ラッキーなのか、アンラッキーなのか、

今年のバレンタインデーは土曜日。


片想いの人は苦労するかもしれないけど、

恋人たちにはとってもお得。



ちなみに私は、きっと得する人。


好きな人と、友達以上 幼馴染並 お隣さん。











  * 「お帰りなさい」はここで *












「周ちゃーん!」


窓から思い切り叫ぶ。
そうすると周ちゃんは、サボテンの世話をしながら
窓を開けて顔を覗かせる…はずなのに。


「…あり?」


今日に限って、反応が、ない。

…なんで!
テニス部の練習の時刻はチェック済みなのに!!
今の時間は丁度出掛ける前の時間で、
サボテンたちと戯れていらっしゃるはず…。

ここで、ちょっとした会話をする。
ほんの数分の出来事だけど、私はそれが幸せ。

いつも、私が朝起きて窓を開けると
朝練がある周ちゃんは丁度そこに居る時間帯。
声を掛けるのが、随分前から習慣となっていて、今も続いている。


なのに…なんで?

ハテナ。練習時刻勘違いしたかな。それとも体調悪い?うー…。




!」


がらりと開いた窓。
あ、周ちゃんだv

「周ちゃん、おはよ〜」
「…ちょっと、それどころじゃないみたいだよ」

呑気に喋る私に、
周ちゃんは横の方向を指差した。
そっちは、表の通りの方のは…ず!?

「な、なにあれ!?」
「すっかり忘れてたよ…」


そうだ。
私も忘れてた。


今日はバレンタインデー。
学校は午前中のみであります土曜日。
片想いの人たちは、時間の都合で大変そう…。
それに比べて私は、家も隣だしチャンスがあるかも!?

と、思ってたんだけど。



「ね、今こっち見てたわよ?」

「キャー、不二くーん!!」



……居た。

自称“不二周助親衛隊”(飽く迄も自称であり非公認)が!!



「…どうするの?」
「どうするもこうするも、部活には行かなきゃいけないし。
 だからといってあの数じゃあ強行突破することも出来ないよね」

つまり…全て受け取るのか。はぁ…。
そこに居る人数は、パッと見だけで10人以上居るようだ。
更に、既にポストにもいくつか入れられていると思うと…。

はーぁ。
私みたいに告白の一度もされたことのないような人からすれば、
羨ましい悩みみたいだけど。
…必要以上にモテるってのも考え物ね。


「それじゃあ、もう行かなきゃ」
「うん。頑張って、ね…」

つい、声が小さくなった。
横から会話が聞かれているかもしれない、
というのも理由の一つだけれど。

なんか…怖いな。
今ここで周ちゃんのことを放してしまうのが。


突然下を向いた私。
周ちゃんは優しい声で言ってくれた。


「大丈夫。僕はちゃんと帰ってくるから」


窓が、閉められた。
暫くぼーっとしていると、
笑顔を振り撒きながら表の通りに出る周ちゃんが。
そして人の集ることたかること。

…大変だなぁ。


何が大変って、周ちゃんもだけど私が。



実はね、今日告白しようと思ってるんだ、私。
いつまで経っても幼馴染だけって、なんか寂しいし。
他の人に告白をいくら受けても断り続けていた周ちゃんだけど、
私たちはかなり仲が良いし、もしかしたら…?ってね。
ただの思い上がりかもしれないけど。
だけど今周ちゃんを囲ってるあの子達よりは希望があるような。
あの子達よりは……。


「……くそぅ」


思わず小さく呟いた。
人気だな、周ちゃん。
あっちこっちに引っ張りだこ。
帰り、ちゃんと家まで辿り着くんでしょうか?



そこで、さっき周ちゃんが言った言葉を思い出した。


『大丈夫。僕はちゃんと帰ってくるから』


…心を(しかも未来の!)を読まれている感じがして、
なんだかどきっとしてみた。
だけど…その鼓動は、それ以上に嫌な予感を
察知しているのではないか…と思ってしまった。

さあ、どうなることやら…。





  **





「ねえ、見た?6組の教室」
「何も言わないで…」

3年12組に存在しますワタクシ。
深く、ふかぁーく溜息をついてしまいます。

学年の真ん中に位置する6組。
そこから実質的に一番遠いこの組に存在する私ですが。

廊下に出ると…見えるんだよ、遥か遠くに。
6組の教室の前に出来ている女子の群れが!!
しかも同学年のみならず後輩まで…。
さっき違う制服の人が紛れてましたがもしや高等部の先輩ですか?

しかも、彼女らの目玉は決まってる、周ちゃんだ。
それを二分するぐらいに菊丸くんも人気あるけど。


「不二も大変だよ。家に着く頃はくったくただね、あれは」

何回ぐらい告白受けるんだろ〜、と。
あなたはそんな呑気に言ってますけど…。


「そんなこと言ってる場合じゃなぁ〜い!!」


ダンッと机を叩いて立ち上がった。
ちょっぴり手の平がじんじんする。

それだけ力んだのに、「まあ座りなよ」とか言われるし。
そして私もそのまま素直に座っちゃうし…。

…はぁ。
本当に憂鬱になってきたよ。


「周ちゃん、本当に家に辿り着くかな〜…」
「あはは、大丈夫だって」


向こうは笑ってたけど。
…私は結構本気なんです。

まずね、周ちゃんは朝練で疲れてるのよ、きっと。
それなのにホームルームが始まる前、
休み時間から放課後、引っ張りだこになってごらんよ!?
潰れる!潰れちゃうよ周ちゃん!
おちおちトイレに行っている暇もないに違いない…恐ろしや。


「頑張れ…周ちゃん」
「気分は夫の帰りを案ずる妻ってか?大丈夫大丈夫!日暮れまでには帰るよ」

そう言ってケラケラと笑ってた。
日暮れって…。
冬は日没が随分早いとは言っても、今日は午前授業ですよ?
帰ってきてくれなきゃ困るよ…。


何しろね、私の告白する時の作戦は…幼馴染の特権乱用!

さっきも申しました通り、
周ちゃんと窓で会話をするのはいつものこと。
そこでなら他の人に邪魔されず、伝えることができると思うの。



頑張っちゃうもんね。

そのためにも、周ちゃん、無事に帰ってきてね!






  **






午後1時。帰宅致しました〜。

椅子をわざわざ引っ張ってきて、窓の前に設置。
そこに座って本を読む。
ちらちらと、向こう側の窓を気にしながら。


人影が見えたら…窓を開けて思いっきり叫ぶ。
これで宣しいでしょう!





ちらっ。


…居る気配は無い。







ちらり。


…人影は見えない。







じー。



……誰も出てこない。











窓を開けて、腕に顎を乗せるように寄り掛かって。

結局、何回窓の外を見たでしょうか。



「カラスと一緒に帰りましょ〜…」



5時になると鳴る鐘の音。
それに合わせて、歌う。



何やってるの、周ちゃん……。
もう、私が家に着いてから4時間だよ?



『気分は夫の帰りを案ずる妻ってか?大丈夫大丈夫!日暮れまでには帰るよ』


友人の言葉を思い出した。
あの、もう随分と日が暮れてますが?
帰ってきませんよ。これは案ずるしかないでしょう?


しかし。

“夫の帰りを待つ妻”

…違う、よね。


だって、私は周ちゃんのただの幼馴染で。
別に束縛する権利も何もない。

例えばさ、今日周ちゃんが沢山告白された中で、
誰か一人と付き合うことにしたら。
それは不倫でも浮気でもなんでもない。正当な恋愛だ。

私は、文句つけられる立場じゃないんだ。




だけど……さ。


『大丈夫。僕はちゃんと帰ってくるから』


約束だけは、ちゃんと守ってよ…。





思わず、涙が出そうになって。

俯いた。



ら。








ガラガラ。




……ん?








「ただいま」



「周ちゃんっ!!」




居た。

居たよ。


帰ってきた!!




夢じゃないよね?
待ちくたびれて眠ったりしてないよね私?
幻影でも錯覚でもないよね?

本物の周ちゃんだ!


「遅ーい!」


思わず笑顔で愚痴を零した私だけれど。

周ちゃんは、苦笑いを零して。



に文句を言われる憶えは、ないけどな」




―――……。




確かに、そうだ。


そうだよね。

帰ってきたらここで話そうなんて約束すらしてないのに。

向こうから窓を開けてくれただけで喜ばなきゃいけないのに。


何やってるんだ、私。


軽く言ったつもりの言葉だったけど。

凄く、自分勝手だったってことに気付いた。



「そう…だよね、ごめん。遅くまで、お疲れさま…」



…ヤバイ。

涙出そう……。









「…なんちゃってね」


「へ?」





顔を上げた先。

窓から顔を覗かせた周ちゃんは、笑顔だった。
ちょっとだけ、申し訳なさそうに眉潜めて。



「分かってる。待っててくれたんだよね。ありがとう」




思わず、「別に待ってなんか!」とか言いたくなったけど、
実際待ってた手前なんとも言えず、私は無言で頷いた。

周ちゃんは苦笑いして。


「実はさ…女の子たちに突然カラオケに誘われちゃって」
「……は?」
「断りきれなくて、さ」


…そうですか。
まあ、バレンタインデーなんて一年に一度だし。
仕方ないといえば仕方ないけどサ。

だけど、バレンタインとカラオケなんて関係ないじゃん!
その女の子たち下心見え見えよ、周ちゃんっ!!
周ちゃんだって分かるでしょ!?
なんでそんなのに付いていくのさ!

なんて、私に言う権利は無いのか。そっか。



「…でもね」



否定の言葉を出した周ちゃん。

何?と私は首を傾げた。




「最後にはここに帰ってくるって分かってたから、行けたのかな」





…そりゃそうでしょう。ここはあなたの家ですから。
それとも、違う意味、で?





『大丈夫。僕はちゃんと帰ってくるから』




再び思い出した、この言葉。



…そうか。

もし、私の考えがあっているなら。




この言葉の隠された意味は、


つまり、最後は私の元へ来てくれると。






「…周ちゃん!」



「ん?」






「ハッピーバレンタイン。えっと……」







 「「 好きだよ 」」






重なった、言葉。


「そういうと思った」と周ちゃんは笑って。






 『勿論、僕の気持ちでもあるから』と言った。







窓と窓の間、くすぐったさに笑い声が木霊した。






















果たしてお隣さんと会話できるような窓が
不二家(ケーキ屋にあらず)にあるのかは謎ですが。
私がお隣の子と窓と話して楽しかったので…書いてみました。
ちなみに窓と窓の間は5mぐらいの設定です。

バレンタインデー、やはり不二様は引っ張りだこなのでしょうか。
人気者も度が過ぎると大変ですよね!
それにしても、素晴らしい策士ですね、不二様。(笑顔)

「乙女の願い」様に捧げますた。
こんなもので宜しければ……。


2004/02/12