あーしたてんきになーれっ。








飛ばした運動靴は、上手く地面に着地した。


それを履き直すと、私たちは走り出した。





印象に残ったのは、白い靴を通していった青い空。











  * 雨か日和か *












クツをおそらにむけてけり上げてね、

オモテだったらはれ、ウラだったらあめなんだって。



へぇ。じゃ、やってみよ。




うん。






あーしたてんきになーれっ!






…あれ?





よこむきのときはどうするのー?





うーん…くもり、かな?






あはは、おもしろーい!








  ***







「……あれ?」


目を開けると、そこはいつもの世界。
嫌に鮮明な夢だったな、と今まで見ていたものを思い出す。

誰だったかな。
一緒に“明日天気になーれ”をして遊んだ子。
クリっとした瞳が特徴的な元気な少年だった気がするな。
でも、なんで今更そんなことを…。


ぼーっとして開けたカーテン。
空は曇っていた。

まあ、ここから一日が始まるわけです。


いつも通りに、朝食。
時間きっかりに家を出る。
気温は高すぎもなく低すぎもなく。
適度といえばそれですが、はっきりしないといえばその通り。

徒歩7分の駅まで向かって、
定期を通してホームへ上がる。
ベンチは空いていたけど、敢えて座らず壁に寄り掛かった。


空は灰色。

今朝夢で見たような、
あんな空はいつ以来見ていないだろう。



遠くの学校まで通っている私。
朝はまだ早く、人は疎ら。
人が居ないのを確認して、靴を軽く蹴り上げた。
力が弱すぎたのか、一回も回転せず上向きのまま着地した。

…これって有り?


疑問に思っていると電車が現れた。
これからは、乗り換え2回込みの1時間40分の旅。

一番端の席に座って、英語の単語帳を開いた。


rise、rose、risen。
run、ran、run。
shine、shone、shone。


「(こんなのやって何の意味があるんだー)」

悪いけど、ワタクシ日本国民。
異国人の言葉なんて知りません。

単語帳を閉じた。
たまには物思いにふけることにする。

何故か気になる今朝の夢。
横で笑っていた少年のことを思い出そうとするも、
薄い記憶はぼやけてしまって明確には閃いてこない。

窓の外を見た。
曇ったままだった。
こんなものだ、と思った。







何気なく過ごした一日が終わりへと向かう。
帰宅部の私からすれば授業が終われば一日は終わったようなもの。


また二時間弱の旅。

揺られる電車の中。
過ぎていく町並み。
路線を変えてもそれは同じ。

ただ一つ、変わったこと。


「(……げ)」


少しずつ降り注いでいく滴たち。

参ったな…傘持ってないんだけど。
電車が駅につく頃には、止んでるといいな。

しかし、期待とは裏切られるもので。


「(更に大降りだー…)」


東口の前、少し雨宿りをすることにした。




傘を差して歩いていく人。
新聞を被って走っていく人。
諦めて濡れながら帰っていく人。

沢山の人を見過ごした中、横で誰かの喋り声。


「うわっ、凄い雨!」
「――」


その人の顔を見る。
辺りを見回す。
周りに人は居ない。

つまり。

私が話し掛けられたの?
それとも独り言?

考えていると、その人はこっちを向いて苦笑した。


「傘、持ってなくってさ」


人懐っこい印象を持たせる砕けた表情。
外に跳ねた髪はいかにもやんちゃ。

見かけない人だけど…近くに住んでるのかな。


「お姉さん、高校生?」
「来年から」
「あ、じゃあ同い年だ」


何故か会話。
どういうつもりなのだろう…。
ナンパ?まさかなぁ。
ただ単におしゃべりなのかもしれない。


私からは決して離さない。
向こうが黙ると間は静か。

雨が、しとしとと降り注ぐ音だけ。



しとしと。

しとしと。


あめあめふれふれかあさんが。



……アレ?

歌?


「あ」


目が合うと、無邪気に笑って。


「暇だったからつい、さ」


ホントはこれ以上降られたって困るけど、と。
空を見上げながら。

「でも」
「…?」

一度空を見上げてからこっちに向けてにこりと微笑んで。


「大雨になると、その後の空は思いっきり晴れるから好き」


…へぇ。
私は、そこまで考えられないな。

空はいつでもそこにあって。
でもわざわざ見上げようとはしなかった。
小さい頃はよく見上げていた空。


「こういうときは、これだ!」


靴を脱いだその人は、爪先だけでそれを履いて、
大袈裟なほどに大きく足を振り上げた。


靴は宙を舞って、

逆さまに落下した。





 あーしたてんきになーれっ。






「―――」

「げっ、やっぱ雨!?」


けんけんで近付いて靴を拾い上げていた。
そして履き直しながら踵を潰し気味に歩いて帰ってくる。

…ヘンな人だ。


「まあさ、こんなの宛てになんないよね」
「ん、まあ…」
「あーあ、早く晴れないかな」


何だろう。
この思い。この感じ。
既視感にも似てるけど、少し違う。

懐かしい…懐かしい?


こんな感じ。
昔にも、絶対……。



「あっ、見て!」
「?」


振り返ったそこ。
見上げた空。

雨が弱まっていく。
斜めの方向には、青い空―――。


「ねっあれ、知ってる?」
「アレ?」
「ほら、さっき俺がやったやつ」


にっと笑った君。
私も自然と笑みを返していた気がする。


雨上がりの空の下。
屋根の下から出る。
白いスニーカー。

蹴り上げる。

宙を舞う。




『大雨になると』


『その後の空は』



『思いっきり晴れるから』




『好き』















 あーしたてんきになーれっ。


















飛ばしたスニーカーは、見事に地面に着地した。


振り返ると、君は笑った。



「帰ろっか」

「うん」


靴を履き直すと、私たちは走り出した。






走る青い空の下。

思い出した。

小さい頃、よく一緒に遊んだ近所の男の子。


名前なんて忘れちゃったけど。

同一人物かも分からないけど。



だけど、気付くことが出来た。



自分で見上げて初めて見える、青い空。














 あーしたてんきになーれっ。






















菊の誕生日が近いのかーと思ったらなんだか
菊関連のものを書かないといけない気がして。
でも冷静に考えれば、一ヶ月以上先のことなんですよね。笑。

某連続テレビ小説は関係ないです。
気付いた時、やられたっ!って思った。(微笑)

菊個人夢の主人公は、どちらかというと大人しい子が多い。私が書くと。


2003/10/18