* どちらへ進もう分かれ道? *












図書館からの帰り、分かれ道で足を留める。

「それじゃあね」
「ああ、今日はありがとう」

さんと図書館で二人で勉強をするようになって、これで3回目。
休み時間に授業でわからなかった点を質問し合ったことがきっかけだった。
先生に聞きに行くこともできたのに、二人で一緒にいるきっかけを作りたくて
「あとで図書室で調べようか」と声を掛けた。
何の疑いもなさそうに承諾してくれたさんに対して
少し罪悪感を抱きながらも心は躍っていた。

その後、休日にも一緒に図書館へ赴いて勉強するようになった。
我ながらうまく流れを取り付けたと思う。
図書館に行かなければわからないことなんて実はほとんどなくて、
本当は、ただ俺がさんと一緒に居たいだけだった。

今だって、本当はもう少し一緒に居たい…。
そんなことを思いながら別れの挨拶を終えて、自分の岐路へと体を向ける。
実はいつもさんが歩き去る後ろ姿を追っている俺は数歩進んでから振り返った。

なんと、同じようにさんも振り返っていた。

「えっ!?どうかしたかい!」
「大石くんこそ!」

俺はいつも通りに振り返っただけ…と言うわけにもいかず、
なんと言い訳しようかとまごまごしていると、
いつもと違う行動を取ったさんの方から「あのさ」と切り出してきた。

「今度さ、その、あくまで大石くんが良かったらで、全然断ってくれていいんだけど」
「ああ、俺でできることだったらなんでも言ってくれ」
「えっと……お勉強とかじゃなくて、一緒に出掛けてみたり、しない?」

さんの方からそんなことを言ってくれるなんて思っていなかった俺は
不意打ちのその提案に間髪入れず「是非!」と大きな声で返事をした。
進学試験の日程も近いけれど、これくらいの息抜きをしたってバチは当たらないだろう。

「わっ、ほんとに?」
「もちろんさ!まさかさんから誘ってもらえるだなんて嬉しいよ」
「えーよかったあ…」

これはもしかして、俺がさんと一緒に居たいと思っているのと同じように、
さんもまた俺と一緒に居たいと思っているということでいいのだろうか…?

そんな考えで胸を弾ませる俺にさんは
「早速だけど日程、いつにしようか」と聞いてきた。
頭を巡らせて、直近の休日に入っている予定はなかったと確認した俺は
さんの都合に合わせるよ」と伝えた。
夏まではテニス三昧だったのに、随分生活も変わったものだと
わずかな侘しさを感じると同じタイミングでさんは日程を伝えてきた。

「じゃあさ、もし…来週の日曜日でも?」
「ああ、その日も空いているよ」
「えっ」

俺がすんなり承諾することが予想外だったかのように
さんは途端にあたふたしだした。

「大石くん、その意味わかってる?」
「え?」
「日曜日って……クリスマスイブの日だよ」

・・・・・・。
あっ!

「お、俺は大丈夫だけど、さんこそ大丈夫なのかい」
「もちろん!っていうか、私が誘ったんだし…」

その意味に気付いてしまってから、
俺も動揺してあふたふたすることになってしまった。
とはいえその日付の巡りあわせは偶然…と思おうとしたけれど
目の前で顔を赤くして俯き気味に話すさんを見て、
どうやらその日付にはきちんと意味があるようで
俺が動揺してしまったことも、宛違いではないようだった。

さんも、俺と同じ思いでいる。

「それじゃあ…また時間とか連絡するね」
「あ、ああ。じゃあまた月曜日に学校で」

今度こそ俺たちは道を分かれて、
その後の俺はさんの背中を目で追う余裕もなく
高揚した頭を落ち着かせるために家まで走った。
でもそれは逆効果であったかのように、
家に着いてどれだけ経っても心が落ち着くことはなかった。



  **



明日はついにさんと出かける日。
着古した服で赴くわけには行かないかと買い物に出てシャツを新調してしまった。
気合入りすぎだろうか…。
でも、せっかく初めて二人で勉強以外の用事で出かけるのに
ダサい服装で向かうわけにはいかない。

「(というか、これは俗に言う、で、デートってやつでいいのだろうか…!?)」

特別な関係にあるわけではない。
両想いだって確信しているわけでもない。
ただ、クリスマスイブの日に、初めて、
いつもとは違った理由で二人で会おうと約束をした。

「(さんも、今頃俺みたいにドキドキしているのだろうか…)」

そうだったらいいのだけれど、
待ち合わせ場所に向かったらさんはいつも通りで、
自分ばかりが空回っているような気持ちになる未来は容易に想像ができた。

そんなことを考えながら帰り道を歩いていると、
目に入ったのは女性物の雑貨を多く取り扱うアパレル店。
マネキンが首に巻いているマフラーは、
素材も色味もあたたかそうで、見ているだけで心と体が温まるようだった。

「(さん、マフラー持ってなかったよな…)」

先週図書館の帰りに見た姿も、
その後平日に教室から出ていく姿も、
どちらも思い浮かべてみたけれどマフラーは着用していなかったように思えた。

これ、さん似合いそうだよな。
というか着けてる姿、見てみたいな…。
手の届かない値段ではない。
しかし彼氏でもないのにプレゼントなんて重いだろうか。
いや、もしかしたら明日のうちには…
…ってそれは俺の都合の良い妄想だけれど!!

手に取ってみて、戻して、
お店を通り過ぎて、戻って、
相当不審な動きを取ってしまったと思うけれど、
最終的に俺はそれを掴んでレジに向かっていた。
店員さんは笑顔で対応してくれた。

「プレゼント用ですか?」
「えっ!」

プレゼント…確かにそういうことにはなるのかもしれないけど
でも俺たちは別にまだそういった特別な関係ではなくて…
渡すこともできないかもしれないし…。
そんなことが頭をぐるぐると回って咄嗟に「違います!」と返してしまった。

明らかに女物のそのマフラーと俺の顔を見比べた店員さんは
「じゃあ、ご自宅用でよろしいですか?」と不思議そうに聞いてきた。
聞かれもしないのに「あ、はい!うち、妹がいて!」と言い訳を添えてしまった。

プレゼントであることすら正直に打ち明けられない自分の小ささに自己嫌悪に陥っていると
「妹さん用でも、ラッピングされていたら喜ばれると思いますが、いかがですか?」
と店員さんは笑顔で聞いてきた。
店員さんの背面にはいくつかのラッピング包材が展示されていた。

「じゃあ……その一番左のやつで」
「かしこまりました」

結局30円をプラスして、白色のシンプルな袋にゴールドのリボンを留めた包材を選択した。
(その隣にあった赤と緑のチェック柄のゴージャスな袋を選ぶ勇気は出なかった。)
店員さんの商才に乗せられたのかもしれないが、
結果としてラッピング付きのプレゼントを手にすることになった。
にこりと微笑んだ店員さんに「しばらく店内をご覧になってお待ちください」と促され、
白やピンク色に溢れた店内は落ち着かないと改めて思いながら呼び出されるのを待った。



  **



日曜日。
今日はついにさんと二人で出かける日。

プレゼントをむき出しの紙袋に入れて持っていく自信はなくて、
かといって綺麗にラッピングしてもらった包みを鞄の中で潰したくなくて、
随分と大きなリュックを背負って家を出ることになってしまった。

待ち合わせ場所に着くまでの足取りはふわふわとしていて落ち着かない。
自分で吐いた息が白く消えていくのを見ながら
今日の気温が低いことを察知して、
のぼせた頭を冷やしてくれていることに感謝さえした。

少しどんよりとした空を見上げながら
ともすればホワイトクリスマスになるかもしれない、
と空を見ながら待ち人の到着までお時間を過ごした。

今日はどんな一日になるだろう。

「ごめん、お待たせ!」

待ち合わせ時刻の少し前、
さんはふわふわと柔らかに巻いた髪型で、
オフホワイトのロングコートを着用して現れた。
か、可愛い…。

「(髪型は、パーマを掛けたのかな?それとも自分で?
 聞きたいけど、急に聞くのも変だろうか。
 触れていいのかいけないのかわからない。
 ましてや『可愛いよ』…なんて言えるはずもない!)」

表向きだけは平然を装って
「俺も今来たところだよ」
「良かった」
「それじゃあ、予定してたお店行こうか」
「うん」
とだけやり取りをして目的地へ出発した。
歩きながら当たり障りのない会話をしている間も
さんの今日の可愛さに頭の中はぐるぐると支配されていて、
しばらく気づかなかったのだけれど…。

さん、マフラーしてる!)

この数日の間に買ったのか、
もしくは持っていたのにこれまでしてきていなかっただけなのか…
いずれにせよ、事実として今日のさんはマフラーを着用していた。
鞄の中で、プレゼントになるかもしれないその包みが
少し元気を失ったような、そんな気がした。

10分ほど歩いて、小洒落たカフェにやってきた。
何やら以前SNSで話題になってさんは兼ねてから行きたいと思っていたそう。
話題になったのはかなり前だからそれほど混んではいないと思う、
というその言葉通り、繁華街から外れた隠れ家的なそのお店には
あまり長く待つことなく入店することができた。

中学生の俺たちにしては少し背伸びをしたお店の選択だと思ったけれど、
入店してみたら意外と同世代もちらほら散見されて胸を撫で下ろした。

「メニュー、オシャレだしおいしそうだね」
「そうだな」

さんの言葉に対し、気の利いたことも言えずに相槌を打つばかりだった。
目の前のさんは、髪の毛がふわふわとしていて相変わらず可愛くて、
それに見とれていたのがバレないように焦ってメニューに視線を移した。

さんはミルクティーとフルーツケーキを頼んで、
俺はコーヒーとベイクドチーズケーキを頼んだ。

「大石くん、コーヒーブラックで飲むんだね。
 私超甘党だから砂糖とミルク無いと無理だよ。
 チョコレートですらブラックはムリ」
「そうなんだな。俺も前はそうだったから気持ちはわかるよ。
 でも最近はどちらかというとビターなもののほうが好みかな。
 あとはおせんべいみたいなしょっぱいものとか」

そっかあ、とさんは笑った。
しかし、その笑顔が曇ったのは気のせいか…。
あ、おせんべいとか、もしかしておじさんくさいとか思われただろうか!?

カッコ悪いところは見せたくないと思うのに、どうにもカッコがつかない。
好きな子の前では緊張してしまうだなんて、
神様は人体に随分と余計な機能をつけてくれたと思う。

緊張しながらではあったけれど、会話は楽しかった。
これまでは勉強のことばかり話してきたし、
共通の話題といってもクラスメイトのことくらいしか無いのではないかと思っていたけれど、
意外と趣味が合うこともわかったりして、
時間が足りないと思えるほど一気に時間は通り過ぎた。

カフェで2時間ほど過ごして、解散になるかと思ったら
「公園にでも行ってみる?」と提案され
向かった先の公園のベンチで話をしようとしたけれどあまりに寒くて
駅ビルの中を何を買うでもなく散策して過ごした。
宛のない旅だったけれど退屈することはなくて、
寧ろその時間ですらかけがえのないものに思えた。

その横顔を見ながら、
さんと付き合えたら、どれだけ幸せだろうと思った。
今日のこの一日のような日々を
気兼ねなく共に重ねていける関係になれたら。

……告白、しようか。
できるのか、俺に。
ドキドキしながらも楽しい時間はどんどん過ぎて、
日が沈んできた頃に駅ビルも1階まで降りてきて、
そのまま直結した駅に向かう流れになった。
そして電車に乗って、最寄り駅まできて、
いつもの分かれ道まで来てしまった。

終わってしまう、今日が。

昼に会ったときよりもくだけて喋るようになったさんは
「そういえばさ」と笑いながら話し始める。

「今更だけど大石くん、今日随分大きい鞄だよね」
「あ、ああ、これかい!小さめの鞄は今日の服装に合わなくって!」
「そっかあ」

実は、この中には大きな紙袋が入っていて…
と切り出すなら今だったかもしれない。
そのことに変な言い訳をしてしまった後に気付いた。
どうして俺はこうなんだ!

また自己嫌悪に陥っている俺に構わず、さんは自分の家がある方を一瞥する。

「それじゃあ、ね」
「ああ……」

心なしかゆっくりと背を向けるさん。
名残惜しそうに見えたのは、俺の色眼鏡が。

いいのか、このまま見送って。
またいつもみたいに、
さんの背中が、
一歩一歩小さくなるのを見届けて、
また明日があるからいいじゃないかと
「またな」の挨拶をする日々を
今日も、明日も…来年になっても、
同じように過ごし続けるのだろうか。

「……っさん!」

意を決して、声を張り上げた。
さんは、少し驚いた風に振り返った。

「今日…本当に楽しかったよ」
「うん、ありがとう。私も」

ここで、終わらせてしまうこともできる。
でも、そうしたくなかった。
これからも君と一緒に居たいんだ。

胸がバクバクする。
いい、うまく喋れなくたって。
今のこの正直な思いを、届けたいと思った。

「できれば、その…これからも、
 また気軽に休みの日とかも出かけられたら嬉しいなって…」
「わー…そしたら私もうれしー」
「それで、だから、その…できたら、そういう関係になりたいなって…」

そういう、って?

目の前で瞳を潤ませるさんを見て、意を決した。
ここで言えなきゃ、男が廃るってもんだろう。

「俺の彼女になってくれるかな」

その俺の言葉に、
さんはキラキラとした笑顔を見せて、
わずかに目の端を滲ませた。

「はい、大石くんの彼女に、なります!」

ありがとう、と何故かお礼の言葉が出た。
こちらこそありがとう、とさんからも返事がきたので
間違っていなかったのか、と思えた。

彼氏と彼女になったんだ、俺たちは。

そう思うと、いよいよ意味を成してくるこの鞄の中身。
「あ…」と声を漏らすと「どうかした?」とさんは心配そうに聞いてくれた。

「実は、といっても、もう必要ないかも…
 というか、初めからお節介だったかもしれなくて」
「え、なんの話?」
「その、これなんだけど」

俺は鞄を前に回して、紙袋を取り出した。

「えっ、ウソ!」
「ごめん、勝手に準備しちゃって…」
「ううん、すごくすごく嬉しいよ!」

さんは首をぶんぶんと横に振った。
そしてその紙袋を受け取るや否や、
「実は私も…」と鞄から小包を取り出してきた。

「えっ!!!」
「もしかしたら好きじゃないかもしれないけど……」

そう言って伸ばしてきた手に乗っているのは、
どうやらお菓子が丁寧にラッピングされたもののようだ。

「これは…スイートポテト?」
「お母さんがご近所さんからさつまいももらったらしくて!
 有り合わせの材料で作ったし、その、大石くん甘いもの苦手って知らなくて…。
 迷惑だったら全然無理してもらってくれなくていいから!」

そう言って手を引っ込めようとするさんの腕を、咄嗟に掴んでしまった。

「あ、ごめん!」
「ううん!」

焦って手を離して、もう一度、
そっとその小包を掴んだ。

「本当にすごく嬉しいよ。
 ごめん。さっきは、さんがこんなに素敵なものを
 用意してくれているとは知らずにあんなことを言ってしまって」
「ううん、私こそごめんね…」
「謝ることなんてないさ!
 甘いものも、たくさんは食べられないだけで嫌いとかじゃないから…
 寧ろ、好きだから!!」

力がこもってしまいつい声が大きくなった、
その前でさんの顔が赤く染まった。
その意味を理解して、俺も自分の顔が熱くなるのを感じた。

「すごく嬉しいよ…それから、さん、君のことが、好きだよ」
「ありがとう。私も、大石くんのこと…スキ」

そう伝え合って、微笑み合って、
今度は明るい笑顔で手を振り合うことができた。

「それじゃあ、またね」
「ああ、また明日。というか、またあとで連絡するよ」

とまで言ったけれど…どうしても、
もう少し一緒に居たくなってしまって。

「やっぱり、家まで送るよ」

そう言ってさんの帰り道の方に足を向けた俺を見て、
さんは先程よりも楽しそうに笑った。
一旦ほっと胸を撫で下ろした俺だけど。

「(家に着くまでに、手を握れるだろうか…)」

さんのうちまであと何分掛かるのかわからないまま、
また落ち着かない心臓と共に歩き始めることになった。
























プレゼント買うときに自宅用ですって言って
言い訳してしまう大石が舞い降りてきて書きました。

告白するところ、男が廃るってもんだろのとこ、
本当は「なあそうだろう、英二」って覚悟を決めてる大石が浮かんでたけど
本編に集中できなくなると思って泣く泣く消した笑
いやでも大石そういうところあるだろ実際w

中学生らしい可愛いクリスマスを意識したけどホント可愛いねw
あーん大石も主ちゃんも可愛い!爆発しろー!!


2023/12/21-23