デパート8階の特設コーナー。
美味しいだけじゃなくお洒落さも兼ね備えた職人自慢の商品たちを眺めて歩き、
2月14日のイベントに併せてパートナーに渡す予定のチョコレートを物色する。

ひとしきり見て回ったあとに選んだ一つを手に取り、
小さな紙袋を揺すって帰り道を歩く。

「(そうだ、百均も寄ってこ)」

のんきな気持ちで方向転換をしながら、
人生で唯一、片想いの人にチョコレートを渡した経験を思い返していた。


それは今から遡ること十数年前、中学3年生のとき。
それは人生で一番甘くて、ほろ苦かった、バレンタインデーの思い出。










  * 一生、恋の記念日 *












、持ってきた!?」

登校するなり挨拶も蔑ろにして身を乗り出してくる我が親友。
私は笑顔で大きな紙袋を掲げる。

「おはよ、。もちろん持ってきたよー」
「そうじゃなくて!」

ガサ入れしたチョコたちの包みが入ったその袋を避けるようにし、
は私に耳打ちをする。

「本命の!大石にあげるやつ!」

その言葉を聞いた瞬間、顔も全身も熱くなってしまった。

「持ってきた…」
「えらい!いつ渡すの!?どうやって!?」
「それはまだ考え中〜」

じわじわと声が大きくなってくるを制するように
人差し指を口の前に掲げながら返答をする。

そう。
今日私の鞄の中には、
片想い相手の大石くんに渡す予定のチョコレートが。

トリュフが手作りできるキットを買って、
昨晩台所を占領してなんとか作り上げた。
慣れないことをするものだから「誰にあげるの?」と
お母さんにニヤニヤ覗き込まれたけど「友達!」と嘘をついてしまった。
(きっと、バレていたとも思う…)

本当は、クラスメイト以上友達未満の片想い相手。

っていうか何入ってるかわからない手作りなんて
受け取ってもらえるのだろうか。
そうでなくとも私からのものを受け取ってくれるのだろうか。
二人だけで会話をしたこともほとんどないのに。

持ってきたはいいものの、
渡せるかは五分だな、と私は思っている。
そんなことも知らずに
「呼び出しとか見張りとかなんでも手伝うから言ってね!」
と鼻息を荒くしている我が親友。
協力的なのはとても嬉しいけれど…。

「はい大石くん、ハッピーバレンタイン〜!」

ふいに聞こえた声に、びくっと首に力が籠った。
思わずそっちを見ると、そこには義理チョコを抱えたクラスメイト。

「ああ、そういえば今日バレンタインか」
「これいつもお世話になってるお礼〜」
「三倍返し待ってるねー!」
「こりゃ大変」

そんな楽しそうな会話が斜め前で繰り広げられていて、
「私も私もー」「私からもー!」なんて輪がどんどん広がっていく。

どうしよう、私もあの流れに混ざって……!
……渡せるわけないよなぁ…。

不器用ながら一生懸命作ってラッピングしたプレゼント。
一目見れば、義理チョコではないことはわかると思う。

いつ、どうしたら渡せるだろう。
片想い相手に本命チョコを渡してきた人たちは
みんなこんな試練を乗り越えてきたっていうの…?

「さすが大石、人だかりヤバイね」
「……」

あの中に入っていって渡す勇気はない。
かといって、大石くんは一日中この様子かな。
一人になる隙とかあるのかな。うーん…。

ここは……

「とりあえず!」
「とりあえず!?」
「…他のクラスにチョコ配りに行かない?」
「オッケ〜」

そうして私たちは付近のクラスをいくつか巡って
チョコを交換して回ってきた。

もらったものを入れる用の紙袋が膨らんでいくのに反比例して、
自分が用意してきたものは減って軽くなっていく。

チャイムが鳴って教室に戻ってくると、
大石くんは机の上に乗ったお菓子たちを机の中にしまうところだった。
普段から机を綺麗に整理している大石くんだからできることだなぁと
いつも斜め後ろから大石くんを観察している私はご満悦。

しかしさあ、果たして私は
そんな大石くんにチョコを渡すことなんて、できるのだろうか。



1時間目の後も
2時間目の後も
もちろん3時間目の後も、
大石くんの周りは人がいっぱいだった。
昼休みに突入した今もそうだし、
放課後も同じに違いない。

「隙なんてあったもんじゃないね…どうすんの
「……」

楽しそうに、時折困ったり驚いたりした表情を見せながら、
大石くんはたくさんのチョコレートを受け取っていた。
見ている限りは全部義理チョコに見えるけれど、
斜め後ろから恨めしそうに見ているだけの今の私は
その他大勢にすら入れていない。

、ちょっと来て」
「おっ、ついに動くのかい!?」

私は浮足立っている様子のを連れて
廊下の人気の少ない場所へ移動して立ち止まった。

「ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「うん!なんでもするよ!」
「あとで大石くんに義理チョコ渡したいから、一緒に行ってほしい」

私の発言に、は笑顔のままフリーズした。

「……ギリ?」
「うん、義理チョコ」
「なんで!?本命でしょ!?」

肩を揺すってくるに、私は苦笑い。

「難しそうだから、義理の方渡すことにした」
「なんでー!準備してきたのに!」
「私なんかが渡したって、大石くんは困るだけだよ」
「それを決めるのは大石でしょ!が決めることじゃないよ!」

は声を張り上げたけど、私は首を横に振る。

「私だって、本当は渡したくて持ってきたけど、勇気なくなっちゃった。
 今までだって一方的に見てるばかりで、
 バレンタインだったら気持ち伝えられるかなって思ったけど
 そんな魔法みたいなことなんてないよね」
…」
「たとえ義理チョコでも、本人の正面に立って、話をして、
 渡すことができたらそれだけでも嬉しいなって思ったの」

は神妙な顔で私の話を全部聞いてくれたけれど、
やはり納得がいかないのか再び声を張り上げ始めた。

「じゃあさ、義理チョコですって言いながら
 どさくさに紛れて本命の渡しちゃいなよ!
 きっと家に帰ってから気付くって!あ、名前とか書いた!?」
「いいの!」

その言葉を、私は断ち切った。

「いいの」

これは、諦めじゃなくて、納得だ。
その証拠に、私は笑顔だったと思う。
目の前で眉を顰めるの反対だ。

「本当にそれでいいの?頑張って作ってきたんでしょ!?」
「逆だよ」
「逆…?」
「頑張って作ってきたから、ちゃんと渡したかったの。
 でもちゃんと渡せそうにないから、
 普段の感謝だけでも伝えたくて」

そこまで言って、涙が滲んだ。
言葉を詰まらせて俯く私の頭をは撫でてくれた。

がそれでいいなら、そうしよ」
「うん。ありがと」

話していると、予鈴が鳴った。
教室に戻りながら「じゃあ、放課後になったらすぐで」「了解」と話して
私たちはそれぞれの席に着いた。



午後の授業が始まって、
私はいつも通り大石くんを斜め後ろから見て、
授業によく集中していそうだなとか、
机の中が朝よりパンパンだなとか、
あ、窓の外よそ見した、とか。

きっと、
今日がバレンタインデーという日であっても
大石くんにとってはいつも通りの一日で、
私がチョコレート一つ渡そうが渡すまいが
大石くんの人生に与える影響なんてこれっぽっちもなくて。

だけど私はきっと忘れないと思う。
これから15分後くらいからの、たった3,4分で過ぎるであろう出来事を。

教室に掛かった壁掛け時計を見上げて、
そのときに向けて心を落ち着けた。



午後の授業が終わって、ホームルームも終えて、
号令が掛かって教室中が騒がしくなり始めた瞬間、
はお菓子一つを手に掴んで目配せしてきた。
私も頷いて紙袋を掴んで立ち上がる。

「大石〜、ハッピーバレンタイン!はい義理チョコ!」

先に大石くんの机にたどり着いた
元気よく大石くんにお菓子を差し出した。

敢えて気のない感を出してるのかもだけど、
それはそれで大石くんに対して雑すぎない!?
とハラハラする私だったけど、大石くんは「ありがとう」と受け取った。

「みんな分用意してるのかい」と会話を広げようとする優しい大石くん。
「まあそんな感じ」と適当にあしらう
雑!雑!とを睨んでいると「早く!」と顎で合図を出された。

あ、そうだった!

「あ、あの大石くん!私からもあって…」
「いいのかい。それにしても、随分大きな紙袋だな」
「そう。友達にたくさん配りたくてたくさん持ってきたんだ」

紙袋の奥底に手を入れて、
市販チョコをラッピングし直しただけの包みの最後の一つを掴んで、
「はい」と両手で差し出す。

「いつもありがとうね」

そう伝えると、大石くんは明るい笑顔で

「ありがとう。すごく嬉しいよ」

と言って受け取ってくれた。

胸がドキドキして、顔が熱くなって、
もしかしたら好きなのバレたかもって
焦ったらなおさら赤くなってきた気もしたけど
大石くんは変わらずの笑顔だった。

嬉しくて幸せで恥ずかしくて限界だ。

「それじゃあ…また明日ね」
「ああ、また明日」
「じゃあね大石〜」

そう言って手を振って、
鞄も持たないままスタスタと教室を出る私。追ってくる
そのまま私たちは屋上へ駆け上がる。

!どうして会話終わらせちゃうの!
 もうちょっと話せそうだったのに!!」
「もう限界〜」

大石くんのこと、話を広げても嫌な顔はしなかっただろうし、
そのまま私が黙っていても大石くんの方から
何か会話を続けてくれたかもしれない。
に対してもそうだったように)

だけど心臓がバクバクで、とてもあのままあそこにはいられなかった。
これが今の私の精一杯だ。

「ありがとね。のお陰で良い思い出が作れたよ」
「そっか。なら良かった」
「でも片想い相手にチョコ渡すのしんどすぎて私には無理〜!
 高校入ったら彼氏作って毎年安心した気持ちで渡したい…」
「そうしよそうしよ!そんで何年も何十年も経ったあとに
 『中3のバレンタインはこんなことあったよね』って語ろ!」
「そうだね。そんときまでずっと友達でいよ。そんで長生きしよ」
「長生きって!」

私の言葉には笑った。
一緒に笑ってくれることが嬉しかった。
だけど笑っていたら、目尻が何かが溜まってきた。
くるりと、屋上の出口に方向転換する。

「…今度こそ本当に帰ろっか」
「そうだね。帰ろ帰ろ」

また明日とか言いながら教室を去ったくせに、
荷物をすべて置いてきた私たちは再び教室へ戻る。

ホームルームから15分ほど経っていた教室には、もう誰も残っていなかった。
でも、さっきここで大石くんと話したんだ。
義理だけどチョコレートを渡せたんだ。

忘れたくないな。

「…ごめん、今日は先帰って。私、もうちょっとここに居たい」
「え、付き合うよ」
「ありがと。でも、ちょっと一人で浸りたい気分」
「……そっか、わかった。それじゃあまた明日ね!」
「うん、また明日」

笑顔で手を振って別れて、一人になって、
ようやく我慢していた涙が溢れた。

渡せた。
渡せなかった。
勇気出した。
出せなかった。

全部ひっくるめて、私は幸せだ。

将来、何年も何十年も経っても、
こんなことがあったなって振り返れますように。

日が暮れていく教室の空気を、一人大きく吸い込んだ。




  **




「(そう…結局そのときは渡せなかったんだよなー…甘い…ほろ苦い…
 そうその思い出はまさにチョコレートのように…)」

そんな初恋の思い出を振り返りながら、
アラサー既婚者の私が夕食のカレーをぐるぐるとかき混ぜていると、
ガチャガチャと鍵の音が玄関から聞こえてきたので火を止めてそちらへ向かう。

「ただいま」
「おかえりなさい。わぁ、荷物すごい」

靴を脱ぎづらそうにしているから鞄と袋を受け取った。
いつも書類で一杯の仕事鞄だけれど、
今日はもう一つの方の袋の方が重いかも。

「モテモテじゃん」
「全部義理チョコだよ」
「本当に〜?」
「疑ってるのか」
「あはは、冗談だよ」

そんな笑い話をしながら荷物を返して、
寝室へ向かう姿を見送った。

「あ、そうだ」

台所に戻ろうとした足を止めて、ん?と振り返る。
パンパンに膨れた紙袋を掲げた姿が目に移った。

「これ、ありがとう。助かったよ」

私はニッとしたり顔を見せた。




  **




中学3年生、バレンタインデーの日の放課後。
本命チョコを手元に残して玉砕することもできずに終わった
その日の空気を憶えていたくて教室に残っていた私。

さすがに暗くなってしまったしそろそろ帰らなきゃと
机の中身を鞄に入れようとして、
綺麗にラッピングされたその包みを見て苦笑して、
あとで捨てるか自分で食べちゃうか、
そんな行方しか残されていないのに邪険には扱えなくて
潰さないよう空になった紙袋に移した。

さあ帰ろう、と思った瞬間にガラガラと扉が開く音がした。
先生か見回りの人かと思いながら顔を上げると
そこに居たのは後ろ手で扉を閉めながら驚いた顔をしている大石くんだった。

「あれ、さんまだ教室に居たのか」
「大石くんこそまだ学校に居たの!?」

ドキンドキンと、心臓の音が頭まで鳴り響いている。
教室には私たち二人だけ、完全な密室。
これはなんという領域?

「ああ。先生と話していたら遅くなってしまって」
「そうなんだ…」
さんこそ何かあったのかい」
「いや、私は別に、何かあったわけではなくて…」

あれ、これって、
チャンス?
一年に一度と言わず
一生に一度くらいの。

ただ、勇気だけが足りない。

どう切り出せば良いか、
言えるのか、渡せるのか、
心臓も脳みそも全身も震えて
冷静な判断ができないでいると。

「………あ」
「どうしたの?」
さん、さっき空の紙袋持ってなかったかな」
「持ってるけど…?」
「もし出来たらなんだけど、あの袋もらえないかな。
 予想外にたくさんプレゼントを受け取ったから、鞄に入らなくて」

そう言って、机の中身を机の上に移していく。
大きくなっていく山の中から一つ、手に取って。

「これがさんからだったな。ありがとう」

顔の横で掲げて、笑ってくれた。
スーパーで買ったバラエティパックのチョコレートを。

「え……どれが誰からか憶えてるの」
「さすがに全員分憶えているか自信はないけど…
 丁寧に渡してくれて、とても嬉しかったから」

その笑顔は、魔法みたいだった。
胸が破裂した。


ごめん大石くん。

私なんかが渡したって困るだけだろうけど。

好きな気持ちが勇気の足りなさより先へ行ってしまったよ。


「…大石くん!あの、この袋、あげるね!」
「ああ助かるよ。ありがとう」
「それから……これもっ」

さっき鞄から移した、最後の一つ。
最初の一つ。
たった一つの本命チョコ。

「私なんかにもらっても迷惑だと思うけど…」

顔が熱くて、まともに顔が上げられない。
受け取ってさえくれればいい。
そういう思いで伸ばしていた手と
その手に掴まれたチョコレート。

チョコレートが持ち去られる感触を期待していた私は

「迷惑なわけがないだろう!」

という大きな声と共に掴まれた手の感触に
パチパチと瞬きを繰り返すしかできなかった。



膨れ上がった紙袋のてっぺんに
私が手作りしたチョコレートが丁寧に乗せられているのが
夕焼けに照らされている。

それがゆらゆらと大きく揺れているのを
信じられない気持ちで横で見ながら岐路に着いた。


これが私が人生で初めて、
片想い相手にチョコレートを渡したバレンタインデーの思い出。




  **




寝室に向かうその姿を後ろから追った。
丁度、机に紙袋が置かれる瞬間だった。

「はい、これは私から」

膨れ上がった紙袋のてっぺんにもう一つ包みを乗せると
「ありがとう」と柔らかな笑みが返ってきた。


人生で初めて、唯一、
片想い相手にチョコレートを渡したバレンタインデー。


あのときから、数えて17年。

秀一郎は、変わらない笑顔を私に向け続けてくれている。


これからもこの日は、一生忘れない、恋の記念日。
























17年の時を経てバレキスリメイクおめでとう記念!

誰にも伝わらないこだわりなので言うんですけど
> これから15分後くらいからの、たった3,4分で過ぎるであろう出来事
とは月の軌道『大石秀一郎vs世界のTK 30分一本勝負の中』トラックの中で
バレキスが流れたタイミングを指してます笑
他にもリメイク版の間奏のセリフを差し込んでみたりしました笑

それから本編の展開を左右しない裏設定ですけど、
「ああ、そういえば今日バレンタインか」などと供述していた大石だが
実はめちゃめちゃ意識して登校してましたw可愛いねw

テニプリも大石もバレキスも一生好きだ!!!


2024/02/14