* 自業自得だ。 *












どこへ行っても、兄貴兄貴。
誰もオレ自身のことなんか見ちゃいない。

それどころか、最近はまるでオレは道具のような扱いだ。
「不二くんに宜しくね」と知らない先輩に声を掛けられたこともある。
一応オレも不二なんですけど…といったところ。
勿論、伝えなんかはしない。

昨日なんかは「これお兄さんに渡しといて」…プレゼントだった。
悪いけど、自分で渡す根性のない奴が悪い。
ゴミ箱行きになった。

最終的に恨まれるのは、オレだ。
割に合わない。
どうしてオレが兄貴への通信係にならなきゃいけないんだ。
頼むんだったらせめて郵便屋にしておけ。



そんな毎日だったから。
少し、苛付いていたのかもしれない。

全部全部、兄貴のせいだ。



「あの、不二くん…」

聞こえた小さな声。
振り返ると、恐らく同学年と思われる女子。
身長は低くて、小学生といってもきっと疑われない。
(その点は誰でも同じか。何しろオレ達は中学に入って一ヶ月しか経っていない)

自信のなさそうな小さな声。
上目遣いに見上げてきたそいつは、言った。

「ちょっと、いいですか…?」

呼び出されて、オレは人気の少ない中庭へ連れて行かれた。




全部全部、兄貴のせいだ。
アイツの所為で、最近のオレは調子が狂わされていた。

後から冷静になってみれば、おかしな話だったのに。




「で、何の話だ?」

お前はいつも不機嫌そうだな、と言われるけれど。
その時の声は、いつも以上に不機嫌そうだった気がする。

またどうせ、いつもと同じパターンだと思ったから。


「あの……コレ」


震える手で差し出された、丁寧に包装された包み。
小さなカード付き。

 Dear:不二くん
 From:

ってのか、コイツ。


「で、コレがなんなわけだ?」


どうせオチは見えてる。
『お兄さんに渡してください』、だ。
分かりきったつもりでいたオレは、その包みを邪険に扱った。
袋の口を閉じていたリボンを摘んで、ぐるぐると振り回した。

ちょっとした当て付けのつもりだった。
ところが。


「………グスッ」


…は?



「ごめ、なさ……っく。迷惑、だよね…」


・・・・・・。
泣いた。

人生で初めて女を泣かしてしまったオレは、どうすればいいのか分からなかった。
(小さい頃からかい半分苛めて泣かしたことはあったけど、話が違う)
ぽかんと口を開けてその場に立ち尽くすしかなかった。

兄貴だったら、普通に「泣かないで。可愛い顔が台無しだよ」とでも言えるに違いない。
でもオレには、そんなこと絶っ対無理だ。

大体、コイツが悪いんだぜ!
コイツが自分から伝えな……あれ?


兄貴に渡せなんて、言われたか……オレ?


ちょっと待て。
冷静に思い起こすんだ…。
待てよ、もしかして、もしかすると……。

「ごめんなさぁい!」
「あ、こら待て!オイ!!」

止める間もなく、は逃げ帰っていった。


マズイ予感がする。
その場に残されたオレは、手に掴んだ包みと睨めっこをした。
向こうはいつまで経ったって笑っちゃくれない。オレの負けだ。

リボンに手を掛けた。
ゆっくりと左右に引くと、解けて口が開いた。

中に入っていたのは、クッキー。
見るからには手作り。

外についていた手紙を見た。
表には、先ほどの通り名前が書いてあるのだが。


文面。

 初めまして。
 突然こんな贈り物をして戸惑うかもしれませんけど…。
 ずっと見てました。
 あなたのことが好きです。
 もし良かったら付き合ってください。

 P.S.返事は遅くなってもいいです。


少し遠慮がちな、マニュアル通りな文章。
やっぱり、まだはっきりとはしないけど…。

これって、オレ宛?


いや、必ずしもそうと決まったわけじゃない!
下の名前くらい書いて欲しい…。
でも、やっぱり…そうとしか、思えないような…。

そうだ。
冷静に考えればおかしいと思ったんだ。
兄貴に渡したいものをオレ伝いにするのは、
直接渡すのだと気を使うし緊張するからだろう。
オレに渡すだけなら、「お兄さんに渡しといて」なんて
軽くできる。だからオレが使われたんだ。

だけど、今日の奴…は、
あんなに、緊張した様子で……。


「……まじぃ」


今頃、自分の犯した凄まじい過ちに気付いた。





100%とは言い切れない。
だけど、ほぼ確実に、アレはオレ宛だったんだ。
謝らなきゃいけない。


「・」


謝って、どうする?
それじゃあ、オレはアイツと…付き合う気があるのか?

オレを好きで居てくれるのは嬉しいけど。
だけど、今は正直誰とも付き合う気は無い。

じゃあどうなる。
「ごめん。この前は勘違いしてたよ。
 だけどどっちにしろ、付き合う気はない、ごめん」

……二重で謝るなんて、傷付けるだけだよな。
とりあえずほとぼりが冷めるまで、そっとしておくか…。

大体あんな態度を取ったんだ。
オレ、もう嫌われたかもな。


そんなことを考えながら、教室まで歩いた。




神経過敏になっていた。
全部全部、兄貴のせいだ。

人を信用することが、苦手になってたんだ、オレ。






その後数日はそのことで頭が一杯だったけれど、
時が経つうちに次第に思いは薄れていった。

とにかくオレの頭の中には、
兄貴に打ち勝つこと、
それだけが強く染み付いていた。



秋。
聖ルドルフへの転入を、決めた。


やっと、兄貴から離れられる。
コンプレックスと戦っていた毎日には、さよならだ。




転校前。
青学での最後の日。

クラスでは挨拶をさせられた。
別にいつでも会える距離なんだけどな。
それなりにみんな、寂しがってくれた。

オレも、それなりには寂しかったけど。
仲良かった奴とか、沢山居たし。


この半年間は、オレにとって、なんだったのだろう。



そんなことを考えて向かった玄関。
ああ、上履きも持ち帰りか…と思って開いた下駄箱。


「―――」


手紙が入っていた。2通。
それを手に掴んだまま、靴を履いて、
脱いだ上履きを鞄に入れて学校を出た。


「それじゃあな、裕太」
「元気でなー」

そんな声を浴びながら、オレは学校を後にした。
周りに誰も居ないのを確認すると、
先ほどの手紙を開いた。


一通目。

 今までありがと。裕太といて凄く楽しかったよ!
 兄貴とは関係なしに(笑)、大好きだった、裕太のこと。
 新しい学校でも頑張ってね、応援してる♪ 


クラスで一番仲良かった女子からだ。
(笑)が気になるけど…逆にそれは信頼の表れだと思えた。

「……サンキュ」

本人には聞こえないと分かりつつ、小声で独り言を飛ばして。


ポケットに仕舞った。
二通目。
封筒には2枚の紙が入っていた。

 転校しちゃうんだね。とても寂しいです。
 テニスを本格的にやるんでしょ?
 不二くんってテニス得意だったんだね。知らなかった。
 やってるところ見てみたかったな…。
 全寮制なの?どういう生活になるのか分からないけど、
 たまには青学にも遊びに来てくださいね。
 それから最近知ったんだけど、不二くんって兄弟居たんだね。
 私って、何だかんだいって全然分かってないね。
 もっと、不二くんのこと知りたかったな…。
 とにかく、新しい場所でも頑張ってください。応援してます。


…誰だ?

表、裏。封筒。
どこにも名前が書いてない…。
記入漏れか?わざとか?
分からないけど…誰だよ、全く。

しかし、なんだか見覚えの有る文字。
この文面、どこかで……。

「………あっ」

思い出した。
あれは、今から何ヶ月も前の…。


……」


何故か未だに憶えていた名前。
そうだ、とか言った。

結局オレ、謝れないままで―――…。




後ろを振り返った。
青学がまだ見えた。

だけど、オレは―――。




正面向いて歩き始めた。
もう、振り返らない。



ごめんな、色々と。
ありがとう、沢山。


兄貴のことだと疑って悪かった。
応えてやることが出来なくて悪かった。
一度も正面から向き合えなくて悪かった。

オレなんかを想ってくれて、嬉しかった。




兄貴が居なかったら、オレはと、
どんな関係になっていただろう。


正面から向け合えていただろうか。
想いに応えてやることが出来ただろうか。

少なくとも、この場を去ることはなかったはず。




だけど全ては、オレ次第なんだ。




全部全部、兄貴のせいにして。
コンプレックスと戦うどころかそれを理由に逃げていたオレには。

そんな資格、ないのかもな。





無意識に握り締めていた手紙は、くしゃくしゃになっていた。






















びめうなところで終わってしまった。
あんまり主人公が主人公らしくなくてスマソ。
キャラ視点で微悲恋なんて…凄いことしたな、自分。
裕太は常にコンプレックスと戦ってる人間だよな、と。
甘えちゃいけないんです。
言い訳にして逃げずに立ち向かわな、って話。難しい。

兄が悪者扱いでごめんなさい。汗。


2003/11/22