* unfotunately *












「これってラッキーなの?」


苦笑いを浮かべた千石が、一番に部屋を出て行った。










合宿先へ向かっていたはずのバス。

全学年が入り混じった男子だけの集まり。


山吹中テニス部御一行様、だ。




静かな教室。

だけど決して静寂では終われない。


後ほど待っている。

爆撃や、骨に刃が食い込む音が。



もしくは、もう始まっているのかもしれない。




バトル・ロワイヤル。







「そこ、未成年の癖に煙草吸わない。っていうかもう出番だよ」


「…チッ」



ジッポの蓋を閉じると、
やる気無さげに亜久津は立ち上がった。

必要以上にゆっくりと歩く亜久津。
教団の横まで行くと、荷物を差し出された。


荷物――黒い鞄を受け取る際に、
顔にマスクをしたその男は、言った。


「君みたいのが居ると助かるよ。優勝、期待してるからね」

「ケッ」


短く吐き捨てると、
その鞄を片方の肩に担ぐようにして、亜久津は消えた。






   ***





茂みの中、膝を抱えて。

壇はずっと隠れていた。


比較的(否、かなり)早く出発することとなったため、
まだ全員が出発し終えていないであろう今も、
既に多くの恐怖を味わってきた。

考え方によっては、早く出発した方が有利ではあるのだが、
なるべく長く安全な場所に居たかった為、
この場合は不幸といえるかもしれない。

結局、辿り着く先は同じかもしれないが。


「…誰も、殺したくないデス。他の人が殺しあうのも嫌だし」


小さく呟きながら、足元にある草をむしって投げた。


殺したり殺されたりするぐらいなら、
このままじっと隠れていて時間オーバーになって欲しい。
そう願う壇ではあったが、既に何度か銃声を聞いている。(相当遠くの方であったが)

このゲームに、乗っている者が居るのだと。


「……」


膝の中に、顔を埋めた。

だから、気付かなかった。
人が近付いてきていることを。


『ガサ…』

「っ!?」


茂みの揺れる音に、壇は飛び跳ねた。


「あ…あ……!」


鞄を体の前に抱えて。

話し合いで解決できないかとか考える余裕も無く
今すぐにでもその場から逃げ出したいのに足が動かず
小刻みに震えるこの体が今透明になってくれればと願った時。



「……あっ!」

「―――」



茂みの向こうから顔を覗かせたのは、亜久津であった。


壇は知っていた。

皆は怖いと言い近寄らないが、
亜久津は本当は優しい人だということを。

決して、自分のことは突然殺したりはしないだろうと。

この大会の最もな危険人物に指定されていることぐらい、
簡単に想像がつこうとも。


それでも、信じていた。



「亜久津セン――」




パァン。 パァン。




銃声が、二発。

しかし、その音は太一の耳には届いていなかった。




亜久津は呟く。


「痛みはねぇ。即死だ」


頭の端を吹き飛ばすように、一発。
血を吹き上げさせる胸の真ん中に、一発。

太一は、驚いた顔のまま目と口を開けて死んでいた。


そっと目を閉じさせながら、亜久津は思う。

コイツは俺を恨んで死んでいったんだろうな、と。
裏切られたとでも思ってるんじゃねぇの、と。

まるで人事のように。


真実は、もう誰も知らない。



鞄を漁り、亜久津は溜息を吐く。


「…ノート2冊かよ」


お似合いの武器じゃねーの、と嘲笑して。
これなら誰も殺せてねえだろな、と微笑して。



――手は汚させない。

 なるべく安らかに眠らせたかった。



聞こえないと分かっている。
独り言にするのは癪だ。

心の中だけで、呟いた。



その時。


「―――誰だ」


微かな気配を察知し、亜久津はピストルを持ち上げた。

その緊迫した空気とは裏腹の、緊張感の無い声。



「あ、亜久津くんじゃーん!」



千石であった。
手には武器すら握られていない。

シニカルな笑みを浮かべると、
亜久津は武器を下ろした。


「まだ生きてたのかよ」

「ほら、僕ってラッキーだから?」


千石は笑った。




  **




「オレってば超アンラッキーで、支給された武器が防虫スプレーでさー」


朝の占いの『貰い物に期待するな』ってこれか、不満大げに千石は語る。

できれば声のボリュームを落として欲しいところだ、
と思いつつも亜久津は黙ってそれに耳を貸す。

二人は、先ほどの現場から数メートルの位置に腰を下ろしている。


「でもやっぱオレってラッキー。逃げ回って結局生きてる。亜久津くんにも会えた」


煙草を吹かしながら話を聞いていた亜久津は、
煙を吐き出すと、溜息混じりに言った。

「こんなクソゲームに巻き込まれた時点で終わりだろ」
「え、やっぱ?」

千石は軽く笑った。


その時。



『はーい。死んだヤツと禁止区域の説明するぞー。メモれよー』


相変わらずの緊張感のない言葉。


千石は頭の後ろに腕を組んで聞いていた。
憶えちゃうからメモは取らない、とでも言うのか。

亜久津もまた、紙を取り出そうとする様子は無い。
それどころか聞いているのかも不信だ。



『えー、死亡者は1名でーす。壇太一くん!マネージャーなのにかわいそうになー』


「え、太一君?」
「………」


放送で挙げられた名に反応する千石。
千石は、太一のことを後輩として慕っていたのだ。

亜久津は、微動だにしなかった。


『それからー、禁止区域な!まずう、一時間後にI=4』


「あれ?亜久津くん、それって…」
「…ここだな」


『三時間後にF=6、5時間後にD=9。以上!それじゃあ頑張れよー』


放送は、終わった。



「それじゃあ…動かなきゃダメだね」


千石は腰を持ち上げた。
しかし。


「…亜久津くん?」


亜久津は煙草をふかし続けていた。
一つ、長く煙を吐き出した。白い白い煙を。

「まだ一時間あるんだ。今すぐ動いたって人と鉢当たるだけだろ」
「……それもそっか」

千石も素直に腰を下ろした。

勿論、亜久津の意図には気付いていない。

ここから数メートル離れた、茂みの影。
そこにある、肉の塊。
絶たれてしまった、命。



50分ほど過ぎて漸く動き出したとき、

亜久津が小さく呟いた「あばよ」という言葉を、千石は聞き逃した。


勿論、そのまた10分後に、秒針を見つめた亜久津が、

口の端を持ち上げたことも、千石は気付かなかった。



真実は、もう誰も知らない。






















特に山もねぇ。谷ばかりだ。(ぁ
しかし下り坂があれば上り坂もあるってことで。(?)

亜久津くんは優しいんです。ホントに。
だけど優勝しちゃうのもこの人だと思う。
その辺が優しさ?亜壇はこんな感じがスキ。

補足:途中でナレーターの視点が変わってます。
呼び名が壇から太一になった瞬間、
視点が壇→亜久津になったんです。
それ即ち、壇が死んだ瞬間。自動的に視点移動。
ナレーター式でも、視点は変えられるんですね〜。


2004/02/15