曲がり角でぶつかって。



 「キャ!」

 「わっ」



一目で恋に落ちる。



 「ごめんなさい…」

 「いやこっちこそ余所見してて…」



なんとも有り勝ちな少女漫画のようなことが、

ここでも起こるわけだ。



 「すみませんでした!」



ありがち。なんとも有り勝ちだが。



 「……あ、あの子…」



その時に落し物をしていたりして、

再び会うこととなる。



なんとも有り勝ちではあるが、

一筋縄でいかないといえば、それもそれ。




この恋、どうなることやら…。











  * そこの恋、待った! *












3年2組教室。
天気の良いこの頃ではあるが、
廊下側に席が位置しているこの男には大して関係のないこと。

大石秀一郎。
成績優秀、眉目秀麗の品行方正。
多くの女生徒を虜にしているテニス部に所属。
更に人望も篤いときた。

その大石は今、キーホルダーをじっと見つめている。
明らかに女の子向けというような、
くりくりとした目が印象的な青いペンギンのキーホルダー。

周りにはお喋りをする女子が居たり、
ドタバタと走り回る男子が居たり。
そんな中、何に動かされることもなく、
ただひたすらにそれを凝視している。

すると。


「うわー、大石って意外と少女趣味!」
「!?」


ガバッと顔を上げた大石は咄嗟にそれを隠そうとしたが、
隠すどころか逆にそれは奪われてしまった。

チェーンの輪の部分を指に掛けて、
やってきた者はそれをぶんぶんと振り回した。

菊丸英二。
大石の親友でありダブルスのパートナー。
やんちゃ盛りという感じが見られ、とにかく元気一杯。

「英二、ちょっと…」
「なーにさ、そんなに大事な物なの?」

引っ掛けるような言い方をした菊丸だが。
大石の予想以上に真っ直ぐな言葉に、手を止めることとなる。


「大事な物、だよ」

「…さいですか」


ちゃっと音を立ててそれを掴むと、
菊丸は素直にそれを机に戻した。
大石はそれを、そそくさとポケットに入れた。

「な〜んか、訳アリって感じじゃん?思い出の品ってヤツ?」
「んーまあ…そんな感じかな。思い出ってほど時が経ったものじゃないけど」
「じゃあつい最近なわけだ」

ふむ、と菊丸は顎に手を当てる。
そして、一つの決断をした。

「貰い物?」
「…アタリ」

少し間を置いてから大石は答えた。
それは、隠したって無駄だろうという
観念の元に生まれた躊躇いであったのかもしれない。

対して菊丸は、興味津々で話を探り出そうとする。

「マジ、マジ?誰から?ファンの子??」
「ファンっていうほど大袈裟なものでもないけど…」

と。
そこまで言って大石は固まった。

一瞬天井を見上げて、下ろして。
菊丸の目を見ると、焦ったような微笑を見せて。

照れ隠しで語尾を上げるようにして大石は言った。



「…かのじょ?」





 間。





「………は?」


「だから…彼女。」





 長い間。


 そして、叫び声が木霊する。







「カノジョ〜〜〜〜〜〜!?!?!?」









大石は焦って「ちょっと、声が大きいぞ!」と、
菊丸の口を手で塞いだ。(最も、その通りである)

周りの視線を浴びる中、菊丸はモゴモゴともがいた。
大石は、愛想笑いを振り撒いた。


漸く開放された菊丸は、顔を大石に寄せると小声で囁く。

「大石、聞いてないぞ!?」
「だって、つい最近のことだから…」

そう、それはまさに、この日曜日のことであった。


大石は事情を語り始める。

街角でぶつかったこと。
落し物に気付いたこと。
テニス部の大会で偶然再開したこと。
向こうは不動峰中の2年生だということ。

菊丸は不満たっぷりのご様子。


「大会ぃ?それって3日ぐらい前のことじゃん」
「だからつい最近なんだって…」

「しかも不動峰って…タッチーのところじゃん」
「ああそうだな」


そんなところで、チャイム。

むーと口を横に引っ張った表情をして見せた菊丸は、
特に何も言うことなく(だが文句有りげに)去っていった。



ふぅ、と溜息を吐くと、大石はポケットの中から例の物を取り出した。

ぶつかった時に少女が落とした、
今は大石の所有物となっている、それ。


『私たちの付き合う切っ掛けになったものだから、記念に…』


頭の中で、少女の声が再生された。

大石は思わず顔を綻ばした。(要するに思い出し笑い)
すると。


「大石…笑ってないで号令掛けてくれ」
「え?あ、すみません!」


いつの間にやら教室に入ってきていた教師にそう言われ、
クラスメイトの笑いを浴びつつ大石は焦って「起立」と言った。





  ***





「マズイ…これは絶対マズイよねぇ!?」
「いや、そこまでまずくは…」
「マズイよ!!」


テニスコート。
先ほどから菊丸はクラブメイトである河村に
何かを訴えかけているが、普通に交わされている様子。
それでも必死に食って掛かる菊丸。

「だって、オレの大石にカノジョが、だよぅ!?」
「“オレの”は余計じゃないの、英二」
「うるさぁい!!」

ついにはクラスメイトの不二にまで言われ。
菊丸は暴れるばかり。
しかし、的確な言い訳は思いつかない様子。

口を突き出すと、菊丸は言った。


「だってさ、なんか大石が離れて言っちゃうみたいで不安だよ…」


不二はそんな菊丸を見、くすっと笑みを洩らすと、
頭をポンポンと叩きながら慰め調に言った。

「大丈夫。大石に彼女が出来たところで、英二との友情は崩れないよ」
「そうか…なぁ」

やはり不安げな菊丸。
要するに、いつだって自分に一番近くにいた大石が
取られたようで悔しいのである。そんなワケ。
(こんな補足をしなければならないのは痛いところですが菊大ではない)


「じゃあさ…オレに彼女が出来ても、不二はいつまでもオレの友達?」
「勿論だよ」

その言葉に、菊丸の表情はパッと明るくなった。
全く、単純なヤツなのである。
それが面白くなった不二は、
「だけど、英二に彼女ができるころには僕にももう彼女が居る頃だよ」
などとからかってみたりした。

そんな意地悪な発言に菊丸が応対していると、河村が小声で言った。


「ねぇ、さっきから気になってるんだけど…」
「ん?なにタカさん」

菊丸と不二は、河村が指差す方向を見た。
そこに居た人物と河村の言葉は、同時に脳に達した。




 「不動峰の制服?」




もしや。

冷汗がつつと菊丸の背中を伝った。
(不二はというと…楽しそうだった。)


「ねぇ…もしかしてとは思うけどさ」
「うん。有り得ないとは言い切れないよね」

不二の言葉を聞き入れるや否や。

一歩。
また一歩。

菊丸は少女に歩み寄っていた。


「英二、根拠も無いのに…」
「ああなった英二を止めるのは、至難のわざだね」

その場に残された河村と不二は、そんなやり取りをしていた。



そして当の菊丸はというと…少女の眼前まで迫っていた。


「………」
「えと…こんにち、は」


突然見下げつつ凝視する菊丸。
少女は戸惑いつつ菊丸のその目を見返していた。

じーっと見つめ続ける。
その時間は果たしてどれくらい続いていたのだろう。
まるで値踏みするかのように、全身を汲まなく見回した。

そして……。


「…タイプかも」
「は?」


菊丸の志向が違う方向に変わった、その時。



「…ん?そこに居るのは…」

「あ、秀ちゃん」


「「!!」」




菊丸だけと言わず。

少し離れた位置でその様子を観察していた河村と不二や
(不二は「ふふっ、面白くなってきた」などと呟いていたが)、
丁度集合の号令を掛けようとしていた手塚や、
罵り合いをしつつ何だかんだいって共に練習していた桃城と海堂や、
他の一年とボールの準備を終えたばかりの越前や、
テニス部内のレギュラーからそうじゃないものまで。


皆が一斉にそこに注目した。

(乾に至ってはデータノートを取り出す始末)



手塚は大石に歩み寄ると、
相変わらずの硬い表情で口を開いた。


「大石、随分と遅かったじゃないか」
「悪い手塚。委員会が長引いて…」

「そーこに突っ込むのかよ!!」


部員は全員、肩透かしを食らった気分だった。
(誰もがもっと深いところに突っ込んだ発言を期待していたのだ)

菊丸に至っては、思わず二人に噛み付いた。


手塚のことはさておき、
菊丸はぐるんと大石の方に振り返るとずいと顔を近付けた。

「大石、もしかしてもしかしてもしかすると…」
「ちょっと落ち着け、英二」

どうどう、と大石は菊丸を宥める。
菊丸もそれにより些か落ち着いたようだが…
しかし勢いは止まらない。


「さっき話してたのってあの子のこと!?」
「そ…そうだよ」


勢いに押された大石は素直に答える。
菊丸は、はあ〜と大きく長い溜息を吐いた。
背中が丸くなるほどまでに息を吐き続ける菊丸を心配した大石は、
「…英二?」と名前を呼んでみたのだが。

反応は、ない。
下に顔を向けたまま固まっている。


しかし15秒ほど経つとさすがに動きが見えた。
顔を、ゆっくりと起こす。
大石には、その顔は随分と疲れた様子に見えた。

大石の顔を、見、
少女の顔を、見。


菊丸は顔を綻ばした。



「……カワイイ子じゃん」

「え」



大石、なんだか嫌な予感。

少女、なんとなく身構える。

菊丸、本能のままに飛び掛る。



「こんな子大石には勿体なぁ〜いvv」

「きゃっ!」


「あーズルイっスよエージ先輩」


思わずハート飛ばしまくりで抱き付く。
少女はわけがわからず顔を染めつつ瞬きを繰り返すだけ。
周りで部員は菊丸へブーイングを飛ばす。
そんな部員へ菊丸がブーイングを飛ばす。


「違うだろーみんな。文句言うのはオレにじゃなくて大石にしろー」


…最もな意見であった。


「そうだ、大石先輩!抜け駆けはよくないっスよ」
「(コクコク)」
「大石のくせに…やってくれるよね」
「グラウンド100周だ」
「ショッキーング!」
「大石の彼女はべっぴんさん…と」
「…ふしゅぅ〜」

「ちょ、ちょっと待て!!!(色々と)」


皆、言いたい放題。
(しかしその辺は権力なのか、中心に居るのはレギュラー陣だけだが)

論争の中心に置かれている(未だ菊丸の腕の中に居る)少女は、
わけがわからずただひたすらに戸惑うだけだった。


その様子を見兼ねた大石は、必死にストップ掛ける。



「俺のことは良いけど…が困ってるじゃないか!」



全員硬直。

そして直後、再度爆発。



「聞いた!?呼び捨てだったよ呼び捨て!」
「隅に置けないっスね…」
ちゃんか…憶えておこう」
「‘俺のことは良いけど’か。かぁー!キザー!!」

「あー、だから…っ!」


事態は悪化していた。

思わず大石は胃の辺りを抱え込んだ。


その様子を見兼ねた少女は、菊丸の腕から逃れると前に出た。


「皆さん!」

「お?」


全員の注目が集まる。

人の前に立つことになれていないのか、
少女は微かに顔を赤らめつつどんどん小さくなる声で言った。


「私!あの…迷惑だったら、帰ります、んで……」


威勢が良かったのは初めだけ。
だんだん体までもが縮こまっていくその少女。
自分はそこに居るべき人物なのではないのだと、
一歩引こうとしている状態であった。

しかし…さて、今の状況の彼らが逃すわけありましょうか。


「いんや、迷惑なんてことは全然ないから!」
ちゃんは、何年生かな?」
「2年です」
「おっ、同い年じゃねぇか」
「その制服は不動峰中だな、はるばるご苦労だった」
「いえ、全然遠くないですよ。歩いてきました」
「健康的ー」


…仲良くなってしまった。
一瞬のうちに意気投合である。


菊丸が一発芸をやって見せると、は笑う。
不二の優しい笑みに、更に微笑返す。
桃城の気さくな性格ゆえか、会話も弾む。
河村は実家の寿司屋を紹介して、食べにおいでと誘う。
海堂は話はしなかったものの、横目で気にしている。
越前と背を比べたは、自分の方が高いと喜ぶ。
乾はというと、ノートの中身を問われていた。(返事は「ヒ・ミ・ツ」)

のけ者になっているのは…寧ろ大石の方だった。


「ね、ちゃん。大石なんてやめてオレの彼女になったら?」
「えー、それは…」
「いや…英二にちゃんは勿体無いよ」
「ヒドっ」
「それを言うんだったらオレにだって権利は!」


てんやわんや。


皆心の中は…


 「自分こそが!!」


と思っていた。
態度に見せないものも居たが、飽く迄も心の中で。

何しろ、会話は良い感じに弾んでいた。

は少し引っ込み思案なところがある感じではあったが、
何より笑顔が可愛く、話している側も好感が持てる少女であった。


皆に囲まれ楽しそうに話す
を囲み我こそはと意気込むレギュラー陣。

大石はそれを傍目から見ているしかなかった…が。


その辺は正式な彼氏であります特権。
大石は群れを掻き分けに訊いた。


、今日は何の用で来たんだ?」


ごもっともな質問だった。


皆もそれぞれの行動をやめ、に一斉に視線を向ける。
は、「あっ!」と思い出した感じでポケットに手を入れた。


「実は…秀ちゃんに見せたいものがあって」


ポケットから出てきたのは…
ピンク色のペンギンのキーホルダー。

全員で顔を寄せる。
菊丸が思わず呟く。

「あれー、それってさっき大石が持ってた…」
「ああ。色違いだな」

大石も頷く。
それは何の話だ!?とピリッとした空気が漂ったが。

結局誰も、詳しい話は聞かなかった。
いや、訊く気も失せたといった方が正しいか。



「折角だからお揃いで買ったんだよ。ね、可愛いでしょ?」



君の方が可愛いよ、と言いたくなるような満面の笑みで。

そんなに可愛いを諦めるのも癪だったが、
あまりに幸せそうな表情にレギュラー陣も遂にひいた。


「それだけのために来たのか?」「早く見せたくって」
なんて会話が交わされていたが、皆は突っ込もうともしなかった。


…入る余地なし。
新婚さんもビックリの初々しいバカップルぶりだった。

っていうか、君たちバカだろ?な勢いで。


「…練習を始める」
「「うぃーす」」

「ただし大石は100周走ってからだ!」
「えぇっ!?」
「騒ぎを起こした罰だ」


こうして、練習は始まった。
全員突然冷めた表情になっていたことは言うまでも無い。


感情の篭っていない「青学ぅー」「ファイオー」という掛け声が、
なんとも虚しくコートに飛び交った。

そして少女は、テニスも出来ずにグラウンドをグルグルと走る恋人の姿を、
いつまでも嬉しそうに目で追っていた。



 大石秀一郎:16周/100周。道のりはまだまだ長い。






















234567HITのリクで大石寄りの逆ハーでした。
なんだか…逆ハーの凄いありがちな形になってしまった。(汗)
芸の一つもなくてすみません。はぅ;
何しろ逆ハーらしい逆ハーを書いたのは初。
難しかったです。慣れていないのが見え見えですね。

ペンギンのキーホルダーに特に意味はなし。(ぁ
私がペンギンが好きで、ついでにキーホルダー集めが趣味だからかも。

とにかく、彩亜さんリクエスト有り難うございました!
良く分からないものになってしまい申し訳ありませんが、
これからもどうぞ宜しくお願いします!強制終了。


2004/02/17