* 無敵になれない、君がいないと *












好きな人いるの?
と友人に聞かれたので、
正直に答えたら笑われてしまった。

「あんた意外とミーハーだったんだね」
「ミーハーとかじゃないよ、私は本気で…」
「無理でしょー、今や時の人だよ!
 同じ一年の女子に親衛隊みたいのいるし」

そう。
私の好きな人は、
校内で名前を聞いたことがない人のほうが少ないのでは、
というほどの有名人。
少なくとも一年生では一番有名であろう。
二年生である私が名前を知っている後輩なんて、
部活と委員会が一緒の数名を除いたら彼だけだ。

『越前リョーマくん…』

廊下の壁に掲示された学校新聞。
男子テニス部全国制覇!と大きな見出しで始まる記事には
レギュラーメンバーとおぼしき選手たちの集合写真と、
優勝をその手で勝ち取った越前くんの胴上げ写真が
デカデカと掲載されている。

この新聞の前に立ち尽くして「すごーい」「カッコイー」と言ってる人たちを何人も見てきたし
それ以降テニスコートに部活の見学に来る女子が確実に増えた。
私もその中の一人に成り下がっていたわけだけど、
越前くんが見当たらないと思ったら短期留学?で
アメリカ?に行ったらしくて更に話題が大きく膨らんでいた。

越前リョーマくん。
その名前を二年の教室で耳にすることも珍しくない。
完全に時の人。

「無理でしょー」なんて、
言われなくたって私が一番わかってる。
そこはちゃんとわきまえてますから。

教室移動のたびに廊下ですれ違えないかなってドキドキしたり、
自分の部活も習い事もない日はテニスコートに足を運んでみたり、
昼休みの図書室で貸出台の当番をしている日を狙って本を借りに行ってみたり。
そんな日常が今は楽しい。



でも時の人というのはその言葉の通りで。

夏休み明けから持ちきりだった男子テニス部全国制覇の話題も、
数ヶ月が経つ頃にはすっかり落ち着いていた。
いつの間にやら年の瀬。

「(……こんなもんだよな)」

テニス部のコートを取り囲む人たちはすっかりいなくなっていた。
たまにぽつぽつと現れるけど、大会期間だったり気候も良かった春から秋とは違って、
寒いし新人戦くらいの単発の試合しかない冬の期間はどうにも盛り上がりに欠けていた。
選手たちは、年中変わらず熱心にトレーニングをしているけれど。

「(ミーハーっていうのは、ああいう人たちのことを言うの)」

友人から言われた心外なセリフを思い起こして思わずため息。
あの人たちはもう、忘れてしまったのだろうか。
あのときの熱狂を。
選手たちの頑張りを。
そして、時の人となった彼らのプロフィール…。

「(あの二人は、変わらずいる)」

視線を横にずらす。
自称ファンクラブ会長の子とそのお友達。
友人曰く「親衛隊みたいの」の当人たちだ。
あの子たちは、私と同じで、テニス部が全国制覇を果たす前から頻繁に覗きにきていた。
「リョーマ様!」なんて声を大きく張り上げたり、
「ファンクラブに入りたかったら会長である私を通しなさいよね!」なんて
先輩に対して言ってるのも見て、大丈夫かなと思ったけど…。
(でも、なんかうまくやれてたっぽい。すごいな…)

「(どちらかといったらあの子のほうが本気っぽい…?)」

大きな声を張り上げる子の後ろで、
体を縮こませながらもコート内に熱視線を送っている子に視線をずらすと
私の心臓は嫌な感じにズキズキと痛んだ。

男の子はやっぱり年上より年下とか同い年の子の方が好きかな。
二人は身長も同じくらいかな?
確か女テニだった気がする。
同じこと頑張ってるってポイント高いんだろうな。
っていうかあの子普通にかわいい子よね。
前に二人で喋ってたとき、仲良さそうだったなー…。

こうしてみると、私って何も持ってない。
勉強は苦手じゃないけど、中の上から上の下っていう中途半端。
委員会に立候補したことはなくて人数合わせの推薦で渋々。
美術部だけどコンクールで入選したことはまだないし、
ピアノは習ってるけどプロになれるほどはうまくない。

学年が違うから接点がないっていうのは言い訳で、
仮に私が越前くんの横に並んでも、
お似合いだなとは、
はたから見て誰も思わないんだろうなー…。

「ねえ」
「ひゃいっ!?」
「何その声」

無意識に視線を落としていた私に横から声が掛かった。
しかもその声は、私の覚え違いでなければ…。

「え、越前くん!」
「……どーも」

ポケットに手を入れて現れた越前くんは、
私の声にも視線を合わさないまま返事をして
地面をきょろきょろと見回してきた。
そして「あった」というと私のすぐ横に落ちているテニスボールを拾い上げた。

「あ…気づかなくてごめんね」
「……まだまだだね」

越前くんはそう言って帽子を深く被り直した。

まさか、こんな距離で会話ができるなんて。
「返却期限は何月何日です」以外の言葉が聞けるだなんて。

それだけで舞い上がってる私だったけれど、
まさかのまだまだ続きがあった。
私の全身を見渡した越前くんは
「見てるの、寒くない?」
と聞いてきた。

生脚出したスカート姿でじっと立っている姿を見てそう思ったのだろうか。
咄嗟に手に持ったものを後ろに隠して脚同士をこすり合わせた。
なんと返すのか正解がわからず、
「大丈夫!私、テニス見るのが、好きで」
と伝えた。

正確に言うと「テニスしてる越前くん」でしょ!
なんてセルフ脳内ツッコミ。
越前くんは首を軽く傾げてから、笑った。

「見るよりやる方が楽しいと思うけどね。ま、いいけど」

じゃあね、と背中を向けた。
そしてスタスタと歩き出す。

初めてこれだけ近づけた距離。
それが、このやり取りが完全に終わってしまったら、
二度と近づけないような、そんな気がしてしまって――。

「あの、越前くん!」

声を、掛けてしまった。
足を止めて振り返った越前くんは、驚いた様子もなく無表情だった。
遠くで「あっ!あの人リョーマ様と喋ってる!」なんて聞こえてくる。
だけど今は気にならない。

「あ、その…私なんかにこんなこと言われても困ると思うけど」

きっとこんな会話できるの、またとないチャンス。
気持ちを、伝えるんだ。
ぐっと手に力を込めた。

「…これからも頑張ってね!」

言えない〜……。
無理だよ、こんな急に。
でも呼び止めてこれだけ伝えられただけでも
私にしたら上出来…。

「サンキュ。でもさ、さっきの何」
「え?」
「その、『私なんかにこんなこと言われても困ると思うけど』ってやつ」

越前くんはわざとらしいくらいゆっくりと私の言葉を復唱した。
何、って…説明の加えようもなく言葉のとおりなんだけど…。

「だって越前くんはモテるでしょ…同級生にも、
 いつも応援に来てる子いるみたいだし」

人に言われて嫌な言葉を、保身のために使ってしまう。
酷い矛盾。
でもこうでもしないと、
相手から刺されるのには耐えられない。

越前くんは、ため息を吐いた。

「お似合いとか、だから何」
「え?」
「アンタは他人からどう見られてるかの方を気にするんだ。
 大事なのは、本人がどう思ってるかじゃないの?」

そんな、挑戦的な視線と言葉。
私、は。
私は?

「ちなみにオレは・アンタのことそんなに嫌いじゃないよ」

じゃあね、と手を振って去ろうとする越前くん。
「あ、ちょっと待って!」
とまた引き止めた。
しつこいやつ、とか思われただろうか。

でももう、負けたくない!
挑む前に諦めてしまうような自分を変えるんだ!

今度は、
足を止めた越前くんに向かって
自分から一歩走り寄って、
力を込めた手を、前に伸ばす。

「これ、誕生日プレゼントです!」

間が、やけに長い。
それともやたらと長く感じてしまうのは私の心理がそうさせるのか。
実際は、越前くんがぱちぱちと瞬きを繰り返して、
「ふーん」と不敵な笑みに表情を変えるだけの
それだけの間だった。

顔が熱くて火が出そうだった。
早く逃げ出したくって「じゃあ…」と私は言ったのに
「どうして知ってるの、オレの誕生日」と
越前くんの方から話を繋げてきた。

「学校新聞に書いてあったよ」
「ああ…そんなのあったかも」
「本当は明後日だよね。早いけどおめでとう」

良かった。
しっかりと誕生日を祝うことができた。
用意していたものを渡すこともできた。
私の気持ちは、言葉にしたってきっと困らすだけだから伝えるつもりはないけど、
この一連の行動からその気持ちをちょっとでも汲み取ってもらって
そういう人がいるんだな、
くらいに思って少しでも励みになれば、
私は満足だから…。

そんなことを私が考えていると
越前くんは
「うち寺なんだけどさ」
と語りだすから
その内容と唐突さに
「ん?うん」
とマヌケな返事をしてしまったけど。

「個人的には結構好きなんだよね、クリスマス」と話し続ける越前くんのその後の言葉に
更にすっとんきょうな声を出してしまうことになる。

「どう、24日。ヒマなの?」
「え……ええっ!?」
「ムリならいいけど」
「ムリじゃない!空いてます!ヒマです!!」

その日は、越前くんの誕生日当日で、クリスマスイブで、今年は日曜日。

「でも、なんで…?」
「……さあね」

越前くんは笑った。
それはいつもの不敵な笑みに見えて、
ほんの少しだけ視線が柔らかいように感じた。

「じゃあ、寒いし風邪ひかないようにね。春とは違うんだからさ」
「あ、ありがとう!」

今度こそテニスコートに戻る越前くんを見送った。
私の胸はドキドキが止まらない。

それから、最後に付け足した一言。

「(越前くん、もしかして、私がかなり前から見に来てたの、知ってる?)」

その事実も、私の気持ちも、
全部わかられているというのだろうか。

また聞いてみよう。
24日に会うときに。
教えてもらう代わりと言ってはなんだけど、
そのときこそは、
私の気持ちも胸を張って伝えられますように。

もう私は、自分にも、誰にも、負けたくないって思えたから。
その勇気をくれた君だからこそ私は好きになったし、
これからも好きでいつづけるんだろうと思った。

プレゼントを渡した重さの分軽くなった手を見つめて、両手にぐっと力を込めた。
























ysprオンリーで頂いたリクエストより、
主人公は1つ年上設定のハッピーエンドのリョーマ夢、でした!
せっかくなので誕生日合わせにしてみました!
でもどちらかというと誕生日前の話だね笑

リョーマは主ちゃんが見学に来てたのずっと知ってるし
図書委員のときによく来るのも気付いてたと思います。
自分からは行動起こさないのに、いざ起こすと無敵なのがリョーマだよね、
という私の解釈のもとに書かせていただきました。

誕生日当日も、デートしてもリョーマからはアクションしてこなくて、
でも勇気振り絞っても主ちゃんは決め手となるような言葉は言えなくて、
だのにリョーマがまたお前美味しいとこ持ってくんかい、
な告白返しをして付き合うことになるという未来予想。
中学生カップル可愛いなあ。幸あれ。
リクエストありがとうございましたー!


2023/10/31-12/23