一目惚れなんて。
理由なんて説明は出来ないんだ。
だって文字通り、一目で好きになってしまったんだから。
そこまでの経緯とか、性格とか、
そんなの関係無しに。
目が合った瞬間、もう恋に落ちていたんだ。
* 偶然に運命の廻り合わせ *
「大石ってさ、好きな人の話とか全然しないよね」
「―――」
英二に言葉には度々驚かされるけど、
これほどまでに心臓が悲鳴を上げたのも久しぶりだ。
まるで心を見透かされたかのようで。
「ね、いないのいないの?」
「いや、今は特にいないよ」
微笑んで切り抜けようとした…けど。
英二は腕を掴んで離さなかった。
「じゃあ昔のでいいから。お願ーい!」
「また今度の機会な」
そういってはぐらかした。
空いていた左腕で英二の手を剥がして、俺は自由になる。
英二は頬を膨らますと、けちー、と呟いていた。
「そういう英二はどうなんだ?」
「へへー、オレ実は今…」
途端に顔を綻ばして話を始める英二。
数秒後には、はっと気付いていたけど。
「ってなんでいつもオレばっかり!今日は大石だって!」
「話してて楽しそうだったじゃないか」
「む…うるさぁい!いいから教えろー」
結局その日の休み時間中、俺は英二に腕を引っ張られ続けていた。
だけど一度として、この堅い口を割ろうとはしなかった。
まだ、確信も持てていない恋だったから。
廊下で擦れ違っただけで生まれた恋、なんて。
理由が不純すぎて示しがつかない気がしたから。
『キーンコーンカーンコーン…』
「あー…」
「残念だったな」
俺は緩んだ英二の手から腕を解いて、肩をポンと叩く。
英二は肩をぽかぽかと殴り返すと、「ケチー!」と言った。
「せめて好きなタイプとかさ、それぐらい教えてよ」
口を突き出して英二はそう言った。
しかし、英二は背中を向けた。
俺はもう答えないと決め付けているようだ。
決して、ケチだと言われたからではない。
殴られたのが痛かったからでもない。
先ほどまでは避けていた。
だけど。
この温かい感情の欠片を、誰かに分けたかったのかも知れない。
まだ確信は、持っていなかったけど。
「メガネを掛けた子、かな」
「―――」
ぐるっと英二が振り返った。
「何、メガネ!?」
「ほら、早く教室戻った方がいいぞ」
俺は笑顔で交わす。
「好きな子が?それともタイプ!?」
「おい菊丸、いつまで他のクラスで遊んでるんだ!」
「げっ!!」
ついに次の授業の先生が教室に入ってきた。
英二は一目散でうちの教室を後にした。
クラス内は、暫く笑いに包まれた。
好きな子が?それともタイプ?
そんなの、俺にだってよく分からない。
「起立」
既に習慣となっている号令。
無意識のうちに掛けていた自分に驚いた。
頭の中は、違うことで一杯だったものだから。
礼をして、座って以来。
板書を写す以外、俺はずっと一人の女の子のことを考えていた。
廊下で偶然、擦れ違っただけ。
今日の朝、職員室へ日誌を取りに行く途中、擦れ違った。
違う学年の子だろうか。
見覚えのない顔だった。
まあ、この広い青学の中。
同じ学年でも知らない顔はいくらか居るのだけれど。
偶然に目が合った、その瞬間。
跳ね上がった鼓動を、否定することは出来ない。
あの感情を人はきっと恋と呼び、
それによって人はまた、人を愛しいと思うのだろう。
偶然は、稀に二度続いたりする。
しかし何度も続くというのは、
それは“偶然”ではなく“運命”の廻り合わせだったのでは、
という方が説明がつく気さえしてくる。
それでも、“偶然”は起こったんだ。
放課後、委員会の仕事を纏めた紙を職員室へ運ぶ途中。
大会も近いし、部活にも早く行きたかった。
それが招いた災いというべきか、幸というべきか。
「わっ」
「キャ!」
早足で通り抜けた曲がり角。
ぶつかったのは、一人の女の子だった。
「ごめんな…大丈夫か」
「はい、大丈夫です」
といいつつ、突然しゃがみ込んだ。
何か大変なことでも起こしてしまったか…と思っていると、
手は何かを探っているかのような動きをしている。
そして気付いた。
「探しているのは…これか?」
「あ、ありがとうございます…」
拾い上げたものを手に触れさせると、
申し訳なさそうにそれを受け取った。
眼鏡。
それがないと、周りが良く見えないという訳か。
なるほどといえばなるほどだ。
それをそっと、鼻に掛けた。
「あ…」
「あっ」
目が合った瞬間に、気付いた。
今朝の女の子だ。
突然お互いして声を出してしまい、
なんとも不審な空気に包まれる。
目を合わせたまま沈黙の時が過ぎる。
何か言うべきなのかは分からないけれど、
無言で動こうとするのも気まずい。
これじゃあ埒が明かない。
ぱっと視線を逸らしてから、俺は言った。
「ちょっと、いいかな」
「……はい」
特に理由を聞くでもなく、その子はついてきた。
その前に日誌を届けなくてはいけなかったし、
部活にも早くいかなければならない。
それよりも優先してしまったものがある。
屋上へ。
出てきたはいいけれど、何を言えばいいのだろう。
告白?いやいやまさか。
本当に好きなのかさえまだ決定してない。
偶然が続いて、妙に興奮しているだけかもしれない。
でも、そうだとしたら目を合わせただけの一回目はどう説明する?
先ほど、目を合わせていられなくて思わず逸らした、その心は?
「えっと…ごめんな、さっきは。大丈夫だったか?」
「はい…」
気まずい。
何ともおしとやかというか、静かな子だ。
「名前は、なんていうのかな?」
「…2年3組です」
これはこれはご丁寧にクラスまで。
…って、これってナンパ状態!?
違う…よな、うん。
別に名前を訊くくらい普通だ。
問題は、訊いた理由が何なのかということで。
「大石先輩…ですよね」
「あ、ああ」
何で知っているんだ…?
とりあえず答えたけれど、疑問だ。
さんは微笑んでいた。
穏やかな、笑顔。
何だろう、この笑顔。
心が和む。
というよりかは、体中が、温かい。
こういったら失礼だけど、
アイドルのように、特別可愛いわけではないんだ。
だけど、何故か、惹かれる。
俺の目は捕らえられて、離すことが出来ない。
だけど苦しくなって、離さざるを得ない。
何だろう。
この感情は。
やっぱり、これは 恋 としか、説明がつかない気がする。
「大石先輩」
真っ直ぐな視線を、宛てられて。
引き付けられるように見つめ返した俺だけれど、
直後にそれを逸らして。
視線を逸らすのは失礼だという意識が、頭にあるのに。
それでも、苦しくて。息苦しくて。
「…なんだい」
「………」
さんは、一瞬泣きそうな顔になって。
「好きです」
一瞬、時が止まったかのように感じられた。
潤んだ瞳に、捕らわれて。
俺はまた、心臓の高鳴りを感じていた。
口が、自然と動く。
「俺も…好きだ」
まだ確信は、持っていなかったけど。
だって、理由が説明出来ないんだ。
そこまで経緯もなし。
性格だって分かりきっているわけでもない。
だけど、強く感じる“好き”の感情。
さんは、ふっと笑った。
「嬉しい」
「……」
優しい笑顔だ。
全身が温まる。
視線を当ててくると、さんは言った。
「実は好きになったの…昨日今日なんです」
「えっ?」
というか今朝だったかも、と笑っていた。
え、もしかして…同時?
「先輩はテニス部で有名だから…名前とかは知ってたんですけど」
ふんわりと話す、その姿。
「初めてはっきりと視線が合わさって、なんか、惹き付けられたみたいな…」
くすぐったそうに笑う、その表情。
「理由なんて、はっきり言ってないんですけど、でも…好きです」
強かに言い切る、その心。
君の全てが、愛しい。
「俺も全く、同じだ」
笑顔を返した。
君の笑顔が俺に愛しく映るように、
俺の笑顔も、君にはそう映っているのかい?
「知ってますか、先輩」
視線を真っ直ぐと宛ててきて。
「一目惚れするっていうのは、生物学上でも最も相性がいいもの同士だって証明されてるんです」
偶然が重なれば、それはきっと偶然じゃなくて。
つまりこれは、運命の廻り合わせ。
互いに惹きつけ合って、その結果招いたものなんだ。
「運命の相手…ってやつかい?」
「かもしれませんね」
くすっと声を立てて。
またやんわりと、笑っていた。
眼鏡のレンズ越しに見えたその目はとても澄んでいて、綺麗だった。
大石視点の夢は英二がよく絡むなぁ。はは。
一目惚れは生物学上一番宜しいってのは、本当らしいです。
二人の間に生まれた子供は出来が宜しいこと間違いなし。(笑)
しかし、性格も分からず付き合うのかなぁ…。
でも、合いそうだよね。その辺が運命なんだって。
つまりは何がいいたいかってぇと、
大石の好みは眼鏡めがねメガネ!!!
思わず白目向きそうです。あーうーおー。
20.5巻発売記念ということで。
2003/12/04