオーバーをやる。

…おかしい。


「神尾、無理してね?」
「してない」

必要以上にはっきり言うもんで、更に気になった。


ボールをキャッチ。
オレは神尾に歩み寄る。
神尾は眉を顰める。
だけど何も言って来ない。

オレは無言で、神尾の腕を強く掴んだ。

「あ、痛っ…」

きっと痣だらけの腕。
痛みは、咄嗟に出てきた声が証明している。


「ほら。痩せ我慢」


神尾は怒った顔で、「離せよ」と払った。
丁度その時集合が掛かって、体育の授業は終わった。

神尾と一瞬目があったけど、
それは逸らされて、伊武と一緒に何か話しながら更衣室へ向かっていった。
首に貼った絆創膏が、横からだと良く見えた。





無理している。
神尾は明らかに無理している。
オレはそんなことして欲しくない。


神尾との仲が悪化している気がした。
だけど、どうしても無理して欲しくなかった。




  **





放課後。
オレ達は掃除を終えた。
神尾は体操服が入った鞄を掴むと、駆け出そうとした。
テニス部へ行くんだ。

思わず、声を掛けてしまった。


「また行くのか?もうやめた方がいいんじゃねぇの」


神尾は振り返ると、機嫌の悪そうな顔を向けた。


「またも何も…オレはテニス部の部員だ」


鞄を持ち直すと、振り返った。
今までにないほどに深く、眉を顰めて。



「お前…オレがテニスやるの、嫌なのか?」




違う。

オレはただ単に無理してほしくなくて。

それだけなのに。


返事を出来ずに居ると、


「オレ…最近お前のこと、よくわかんねー」


そう残して、走っていった。
途中で教員に怒られながらも、廊下を全速力で。



……バカ。
何やってんだ、オレ。

辛かったんだ。
これ以上傷付いていく神尾を見るのが。
完全にボロボロになってしまう前に引き止めたかった。


だけど…。

オレの言葉で、嫌な思いさせちまうなんて。



深く突っ込みすぎた。
神尾は明らかに怒っている。
それどころか、オレは確実に嫌われた。

冷静に考えると、オレの取っていた行動は
“神尾に無理をさせないこと”ではなく、
“神尾をテニスから遠ざけること”をしていた気がする。
神尾はテニスをやりたかったのに。

追い詰めていただけだったんだ。
何やってたんだ、オレ。



最悪だ。





  **





神尾と話すことが減った。

その機会があっても、神尾は笑わなくなった。



たった一度だけ。


『新生テニス部ができるんだ!』


嬉しそうな、その顔。


クラスの全員に言って回っているみたいだった。
オレのところにも、来た。
というか、形振り構わず言いまわっていて、オレだと気付かなかったみたいだ。


すぐに逸らされたけど。

一瞬の笑顔は、忘れられない。


その直後の、寂しそうな顔も。










それから、一年が経つというのか。


不動峰中テニス部は、全国行きを決めた。




凄い。
本当にやってのけたんだ。
あの潰れかけだったテニス部が。

……神尾。


クラスも違う。
話す機会なんて、はっきりいってゼロ。
存在も忘れかけてた。

過去のことは、思い出したくない。
あまり良い思い出は残っていないから。
寧ろ、アイツの顔を見るのはなんだか億劫だ。
実はクラスが分かれて息苦しさがなくなって、
心底安心していたところだ。

ダチが一人減るくらい、どうってことないってさ。



すると、やかましいやつが教室に入ってきた。

「テニス部が全国行きを決めたぞ!」

桜井が「あーまたやってら」と呟いたのを聞いた。
なにやら全クラスに言って回ってるらしい。



神尾だった。




嬉しそうな、その顔。


クラスの全員に言って回っているみたいだった。

形振り構わず。



「テニス部がやったぞ〜!ついに、ぜんこ…」




目が、バチッと。




数秒沈黙。






すぐに逸らされた。


一瞬の寂しそうなは、忘れられない。



その直後の、満面の笑みも。




「…応援、よろしくなっ!」




声を掛ける間もなく、走り去っていった。

またなにやら大声で叫びながら。



走るの速かったもんなぁ。
オレは苦笑した。



掠れてしまった友情は、遥か遠くに行っていた。

時が経つほどに薄れて。


だけどその時というのは不思議なもので。

流れていくと、今度は渇きを潤して。






仲直りもせずに元の鞘に戻るのは嫌だな。

だけど、笑いかけてくれたお前に感謝。

そうでもしなきゃ、一生見たくない顔になっていたかもしれないから。






















性格悪い主人公もたまにはいいんじゃん?(ぁ
悲恋風味だけどこれは恋じゃなくて友情。
ちょっとしたことから話さなくなっちゃった友達とかさ。
異質ですがこれまたドリームの形。

中1神尾って可愛いよなぁ。
桜井君カッコイイよなぁ。(思わず特別出演)

話のまとまりとしてはイマイチかも。
テーマとメッセージは決まってたんだけどな。


2004/02/24