* 金魚に花火にカキ氷 *












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 *夏祭り*  場所:三滝川沿い桜並木公園
 8月15日(木) 18:00〜22:00
 〜花火の打ち上げは21:00より(天候によっては中止)〜

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商店街を歩いていると、そんな看板が目に留まった。

そうか…今年もやってきたのね、夏祭り。
毎年この日は、浴衣着て…うちわ持って下駄履いて、
少し浮かれ調子で飛び出すんだ。
一緒に行くメンバーは同じクラスの友達ってことが多い。

いつの間にやら今日だったのね。そっか。
思い立って、私は歩きながらメールを打った。
仲の良い友達一通りに一括送信する。
数分後に一気に帰ってきた。

「どれどれ。………ありゃ?」

画面をみて、私は固まった。

内容はほとんど同じ。
それでは、代表例をいくつか。


友人A。
『ゴメン、今日は夏期講習なんだ(ToT)ビエー
 私の分も皆で楽しんできてネ!んぢゃっ☆★』

友人B。
『うちのお母さんが受験生だから家で勉強してなさいだって。
 マジやってらんないよ→。お祭行きたいのに…。』

友人C。
『もうすぐ夏休み終わるよ?そんなヨユーあるの???
 宿題が全然終わんないヾ(。><)シ ぎょぇぇぇ!!』


…そうですか。
遊び回ってるアホは私だけですか?

そうだよなー。受験生だもんな。
でも…たまには息抜きしなきゃ!
と、私は思ってるんだけど。


「そうは行かないのかしら…」


呟きながら、家路についた。





「要は、今日の分の勉強は終わらせて遊びに出ればいいのよ!」

午後3時。私は妙なほどやる気になっていた。

宿題開始。
勿論予習復習も完璧にこなすわよ!


・・・30分後・・・。


「バテたー!!」


早すぎだね。うん。
集中力ないなぁ…私。

床に体を投げ出していると、
なんだか冷静になってきた。
蝉の鳴く声は少し五月蝿いけれど、それ以外は静か。
扇風機が定期的に顔を掠めていく。

ふと、とある思考が頭を巡った。

夏祭り…行かなくてもいいかな、って気持ちになった。
だって、友達も誰もいかないし。
お祭の何が楽しいって、友達と一緒だから楽しかったんだ。
一人で行ったって、面白くもなんともない。
花火は…まあ、楽しみだったけれど。


今年は行くのやめようかな。
私もまあ、受験生だし…。

ー、浴衣ここに出しとくわよ。お祭行くんでしょ?」
「ああ、はいはい。ありがとう」

そうは行ったものの、行く気はほぼ皆無。




  **




夜。
私は自分の家に居る。
毎年商店街が開催する8月15日の夏祭り、
行かなかったのって何年ぶりだろ…。
記憶の限りで一度もないや。

…なんか悔しくなってきた。

窓の外を見る。
空は適度に薄暗い。
だんだんと日が落ちてきた。
時間は…もうすぐ8時ってところ。
どうしようかなー…。

ところで、お腹すいたな…。

「お母さん、夕ご飯は?」
「え?あなたお祭の出店で食べると思って作ってないわよ」
「……は?」


そうして結局、
私は浴衣を身に纏い家を出るのでした…。







「わー。凄い人込み!」

この地域では一番有名なお祭。
少し遠出からでもやってくる人も居るらしい。
何しろ、名物の花火もあと一時間ぐらいで始まるし!

うん、やっぱり来て良かったかな。
花火見るの、凄い好きだから。
浴衣着てるだけでなんとなく良い気持ちになれるし。
夏の風物詩満喫してるよなぁ。
何だかんだいって日本人?なんちゃって。

「(まずはじゃがバタ食べなきゃね)」
「(あ、あれ隣のクラスの男子。新学期早々のテストの追試組かね…って私もか!)」
「(あー、小学校が一緒だった子だ…)」
「(綿飴食べたいな…食べよ)」
「(スーパーボールすくい、昔好きだったな)」
「(おぉりんご飴!あんずとどっちにしよう…)」
「(焼きとうもろこしだ〜…って食べすぎじゃないですか?)」

一人でくるお祭は少し寂しかったけど、
その分色々なことに気付けたし考えることができた。
自由気侭に動けるってのも、結構いいかも。


「(あ、あとは金魚掬い!これをやらなきゃねー)」

大きな箱の中に泳ぐ沢山の金魚。
それを見ていると、店番のお兄さんが声を掛けてきた。
頭にタオルを巻いて、髪は茶パツ。

「よぉ姉ちゃん、悪の手から金魚をすくい出す気、ない?」
「それって…金魚“救い”って意味ですか」
「ご名答」

上手く乗せられて(まあ、元々やる気だったのだけれど…)、
私は金魚掬い…ならぬ金魚救いをやることになった。

「お兄さん…私金魚掬いだけは上手いですよ(ヨーヨー釣りは下手だけど…)。
 救い出してるうちにお店の金魚全部掬っちゃうかもですよ?」
「はは、それは参ったな」

あんまり本気にしていない様子のお兄さん。
…負けないわよ。

「…ほれ。ほれほれ。そりゃ!」

見る見るうちに、私のお椀は金魚で埋め尽くされていく。
紙はまだまだ破れる様子なし。

「………」
「すみません、お椀もう一杯ください」

そしてやる続けること20分。
(後ろにギャラリーができたのはきっと気のせいじゃない…)
紙が破れた後も“枠”で取り続ける私に、
お兄さんは「勘弁して、姉ちゃん」といった。
苦笑いするその人に私は満面の笑みを返した。
一番お気に入りを二匹選んで(32匹のうちに選別された栄光の金魚君たちだ)、
私はその場を後にした。
「客寄せアリガトー」と皮肉っぽい一言が聞こえたので、
手をパタパタと振った。


昔から金魚掬いが好きだった私。
お祭にくるたびに必ずやっていた。
(最高で1500円までつぎ込んだことがある。勿論1回100円)
お祭でやるだけでは飽き足らず、お父さんにお手製の網を作ってもらっては、
洗面器に金魚を放流してよく遊んでいた。
おかげで、今ではあの実力。
(更に加えるなら、金魚掬いでもらった金魚は毎年増えに増え、水槽一杯に泳ぎ回っている)

「はは、ちょっとやりすぎちゃったかなー」
「見ていて面白かったぜ」

・・・。

突然声を掛けられて、固まる。
聞き覚えのある声。
だけど思い出せない。
夏休みの間に全部抜けちゃったみたい。

「誰?」

率直に訊いた。
そうしながら振り返る、と。

「…橘くん!」
「よぉ」

なんと、クラスメイトでした。(忘れちゃっててごめんね…)


「上手いんだな、金魚掬い」
「橘くんのテニスとどっちが上手いかな」
「それじゃあ比べられないだろ」

いつの間にか、私たちは談笑を交わしていた。
そのまま、流れで一緒に歩く。
お互い、片手にはカキ氷。
私はイチゴ、橘くんは宇治金時。
(宇治金時!あの一番高くて渋そうなやつをさらりと…)

「ここには毎年来てるのか」
「勿論!橘くんは?」
「俺は…ここでの夏は今回が初めてだからな」
「あ…そっか」

それで思い出した。
橘くんは去年の2学期転校してきたってこと。

引っ越してくる前は九州だったっけか?
色々訊いてみようかなー…と。
あれ、なんで私クラスの男の子とこんなに話したりしてるんだ?


「なんか…人足が減りやしないか?」
「あ、そういえば…」

橘くんの言葉で、はっと気付いた。
確かに…辺りの人が減っている。
所々お店を閉め始めてるし。
えー、私が来た時間少し遅かったけど、
もうお祭の終わりの時間だっけ……あっ!

「そうだよ!」
「ん、どうした」

不思議そうな顔をする橘くんに向き直って、私は伝えた。

「花火だよ!これから三滝川で打ち上げ花火が上がるんだ!」
「ああ…確かにそんなこと書いてあったな」
「そっか…気付かなかった。時計確認しておけば良かった〜」

いつもは始まる30分前からスタンバイして場所取りしてるのに。
(その30分の間は蚊と戦いながら友人たちと世間話をする)
そっか…迂闊だった。
来た時間が遅かったこと、計算に入れてなかった!

「とにかく、行こ!」
「そうだな」

私たちは早足で川に向かって歩き始めた。
下駄だと少し歩き難いけど…そんなの気にしちゃ居られない!

「今からいっていい場所あるかなぁ……あっ!」

・・・・・・。
単刀直入に言いましょう。

転びました。


「いったぁーい!」
「何やってるんだ、お前」
「普段履きなれないから…」

やだ…恥ずかしい。
なに道のど真ん中で豪快にこけてるのよ!
橘くんも呆れ返って……?

「ほら、行くぞ」
「う、うん…」

差し伸べられた手を掴んで、立ち上がった。

うわぁ。
掌大きいー。温かいー。力強いー。

そんな意味不明な言葉で感動しながら、歩き始めると…。

「あ」
「?」

くるりと振り返って、橘くんは訊いてきた。

「怪我のほう…大丈夫だったか?」
「あ、全然大丈夫」
「悪いな…どうもそういうことに気が回らないんだ」

橘くんは、頭をポリと掻いた。
なんとなく照れ隠しをしているような表情で。

へぇ…。橘くんって、クラスでいうと堅物というか、
まあその割には人望はあるんだけど。
どちらかというと女子で比較的気弱な私にして見れば、怖い存在で。
(「渋さがいい!」と騒いでいた親友よ…。うん、渋さね。なんか分かるよ)

近くにきてみて、なんか違う一面が見えたような気がする…。
と、その時。


『ドーン!』

「あっ」
「上がったか?」

南の空を見上げる。
建物のてっぺんよりちょっと先に、花火の端が見えた。

「あー、やっぱりこんなとこじゃダメだ!早く川へ行かなくちゃ。
 でももう込み合っちゃってそっちも大変かしら…」
「…三滝川から南の方角へ、だろ?」
「え、う…うん……」
「なら、こっちの方がいい」
「……?」

頭に疑問符を浮かべながらも、私は橘くんの後を追った。
と、今度は転ばないようにね。



着いたのは、テニスコートの模様。

「橘くん…?」
「ほら、そろそろ二発目上がるぞ」


瞬間、空に咲き開く大きな花。


「うわぁ…!」


花火はどんどん上がって、
夜空は色取り取りに飾られた。
それはあまりに眩しくって、
目に残像が残って暫く消えないほどだった。

最後の一発は、それはそれは大きなもので。
心臓にまでびりびりと響いた爆音は耳から離れず、
世界を満開に彩る華は、目に焼きついてこれまた離れなかった。


全てが打ち上がったその後も、
私たちは空を見上げたまま固まっていた。

「凄かったな」
「そうだね」

軽く言葉を交わして、漸く視線をお互いに戻した。

「やっぱり…今年も見にきてよかった!
 友達がみんな受験勉強だっていうから、悩んでたのよ」
「それは良かった」
「…?」

それは…花火見れたから良かったな、という意味だったのだろうか。
なんだか曖昧な言い方…。
まあいっか。そうしとこう。

「ところで、そっちは平気なの、勉強しなくて?橘くんなら余裕かー」
「そういうわけではないけど」
「ないけど?」

橘くんは軽くはにかんだ笑いをしてから、言ってきた。

「一応今日誕生日でね。いいことないかと思って出てきたんだ」
「そうなんだ!おめでと〜」

私はぱちぱちと拍手をした。
8月15日ってことは、獅子座かなーとか思いながら。
そうしたら、向こうは呟いていた。

「いいこと…あったな」
「え、なになに?」
「それは、言えないな」
「えー、ケチ!」

橘くんは苦笑していた。
何よ。いいことだったら教えてくれてもいいのに!

「……あ」
「ん、どうした?」
「カキ氷が…!」
「あ」

二人して自分の持っているカップの中を覗く。
(そういえば私、転んだのにこれと金魚だけは守ったな。偉い)
そして、笑い合う。

夏のこの日、手で掴んでいた氷はすっかり溶けて色水になっていた。
本来ならショックを受ける場所なんだろうけど(いや、今も結構ショックだけど)、
何故か笑ってしまったのだ。

二人一緒など、何故か嬉しい。


「(ん〜?なんだ、この気持ちはー…)」
「…いいこと」
「え?」

ぼーっと考えていると、橘くんがぽつりと言ったので視線を向けた。


「教えてやろうか?」


そのときの橘くんの表情が気になって、
すんなりウンとは頷けなかったけど、
最終的に首を縦に振った…その時。


幸せな言葉が、私に降りかかった。




 金魚に花火にカキ氷。


  私たちの語り種は、満天の星空の下から始まった。






















橘さん誕生日記念ですが。が。
…えー、これ橘さん〜??(愚問)
まあいいや。イメージ的に掠ってるだろ。(掠りだけかよ)
ホントはもっと細かい話だったはずなんですが。
獅子座とか絡めてさ。
そしたら、夏は獅子座見れないっていうじゃん。
泣く泣く内容変更だよ。くそぅライオン大仏!(何)

とにかくお誕生日おめでとう御座いまする。
その後二人がどうなったかはご想像に任せます。


2003/08/14