* いつも通りの大切で特別な一日 *












20××年3月2日。

青学テニス部の『3年生を送り出す会』が設定された日は、
僕の誕生日だった。

決まったときは随分先だと思っていたけれど、
思った以上に時は早く流れて、
気付いたらその当日を迎えていた。

「勝郎、お誕生日おめでとう」
「今日はいいことがあるといいな」
「ありがとう、お父さんお母さん」

両親からお祝いの言葉を受け取って、
いつも通りの大きな鞄を背負って、家を出た。



今日のお天気は、ほんの少し風が強いけど快晴で、
暖かいと言えるほどではないけどすごく寒いわけでもなくて、
もう3月だし、春なんだな、と改めて感じた。

普段通り授業を終えて、
カツオくんとはやる足で部室へ向かった。
最近はたまに、居ても一人か二人しか居ない3年生が
既に何人も到着していて胸が熱くなった。


『3年生を送り出す会』は
卒業を控えた3年生と公式に打ち合える最後の機会で、
その実態は部内交流戦のようなもの。
3年生は出ずっぱりで、
1,2年生のどちらかが対戦相手となるように
それぞれくじ引きをするみたいだ。

先輩たちと打ち合えるのは最後。
3年生が引退するまで校内ランキング戦への
出場の機会もなかった僕たち1年は、
試合形式で3年生と打ち合うのは、
今日は最後であると同時に、実は最初で唯一の機会なんだ。

僕は誰と当たるだろう。
くじ次第では憧れの手塚部長と一球交えられるのか…!

緊張するけど、誰相手でも一生懸命やるだけだ。


まずは一年生が先ということで、
ドキドキしながらくじを引く。
僕の相手は……。

「(大石先輩…!)」

四つ折りにされた紙を開いて、胸がドキッと鳴った。
くじの結果をホワイトボードに書き込んでもらっていると
後ろから聞き慣れた、だけど少し懐かしい爽やかな声がした。

「俺の1試合目は加藤か。よろしくな」
「大石先輩!よ、よろしくお願いします!」
「じゃあコートに入ろうか」
「はい!」

大石先輩は歩いてコートに入っていって、
僕はラケットを掴んで後を追った。

僕はプレイスタイル的に大石先輩を目標にすると良い、
と竜崎先生にも言われたことがある。
始めてネットを挟んで向かい合って、得られるものはあるだろうか。

と言っても、最近試合形式には慣れてきたけれど
2年生相手にも一回も勝てたことがないのに
大石先輩相手にちゃんと試合になるのだろうか…。

「あの!」
「ん、どうした」

不安になって、背中に向かって思わず声を掛けた。
振り返った大石先輩の顔は、僕の頭一つ分上にある。

「僕なんてまだ大石先輩の足下にも及ばないですし
 まともなラリーできるか自信もないんですけど……」
「ハハ。そんなに緊張してたら出せる実力も出せないぞ」

大石先輩はそう言って柔らかく笑った。
だけど次の瞬間、笑顔のまま目線を鋭く変えた。

「俺たちを気持ち良く追い出してくれよ」

そう言ってニヤリと笑った。
そうだ。
今日は3年生を送り出す会。

「はい!」

勢いをつけて返事をすると、
大石先輩は満足したように頷いてコートの反対側へ向かっていった。

3年生が安心して引退できるように、
3年生が現役だった頃の僕とは変わった姿を見てもらうんだ!

「(それに!今日から13歳だし!!)」

今日は僕の誕生日。
昨日までの僕とは違う。
そう思うと力がみなぎってくるようだった。

だけど――……。

「(わっ、コース鋭い!)」

「(緩急がつくだけで打ち返しづらい)」

「(これ入ってるの〜!?)」

ライン上に弾んだボールはフェンスまで跳ねていって
コロコロと転がって返ってきた。

「さすが大石先輩…」
「残念だけど、アウトボールには期待しないでくれよ」

大石先輩はハハハと笑った。
現役引退したといってもさすがのコントロール能力。

「(それになんといっても、ミスが少ない)」

ここまでポイントは全部大石先輩に入っている。
だけど大石先輩は力を抜いて打ってくれているのは感じるし、
決め球らしい決め球を放ってきているわけではない。
全て僕の失点だ。

「(さすがだな。学ぶことがたくさんある)

サイドチェンジしながら息をならして、
周りのコートを見回した。
他の選手たちも試合中だった。

そして気付いた。
大石先輩だけじゃない、と。

不二先輩のテクニック、
菊丸先輩のアクロバット
河村先輩のパワー、
乾先輩のデータ解析力…。

手塚部長の背中を追って、
全国制覇まで一緒に成し遂げた。
その中でみんなから色んなことを学んできたんだ。

海堂先輩にも、桃ちゃん先輩にもたくさん鍛えてもらった。
いつまでもリョーマくんの背中を追っているだけの僕じゃない!

「(ネットを挟んで向かい合えてるのは本当に嬉しい。
 でも、喜んでるだけじゃダメなんだ!)」

ボールを地面に突いて、投げ上げて、
ラケットを思いっきり振り下ろす。

「いいコースだ」

そう言って大石先輩は同じコースに強めの打球を打ち返してきた。

さっきから、大石先輩は一度も決めに来ない。
打ちやすいコースで強めなラリーを続けたり、
僕が体勢を崩したら敢えて球威を抑えたり、
届くギリギリのコースを狙ってドロップショットを落としてきたり。

敵なのに、やりやすく打ってくれている。
引っ張り上げてきて、導かれているみたいだ。

「(3年生になるとき、僕は大石先輩みたいになれているかな)」

まだ、目標は遥か遠いけれど。

「(まだ今の僕では、実力だけでポイントは取れないかもしれない…。
 でも、変わってるってところを、見てもらうんだ!)」

球威に押されながらも、
打ち返すだけじゃなく狙いを定めてショットを放つ。
今までで一番際どいコースに飛んでいった。

走り込んでボールに追いついた大石先輩は
「いいコースだ」とは言わなかった。
そして僕は考えるより先にネットに詰めていた。

「(決まれ!)」

大きく空いたスペースに向かってスマッシュを打った。

予想外だったのは、大石先輩が追いついたこと。
体勢を立て直す暇もなく
今までで一番鋭い打球が返ってきたこと。

「ゲームセット!」

審判の声で、これが最後のポイントだったことを思い出した。
振り返ると大石先輩はネット越しに手を伸ばしてきていた。

急いで駆け寄って、その手を握った。

「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」

その手は大きくて熱かった。
今日のことを絶対に忘れないようにしよう。
そう決心して手を離したしたとき。

「うまくなったな、加藤」

上から降りかかってくる声に、驚いて顔を上げた。
優しげな笑顔を浮かべるその顔には汗が滲んでいた。

「これからも青学を頼むぞ」
「はい!」

大石先輩はとても丁寧なラリーをしてくれたけど、
一瞬で決着がついたコートもあったみたいだ。
ほとんど休憩をする暇もなく呼び出された大石先輩は
「こりゃ大変」と次の試合へ向かっていった。

くじ引きでの試合が終わったあとは
自然とダブルスでの試合も始まっていて、
時間が許す限り順番関係なく打ち合った。

そろそろ最後の試合になりそうだという時間、
コートに入れなかった僕は、ふと、空を見上げた。

部活が終わる頃の空って、こんなに明るかったっけ。
3月に入った途端一気に春みたいだ。
もうすぐ桜も咲きそうだ。

そして僕は、一つ大きくなれた。

オレンジ色に変わってゆく太陽の光に照らされて
コートの中で走る同級生、先輩、引退した先輩たち。

もうこのメンバーが集まってテニスをすることは
二度とないんだ、と思うと淋しさも込み上げたけど。
悲しさ以上に大きかったのが感謝の気持ちだった。

「これまでありがとうございました」

一人でこっそりと呟いて、
大きく伸びをした。

「(青学に入って良かった!)」

そのとき丁度片付けの合図が掛かったので、
走ってコートの中へ戻った。

試合より片付けの方が得意なうちは
まだまだだねってリョーマくんにも言われちゃうかもしれないけど、
今は僕ができることを一つずつ、精一杯。
明日もっと大きく成長できていますように。

最後に全員で集合写真を撮って、
卒業式の日はさすがに泣いちゃうかも、
なんて思いながら笑顔で手を振って帰路に着いた。


そんな、
いつも通りの、
大切で特別な一日。
























Twitter(X)に投下したんですけど
> カチ誕って中学部活で『先輩を送る会』とか
> 実施される頃だよなと思ったら泣けてきた。
> 3年生のことばっかで誰にも気に留めてもらえなくて
> ほんのちょびっと寂しくはあるんだけど、
> それ以上に「少しでも大きくなった僕を見てほしい」と
> 張り切って3年との最後のラリーに挑むカチが居るなどしたら…(号泣)
ということで書きました。

書き終わる前に4th関立大千秋楽の配信が来てしまい
見終わってから仕上げたのでその情緒も混じってしまった笑

私の趣味で大石と濃密に絡ませてしまった笑笑
いえね絶対カチロは将来大石ポジに着いてほしいので…。

カチローお誕生日おめでとう!青学が大好きだ!


2024/03/02