新しく、始まる。

 昨日までのことは水に流して。



 今日から、始まる。


 それは明日へと続いていく。











  * 水に流そう。 *












「大石ー!」


少し遠くに見えた背中。
そこに向けて、思い切り声をぶつけた。
彼はくるりと振り返って、
私の姿を確認すると笑顔を見せた。

「おはよう、今日は随分と早いんだな」

嫌味にも近い、その発言。
私は歯を剥き出して笑ってみせた。


私、といえば、遅刻魔で有名。
教師たちもほとほと呆れて注意すらしてこない。
5分以内の遅刻なら明日は雨、
時間内に現れようものなら夏でも雪が降る、と。

要するに、問題児というやつ。

だって、周りの声があまりにウルサイ。
時間を守れと言われるほどに反抗したくなる。そんなお年頃。
実は時間に間に合いそうなのに、寄り道してみたり。
遅れても走ったりなんてせず、わざとゆっくり歩いてみたり。

そんな私が、どうして今日はこんなにも早く登校しているのか。

加えて、今は一般人が登校する時間の、更に1時間以上前。
何しろ私が先ほど声を掛けました大石秀一郎といえば、
登校する時間は生徒一だと言われるほど早い。

…らしい。
そのことは、昨日知った。


大石秀一郎。
クラス同じ。席近い。それなりに喋る。
とはいえ、常に遅れてやってくる私からしてみれば、
そいつがいつ登校してくるなんて関係ないし知るはずもない話、
だった、けど。


知ってしまったものは知ってしまった。





  **





思い起こせば、昨日の放課後。
斜めがけの鞄を首一本に吊り下げて、
さっさと帰宅しようとしていたときのこと。

声を掛けてきたのは、学級委員。


さん」


妙なほど爽やかな声。大石だ。
にこりと笑みを向けてくると、言った。

「遅刻に加えて、掃除もサボる気かい?」

私は、無視して通り過ぎてしまおうかとも思ったけど。


何故かその足は、掃除用具入れに向かっていた。


「お、ちゃんとやってくれるんだな」
「フン」

可愛げのない返事に、自分でも苦笑しかける。
取り出したモップを地面について、柄の先に顎を乗せる。
ゆーらゆーらと揺れて、みんなが掃除している状況を眺めた。

…といっても男子二人は丸めた紙で野球やってるし。
女子はちゃんとやってるように見えて、
実は手より口のほうが多く動いてるし。
掃除のみに集中しているのは、大石ぐらいなもんだ。

一人せっせとゴミを集めている大石。
なんとなく、マヌケに見えた。

「…苦労人だね」
「え?」

思わず呟いた訊かれてしまったらしい言葉を「いやいや」と濁して。
私は再び掃除用具入れに向かった。

モップを中に放り込んだ私。
くるりと後ろを振り返った。

道具を片付けてしまった私は、さっさと帰ってしまうと思ったのだろうか。
大石の手が、それを止めるべく半分宙に浮いてた。

だけど。


「これ、いるでしょ?」

「……」


即座にちりとりを取り出した。


大石は、笑顔を見せて「ありがとう」と言った。
別に掃除当番なんだから、礼を言われる筋合いはない。
“どう致しまして”なんて言葉は、勿体無いから使わなかった。

これで、私もマヌケの仲間入りかな。

そんなことを考えつつも、ゴミの横にしゃがんだ。
「ほれ」と言ってみせると、大石は器用にゴミをちりとりに掃きいれた。


なんだ。
結構楽しいかも、掃除。


「おい、また大石しか真面目に掃除やってないじゃないかぅお!?」


上下ジャージ姿の我が担任。
凄い剣幕で教室に飛び込んできたけど、
大石の横にしゃがんでいる私を見ると奇怪な声を上げた。

私と担任は目を合わせたまま、5秒くらい固まってた気がする。

あまり快いものではないけれど。
しきりに瞬きを繰り返すそいつが面白かったから私も凝視し続けた。


「…やあ
「ども」


妙にギクシャクとした姿で、担任はどこかへ消えた。
噂によると、普段は絶対そんなところに行かないそいつが、
屋上への階段を上っていくのを目撃した人がいるらしい。


とりあえずその後もう一度私たちの前に現れたわけだから、
飛び降りはしていなかったようだ。
といってもこれは後から分かることだけれど。

元々それほどのショックを与えたつもりは私にはないし。
大方、都会の上空を流れる風でも浴びにいったのであろう。
あいつが屋上で一人黄昏ている姿を想像すると、実に愉快。


何はともあれ、私たちは掃除を終えた。
机を全部並べるのは、なかなかの重労働だった。
何しろ、ほとんどを私たち二人でやったものだから。

私がこんなに働くなんて10年に一度くらいなもんだ。感謝しろよ。


「お、今日は早く終わったな!」


そんなわけで復活してきた担任来襲。
丁度大石が最後の一つの机を並べ終えたときだった。

私は誰のものかも分からない机に腰掛け、
残りの4人は荷物も掴んで帰る準備万端。

大石は爽やかに「はい。皆で協力してやりました」と言った。


事実上、本当にちゃんと働いたのは私と大石くらいだよ。

と言ってやりたかったけど、一番働いていたのはどう見ても大石だし、
“皆で協力した”発言をしたのもまた大石だから、何も言えまい。


私は黙ったまま、ぶらぶらと足を揺らしていた。


「それじゃあ帰っていいぞ。ご苦労さん」


皆、ガヤガヤとばらけていった。

さぁて、私も帰ろうかね。
特に待っていてくれる友達も居ないし、
待つべき友人も居ないし。
気楽にのたくらと帰るだけだ。


そういえば今日は出かける予定だったのに。
余分なところで時間を喰ってしまった。
仕方が無い。今日は諦めるか。

…って、なんで私掃除なんかやったんだ?


「それにしても、が掃除をちゃんとやってくれるとはな」


ぴょんと机から飛び降りた私に、
担任が妙にニコニコとして呟いた。

さっきまではあれほどショック受けてたくせにね。
いや、先ほどのはカルチャーショックみたいなものか。
一時期は衝撃でも時が経てばそれまた幸せ。


「お前なんて成績は悪くないんだから、生活態度を改善すれば問題なしだぞ?」


またそんな話だ。
私はうんざりしてきたよ?

確かに自分は成績は相当いい方だと思う。
あれほど授業を真面目に受けてなくて、且つ塾にも行っていなくて、
そのくせに学年20位内というのはかなり恐ろしいことだと思う。


一年生の頃は「すごーい!」で終わっていたけど。
次第に“実はがり勉君疑惑”が出てきて。
今になっては「カンニングしている」というのが、
嘘偽りない事実として植え付けられている。

私は本当にしていないんですけど。
IQテストとかしてごらんよ。
人のことばかいって自分のことを棚に上げる君たちよりも
5割増は多くとってあげるからさ。

だけど、一度否定すると周りはもう何も言ってこない。
それ以降は近付いてきやしないけど、無理に離れることもない。
私の周りには、磁力のような不思議な力が働いているに違いない。


一番癪に障るのが、大人たちの反応だ。

最近は諦めてるよ。
何を言っても無駄だからさ。
折角私立を受験したのにさ。やる気なくなっちゃって。
今では規則破りまくりの問題児。

それでも耳に穴をあけるようなことはしてないし。
髪だって今も漆黒を保ってる。
勿論ヤクなんて近付いたこともないし生で見たこともない。
それどころかケータイだって家にちゃんと置いてくる。
今の中学3年としてはありえないですよ?
持っている人は多分9割方が学校に持ってきていると思いますが。

唯一の反抗が、時間を守らないこと。当番守らないこと。
今日は思わず、掃除やっちゃったけどさ。


頑張れば頑張るほど否定されて。
否定されるから怠惰的になって、それによってまた事実を曲げられて。

といっても、元々あんまり頑張ってなかったけど。
勉強しなくてもいい点取れてしまうこの脳は、一体誰に似たんだか。
父…母……祖父辺りのを頂いたことにしますか。



現実に戻りまして。


「これで、遅刻をなくしてみろ?」
「低血圧で朝には弱いです」
「嘘をいえ。一ヶ月前の身体検査が違うと証明しているぞ」

…言い訳通じず。

「全くお前、大石を見習ってみろ?あいつは、生徒の中で一番登校するのが早いんだぞ」
「はあ…」

あなたにそんなに自慢げに語られても困りますが。
でも…そうなんだ。

ちらりと大石の方を見ると、丁度自分の鞄を拾い上げたところだった。
自分のことが話題になっていることに気付いたのか、
こっちを見るとくすぐったそうに眉を顰めた。

「大石は本当に完璧な生徒だな。朝早く登校して部活で汗を流し、
 授業にも真面目に参加し、学級委員もこなす。加えて成績は学年一だ」
「必要以上に誉めないでくださいよ」

ははは、と笑って誤魔化す担任が居た。
大石はというと、参ったな、と苦笑していた。

…へぇ。
そうなんだ。

「それじゃあ、失礼します」
「おう。部活頑張ってこいよ」

挨拶をすると教室から出て行った大石。
私は、自分は担任に挨拶もせずにその背中を追った。


「大石っ」
「ん、どうした」

前を歩く15センチほど高い頭に向けて声を投げた。
振り返った表情は、いつでも変わらず爽やか。

いつもだったら、全然気にしないことなのに。
寧ろ鼻で笑って嘲るようなことなのに。


「朝、何時に登校してるの?」


何故か、質問してた。


不思議そうに瞬きを繰り返した大石だけど、
その後爽やかに笑みを見せてくると、「6時半ぐらいかな」と答えた。


6時半?
なんだ、そんなものか。
思っていたよりは早くなかった。

…そうか。正しい登校時間は8時過ぎだったか。


眉を潜める私の顔を覗き込んで、大石は問い掛けてくる。


「どうしてそんなこと訊いたんだい?」


今までの私だったら、「どれくらい早いのか気になったから」、
とか言えたんだろうけど。

妙なほど切羽詰っていた私は、

「私も同じ時間に登校したいから」

と、正直に答えてしまっていた。


大石は一瞬固まると、ははっと声を出して笑った。
とはいっても、馬鹿にした笑いではなくて。

なんとなく嬉しそうだった。自惚れかもしれないけど。


「それじゃあ明日の朝、楽しみにしているよ」


そう残して去った大石の言葉は、
本気が篭っていたのかは、私は知らない。




  **




だけど今、私はこうして大石の横に居るわけです。
約束…というほどのものでもないけど。

とにかく、自分が宣言したこと、守ったぞ。


大石は私の顔を見ると言う。


「正直…本当にこの時間に登校するとは思わなかったよ」


…やはりそうですか。そうでしょうね。
今より2時間は遅い時間に学校に到着していた私ですから。


「私は約束は守る人なの」
「そうか」

大石は声を出して笑った。
柔らかい感じがして、なんか好きだ。

「昨日は掃除もやってたし…本当は真面目なんだ?」

言葉尻を上げて、問い掛けるように言ってきた大石。
私は返事に詰まる。

だって、真面目…マジメ?

有り得ないでしょう。
この人は今まで私のことをどのように見てきたのでしょう。



「遅刻でホームルームに来ないことはあっても、授業をサボったことはないだろ?」

…折角払っている授業料ですから。寝てては元も子もないが。


「宿題もやってこなかったこと、ほとんどないんじゃないか?」

…だってあまりにも簡単なんだもの。暇つぶし。


「先生たちに対してはきちんと敬語で喋るし」

…目上の方ですから。年配の方は大切に。



どんな大石の言葉にも、心の中だけで言い返して声を出さなかった。
つんと横顔を見せたまま反応を示さない私に
大石は溜息を吐くのが聞こえた。
ちらりと横目で見ると、微笑を零してた。


「不思議な奴だよ、お前は」
「そうデスか?」
「ああ」


ここまではっきりと言い切られると、私はやはり何も言えない。
口をつぐんでいた。

だけどやはり、会話は生まれる。
作っているのは、全て大石だけれど。

「こういうこと…訊いていいのか分からないけど」
「なんでもどうぞ」

じゃあ訊くぞ、ともう一度確認して。


、友達っているか」

「……」


今まで中で最も返事しにくい質問だ。

だけど考え方に寄っては、
答えは一つなんだから至極簡単。
難しいのは、自分の心の処理の問題で。


「居ないよ」
「だろ」


…ちょっと大石が嫌な奴に思えた。
だけどなんだか、意図があるようにも思えた。

もう一度、大石は訊いてくる。



「それじゃあ、苛められたことってあるか?」



思い起こしてみた。


「……ない」

「だろ」


大石はまた柔らかい笑みをする。

は、本当に不思議なやつだと思う。
 なんていうか…憎めないんだよな。嫌いになれない」
「本気でそう思ってる?」
「ああ。俺は嘘は吐かないぞ」

とは言い切れないか。
と付け加えると大石は苦笑していたけど。

「だけど、今の言葉は本当だぞ」
「それはどうも」

といっても、果たして誉められたのか謎だけど。


「もう一つ…訊いていいか?」
「お好きにどーぞ」


もしかすると、これこそが一番答えにくかった質問だ。



「なんで、毎日ワザと遅刻してるんだ?」

「………」



やっぱり、バレてた。



「…低血圧なんデス」
「嘘だろう?昨日もそんなこと言ってたけど」

ハイ、嘘です。
ごめんなさいね。私は大石クンとは違って嘘つきだわ。


ふぅ、と溜息を吐いて宙を見上げた。
まだ朝は早いもので、空気は澄み切っている。
太陽はそろそろ建ち並ぶビルの後ろから顔を覗かせる頃。


「空が蒼くて綺麗だから」

「……?」


大石が首を傾げているのは、知ってた。
だけど、敢えて向こうが訊いてくるまで黙ってた。


「どういう、ことだ?」
「お陰で水も青くてキレイ」


余計疑問符が増えるような発言をしてみる。
もう一度大石は訊いてくる。

「その…それがどう遅刻と関係があるんだ?」

訊かれたら、答える。その繰り返し。


「つい、散歩したくなる。気付くと時間オーバー」


そこまで来ると、毎回毎回首を捻る大石の動作が時間を食いすぎな気がして。
私は一気に説明してやった。



あれは、まだ私がちゃんと真面目に登校していた頃。


無遅刻無欠席。
授業中は友達に手紙を書いたりしても、しっかり参加。
あてられてもバッチリ答えちゃったりして。
勿論宿題を忘れたこともありません。
教師に対しての態度も粗相は無く。
はっきり言って、評価で言うなら上の中ぐらいは頂ける存在だった。

昔は人気者だった。
勉強だけじゃなくてスポーツもそれなりに出来たし。
性格だってそれほど内向的ではないつもり。
容姿も醜いとはいえないけど、妬まれるほど整っているわけではなく。

だけど、いつの間にか出てきたがり勉疑惑やカンニング疑惑。
ちょっとずつ、人が離れていった。
3年のクラス替えを切っ掛けに、私の周りに人間はゼロになった。

それなのに、なんでだろね。
罵声を浴びせられたことは一度もないよ。
上履きも登校すれば下駄箱にきちんと並んでます。
机の中にはそういえばプレゼントが入っていたことならあったけれど、
爬虫類など奇怪なものが発見されたことはない。
(ちなみにそのプレゼントは差出人不明だった。)
イタ電だって勿論ないしウィルスメールも学校の人からとは思えないし。


大人たちの声が一番嫌だった。
授業中手紙でも書いてみれば「真面目にやれ」だの。
悔しさ溢れてテストでいい点を取れば、
噂を聞きつけ「本当にカンニングしてるのか?」など。

反抗するため連続で遅刻をしてみれば、「もっと早く来い」と。
教師に遅刻の事実を親に伝えられ、毎朝早くに叩き起こされる。

そう、私、毎日6時には起きてたのよ。

朝ご飯もさっさと食べて。
ゆっくりと準備をしてみても、7時前には出かける準備が出来てしまう。
家に居るのも癪だし、その時間にもう家を出てみた。

そのまま学校に行っても暇を持て余すだけだし。
何より折角の反抗も無意味になってしまう。

私は、家から少し離れた小川にほとりにやってきた。

そこは流れている水が、綺麗で。
こんな都会にまだ澄み切った水があることが嬉しかった。
周りはコンクリートで舗装されてはいるけれど、
汚水などが流れ込んでいる様子はなくて、魚が元気に泳いでいた。


上を見上げれば、空が蒼くて。
反射する水面、やっぱり青くて。

そこら辺にあった花を、一本摘んで。
川に向かって、投げつけてみた。

さも当然かのように、流れに沿って姿を消した。


私は、毎日そこへ通うことを決めた。
家や学校から遠いそこに寄ると、したくなくとも遅刻する。
やはり教師に怒られる。
家で親に叱られる。
私はまた川へ向かい、花を水に投げ入れる。

嫌なことも全て、水に流してもらおうと。


だけど、雨の日とかは行かない。
私は澄み切った青い水が見たいのだから。
その分の時間は、コンビニで立ち読みして潰してみたり。

反抗は続ける。
それだけが私の存在理由のように思えたから。


それでもやはり、水に流してもらうんだ。




「私って、大石の言うとおり不思議な人なのかもしれない」


そう言うと、大石はまた笑ってた。


「みんな、きっと羨ましいんだ」
「ウラヤマシイ?」

みんなが。私を。
羨ましがってる?

…そんな滑稽な。

「どうしてそう思うわけ」
「だって、俺が思うに…は努力しなくても大抵のことがこなせてしまうタイプだろう?」


ごもっとも。
凄いね、大石ってエスパー?
さっきからことごとく私のプロフィールを当ててくる。


「周りは、それが悔しいんだ。だけどは嫌な奴じゃないから、嫌いになれないんだ」
「えー…」


本当かしら。
大体、大石は私のどこをどう見てそう言い切っているの?
私が嫌な奴じゃないって、どうして分かるの?


「ただ、我武者羅さが足りないんじゃないかな」
「がむしゃら…」
「ああ。お前だって努力してるってところ、見せてやれよ」

努力。

「…だって大してしてないんだもん」
「これからして見せればいいじゃないか」

…なんか、私って大石に人生指導されてる?
まあ、いいんだけど。楽しいし。


「それじゃあ、今度は俺が話す番な」


誉められるのも自慢するのも、好きじゃないんだけど。
そう補足を加えて。


「俺、クラスで学級委員やってるだろ」
「うむ」

「テニス部で副部長もやってる」
「知ってる」

「無遅刻無欠席」
「うん」

「授業も真面目に受けてるし」
「そうですね」

「宿題忘れたこともない」
「へー」

「授業で分からないことがあったら先生に訊きに行くし」
「偉い」

「この前のテストでは学年一位だったんだぞ?」
「わお」


………。

大石って凄い。


「これを言ったら悪いと思うけど、俺はカンニング疑惑掛けられたことなんてないぞ?」
「だろうね。大石は真面目だから」

ほら。

そう一言だけ、大石は述べた。


「真面目にやってれば、周りは認めてくれるんだ」
「……」
「俺は、は真面目にやってると思うぞ」

だから、今こうして話をしてくれている。
…そうなのかもしれない。

だって、周りのみんなは悪口とかは言ってこないにしても、
事務的なこと以外で話してくれることはない。

そういえば、学校の人とこんなに喋ったの初めてだ。


「真面目…って言葉は間違ってたかな」


大石は顔を崩してくしゃくしゃになって笑顔をした。
こんな顔するの、珍しい。

って、なに私大石のこと全て知った気になってるんだろ。

だけど。


、頑張ってると思うぞ」


言葉を聞いたとき、
私の顔も、くしゃくしゃになってた。

唯一違うのは、大石のは笑顔だけど私は泣き顔だってこと。


「…おい、!?」
「ふぇ〜…」


情けないと思ったけど、涙が零れた。


いつ以来だろ。

人の前で泣いたのなんて。

そもそも、泣いたのがいつ振りかすら分からない。


自分の前でも泣けなかったのに。

大石の前では、泣けるなんて……。



目から零れた滴は、頬を伝って。


ぽたりと垂れると、制服にわずかな染みを作った。




 全て、水に流されていく。




「大石…」

「ん?」



ちょっぴり鼻の詰まった涙声だったけれど。




「私、もう寄り道するのやめるね」




つまり、もう遅刻はしません、と。


大石は驚いた風な顔をした。
だけど、すぐに笑った。


「俺、のそういうところが好きだ」


大石は、笑顔を見せてそう言った。
別に、礼なんて言う筋合いはないはないと思うのだけれど。



「ありがと」



嬉しかったから、素直に応えた。





きっと、わざわざ川に行く必要は無くなる。

水に流すものが消えたから。


これからは私自身が水になって、どこまでも流れていきたい。


自由気侭に、綺麗な姿で、でもどこか強かに。



「ついでに、授業もマジメに受けてみようかな」

「本当か?」

「うん。私は嘘は吐かないよ」


顔を見合わせて、笑った。



「いつかその学年トップの座も奪ってやるから」

「お、こりゃ大変」


「友達も100人作り直してやる」

「うん、きっとできる」


何でだろうね。

大石に言われると、本当に出来そうな気がするよ。





その時丁度、学校に着いた。


大石はテニスコートに向かった。

私は校舎へ向かう。


学校内にはきっとまだ教師数名しかいない。

教室に入ってみれば、そこはシーンとした世界。


毎日必ず一番に登校してるってのも、面白いかもね。



これもまた新しい反抗になるぞ。


くくくと笑って、私は窓から外を見た。




これからは川には行かない。


変わりに、あの人に会いにいこうと。






――1時間近く経って、クラス一番の人が登校してきた。


私の姿を見て随分驚いた様子だったけれど、

思い切りにへらと笑って、言ってみた。




「おっはよ!」




遠ざかることはなくて、

大して近付いてくることもなくて。


だけど小さく、「おはよう」と言った。






 今日から新しく始まった営み。


 遅刻していたような私は、もうオワリ。


 これからは真っ直ぐ進んでいこう。


 笑顔がきっと、そこにある。




 友達も、1000人だって出来るはず。


 アナタがそこに居る限り。






















500作を越えての1作目。
メルマガに執筆を始めましたが、ここにて完成。
また新しく始まりたいという希望を乗せて。
今までのことは忘れずに、でも初心に返ったつもりで。
私の思いを抽象化して書いてみました。

予想以上に長くなってしまったよ…。
設定が…細かすぎた。

それじゃあ、小説1000作目指すとしますか!(笑顔)


2004/02/01