* Thank you for... *

 〜greeting and farewell〜












拍手で送られたあの人たちは、いつもと変わらぬ表情で。

皆がぞろぞろとそこを出て行ったあと、
オレは最後に一人ゆっくりと、その
紅白の弾幕で施された大きな空間から抜け出した。

学校の玄関から門まで下級生全員が広がって、
卒業生が下りてくるのを待つ。

オレはそんなところに居る気も起きなくて、
少し離れた位置にある木に凭れていた。


もう、春だな。


上を見上げると薄ピンクの花びらが開き始めている。

今年は随分早い開花だな、と太陽を見上げた。

穏やかな日というよりかは、少し暑ささえ感じられる今日。

照り付けてくる日差しから目を避けるように俯いた。

一つ生温い風が吹いて、枝葉と髪を揺らしていった。


何かが、流れていく。

何かが、確かに変わり始めようとしている。

そう心に感じた。



そろそろ、あの人たちは降りてくる頃だろうか。

でも、胸に花を挿している姿なんて想像できなくて。

手に証書を入れた筒を持っているなんて思えもしなくて。

そのうちどちらにしろ目にすることになるだろうけど。

そう考えて、軽く目を閉じた。


その時、列の一端から拍手や叫び声が聞こえてきた。

ついに下りてきたのか、と木に寄りかかっていた体を起こした。

でも、参列に加わろうとは思わなかった。



去って行く人たち。

その中で、見覚えのある顔を見つけた。

見覚えがあるなんてものじゃない。

部活でも、それ以外でも。

共に笑い合って、時に嘲り合って。

確実に、自分の大切な人であったその人。


いつも通りに、沢山の友人に囲まれて、
豪快な笑いを飛ばしながら歩いていった。

その中で、ふとこっちを目にしてくれたのは偶然だったのか。

口では何も言う気になれなくて、
オレはただ広げた手を顔の横まで持ち上げた。

向こうは、やっぱり笑顔で、頭の上で大きく腕を振った。

その腕を下ろすと、背中を向けてそのまま門を抜けていった。



暫くすると、もう一人近き人を見つけた。

楽しい会話なんてした覚え一度もなかったけれど、
共に高みを目指した、やっぱり大切な人であった。

約二年前に初めて対戦した時のことを思い出した。

練習で打ち合ったときのことを思い出した。

沢山の思い出があることを、今更ながらに感じた。


黄色い声が飛ぶ人だかり。

その人が睨むだけで、全体が一瞬静かになった。

らしいや、なんて何となく笑みが浮かんでしまって。

丁度沈黙が生まれた瞬間、サヨナラっス、と初めて口を開いた。

向こうはこっちの存在を確認すると、ああ、とただ小さく呟いた。

門を抜けていくと、また列の辺りから大声が上がってきた。


もうここに居ても、何もないかな。

そう思って、勝手に抜け出してテニスコートへ向かった。



誰もいないそこはとても静かで。

いつも遅刻ギリギリで入ってきてさっさと帰ってしまう自分には、
随分慣れない光景だった。


だから、想像が付かない。


また明日になったらひょっこり顔を覗かせてくるんじゃないかなんて。

未だに、そう信じ続けている。

引退してから随分経ったのに。

ここに時折しか出てこなくなって随分経ったのに。

それなのに、今更共に駆け抜けていた日々を思い出してしまう。

毎日そこに居るのが当たり前だった人たち。

居なくなってみて、漸くその大きさが分かる。


やっぱり、明日からは居ないんだ。


心がやっと認識して、胸から熱いものが込み上げてきた。

それは、溜め息として空気に抜けていった。



ここで共に過ごした、約二年間。

どれだけ自分の中で大きな割合を占めていたのだろう。

その日々の中で、自分はどれだけ変わったのだろう。

答えは見つからないけれど、
気付かせてくれたあの人たちに感謝する。


今日、羽ばたいていったあの人たち。


どうしても本人たちにはいうことが出来なかったその言葉。

今そっと、呟く。


「…オメデトウゴザイマス」


優しく吹き抜けた風は、
果たしてこの言葉をあの人たちまで届けてくれたのか。



コート全体を一度見渡す。

これからは自分たちが中心となって動いていく。

やはり想像が付かなかった。

だけど、確実に流れていく時代。

大きな変化を感じて、柄にもなく少し不安になったとき、
今までに教えてもらった沢山のことを思い出した。


感じる。

新しい何かが生まれていくのが。

それを築いていくのも、動かしていくのもまた自分なのだと。

想像が付かなくとも、実際に体験することになるだろう。

不安から期待まで侘しさから勇気まで。

全てを抱えていく。




遥か遠くから聞こえてきた歓声が治まってきた気がした。

もう全クラス抜けてしまったのかもしれない。

まだオレ達下級生は片付けもあるし、一度教室に戻らなくてはいけない。

そろそろ帰らなくては抜け出したことが分かってしまう。

そう考えて、オレはコートに背中を向けた。


だけどもう一度振り返ってしまった。

明日も明後日もまだ見るはずのコートなのに。

なのに何故か名残惜しさを感じずには居られなかった。

そのコートに向けて、もう一度小さく呟いた。



 「アリガトウゴザイマシタ」



中途半端に篭もった感情。

そんな言葉は、あの人たちには届かないだろうと思いながらも。

でも、伝えたかった感謝の言葉。




 心から思えるよ、

 出会えてよかったと。


 優しかった日々や笑顔、

 消えそうになるけど焼き付けるから。



 だから―――…





   Thank you...






















こちらでは日本から時期を外して昨日卒業式でした。
といってもこれは卒業生に向けたものではなく
転校しちゃう同級生に向けてるんですが。(爆)

題名から内容から何から全て察せられると思うんですが、
“Thank you for...”から来てます。
だからリョーマ主人公なのね。
危うくドリームになるところだったよ。(笑)
そして勝手に卒業するのは現二年生に決定しちゃってます。笑。

全体的に綺麗に纏まった…と勘違う。(何)
お世話になった人たちにこっそりメッセージ。
いや、絶対読めないし読まないって分かってるけど。
風に乗せるんだよ!だぁ!(謎)


2003/06/13