* Watermelon *
それは、夏休みの部活が始まって暫くしたある日。
「全員集合!」
橘の手に、全員が動きを止めて一瞬固まる。
なんだろう、と首を傾げながらとりあえず皆で橘の元に向かう。
悪いことをした覚えもなければ特に良いことをした覚えもない。
「なんですか、橘さん」
「何かあったんですか?」
「………」
皆の質問に対しても目を伏せたまま動かない橘。
沈黙が続き皆の心が不安で一杯になったとき…。
「…スイカだ!」
背後に回していた右手を前に出すと橘はそう言った。
手に掴まれているのは、網に入った小振りな西瓜。
暫の静寂。
そして……。
「スゲーぜ橘さん!」
「まさか部活で西瓜が食べられるなんて…!」
それはそれは、全員で大喜びである。
(どうしてこうも不動峰は貧乏設定なのかという点は触れないでいて頂きたい)
「それじゃあ早く切って…」
「待て」
「―――」
大浮かれだった部員たちも橘の声だけはちゃんと聞き付ける。
掛けられたストップに全員フリーズ。
「ど…どうしてですか?」
「お前ら、西瓜だぞ」
「…だと何なんですか」
「………」
またしても目を伏せたまま動かない橘。
沈黙が続き皆が息を飲んだとき…。
「…スイカ割りだ!」
背後に回していた左手を前に出すと橘はそう言った。
手に掴まれているのは、バットと手拭い。
「夏の風物詩だろうが」
「よし!トップバッターはオレだぜ」
「ずるいぞ神尾」
「公平にジャンケンだ」
…なんとも微笑ましい光景である。
そうして始まった不動峰中テニス部スイカ割り大会。
「バットじゃなくてラケット使うのは無しか?」
「汁が飛ぶ」
「目隠ししたけど緩くて取れそう…」
「下から覗くの禁止だぜ」
「何回転しとくよ?」
「30回ぐらいででいいよ」
「時計回り?泥棒回り?」
「両方15回ずつ!」
「…戻っちゃうじゃん」
「あれ、回してから目隠しじゃなった?」
「なんでもいいよ」
「さー、スイカはどこだろ…とっとと終わらせよ」
「げっ、深司お前見えてるだろ!来るな!!」
「どさくさに紛れて人をバットで打つのは禁止だぞー」
騒ぎ立てること15分ほど。
次の順番は石田である。
「真っ直ぐ…あ、ちょい右ー!」
「よし!そこだ!!真っ直ぐ振り下ろせー」
皆の声に石田をやる気を出した。そして…。
「波動球(スイカ割りVer.)!!」
「!!!」
瞬間、全員顔面蒼白。
辺りに飛び散るは、赤い液体と粉々になった緑と黒の縞模様。
目隠しを外して、石田は固まった。
「…あれ?」
なんというか、見るも無残なスイカの姿がそこにあったわけで。
皆、硬直したまま全く動かない。
「……今日の練習はここまで。各自片付けをしたら解散」
「「ありがとうございました〜…」」
こうして、練習もせずに夏休みの貴重な一日は終わった。完。
もう言葉もないです…。(土下座)
2003/07/22