* 知らず知らずに、素敵なロマンス *












おはようの挨拶、
委員会の仕事の相談、
宿題に関する質問、
小テストの範囲の確認。

朝の時間や休み時間はありがたいことにいつも忙しい。
そして今日は……。

「はい大石くん、ハッピーバレンタイン〜!」

もちろん気付いていた、今日の行事。

2月14日、今日はバレンタインデーだ。
男子はきっとみんな意識しているんじゃないかな、
気になる女の子がいる場合は特に……。

「ああ、そういえば今日バレンタインか」

まるで興味がなかった、みたいな態度を装いながら、
視線の端では気にして期待している。
あの子がこちらへ向かってくることを。

だけどそのようなことはなく、
日頃仲良く喋っている人たちが押し寄せては
いつもお世話になっているお礼だとお菓子を手渡ししてきたり
机の上に置いていったりして去って行った。

クラスメイトとは良好な関係を築けている。
誰に話しかけられても違和感はないし、
楽しく会話を広げることもできる。
傍で見ている人から、顔が広いね、と言ってもらうこともある。

だけど、違うんだ。
俺はきっと「無害な人」というやつなだけであって、
もう一歩踏み込んだ関係になれるかというと、また別の問題で…。

「(……さん)」

教室の中に視線を泳がせてその姿を探すと
見つけたのは黒板一番右の日付を変えている姿だった。
基本的には前日の日直が行う決まりだけれど忘れられることも多く、
よくさんが書き換えている姿を見かける。

他にも、
掃除は最後の埃まで取りきるところとか、
丁寧な言葉遣いをするところとか、
口元に手を添えてくすりと小さく笑うところとか。

いつの間にか気になる存在となっていたその人物を、
俺は今日も遠くから見ることができない。

プリントは締め切りまでに出すし
素行を注意する必要はないし
勉強で困っている様子もないし
委員会の用事が被ることもない。

バレンタインである今日、
チョコレートが貰えやしないだろうか、
なんてありえもしない期待をしてしまうけど、
二人で言葉を交わしたことすらないのに、
ありえるわけがないのだ。

来る者拒まず去る者追わずと言えば聞こえは良いかもしれないが、
来ない者を追う勇気が持てないだけなのかもしれない。

登校してきた友達と何やら楽しそうに喋っている姿を遠巻きに見ながら
そんなことを考えて自然とため息が漏れた。







進学テストも終えて気持ちも浮かれているのか、
それとも全国大会優勝や保健委員長を経て俺の知名度が上がっているのか、
昨年と比べてかなり多くの数のお菓子をもらうことができた。
帰りにすべて鞄に移そうとひとまず机の中に入れていたら
休み時間の度にその数は増えて昼休みを終える頃にはパンパンになっていた。

ラケットバッグを持ち歩くことはなくなっていて、
通学鞄にこの数のお菓子は入るだろうか…と少し不安になった。

いざとなったら体操着袋に…。
いや貰ったものをそんなところに入れるのは失礼か…。
はっきりと解決策を見いだせないまま放課後を迎えることになった。


こんなにたくさん貰ったけれど、
結局好きな子からは何も貰えなかったな。
そう思ってため息を吐いてしまったけれど、
こんなことを思ってはお菓子を渡してくれた子たちに失礼だ!
そう思って大きく息を吸い直した、瞬間だった。

「大石〜、ハッピーバレンタイン!はい義理チョコ!」

勢いよく差し出されたお菓子を、あっけに取られながら受け取る。

もう放課後だけれど、まだ渡してくれるクラスメイトがいたのか。
今日何回も休み時間があったから
もう配り終わっているものだと思っていたがそうでもないのか。

そんなことを考えながら軽く会話をしながら、
視界の端に気になるものが。

「(あれ、そこに立っているのはさん!?)」

会話をしている目の前の人物から
視線を逸らすのは失礼だという思いがありながらも
どうしてもそちらが気になってしまっている俺に、
「あの、大石くん!」と声が掛けられた。

いよいよそちらを向く権利を得た気がした俺が体ごとそちらを向くと
さんは確かにそこに立っていて、
手首には平らになった紙袋が掛かっていて、
胸の前に掴んでいるそれを「私からもあって…」と差し出してきた。
ほ、本当に…?

バラエティパックのお菓子の詰め合わせのようだった。
ただの義理チョコであるはずのそれを
両手で差し出してくるあたりがさんらしいと思って
俺も受け取ろうとした右手に左手を添えた。

「いつもありがとうね」

その笑顔だけで俺は有頂天に上がる思いだった。

「ありがとう…すごく嬉しいよ!」
「それじゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日」
「じゃあね大石〜」

挨拶を交わして、二人は去って行った。
もう少し会話をするチャンスだったかもしれない…
と気付いたときには既に遅かった。

教室に残された俺は手元に掴まれているお菓子の詰め合わせを一瞥して、
思わず顔がニヤけそうになるのを誤魔化し、
平常心を装ってそれを机にしまった。

こんなので「好きな子からバレンタインチョコをもらった」
だなんていうのはおこがましいかもしれないけれど、
完全に浮かれてしまうくらい嬉しい気持ちになっていた。
あとでじっくり噛み締めて食べよう……って、
もちろんさんからもらった物以外も!




  **




授業の質問をしに職員室へ行ったら、
別の先生にも掴まって世間話をされ
気付いたら1時間も経過してしまっていた。

まだまだ気温は低いけれど
日は少し延びてきたかもしれない、と
窓の外は暗いながら真っ暗闇ではないことを確認しながら階段を上がった。
西の方の空はまだ橙色が残っている。

この程度の明るささえあれば
鞄を掴んで出るだけだし教室の電気は点けなくて良いか。
いや、机の中身を鞄に移さないと。
そういえば鞄に全部入りきるだろうか…。

そんなことを考えて教室のドアを開けると、人が居た。

「(えっ、さん!?)」

まさかこんな日にさんと二人きりになるだなんて、
と焦るが余りに何故か教室の扉を閉めてしまった。

さんまだ教室に居たのか」
「大石くんこそまだ学校に居たの」
「ああ。先生と話していたら遅くなってしまって」
「そうなんだ」

初めてだ。
さんと二人きりで喋るのは。
心臓がバクバクとして、足が地に着いていないような気持ちだ。
さんはいつも通りの笑顔を浮かべているのに。

それにしても、さんは何故こんな暗い教室に?

さんこそ、何かあったのかい」
「いや、私は別に、何かあったわけではなくて…」

そこまでいって、言葉を濁らせた。

あ。

もしかして…。

「(誰かに、本命チョコを渡していたのかもしれない)」

ピンと来てしまって、心がズキンと痛んだ。
俺の机の中には、みんなが居る教室の中で受け取った義理チョコ。
先ほどまであれほど浮かれていた自分が恥ずかしい。

どんなものでも、君から貰ったものであれば嬉しかったけれど、
籠もってもいない勝手な感情を汲み取っているのは
相手に取っては迷惑なことかもしれない…そう思った。

「(……帰るか)」

もっと二人で会話をしていたい、
その感情は俺の一方的なものだと痛感してしまった。

さんが本命チョコを誰かに渡していたのだとしたら、
それはうまくいったのか、いかなかったのか、
どちらにせよその相手が自分ではないのだから意味のないこと。
肺の中身を大きく吐き出したくなるのを押さえながら自分の机に向かった。

「(いいクラスメイトでいよう。これから先も)」

その関係だって、あと1ヵ月もすれば終わってしまう。
同じクラスになって1年近く経つのに
まともに二人で会話したことすらなくて、
それなのにさんの特別な存在になりたいだなんて
思うのはおこがましいにも程があるし、
別に俺だってそんなことは願っていたはずではなかった。

「(……欲が出たな)」

机の中に入った、溢れそうなほどのお菓子たち。
好きな子から貰えたからって、義理チョコなのに浮かれたりして、
罰が当たったかもしれない。
反省をしながら、とにかくこれを持ち帰らなければ、
と考えたときに、先ほどこれを渡してきたときのさんの姿が頭に浮かんだ。

さん、さっき空の紙袋持ってなかったかな」
「持ってるけど?」
「もし出来たらなんだけど、あの袋もらえないかな。
 予想外にたくさんプレゼントを受け取ったから、鞄に入らなくて」

浮かれたらいけないと、思うのに。
山の中の一つを手に取った。
別にこの想いが成就することを祈っているわけではない。
ただ、この溢れるような感謝の思いを伝えたくって。

「これがさんからだったな。ありがとう」

お菓子の包みを持ち上げると、さんは驚いた表情を見せた。

「え、どれが誰からか憶えてるの」
「さすがに全員分憶えているか自信はないけど…
 丁寧に渡してくれて、とても嬉しかったから」

その思いを伝えた。
どんな返事がくるかと思いきや、
会話の流れを切るようにさんは
机の横に掛かっていた大きな紙袋を掴んだ。

「大石くん!この袋、あげるね!」
「ああ助かるよ。ありがとう」
「それから、これも」

ビックリ、した。

さんはその紙袋の奥に手を入れた。
てっきり空と思っていた紙袋から出てきたのは、
丁寧にラッピングされたお菓子だった。
中身は個包装されていない。
どうやら手作りだ。

「私なんかにもらっても迷惑だと思うけど…」

そう言って顔を伏せたまま手が伸びてきた。
みんなの前で、気軽に差し出されたそれとは違う。

これ、俺に?
本当に?

「迷惑なわけがないだろう!」

咄嗟に、大きな声を出してしまった。
さんはあっけにとられたように瞬きを繰り返していた。
そして俺はさんの手首を掴んでしまっていたことに気付いて
焦って手を離した。

「ご、ごめん!」
「いや、私こそ……」

さんは驚いたように手を引っ込めてしまっていた。
でも、さっき間違いなく差し出されていた。俺に。

「それ…本当に受け取っていいのかい」
「こっちこそ、これ渡して、迷惑じゃないの?」

さんは声と瞳を潤ませながらこちらを見上げてくる。
外はどんどん暗くなってきて、その表情も曖昧にぼやけているのに
そこにだけ光が集まっているように、眼差しが眩しかった。

「迷惑じゃないよ。だって……俺はずっと、さんのことが好きだったから」

……伝えてしまった。
胸がバクバクとして静まる気配がない。
気温は低いはずなのに顔が熱くて額に汗が滲んできた。
あたりが薄暗いことに感謝してしまう。

「嘘、ホントに…?」
「本当さ」
「話したことも、ほとんどなかったのに」
「それはこっちの台詞さ!さんこそ、どうして俺なんかを」
「違うよ!大石くんはみんなの人気者だから!私なんて…」
「私なんて、だなんて言わないでくれよ」

今度はそっと、その手を取った。

「俺はそんな君が好きなんだから」

我ながらクサい台詞だと思った。
今度こそ世界は暗くなっていて、
さんの表情は読み切れなくて、
どうやら楽しそうに笑ってはいないことだけがわかった。

そんなさんからは聞き取るのもギリギリな音量の鼻声で
「私も大石くん、スキ」と聞こえて
1ヵ月のその日には、絶対に君を笑顔にしてあげたいと強く思った。
























ホワイトデーのお話ではなくただの大石視点だな。まあいいでしょう。

主人公視点の本編(バレンタイン当日編)を書いたときは
両想いのつもりで書き始めて居なかったのですが
大石視点書いてるうちに自然と両想いになってしまって
なんだかところどころ不自然にも感じてしまったり。
でもつまりこの話の大石はポーカーフェイスがうまかったってことでw


2024/02/16-03/14