* 名前 *
ピッ ピッ ピッ
さっきから聞こえてる、電子音。
頭の中で響いてる。
それによって、やっと現実に帰ってきた。
どうやら今までは意識がどこかへ行ってた様子。
ピッ ピッ ピッ
一定のリズムで鳴っているけれど、
なんだかとても弱々しくて、
そして先程よりも遅くなっている。
ゆっくりと、目を開く。
「……秀ちゃん?」
そこに居たのは、愛する人。
愛しくて愛しくて堪らない人。
目に浮かんでいるのは、涙。
顰めた眉は、何に向けられているの?
「…オハヨ」
「……おはよう」
とりあえず目を開けたのだから、挨拶してみる。
しかしこの場には相応しなかったのか、
相手からの返事は少し気が抜けていた。
イマイチ、現状が理解できてません。
分かるのは、一定のリズムの電子音。
辺り中を包んでいる白。
せわしく走り回る人たち。
全身から繋がれた管。
あれ、こんなこと前もどこかで…?
「…そっか」
サイレン。
揺れる地面。
繋がれた管。
心配そうな貴方の顔。
ついに理解。
理解したくなかったかもしれない。
でもしたものはした。
私の中からも、感じられる。
終わりが近付いていること。
目を閉じると、色々なことが蘇ってくる。
幼い頃に感じたこと。
小学校での楽しかった思い出。
中学校での幸せだった日々。
そして、隣に居てくれた貴方。
「…今まで、楽しかったよ、私」
「過去形じゃ、ないだろ」
わざとらしく否定する貴方に、私は笑顔を向けた。
何でだろう。
悲しいはずなのに、悲しい顔できない。
嬉しいのかな。
分からない。
不思議。
最後が見えてくると、心ってここまでも穏やか。
ピッ ピッ ピッ
もう一度電子音に耳を傾ける。
少しずつ崩れ始めた秩序が、私自身にも感じられる。
全てを吸い込んで、全部吐き出しちゃいたい。
深く、深呼吸をする。
途端、締め付けられるような胸。
「んっ!ゴホっ…かは……っ」
「!!」
「患者、呼吸に乱れ!」
「直ぐに酸素マスク」
忙しそうな、世界。
こんなに落ち着いてる、当人。
そうか。
全てが私を中心に回っているからだ。
周りに居るものほど大きく廻る。
「秀ちゃん…」
「あんまり喋るな!」
「お願い…最期に」
「サイゴとか、言うな!!」
感情の昂りからか、怒鳴り散らす貴方。
病人を興奮させないで下さい、と止められていたけれど。
ピッ ピッ ピッ
さっきから私を落ち着かせる、この不思議な音。
少しずつ速さは緩まってきて、余計落ち着いてくる。
「今はまた安定しましたが油断できませんよ」
言われて、口に何かを付けられた。
これが俗に言う酸素マスクですか。
少々、邪魔ですけどね。
「…ちょいとすいませんね」
「っ!勝手に外さないで…」
「勝手に付けないで」
お医者様に歯向かう私。
この根性は昔から変わらず。
それに、分かるんだ。
こんなことしたって、終わりは変わらないってこと。
「ね、秀ちゃん」
「…なんだ」
「私の、名前呼んで」
握られた手に力が篭もる。
動揺が見られます。
「そうしたら、私はもう思い残すことないよ」
「駄目だ!お前はまだ…」
「お願い」
「……」
それ以上は、向こうも何も言わなくなった。
涙を溜めて、眉を顰めて。
ピッ ピッ ピッ
出来れば、貴方とずっと走り続けて居たかったけれど。
だけど、なんか苦しいし。
ピッ ピッ ピッ
楽しかったけど、ちょっとだけ疲れちゃった。
「お願い、シュウイチロウ」
「―――…っ」
ピ―――――――………
* * *
貴方が私の名前を呼んだとき。
私は漸く無に還れると思うんだ。
だから、その後のことは何も知らない。
名前変換禁止ですから。呼ばれたらそこで終わり、です。
(何かの設定と繋がってるような…気付いた方だけ気付いて)
2003/06/27