* individualism *
強く後ろから抱き締められて。
感じるのは安心感より、不安。
無言で回されたその腕を引き寄せる。
不安が募れば募るほど、更に強く。
「なんでそんなに機嫌いいのー?」
言いつつも、自分が掴んだ腕は離さずに。
向こうは、んー?と、訊き返してきた文字を伸ばして。
いつも以上に、とびきり優しい声で言う。
「大切な日だから」
腕を手前に引き付ける。
その温もりを感じるほど、心配になってくる。
あたしはただの“代用品”に過ぎないのではないかと。
「燃えないゴミの日?」
「そんなんじゃないよ」
「結婚予定日?」
「6月がいいって言ったのはお前だろ」
くすぐられる。
もがいたあたしは体から離れる。
温もりがなくなると、また不安。
口を突き出して、あたしは。
「…あと思いつくのは、姉ちゃんの誕生日だけなんですが」
向こうは、微笑んだ。
「アタリ」
「……」
ねぇ、知ってる?
あたしがどんな気持ちでいるか。
分かっていたらこんなこと言うはずが無い。
それとも、分かっていて敢えて言っているとしたら。
「…大石先輩のバカー」
「その呼び方はやめろっていったろ」
うるさい、バカ秀!
心の中で文句。
「…お姉ちゃん、クラスだとどう?」
「元気だよ」
「相変わらず菊丸先輩と上手くやってるの?」
「お生憎、上々だよ」
…ふーん。
「……やっぱりあたし、代わりじゃないの?」
「なんだって?」
「…なんでもないデス」
否定の言葉で逃げる。
この言葉、秀が一番嫌いな言葉だって、知ってる。
だけど、あたしだって不安なんだから。
それを分かってよ。
「あのな、」
「……」
「お前が何を考えてるのか、俺にははっきりと分からない」
そうでしょうよ。
そうじゃなかったらあたし今、こんなに傷付いてないはず。
今でも脳裏に焼き付いてる。
付き合い始めてから暫くした時、秀が言ったこと。
『…あ、うちのクラスに居る、お前のお姉さんな』
不安そうに見上げるあたしの顔に、気付いたんだか気付いてないんだか。
鼻で軽く笑って苦笑を零して。
『実は、俺…好きだったんだ』
――ねぇ、秀。
本当にあたし、代用品じゃない?
「バカーバカバカ」
「あのな…俺でもあんまり言われると傷付くぞ?」
「存分に傷付いてくれたまえ」
あたしの心の傷、分かってくれるなら。
貴方にさえも傷付いて欲しいと思う。
こんな考えなあたしじゃ、駄目ですか?
「お前の姉さんは、そんなこと言わないぞ」
「あたしとねえは違うんだって!」
言いながらも、私の体を包み込んでくれる。
全く、意味が分からない。
だけどきっと、向こうの方が分かってない。
ねぇ、知ってる?
あたしがどんな気持ちでいるか。
分かっていたらこんなこと言うはずが無い。
それとも、分かっていて敢えて言っているとしたら。
言ってるとしたら?
「そうだよな、お前はお前だよな。ゴメン」
………。
「比べるつもりじゃ、なかったんだよ」
…バカ。
そんなこと言われたら、
これ以上怒れないじゃない。
誰と比べてどう、とかじゃなくて。
姉妹だから比べる、とかじゃなくて。
は、はとして考えているとしたら。
包んできた腕、両腕で抱え込むように引き寄せた。
姐御の誕生日だなぁと思って。
誤解を招かぬようにいっときますが
彼女は大石ファンでもなければ英二ファンでもありません。
比べられて怒ってられるうちは傷付いてるようで気楽。
個別で見られるようになって、突然自分自身の存在が不安になる。
それに気付けていない主人公。
乙女心を分かりきれていない大石秀一郎。やれやれ。
2003/12/03