俺は英二と付き合っている。


それなのに…いや、あの不二のことだ。

それだから、なのかもしれない。



とりあえず、俺は今。



不二と遊園地でデート中、だ。











  * オレンジ-エード *












「あ、大石見てみて、うさぎが風船配ってる」



「やっぱり観覧車は一番最後の締めだよね」



「なに、大石ってジェットコースター苦手なの?」



「お化け屋敷も嫌いなんだ。へぇ、面白いこと知っちゃったな」



「大石ー、アイスクリーム買って」





  な ん だ こ れ は 。





嬉しそうに二段重ねのアイスクリームを食べる不二の横、
俺は溜息を吐きながら歩いた。

何故だ。
どうして、こんなことになったんだ……。



思えば、事は随分前から始まっていた気がする。






とある金曜日の部活終了後。


英二は俺に「じゃあ、明後日遊びに行くから」と残して先に帰った。
「またな」と手を振る俺。

その後ろには…不二が居た。


「何、大石って英二と付き合ってるの」
「!?」

瞬間、身も凍る思いだった。

別に、互いの家に遊びに行くぐらい、
友達であれば普通のことだろう。
そう言い訳をすると、不二は「隠したって無駄だよ」と言った。
仕方無しに本当のことを言うと、
「え、本当にそうだったんだ…」とのこと。

…これは鎌をかけられたってやつか?
とりあえず、バレてしまったのだ。


それ以来、不二はどうも俺と英二が一緒に居ると、
割り込んでくるようになった。
なんのつもりだ…。
人の恋路を邪魔して、面白がってでも居たのだろうか。




そしてついに、昨日。


「大石、明日デートしよ!」


……は?

「不二、今なんて…」
「明日は英二と約束してないでしょ、部活もない。断る要素はないよ」

なんでそんなことを知ってるんだ…。
というか、
なんで俺が不二と、デート、なんて…!

「明日、駅前に10時だからね」
「え?あ、おい!ちょっと待て!」
「大石に限って遅刻するなんてことないよね!」
「………」

反論する間もなく、不二は走って行ってしまった。


翌日。
強引だったとはいえ一度した約束を破るのは良くないと思い、
結局時間通りに…それどころか癖で30分早く、
待ち合わせ場所で着いてしまった。

不二はもう既にそこに居て、
「今日は絶対負けないように1時間早く来ちゃったよ」と。

…意味が分からなかった。






そのまま無理矢理引っ張られて、遊園地。
現在に至るわけである。
一日中振り回されて、言うならふらふらの状態だ。

「ジェットコースターは3回乗ったでしょ、
 コーヒーカップに他にも回転系にお化け屋敷に、
 ……ねぇ大石、生きてる?」
「なんとかな…」

指折り数える不二の横、
俺は疲労困憊していた。

元々、ジェットコースターとかその類の乗り物は
苦手なんだけどな……。
お化け屋敷とかも得意ではないし、
いうなら遊園地などには向かないのかもしれない。

遊園地といったら、
ゴーカートとか、そういうあまり
心臓に悪くないようなものが…。
他には、観覧車、とか。


「…さて。今日もそろそろ大詰めかな。観覧車、行こっか」

言われて、これほど素直に歩き出せたのも今日は少ない。






30分ほど並んで、観覧車の中。
なんとなく薄暗くて、狭い空間の中。

外に見える太陽は、少しずつ傾き始めていた。


「ふぅ。結構疲れたね」
「俺ほどじゃないと思うぞ」

皮肉を飛ばすと、不二は「やだなぁ」と言って笑った。
(一応皮肉は通じるようだ。堪えていないだけで)

「でも、もうすぐ終わりだから」
「……」

不二が窓の外を見ていたので、
俺は反対側の窓の外を覗いた。

太陽の色が、黄色く変わってきている。

「大石、こっち側来て」

窓の外を見たまま手招きをする。
傾かないか?と微妙に心配しつつも同じ側に寄った。

同じく窓の外を覗く。

人の頭が見える。
細々と動いていて、忙しそうだ。

それに対して、ゆっくりと観覧車は動く。

「なんかさ、高いところから人が動いてるの見るの、面白くない?」
「そうかもな」
「向こうからはこっちも同じ大きさに見えてるのかな」

そう言って、窓にぺったりと張り付いている。


不二にもこんな無邪気なところがあるんだな、と思った。
(この考え方、ちょっと失礼か?)
無邪気といえば、やっぱり英二を思い出してしまうけれど。

もし英二が遊園地に来たら、それはそれははしゃぐだろうな。
メリーゴーランドにでも乗ってそうな気がする。
配っている風船を貰うどころか、着ぐるみのうさぎと写真でも撮ってそうだ。
観覧車にでも乗ろうものなら、
「やっぱりてっぺんでチューしなきゃ!」とでも言い出すに違いない。



そんなことをどこに視線を宛てるでもなくぼーっと考えていたのだが、
はっと気付くと、不二は前からじーっと視線を向けてきた。

観覧車は、頂上へ近付く。


穴が開くほど見られ、俺はたじろぐ。

「どうかしたか?」
「今、さ」

ふう、と溜息を吐くと。

「英二のこと考えてたでしょ」
「えっ?どうしてそのことを…」
「あ、やっぱりそうだったんだ」
「………」

また、してやられた。
でもさすがに、考えてる内容までは分からないだろ。

不二は後ろに体重を傾けると、天井を見上げたまま言う。

「実はさ、僕読心術の心得があってさ」
「えっ、本当か!?」
「嘘に決まってるじゃない」
「………」

やはり、不二は苦手だ。
そう思った。

思っていると、不二は言う。


「いつも見てたんだもん。英二と一緒の時だけ表情が違うことぐらい、
 いい加減気付くよ、僕だって」



――――……。



いつも見てた?

そうだったのか。
不二が、俺のことを?


もしかして、一回目に俺と英二の関係を訊いてきたときも、
鎌をかけたわけではなく、俺の表情で察していたとしたら?

心を読んだわけではない。
いつも見ていたから、微かな違いも…。


外は一面、黄金色。



「僕、大石のこと好きだよ」

「―――」


視線は合わされないまま、突然の告白。

窓の外を見ていた俺は、
その言葉に振り返ったけれど。
不二はまだ天井を見上げたままだった。

「今日はそれが伝えたかったんだ」
「不二……」
「あ、返事は要らないよ」

首を起こすと、漸く視線を合わせた。
でも、それもまた逸らして。


「分かってるもん。敵わないことぐらい」

「………」


視線の行き場が無くなって。
俺はまた窓の外を見た。

人が、忙しそうに動き回っている。
それが少しずつだが着実に、近付いてくる。

いつの間にか下りに入っていたことに気付いた。



そこから一番下に着くまでは、完全な沈黙。

閉ざされた空間の中に入ってくる音など無くて、
自分たちが立てる音も、どこにも無くて。


係員が扉を開くその瞬間まで、
お互い窓の外を見ていた。

人を見るものと、太陽を見るものと。
窓とはいえ、視線の方向は逆だったけれど。


とん、と軽い足取りで乗り物から飛び降りる不二。
俺は身を屈めてゆっくりと下りた。

不二は、どんどん先を歩く。
俺はそれを同じ速度で追った。

追いつかないように、
でも見失ってしまわないように。


人込みを抜けて、建物の中を通って。
気付けば遊園地の外へ出ていた。

観覧車以来お互いで初めて口にした言葉は、
自動販売機の前で不二が言った「飲み物買うね」だった。

不二が買ったのは、スポーツドリンク。
俺はいつもだったらコーヒーでも買っていたところだけど、
今日は何故か炭酸を飲みたくなって、そのボタンを押した。

横で缶を開けた音がする。
自分の前では缶が落ちてきた音がする。
販売機の蓋を開けて拾い上げた。

振り返ると、不二は合った視線を逸らした。


ばつが悪そうに、足元を見ながら。

「大石は…さ」

数歩歩くと、ぴたりと足を止めた。
不二は後ろを向いたまま。

「やっぱり、僕なんかより英二の方が好きなんだよね」
「ご、ごめん…」

否定してくれないんだ、と不二はクスクス笑いながら振り返った。
フォローの言葉もなくなって口を紡ぐ俺。

不二は微笑むと、一言。


「分かってたよ、そんなこと。それでも…」

諦められなかったんだ、と。


斜めから見えた顔は、とても寂しそうで。
そうさせているのが自分だという自覚はあるけれど、
掛けてやる言葉が見つからなくて。
どの道、同情だけで言葉を掛けるなんて、したくなかったし。


ふっ、と微笑を零すと、不二は真っ直ぐこっちを見てきた。

後ろに、大きな橙色の夕陽を置いて。



「ごめんね…無理に付き合わせて。今日、楽しかったよ」



自分から突き放してしまったはずなのに、
届かなくなってしまったことがとても切なかった。
まるで、古くなって自ら捨ててしまった宝物のように。


「大石、何ぼーっとしてるの。帰ろ」


不二がいつも通りに振舞ってくれたのが、唯一の救いだった。


いつも通り。
不二がいつも通りにしてくれるのであるならば、
俺もまた、英二にいつも通りに接することができるだろう。

なのに…そのはずなのに。

今の俺の心の中は、より大事であったはずの英二ではなく、
目の前にいる者の事で、一杯だったんだ…。


前を歩く不二に向けて、後ろから声を掛けた。

「不二…ごめんな」
「謝らないでよ。もう、大丈夫だから」

一瞬振り返った不二は、そう言うとまた正面を向いて歩き始めた。


その後ろで俺が首を横に振ったことを、
不二はきっと一生気付かないままなのだろう。



本当に、ゴメン。






















微悲恋万歳。擦れ違いの恋。
続きそうで続かないのが微悲恋のいいところ。
この際美悲恋とかいってやる。(ぇ

不二→大×菊と見せかけ、
後には菊→大⇔不二って感じかな。
その後の大石と菊の関係も気になるところ。

最後に謝ったのは、誰に対してなんでしょうね。


2003/11/16