授業も終えて。
とんとんと教科書を揃える私。
友達のところへ行こうとしたとき。
「さん」
「…?」
隣のクラスからやってきた、黒髪の美女。
その人の言葉に、私は思わず硬直した。
* flying consciousness *
「え……今の話本当、ちゃん」
「本当と言ったら本当よ」
私は固まるしかない。
まず、順を追ってご説明いたしましょう。
そこに居ますのは、去年同じクラスだったちゃん。
黒くて長い髪が綺麗で美人な子。
おまけに背も高くて痩せててすらっとしてる。
男子にもモテモテだとか…。
少しキツイところもある子だけど、
そのはっきりとしたところが結構好き。
だけど、向こうは私のことが嫌いなのかな…。
必要以上に強く当たられる気が…。
そして私が今言われた言葉とは、
『噂によると、大石くんって髪が長くてスタイルのいい子が好きだそうよ』
…であったのです。
「まあ、やっぱり大石くんといえば私みたいな子がタイプなのかしら?」
長い髪をバサッと払うとちゃんはそう言った。
…言い返せない。
だって本当にちゃんって美人だしスラッとしてるし…。
でも、それが大石くんがちゃんを好きかどうかは別としても。
・・・・・・。
自分の体を見回した私は固まった。
特別可愛い顔はしてないし。
髪は肩に届くか届かないかのセミロング。
足…長いとは言い切れない。ついでに細いとも言えない。
うわー…。
「どう、役に立ったかしら?」
「あ、うん!教えてくれて有り難う…」
笑顔を見せるとちゃんは自分の教室に帰っていった。
今の笑顔も嫌味なのだろうか…。
「アナタに大石君は合わないわ。諦めなさい」という…。
うぅー……。
困ったなぁ。
私、実は…迫り来るバレンタインデーに、
思い切って告白するつもりだったのに。
直前になって「アナタは彼のタイプじゃありません」と突きつけられてしまった。
どうしよう…。
でも、少しでも理想に近付くために!!
私、頑張っちゃうもん。
…無駄な努力かもしれないけど。
「―――」
だけど、どうすればいいんだ。
髪を長くするっていったって、
一週間で何センチも伸びるわけない。
スタイル良くしろったって…
足を引っ張れとでも言うの?
痩せるっていっても…
急激にスレンダーになれるはずがない。
…諦めるべき?
いや、諦めないっ!
だけど…ほぼ100%、私ってフラれる運命…?
だめ、考えたらダメよっ!!
勝負は一週間後なんだから。
**
気付けばその一週間後ですが…。
は、吐きそう……。
「おはようちゃん、顔色悪いよ?」
「あはは、そうかな…」
…実際体調悪いんです……。
ほっそりとした体を目指して無理な減量…。
昨晩はチョコレートを作って夜更かし。
そうしたら失敗ばかりが募り…。
気付けば明け方…。
睡眠時間2時間行ってないんじゃない…?
しかも、失敗したチョコ勿体無いから食べちゃったし…。
チョコってさ、一気に食べると気持ち悪く……。
そもそも減量してたのになんでそんな馬鹿食いするのよ…。
元々胃が縮みかけてるところに…おぇっ。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫…これを渡すまでは…」
相手の宛名を書いた小さなカードをつけた、その包み。
鞄の中からちらりとそれを覗かせた、その時。
「……ぉお」
「キャー、!?」
私の意識は飛んだ。
**
「……あら?」
ここは…保健室だ。
間違いなく保健室だ。
私…倒れたのか。馬鹿みたい。
料理は夜じゃなくて昼間にやるものね…。
そして失敗しても無理に全て食べないものね…。
加えて無理な減量もするべきではないわね…。
(そもそも、チョコの大食いでリバウンドしてそうですが)
…何やってるんだろ。馬鹿みたい。
とりあえず、気を取り直して授業に出て勝負は放課…後ぉ!?
腕時計を見て、私は一気に体をガバッと起こした。
少し頭がくらりとしたけど、気にしている暇はない。
腕時計は、1時半を指している。
ってことは4時間も寝てたの!?とか驚いてる場合じゃない。
(何しろ元が2時間睡眠なのだからまだ足りないくらい)
もうみんな帰ってるよ!!
だって、土曜日は午前授業なんだもの。
未だに校舎に残ってるのなんて先生ぐらいだよ〜!
ベッドからするりを足を下ろした。
私のものらしい上履きがあったので、踵を潰したまま履いて。
学級委員の大石くんだから仕事とかで残ってるかも!
そんな確率の低い可能性に掛けてカーテンを開けたとき。
「――――」
まさか、人が居るとは思っていなかった。
保険医の先生じゃなくて、生徒が。
「……、ちゃん?」
そう。丸い椅子に腰掛けていたのは、
ご存知ちゃんだったのです。
ちゃんはこっちをゆっくりと振り返った。
目が、少し…赤い?
「漸く起きたの」
「え…もしかして待っててくれたの?」
自惚れないでよ、とちゃんは言った。
でもどうやら待っていたのは真実らしい。
「どうして……?」
ドクン、ドクンと脈打つ。
いつもより強く感じられるのは、
きっと睡眠不足なのに飛び起きたせい。
ちゃんは言う。
「この前のこと、訂正するために」
「……?」
この前のこと。
この前のことといえば……もしかして、アレ?
「大石くん、別に髪が長かろうがスタイル良かろうが興味ないそうよ」
「え……?」
どういう、こと?
どういうこと??
「ちょっかい出しただけよ!あなたが大石くんのこと好きっていう話、有名だから」
…承知です。
今日も普通に生活してたとしたら、
クラスの男子に「勿論愛しのO君にプレゼント持ってきたんだろ?」
とでも冷やかされていたに違いない。
(そして真実だから言い返せない私…)
だけど、どうしてちゃん、泣いてるの?
…アレ?
足元に、ゴミ屑とされた、包み紙が。
……もしかして、チョコレートが、入っていたの?
そうか。
上手く渡せなかったんだ……。
私は何も言えなかった。
その場に立ち尽くしているだけだった。
ちゃんはこっちをきっと見据えると言った。
「さっさと教室にでも帰ったら!?忘れ物が残ってたわよ!」
「はっはい、ありがと!」
私は一目散にして逃げるようにして保健室の出口に向かったけど。
「あ、待ちなさい!」
「?」
思わず呼び止めてしまった…という感じでちゃんは固まる。
額に手を当てると。
「大石くんが本当に好きな子は…限度を知らずに無茶をしちゃうような子、ですって」
「………へ?」
私は思わず硬直した。
「…いいから早く行きなさい!」
「わ、分かりましたっ!!」
焦りつつ私はダッシュ!
廊下を駆け抜けながら、思った。
…ちゃん、きっと、
大石くんのこと、好きだったんだ…。
それで、私にいつも突っ掛かってきてたんだ…。
しかし…チョコ、結局渡せてないんだよな。どうしよ。
家にまで届けに行くのか?うー……。
てか、限度を知らずに無茶って。
・・・・・・。
自分のことだと思うのは自惚れたよね、うん!
階段を一段飛ばしで駆け上がる。
病み上がりなのに、パワー爆発。
「3年2組到着ぅ!……はぁ?」
「あ」
まさか、人が居るとは思っていなかった。
誰も居ないと思って独り言を言ったのに。
居た。
そういえば。
さっきのちゃんの言葉、“忘れ物が残ってたわよ”。
実は微妙に引っ掛かってた。
私は別に教室に忘れ物をしたわけじゃないのに。
もしかして、その忘れ物って……
コレのことだったの?
「大石くんっ!?」
「さん…」
目が合うと、大石くんは顔を赤くした。
ん?
『――限度を知らずに無茶をするような子が好き』
いや、まさかまさかっ!!
タイミングが良すぎたからそう思っちゃっただけ!
それにしてもタイミングがいい。
上手く行くにしろいかないにしろ、チョコを渡すチャンス!!
「まだ残ってたんだ、大変だね。学級委員の仕事でも?」
そそくさと自分の机へ向かう私。
鞄は机の横に掛かってた。
…あれ?
鞄が心なしか軽い…。
…ん?
開けてビックリ!チョコがない!!
「いや、仕事じゃなくて…「ないー!!!!!」…」
大石くんのセリフは、私の叫び声に掻き消された。
だって、ないんだもん!
折角チャンス到来したと思ったらこれだ!!
「どうしよどうしよ、私の徹夜の最高傑作がー!!」
叫ぶ私。
大石くんは、頭をポリと掻いた。
「…もしかして、コレ?」
「……ソレ」
大石くんが持ってた。
…なんで?
「倒れた時、横に落ちてたって。……貰って、良かったのかな?」
目眩。
「あ、さん!」
「もうだめ……」
再び保健室に運ばれたら、ちゃんに怒られるかな。
だけどね、この人は私の鼓動を強くさせるの。
あまりに強く波打つものだから。
私の意識は、飛ぶ寸前。
中途半端に終わる。もーダメだっ!起承転結のくそもねぇ!
建て直し不可能なので被害が広がる前に強制終了。(自棄)
終わり方が『sunny-side up』に似ちゃったし…。げふ。
私の中では青学は土曜日に学校ありますので悪しからず。
実際はどうなんでしょう。
どちらにしろ設定無視しまくってるくさいね。
ちゃんに同情して泣きそうになっちゃった。(馬鹿)
ハッピーアンドアンハッピーバレンタイン。
2004/02/08