* 優しいね。 *












――7月の第3日曜日。

私の中学3年の夏は、終わった。




それから4日後の木曜日。

放課後、一人で教室に残って委員会の仕事をしている大石を見つけた。

忘れ物を取りに来た私だったけれど、そのまま横の席に座った。


ちょっと、聞いて欲しい話があってさ。


「大石さ、前に…空元気の時が一番傷付いてる、みたいなこと言ったじゃん」

「ああ、言ったな」


まだ記憶にそれほど古くない。

そう、あれは私が菊丸君にフラれた日。

今でも思い出すとちょっぴり心が痛む。


その後に見た夕日の中の寂しそうな笑顔にも、ちくっとする。


私は問い掛けた。


「じゃあ…泣いてる人は一番優しくて傷付いてるってわけじゃないってこと?」

「泣いているから一番傷付いているとも限らない。同じことだよ。
 ただ単に他人の同情を買いたいから泣いてるだけかもしれない」


みんながそうなんてことは勿論無いけれど、と大石は付け足した。

本当に心の底から泣いてくれる優しい人も居るから。


あの子はそうだったんだろな、と私は思う。


一つ年下の後輩。

いつも元気で、誰にでも笑顔で接する子。

試合が終わった途端、思いっきりに涙を零していた。

それを遠巻きに見ていた私は、何も出来なくなってその場を後にした。


ベンチにも入れていない、私だもの。


「どうしてそんなこと訊いたんだ?」

「いや、ちょっとね」


へへっ、と照れ隠しに近い苦笑いをして。

事情を話した。

かなり要約して、重要な部分まで抜かしている気もするけど。


「部活の引退試合…負けて終わった後、泣けなかったから」

「………」

「心が冷たい人なんデス、私」


そう言って視線を泳がせた。

合わさらないように。

覗き込まれたら、本心を見抜かれそうでコワイ。


「…、試合出てた、か?」

「へっ?」

「いや、この前の日曜日、テニス部も活動があったんだ。
 それで、体育館を何度か覗いてみたんだけど…」


そこで一旦、申し難そうに眉を顰めたけど

結局は言ってきた。


「応援席の方に…居たよな」


凄く遠慮がちに言われたその言葉。

応援席に居る。直訳すると、
レギュラーどころか補欠メンバーにも入ってないってこと。


私は苦笑を噛み殺し、靴下を捲って見せた。包帯。


「10日ぐらい前に捻挫した」

「え…?」

「日常生活には支障ないけど、暫く運動禁止」


どうせこうなるんだったら無理矢理にでも最後の試合出ればよかったかな、
なんて思うと虚しすぎて涙も出やしないよ。

出せといえば出せそうだけど。


相手に25点目が入った瞬間。

泣き崩れる人と微笑でそれを支える人と、
目の端に薄らと涙を浮かべながら笑う人が居た。


私、は。


一年ばかりの中に紛れていたその場を抜け出して。

そのままふらふらと、トイレへ向かった。

あの中には、入れないやと思いながら。


トイレの個室に入った瞬間、声を出して泣いた。


だけど、表向きは。

涙すら浮かべないどころか常に笑顔を振り撒いてた人間だ。



「チームの負けにも泣けやしないような人間なんだよ、私」


何に対して不満があるんだかも分からずに、私は口を尖らせて言った。

すると。


「本当か?」

「えっ…」


大石に突然訊かれ、何を答えて良いか分からず戸惑っていた。

ふぅ、と軽く息を吐くと大石は言ってきた。


「みんなの前では笑ってたけど…試合の終わってすぐどこかに居なくなったよな」

「―――」

「目、少し赤かった」


真っ直ぐ視線を当てられて、

私は本心を隠しとおすことがついに出来なかった。


気付いて欲しかったのかもしれない。


みんなの前で泣いたらダメだと思った。

私なんかが泣いたって困らすだけだから。

笑顔で振舞うのが優しさだと思った。


一人になるまで我慢して、そこで思いっきり、泣いた。


だけどね、その時に応援席で泣いていた一年生が他の子に
「自分たちが引退でもないのに、優しいよね」って噂されてるのを聞いた。

泣くことも優しさになるのか、とその時気付いた。


我慢して一人で泣いて、表でいつものように振舞ったら、
それはつまり独り芝居に過ぎなくて、
優しさでもなんでもない、自己満足の強がりなんだ、って気付いた。


それでもやっぱり、私はみんなの前では、泣けない。

余分なプライドがあるから。

そんな中途半端な私は、どちらにしろ誰も優しいなんて

思ってくれないかも知れない。


なんでだろ。

大石には全部話しちゃう。


「本当は…試合だって出たかった」

「うん」

「怪我してなかったらあのコートに立ってたはずなんだ」


そうだ。

私には泣く権利なんてない。

それで同情買うことなんて、したくない。


みんなが負けたから泣いたんじゃない。

あそこに立てなかった自分自身に対して泣いたんだ。


そんな自分勝手なのに。

優しいと思ってもらおうなんて時点で、そもそも間違ってる。


というか、
私って優しいと思ってもらいたいの?


……違う、よね。



「分かるよ」

「―――」

「俺も、同じことあったから」


顔を上げた。


「大会当日に、怪我しちゃって。出れなかった」

「そんな…」

「試合、やっぱり出たかったし…悔しかったよ」


ふぅ、と大石は溜息を吐いた。


「だけど…代わりに後輩が出て、勝ったんだ。嬉しかったよ」

「え、それで嬉しいの…?」

「うん。なんていうか、ダブルスなのに、3人で戦えた感じがしてさ」


…そっか。

そういう考え方も、あるのかな。


「まあ、正直言うと凄く悔しかったんだけどな」


苦笑を浮かべて、そう言った。

思いをそのまま口に出せるのって、凄いと思う。


「…だって」


名前を呼ばれ、振り向く。

目線が重なる。


見透かされるような、瞳。


「出れなかった自分が可哀相だったから泣いたんじゃないだろ?」

「………」

「みんなが頑張ってるのに何も出来ない自分が、もどかしかった、そうじゃないか?」


顔を横に振った。

だけど、涙と合わせてのその動作は、肯定の意味を汲んでいた。


そうだよ。

優しいと思ってもらいたくて泣く泣かないに拘ったんじゃない。

見ているだけの私だったけれど、ちゃんとチームの一体だということを

みんなに気付いてほしかったんだ。

それでも余分なプライドが邪魔するものだから、

元々泣くようなキャラでもないし、私。

いつでも笑顔だった、という印象を残してもらうために。

思い切り、空笑いを浮かべていたんだ。


そっか。空笑いをしている時が、一番傷付いてるんだったね。



そのくせに…ダメだ、私。

大石の前だと、何故か泣いてばかりだ。


安心してしまう。

全てを話してしまう。

大石の優しさがきっとそうさせているんだ。


恋とは、少し違うと思う。

だけど愛しい気持ちが溢れるという点では、そうなのかもしれない。



「…ありがとう」

「いや、大したことはしてないよ」


鼻を啜りながら話す私に、大石は遠慮がちに答えた。

だけど、本当に。




大石が居なかったら、私今頃どうなってただろ。



過去のことも合わせて。

ありがと、大石。アリガト。


「優しいね、大石」

「……そうでもないよ」


これも所詮自己満足だ、と言うと大石は立ち上がった。

「帰るだろ?送ってくよ」と付け足して。


私は目を拭って立ち上がった。




その自己満足というのがどういう意味なのかは分からなかったけれど。

とにかく大石は私には優しい。


なんて。大石は誰にも優しいよね。




―――これが自己満足っていうのかな。



納得つかなかったけど、認めるしかないような気がした。






















感情全てぶつけたら予定より長い上に意味不明になってしまった。(沈)

最後とか特に分かり難い。自分でもよく分かってません。(死)
えーと、主人公的解釈は、人から優しいと思われる思われないなんて、
別にどうでもいいことで要するに本人の気持ち次第なんだよな、ってこと。
それも一理あるんですが、大石本人的の意味合いは、
いくら優しい人を演じたって(結構素ですが)、真実を伝えられない限りは
自分は所詮“優しい人”で終わってしまうんだから、ということ。
まだ分かり難いね。あはは。まあいいや。(適当)

夢百題『No.074 寂しいね。』の続編です、明らかですが。


2003/11/21