ジングルベルが鳴り響く街中。

輝くデコレーションで溢れ返る店の前。


ショッピングウィンドウの中を見つめ続ける私。

店員さんの目にはどのように映っていたのだろう。



道行く人も疑問に思って、

一瞬立ち止まったり、結局通り過ぎたり。

中には店の中に入っていく人も居たりして。


出てきた人は、何かを手にしていて。

外に立っていたものと笑顔を合わすと、

共に同じ方向に歩いていくんだ。



窓に写らなくなった私の姿は、去り行く夢を抱えてる。











  * gingerbread honey *












もうすぐクリスマス。
商店街の角の、小さなケーキ屋。

何故、そんな時、そんな所で女子高生が今時
10分近く棒立ちになっているのか。
中に居る店員を初めとして、道行く人も疑問に思ったことだろう。

それだけど、見てしまう。


16歳、高一の冬。
恋をしました。


「……凄ぉーい」


相手は、ケーキ屋にある、高さ1mほどのお菓子の家。


小さい頃、夢だった。
お菓子の家に住んで、毎日それを食べながら暮らすの。
そんなことしたらいつか家がなくなっちゃうとか、
先のことは考えることが出来ないぐらい小さかった頃。

だけど、年を取るに連れて次第に忘れていった。
童話から飛び出した、そんな小さな夢のこと。

ヘンゼルとグレーテル。
甘い甘い、夢のような童話の中の世界。
そこにだけ、存在するものだと思ってた。

それが、すぐそこに、ある。


「…お菓子の家だよ」


顔がガラスにぶつかるほど近くまで擦り寄って、それを見ていた。

壁はね、クッキーで出来ているの。
屋根も同じだけど、これはグラムクッキー。
扉は板チョコのかけらで出来ていて、石段はビスケット。
アイシングでマーブルチョコレートやグミが付けられていて、
見た目も、そしてきっと味も、鮮やか。

本当に夢みたい。


忘れていたはずの夢。
一度目に入れた瞬間に、思い出の中から飛び出した。


欲しいなー。
とは思ったけど、お金もないし、やめた。

見てるだけでも幸せだった。ありがと。


「(バイバーイ)」


心の中で手を振って挨拶した。
もう一度ちらりと振り返ってから、信号を渡った。








そう。
過去の夢なんて捨ててなくなったはずだったのに。


「(なんで私はまたここに立っているんでしょう…)」


翌日。
ほぼ同じ時刻、私は昨日と同じ位置に居る。

日はもう沈んだ後で、空は紺色。
だけどそれを感じさせぬほど、街は眩しい。
イルミネーションの明かりが辺りを照らす。

だけど私には何より輝いて見えるのは、これ。


「(お菓子の家ー…)」


子供じみてる、けど、好きなんです。

同じ学年の子達と比べると、
確かに自分は幼いところがあるな、と思う。
容姿も内面も共に。
だからここに立っていることはそこまで不自然に見えていないかもしれない。
だけど、10分以上張り付いたように見入られて、店員さんはどう思ったか。

ごめんなさい。買うわけじゃないんです。

また、その場を後にした。
今回は、また明日来ることを約束して。






そんな日々が、何日続いただろう。
そろそろ店員が不審がって声でも掛けてきそうになった頃。


「お兄ちゃん見て、お菓子の家!」
「―――」

横に現れたのは、小学生と思われる女の子。
と、そのお兄ちゃん。

「本当だ、凄いな」
「初めて本物見た。凄ーい!」

その子と自分のリアクションが、変わらなかったことに苦笑。


はた、と女の子の方と目が合った。
にこっと微笑んでみた、けど、呆気なく逸らされた。

あれー…。

なんとなく寂しくなって視線を持ち上げると、
今度は兄の方と目が合った。
微笑まれた。

「君も、お菓子の家を見てるのかい?」
「あ、はい……」

なんだか爽やかな人だ。
いい声してるな…。
年いくつだろ。
この辺に住んでる人かな…。

訊いてみようかな、と思ったら。


「ほら行くぞ。お遣いの途中だろ」
「はーい」

…行っちゃった。

仲良い兄妹だったな。
可愛い妹さんに優しいお兄さん。うん、良いなぁ。
私は一人っ子だからなぁ…。


さて、私もそろそろ帰ろうかな。



…と思いつつも、何故か目を離すことが出来ない。
私ってどこまで子供なんだろ…。


「わー、お兄ちゃん大好きー!」


…あら?
さっきの女の子の声…。

「ただし、一番小さいやつだぞ?」
「分かってる!」

女の子は、嬉しそうにお店に飛び込んでいった。
…なんのこっちゃ?

お兄さんの方と目が合った。
苦笑を零す。

「どうしても欲しいって聞かないから…戻ってきたんだ」
「あ、そうなんですか…」

横に立たれる。
わー、背が高ーい…。

妹さんは私より20cmくらい背が低かったけど、
お兄さんは私より20cmくらい背が高いみたい。

ところで、2人きり…チャンスだわ。


「この辺に住んでるんですか?」


質問してみた。
いつになく大胆に行くわね、私。
向こうは少しきょとんとしてた。やっぱり変だったかな…。

「そうだけど…君は?」
「私は学校が近くで…」
「学校?」

疑問符が回りに見えた。
どうしたんだろ…。

「この辺に中学校なんて…?」

……ああ。
そういう展開か。

「ごめんなさい。私これでも高校生デス…」

そう。
良く間違われるのよね、中学生に。
私服だと小学生にすら…。
そんなに子どもっぽいのか、私…。

「えっ、じゃあ年上ですか?すみません…」
「あ、全然気にしないで!そうすると余計困るし」

ぶんぶんと手を振って否定。
なんだ?じゃあこの人は中学生!?
うわ、有り得ない!大人っぽー…。
それに対して、私って、私って……。
…あーあ。


その時私が、「同い年だったら良かったのに」と思ったのは、
何故だったのだろう。


「買ってきたー!」
「それじゃあ行くぞ」

妹さんが嬉しそうにお店の中から出てくる。
ペコリと会釈をすると、離れていくその人。


今日の私は、いつになく大胆。



「あの!」

「―――」


引き止めちゃったよ!
…どうしましょ。


「えっと…名前、教えてもらえますか?」


向こうは固まってた表情を、崩して。



「大石秀一郎です。貴女は?」



驚くほどに柔らかい笑み。
訊き返された私が、戸惑ってしまうほど。


…です」

「そっか。それじゃあまた、さん」


そういうと、背中を向けて歩き始めた。
妹さんが警戒したような目で私を見てきていたけど、
お兄さんの方が歩き出すと、同じくくるりと振り返った。


大石…秀一郎くん、か。

何故だか分からない。
でも、また会えそうな気がする。







その後2週間、私はそのケーキ屋に通い続けた。
中には一度も入らなかったけれど。

ショーウィンドウの中の大きなお菓子の家を見て。
(そう、あの子が買ったのよりずっと大きな。)
窓に写った自分の姿を見つめて。


だけど、隣にまたその人が現れることは、なかった。


余分な期待をしていた気がする。
だけど何故か、確信めいたものがあるんだ。




それじゃあ、こうしよう。

もし明日来なかったら、私は自分でお菓子の家を買う。
ここに立って中を眺めることも、きっともうない。

もし明日こそ現れたら、二人で並んでショーウィンドウを眺めたい。
ずれた肩の高さもまた、きっと心地好いと思うから。


何しろ明日はクリスマス。
余分な期待をしたって、構わないんじゃないかと思う。





そして翌日。


ショーウィンドウの前に立つ私が手にしたものは、

果たしてなんだったのでしょうか…?






















尻切れトンボ系でメンゴ。
でもね、こういう先を想像させる感じにしたかったのよ。
答えは冒頭全てだったりするのだけれど。くすっ。
大石と妹さんの説明に見せかけて、実は…って展開。

ぶっちゃけ、大石が現れて買ってくれるんです。
それで二人で歩いてくの。安易。上手く行き過ぎだ。(笑)

気を使わないで、と言われても敬語で話す辺り大石。

私はというと、散々とある店の前で眺めた結果、
別のお店で買いました。爆死。(だってそっちの方が安かった…)


2003/12/11