* 太陽に向けて手を伸ばせ *












休み時間。
オレは右へ4つめの教室まで走る。

中に目的の人物を見つけると、大声で名を呼ぶ。


「おーいし!」


その声を聞きつけると、
向こうは振り返って笑顔を見せた。
そして、入っておいでよと暗に示す。

オレは手に掴んだノートを広げつつ近付いた。

「見て、オレが国語の授業で書いた詩」
「ん、どこだ」

大石は興味有りげに首を傾けた。
オレは自身満面で読み上げる。

「えへん、じゃあいくよ!」



 “人の命は短い、だから手を伸ばす

   迎えうつ壁は高い、だから手を伸ばす

    いつでもそこに空がある だから手を伸ばせ”




「…どう?」

読み終えた後、様子を窺う感じで大石の顔を名前から見る。
大石は顎に手を当てていた。

「へぇ…いいんじゃないか」
「でしょ?オレの最高傑作だって」
「そうか」

大石は笑った、けど。

「でも…なんか突然ぷつって切れてる感じがしないか」
「えー、何でだよ。男らしくてい〜じゃん!」
「まぁ英二が気に入ってるならいいけど…」

なんだよ。
大石のやつ不満なのかよ。

確かに、成績に5がついてるようなやつからすれば
オレの書いた詩なんて、へっぽこぴーなのかもしんないけど。


「じゃあ…大石としてはどうすればもっといい詩になるのさ」
「ん?そーだな…例えば、最後に一行付け足すとか」
「どんな?」
「そうだなぁ…」

問うと、大石は天井を仰いだ。
顎に再び手を持っていったところで、チャイムが鳴った。
オレは仕方無く教室へ帰ることとなる。

去り際、大石が「考えておくよ」と言った。
ああ、詩の終わり方のことか、と理解して、
オレは親指を立てて見せると3−2を後にした。




教室に帰ってくる。
みんなは単語練習帳を机の上に出していた。

ああ、そうか次は英語の授業か。
加えて今日は週初めだから単語テストがあったりするのか。
そんなことを考えながら、席に着いた。

英語の授業は長く感じられる上に眠いから困るよにゃー、
へちょんと顔を机の上に倒して。
その後単語テストで半分以上が分からないという展開に
陥る羽目を喰らうとも知らずに。

「英二、元気ないよ」
「べーつにっ。英語の授業にやる気が起きないだけ」
「そっか」

くすくすと、横で不二が笑った。

「頑張りなよ。この授業が終えればお昼休みだよ」

そうだ。
今日のお弁当にはハンバーグと目玉焼きが入ってる。
頑張らないわけにはいかない。


とはいっても、放っておけば時は流れる。
特別頑張らなくたって、
勝手に先生は教科書の本文について説明をしているし。
黒板に書いていることを写さなくたって、
そのうちに時計の針は進んでチャイムは鳴るし。
発音練習だって、口パクしてればいいし、
それ以前にこんな後ろの席ならそれをする必要すらない。


頑張らなくたって。

もがいてまでして手を伸ばさなくたって、大丈夫。







そんなこんなでぼーっとしているうちに、一日は終わった。

オレは帰り道を歩いている。
なんでだかすっごくぼうっとしてた。


あれ?
どうしてオレこんなところを歩いてるんだっけ。

部活は?
今日はないんだったっけ。


なんでだろ。
足元がふらふらするような気がする。



変だ。
誰かが、空から手を伸ばしてくるような気がする。



 人の命は短い、だから手を伸ばす。
 迎えうつ壁は高い、だから手を伸ばす。
 いつでもそこに空がある。 だから手を伸ばせ。



自分で書いた詩が、頭の中を巡る。




なんだ、オレ。おかしい。
ちょっと冷静になろう。

どうしてこんなことになった?
さっきまで普通だったのに。
大石と話して、英語の授業受けて。
お弁当食べた?うん。ハンバーグと目玉焼き。
午後の授業は受けたっけ?
確か、数学だったかな?そうだ数学だ。
掃除当番は無かったっけ。

そもそも、ここって道?
オレ、どこを歩いてる?


真正面、大きな太陽に向けて―――。



『キキィー!!』

「!」



どん。


体に大きな、衝撃。




え………?




「君、大丈夫か!?」


車の中から、誰か。
サラリーマン風のおっちゃん。
背広を着ているくせに、ネクタイはしていない。変なの。

あれ、瞬きしたらネクタイが結んである。
赤い。赤いネクタイ。


違う、赤いのはおっちゃんの顔?

あれ?
オレが見る場所、全てが赤い。



燃え盛る太陽のように。

全身にたぎる血のように。




突然、ずくんと。

全身に衝撃が走った。



「かはっ…」

「君!誰か、救急車!!」



口から、まるで広がる炎のように、
赤い鮮血が、飛沫となって上がった。


何、オレ、事故った?

オレ……死ぬの?







「英二!」



「――――」






大石の声だ。




「英二、エイジ!」
「おおい…し……オレ」
「あんまり喋るな」

妙に焦った様子の大石。
走り寄ってくると、オレの横に膝を着いた。

喋るなとは言われたけど、オレは口を開く。
今を過ぎたら、もう二度と会話を交わすことが出来ない気がした。



頑張らなくても、放っておけば時は流れる。


もがいてまでして手を伸ばさないと、取り返しがつかなくなる。



「オレ…もう、ダメだ」
「ダメだと思ったら駄目だ!」

大石は興奮しているのか、
傍から聞いたらちょっと面白いようなセリフを吐いた。


だけど、オレ、本当にダメ。



「…空から、手が伸びてくる」

「えい、じ……」

「太陽の神様かな。オレのこと迎えに来たみたい」




視界は、真っ赤。

深紅というよりかは、濃い橙のような。


燃え滾る太陽の色だ。




「…英二」


オレの手を取ったまま、顔を俯いている大石。
小さく名前を呼ばれて。体を動かせないオレは耳だけを傾けた。

やり場のない感情を押し込めているような、
切なそうな表情――でも笑顔を見せた大石は、こう言う。


「続き、考えたぞ」


主語がない文章は、普段でも理解に困る。
こんな状況だと尚更であろう。

なのに、それが何のことかは、即座に分かった。



「詩の…続き?」

「そうだ」



大石は力強く頷いた。






 “太陽に向けて手を伸ばせ”






その言葉を聞いた瞬間、視界が寄り一層赤くなった。

眩しいような、痛いような。


突き抜けるように凝縮された橙。




手を伸ばすのは、オレ?


伸ばしてくるのは、向こうじゃない?





ほら。


誰かが、近付いてくる。




全身の力が、だんだん抜けてく。




大石がオレのことを呼ぶ声だけが、遠く。







だめ。


オレ、まだ――――……。










「じ…英二!」

「だめ、オレ…」







 「菊丸英二!」





…はにゃ?




「呼ぶの3回目だぞ、ったく…」
「…は、えぇっ!?」


クラス中に笑いが巻き起こる。

オレの横に立っているのは、英語教師であった。




ど、どういうことだ!?







つまり、オレは寝ていたと。

単語テストで悲惨な結果を取った後、
先生の話もロクに聞かずに、ノートも取らずに、
ぼーっとしていた結果、眠りについてしまったと。


歩くと妙にふらふらとしたのは、夢の中だったから。
過去のことがイマイチ鮮明に思い出せなかったも、同じ理由。
お弁当を食べた気でいたのは、さっき不二と話したから。

全て説明が付く。


咄嗟に、後ろの黒板を振り返った。
一日の時間割が書いてある。

今日の午後の授業は…社会に理科。



…なぁんだ。夢だった!



オレが思わず含み笑いをすると、

「笑っている場合じゃないぞ67P、朗読!」

の声が。


「は、はいっ!!」

焦って立ち上がったオレは、
教科書を逆さまに掴んでいてまたみんなに笑われたり。


読み終わってまた座り直す時、
左側の頬が妙に熱かった感じがした。

みんなのお笑い者なんて慣れてるし、
これっきしのことで照れたり焦ったりするオレじゃないんだけどな…。



そう思ってなんとなく左の方向を見ると。



 ―――大きな太陽が見えた。





ああ、全てのことに納得がいった。


赤い色は、オレ自身の血の色。
だけどそれは、流れ出したものじゃなくて、
皮膚に陽光が通過した時に生まれた色。

オレは右側を下にして寝ていた。
窓がある左頬に直射日光が当たっていたことも、納得が付く。


眩しくて赤くて大きい太陽。
それは本当に、そこにあったのだ。

教室の時計を見上げると、正午を少し回ったところだった。



オレは太陽に向けて手をかざした。

眩しいな。
もうちょっと光を弱めてくれよ。

そんなことを考えて。


だけど、なくなったら困るし。
このままがベストなのかな、なんて。




「菊丸…余所見している暇があるならまた読んでもらおうか?」

「いえっ!結構でございます!」


裏返り気味の声でそう答えると、
教室内にはまたクラスメイトの声が響いた。


薄い雲が流れて、日差しはより一層強くなる。




頑張らなくても、放っておけば時は流れる。


もがいてまでして手を伸ばさなくたって、大丈夫。


だからといって、取り返しがつかなくなることがないように。






もう一度窓の外を見て、オレは太陽に向けて笑顔を作った。






…あ、そうだ。


詩の続き、後で大石に教えてやろっと。






















“太陽に向けて手を伸ばせ”は、旅行をした時に
とある場所の壁に書いてあった英文を和訳したもの。
猛烈に思考を働かせ妄想を巡らせた結果、こんな小説に。

これで大石も同じ一行を考えてたとかいうとやりすぎかな。
でも、黄金としてはテレパシーもありかと。

我ながら夢オチ多過ぎ。笑。
しかも見せかけ死にネタ。苦笑。
でも、結構お気に入りの作品…かも。


2004/02/22