目の前に現れたのは、無残な姿のチョコレート。



「…最後の材料だったのにぃ〜」



思わず嘆く。

だけど取り返しはつかない。


時計を見上げる。

どう考えても買い物に行く時間じゃない。


とりあえず作ったものを冷蔵庫に押し込めると、私は眠りについた。











  * 本命チョコの行方 *












今日は、世界がピンク色というか茶色というか。

オーラ的にはピンクや赤、
見た目的には茶色が沢山。

何しろ、聖バレンタインズデーってやつですから。


「ね、。持ってきた?」
「うん持ってきた持ってきた〜」


毎年恒例でございます。
友達同士で、義理チョコを交換する。
大抵の人は手作り。
本命を作らない暇人が多いです。
(それってどうなんだろう…)(ま、そんなもんでしょ)


「わ、美味しそうー!」
「さっすが!」
「えへん」

私は思わず胸を仰け反った。
実は、私は料理は得意なことで有名。


 し か し 。


「ねぇ、これは何?」


……バレた。



「いや、実はもう一種類作ろうと思ったんだけど失敗しちゃって…」

なんちゃって。


本当は本命チョコだったんですよ。
大きいチョコレートクッキーを作ろうとしたんですよ。
しかし気合を入れるあまりに高度な技に挑戦したら、
とっても素敵なことに失敗してしまったんですよ。

だから、諦めて、義理チョコに紛れさせることにした。
一つの大きなハートだったそれは、
今や無数の小麦粉とチョコの塊。


何が失敗したって。
なんかね、チョコが炭化しちゃって!
水分を飛ばしすぎたことに気付いて焦って水を足したら分離しちゃって!

…普段ならこんな失敗しないのに。
焦りすぎた…とほほ。


味はそこまで悪くないはず…だけど。
見た目がとにかくヤバイ。
だって、なんか、“ぶべろみぬを〜ん”って感じだもん!


「えー、食べれるの?」
「さあ。味は悪くないと思うけど見た目は確かに悲惨よね」

味見してないし。笑。

なんか…食べれなくて。
本当はあの人に上げる予定だったんだもん。
本命チョコになる予定だったんだもん。
小さく砕いてしまったけど、未練がまだちょっとだけあるんだ。


「…ま、いいや。とりあえず成功作を貰ってくけどいい?」
「どーぞどーぞ」
「あ、あたしも〜」


そして、次々とお菓子は売れていった。

…成功作の方が。



やはり見た目が悪いのか。
失敗作は、一つも売れていない。


「じゃあ、私は他のクラスの友達回ってくるけど…」
「いってらっしゃ〜い」


私は教室に残ります。
他のクラスの女子に配るくらいなら同じクラスの男子に配るわい。
(出不精なんです)(わざわざ教室を出て行くなんて面倒くさい)

教室の中にはほとんど男子しか残っていない。
女子は別のクラスを巡っているのでしょうか。か。


まあいいや。

座ったまま箱を掴んで、手をゆらゆらと揺らす。


「ねー、チョコ食べたい人ー?」


そんなに大声で言ったつもりはないのに。
わっと男子が寄ってきた。
(さては前から狙ってたな)(さっきから視線を感じると思ったら…)


「うぉ、うまそう!」
「こっちは、なんかやばくね?色とか」
「あー、それ失敗作」
「なんだよ。んなもん持ってくんなよ」

冗談だとは分かっているけど。
結構痛いですよ。アウチアウチ。

だけど、本当だよね。
失敗作なのに、なんで持ってきたんだ?


まだ、未練がある…から。



「俺も、一つ貰っていいかな?」

「―――」


がっついてきた多くのものとは違って、
控えめな態度を見せたその人は。


大石秀一郎。



「…どうぞ」
「ありがとう」


私は箱を掴んでいた腕を伸ばした。
大石は笑顔で中を覗き込んでいた。


「凄いな…自分で作ったのか?」
「うん。失敗したケド」


半ばヤケで言うと、大石は声を出して笑った。


「別に、気にならないよ。それじゃあこれ、貰っていくな」



……え。

それわ。。。



「そっち、失敗した方だけど…」
「ん、構わないよ」


…そんな。


わざわざ成功作が近くに来るように箱を差し出してあげたのに。

敢えて失敗作を取っていくなんて!



自分で持ってきたくせに。

いざ食べられるとなると戸惑ってしまう。



「待って、やめて!マズイから!!」



時既に遅し。

失敗作(命名『ぶべろみぬを〜ん』)が大石の口の中。


もごもご。もごもご…ごくん。



「美味しいじゃないか。もう一個、貰っていいかな?」


「…へ?ど、どどどどうぞ!」


誰も食べてくれないから全部食べていいよ!と。
勢いに任せていったら。

「いいのか?」とか言いながら本当に全部食べちゃった。


周りの男子は、「大石味覚おかしいんじゃねー?」とか言ってた。
大石は、「見た目ほど味は悪くないよ。寧ろ美味しいよ」と言ってくれた。



「物は見た目だけじゃないよな」



そう、にこりと。





「…まだ成功作の方がいくつか残ってるから、他の教室回ってくる」





私は立ち上がった。
調子に乗って「オレが貰ってやってもいいけど?」とか言ってるやつがいたけど、
「他のクラスの友達にあげるからダメ」と言って逃げた。


いざ廊下に出てみたはいいけど、
さて私は誰にあげるんだろうと悩んでみて。

去年は誰と仲良かったっけとか。
文化祭まで共に過ごした部活仲間は誰だったっけとか。
その人たちは今どの教室に居るんだろうとか。

そんなことを考えながら、小走りした。



本当は、教室から出る言い訳が欲しかっただけ。

涙を見られるわけにはいかないから。




廊下を通り抜ける頃には、浮かんだ涙は瞬きで掻き消した。







この成功したチョコが全部配り終えたら、伝えよう。


今度は言葉で。

「ありがとう」と「だいすき」を。





義理チョコより先に、本命チョコ、完売。






















ちょっと分かりにくい話だったかな?
つまりは、主人公さんの好きな人は大石だったの。
そうしたら失敗した本命チョコを全部食べてくれたの。
もちろん、向こうは義理チョコの一端としか思ってないけど。
だから、後で言葉で伝えようと。勇気を得たんだネ。

微妙に実話交じり。ちょっとだけね。
そこまで酷い失敗じゃなかったとはいえ、
「おいしい×2」と言ってそればっか食べてくれたT子へ。
(っていうか本当に美味しがってた)(見た目によらない)

あー大石が好きすぎるぜバレンティーンスターク。


2004/02/13