* XL *












それは夏休みに入って数日したある日のこと。

練習が終わって水のみ場で顔を洗っていたとき。

周りをキョロキョロと気にしながらやってきた海堂が小声で話し掛けてきた。


「桃城」

「ん?」

「この後…どっか行かないか」

「!」


顔を半分背けながら海堂は言ってきた。

オレは、驚きの一点張り。

だってよ?

コイツがオレに話し掛けてくるだけで珍しいのによ。

海堂が…オレを誘う!?


「気色悪ぃな…なんかあったのか?」

「――」


だって、気になるだろ。

突然そんな風に態度変えられたら。

海堂はきっと睨むと言ってきた。


「とにかく!良いのか悪いのかどっちだ」

「お、おぅ。別にいいけど…」

「フン」


バンダナをばっと外すとそのまま海堂は部室へ消えた。

…なんなんだ?

変なヤツ。

思いながら、蛇口の水を捻った。




  **



着替え終わって部室前。

オレと海堂が喧嘩以外で話してるだけで珍しい。


「で、どこに行くんだ」

「お前の好きにしろよ」

「はぁ?誘っといてそれかよ」

「……」


海堂は顔を伏せた。

…なんなんだよ、本当に。

はっきりしてくれないとこっちも困るっつぅか。


「普通にバーガーでも行くか?」

「…おぅ」


そろそろ太陽が赤くなり始めてる。

オレは自転車にまたがった。

どうせコイツは乗るか訊いたって「走る」って言うと思ってた。

ところが…。


「乗せろ」

「え、おわ!?」


傍若無人に座られた後ろ座席。

その衝撃に一瞬転びそうになる。

けど、上手くバランスを取り直して言った。


「んじゃ、行くぜ」


漕ぎ始めにはいつもより力が要って、

普段乗せてる奴より大きな重みが加わっていることを感じた。







そうしてやってきたバーガーショップ。

「俺が頼んでくるから座ってろ」と残して海堂は消えた。


…今日のアイツは本当に可笑しい。

作戦?まさかなあ……。

突然の引っ越し宣言とか?なんでオレに…。

愛の告白!?笑えもしねぇ…。


「待たせたな」

「おう……うぉ!?」


海堂が持って現れた物を見て、オレは度肝を抜かした。


「な、なんだそれ…!?」

「ダブルバーガー。ポテトL。コーラL。アップルパイにチキンナゲット12ピースに…」

「と、とにかく凄ぇな」


目の前に出されたトレイに瞬きを繰り返すしか出来なかった。

なんというか…山。

オレって普段から結構食べる方だけど、

これだけ頼んだことはない。

まあ、普段食い足りてないからいいんだけどよ。


「で、これは割り勘だよな?」

「奢りだ」

「……な?」

「ちなみにそれは全部貴様の分だ」


……今、なんと言いました?

これ全部オレの分!?

いや、嬉しいんだけどよ。


「…お前どうしちゃったんだ?」

「別に…」


Sサイズのオレンジジュースを飲みながら海堂は低く言うだけだった。

…不思議過ぎる。


「よく分かんねぇけど…頂きまーす」


そうしてバーガーやポテトにぱく付くこと5分ほど。

ひたすら食べているオレに海堂は声を掛けてきた。


「オイ」

「ふが?」

「お前…本当に分かってないのか…?」


口が完全に塞がったまま返事をする。

海堂は随分呆れた表情でこっちを見てきた。


…分かるって、何を?

なんかオレ海堂に感謝されるようなこと…。


「…多分分かってない」

「このクソ…」


俺がなんのためにこんなことしてると思ってるんだ、と海堂は言った。

対してオレはポテトを貪りながらハテナを浮かべるばかり。


すると、海堂は内ポケットから生徒手帳を取り出すと、

7月のカレンダーのページを出してきた。


「見ろ!」

「?」


今日は何日だっけ?

夏休みに入ってから曜日感覚が…。

えーと、月、火…ああっ!!


「オレの誕生日じゃん!」

「やっと気付きやがったか」


海堂は溜息を吐いていた。

そうか…誕生日。

言われるまで本気で気付かなかった。


自分自身で忘れていた。

家族にだってまだ何も言われていない。

それなのに…。


「なんでお前知ってたんだ?」

「…乾先輩に訊いた」

「へえ」


全く、とんだ誕生日もあったもんだぜ。

さっきから驚かされっぱなしだ。


だってよ、乾先輩って無理に人に情報押し付けたりしないだろ?

つまり…海堂が自分から聞き出したって言えねぇか?



「いやー、なんか満腹になっちまったぜ」

「オレが買ってやったんだ。全部食え」

「分かってますって」


チキンナゲットをソースに浸して、一口で頬張る。

そうしながら思う。


なんか、Lを通り越してXLって感じだな、なんつって。



「しかし…何で突然?」

「………」

「なんか…怖いぞお前!ストーカー!?」

「五月蝿ぇ!!」


ギャーギャーと騒ぎ立てるオレ達。

周りにさぞかし迷惑だったろうにとか思いながら。

でも楽しかったような気もする。

よくわかんねぇけど。

コイツとはライバル兼ケンカ友達だからな。

それ以下でもそれ以上でもなんでもないんだ。


「桃城」

「う?」

「…………」


小さく動いた海堂の口。

そこから出てきた言葉は、聞き取るのも大変なくらいで。

でも一応聞こえたわけで。


「やっぱ今日のお前怖ぇよ!来るな!」

「ふ、フシュゥっ!!」



そう。

オレと海堂はライバルでありケンカ友達で。

だから、その言葉を伝えてきたとき海堂の顔が赤かった理由は、

オレには理解する余地などなかったわけで。


でもとりあえず、その言葉だけはありがたく受け取っておくぜ。

特大(エキストララージ)のプレゼント。




  ――ハッピーバースデー。






















桃海だというツッコミ禁止。傷を抉る…。とりあえずハピバ。


2003/07/23