* 地図を広げて *












「そっか…帰国するんだ」

「うん」


いつか来るとは分かっていたものでも、

突き付けられるとここまでも苦しい。


リョーマは、随分前からここに居る。

私なんかが来るより、ずっとずっと前から。

私が帰るより、向こうが先に帰るってことはなんとなく分かってた。


だけど、現実となると、やっぱり苦しい。


「日本…どこだっけ?」

「東京」

「なんだ、一緒じゃん」

「そうなんだ」

「……」


私が喋って、相槌交じりの返事だけが返されてくる。

そんな会話は長続きしなくて、すぐに沈黙がやってくる。

ふぅ、と軽く溜め息を吐いて、空を見上げた。

飛行機が一機、白い雲を棚引かせながら飛んで行く。


「寂しいなー…リョーマが居なくなったら私日本人一人じゃん」

「そのうち誰か来るんじゃん?」

「それってなんか冷たーい」


リョーマの素っ気無い返事に、口を尖らせる。

本当は、寂しいのはそんな理由じゃない。

日本人だからとか、そんな理由じゃないのは、

分かっているのに――。


「ま、そっちは日本で頑張れや」

「そのつもりだけど」

「へへ、リョーマなら上手くやるだろうね」


そんなこと笑顔で言いながら

胸のぽっかりと空いた穴は

埋められそうになかった。


ずっと空の飛行機雲を見つめていたのは

それをより下を向くと

涙が零れそうだったからだ。





そんなうちに、ついに出国日。



「それじゃ」

「うん…またね」


なんて、また会えるのかどうかも分からないのに。

でも、いつもの癖みたいに、その言葉は出た。


信じていたかったのかもしれない。


「楽しかったよ…リョーマと居て。私…幸せだった」


その言葉を言ったとき

私は笑顔だったはずだけれど

頬を伝った雫もまた

幻想ではなかったはずだ。


「…泣かないでよ」

「ゴメ…っ」


指で目元の涙を救って。

私はもう一度笑顔を向け直して言った。


「リョーマ…ずっと大好きだよ!」


その言葉に対し、リョーマは一瞬驚いた表情を見せた。

突然の、告白。

その告白は、ただ単に友達的な意味合いとしても取れたはずなのに。



 "I love you too, my dear."



英語で云われた言葉と、

口元への軽いキス。


いくらアメリカ育ちだからといって、

唇へのキスは訳が違うと思うのですが。



「じゃっ」

「……っ! "Bye! Good bye, Ryoma!"」


"Bye."と一言、背中を向けたまま。

手を宙に掲げる仕種が、なんともリョーマらしかった。


そのまま、リョーマはここを発った。

長く暮らしていたここを。



「……バイバイ」



私達らしい別れ方だったかな、

と涙のまま笑顔を零した。




遠く離れた私達。

地図を広げれば、すぐそこにあるのに。

果てしなく遠いそこを、指でなぞってみた。



雲を引かない飛行機を見て、

今日は空気が澄んでいるんだな、と思った。























日本でも頑張ってね。お幸せに。有り難う。大好き。


2003/06/02