「えっ! ねーちゃんクリスマスの日うちにいないの?」 別にうちはキリスト教でもなんでもないけど。街中が赤と緑とベルの音で浮かれるその夜はケンタッキーなんかで買ってきたチキンを家族みんなで食べるのが通例になっていた。(ちなみに、さっきオレはクリスマスの日って言ったけどゲンミツにはクリスマスイブのことだ。) 「そ。彼氏とデートだからさ! 英二には100年早いけど」 「オレだって別にカノジョくらいすぐできるよ! 作ろうとしてないだけ!」 「はいはい」 そう言ってオレの発言を適当にあしらったねーちゃんは足取り軽く去っていった。くっそーバカにしやがって。 言葉通り、別にカノジョなんて作ろうと思えばすぐに作れるから! 今まで告白したことがないんだからカノジョがいないのも当たり前。 じゃあ誰をカノジョにしたいかと聞かれると……特に浮かばないな。 (明日大石に相談してみよっと!) そう決めたオレはねーちゃんとそんな会話のあった翌日、早速我が相棒に聞いてみることにした。 ** 「クリスマスの予定?」 オレの質問を唐突だと感じたのか、驚いたような表情で大石は聞き返してきた。 「そー。クリスマスっていうか、ゲンミツにはイブってやつなんだけど」 24日の夜に、うちはいつもみんなでチキンを食べること、今年はねーちゃんが居ないこと。オレの説明に大石はうんうんと首を頷かせて聞いてくれた。 目を合わせて、表情を伺いながら、オレは質問を投げかける。 「大石は誰か一緒に過ごす人、いないの? それか、一緒に過ごしたい人とか」 それまですまし顔で話を聞いていた大石の顔は、あっという間に真っ赤に染まった。「そんな人、いないよ!」と大袈裟なくらい手と首を横に振って否定してきた。つまんないの、と思わず口を突き出していると、頬には赤みを残したまま表情だけは神妙にして大石は語った。 「うちはチキンやケーキを食べるようなこともしないし、父さん母さんからプレゼントも、子どもの頃はもらっていたけどもうもらってないし……」 眉間のシワを解くと「だから、いつも通りの一日を過ごすだけだよ」と締めた。 そっか。大石は、そうなんだ。だったらさー……。 「大石、オレと一日過ごそうよ!」 陽気に提案をするオレ。対して、大石はぱちぱちとまばたきを繰り返した。 「ちょうど今年のクリスマス、っていうか24日、日曜日だしさ! 夕ご飯前には解散だけど、それまで一緒に遊ぼうよ。予定空いてる?」 「ああ、空いてるけど……英二はそれでいいのか?」 大石は疑問を呈してきた。そう、さかのぼればこの会話は、クリスマスに一緒に過ごす相手はいるのかとオレが大石に聞いたところから始まっていたわけで。 本当は誰をカノジョにしたら楽しそうか相談する予定だったのに、気付いたらこんな展開になっていた。でも、カノジョ作るより、今年は大石と過ごしたほうが楽しそうって思ったんだ。 「もち! そうだ、せっかくだしプレゼント交換しようよ」 「プレゼント交換?」 「そ! お互いプレゼント買いっこして交換すんの!」 ああ、と納得した風に大石はあごに手を当てた。オレは早速どんなものをあげようか頭の中で考え始めた。 楽しいクリスマスになりそう! 「約束だかんねー!」 そのタイミングでちょうど分かれ道にきたので、オレは最後のもう一押しをして、手を振り合いながらそれぞれの帰路に就いた。 ** 「大石、メリークリスマース!」 「それは明日だろ」 「へへっ、細かいことは言いっこなしだよ」 赤と緑とベルの音で浮かれる街中をオレたちは歩き出す。普通の日曜日よりもなんとなく人足が多くって、みんな心なしか楽しそう。 っと。それはオレも同じか。 「なんも決めてないけど何する? 映画とか?」 「それじゃあいつも大して変わらないけど、それでいいのか」 「んー、じゃあ大石なんかアイディアある?」 「そうだなあ、ボウリングとかがいいんじゃないか」 「う、うーん、どうしよっかな……」 結局、議論の末にゲーセンに行くことになった。色んなゲームをやってオレが勝ってばっかだったけど、ダーツをやって初めて負けた。さすがのコントロール……なんて思いながらリベンジを申し込んで、二勝二敗で後ろに並んだ人に譲ることになった。 「くっそーもう一回やったら勝ち越せた気がするんだけどなー」 「そうか? 英二はそろそろ集中が切れてくる頃じゃないか」 「そんなことないよー!」 やんややんやとやり取りをしながら、ゲーセンを出てすぐに見つけたクレープを食べるオレたち。(歩き食いは大石が許してくれなかった。)最後の一投はもっとこう投げるべきだった……なんてスプーンで素振りをしていたら「お行儀悪いぞ」とまた注意された。大石ってホントいい子ちゃんだよな。 食べ終わってまた歩き出して、「次何するー?」なんて言って歩いていたら、広場のいつもと違う様子に気付いた。 「あっ大石見て見て! 仮設のスケートリンクだ!」 「本当だ。こんなのやってたんだな」 「せっかくだし滑ってみよーよ!」 できるかなあ、と頭に手を当てて不安そうにする大石の腕を引いて小走りで向かった。受付で二人分のお金を払って、靴を借りて、空いたベンチを見つけて靴を履き替える。 「英二はスケートやったことあるのか?」 「いやー? でもなんとかなるっしょ!」 そんなお気楽なことを言いながら靴紐をきつめに縛る。立ち上がると、ちょっと足首がぐらぐらして変な感じ。だけど普通に歩くことができた。これならなんとかなりそうかなー。 「大石、オレの帽子貸したげる。初心者はなんか被ってた方がいいって」 「じゃあ英二は」 「オレはこれ〜」 そう言ってフードをすっぽりと被って、まあそんな頭をぶつけるほど盛大に転ぶこととかないっしょ、と思いながらいざ一歩踏み入れた途端――。 「わーっ! こんなツルツルなの!?」 「こ、こりゃ大変」 オレたちは壁にがっしりしがみ付いて一歩も踏み出すことができなかった。例えるなら、生まれたての子鹿。 「大石、先行って!」 「英二が前にいるんだから英二から進んでくれよ」 「壁から手離せないもん!」 「それはオレも同じだよ」 入り口から2m以内の壁にへばりついているオレたち。そんなことをおかまいなしに、みんな反時計回りにスイスイと通り越していく。3歳くらいの女の子が親に支えられながら通過していくのを見て、オレは決心した。 「よし、オレ、行ってみる」 「英二、気をつけるんだぞ……!」 体重を腕から足に少しずつ移して、片手を離して、もう片手も離す。よた、よた、と歩くように数歩分進んで、今度は足を滑らせるように前に……と思ったら、足が思ったより進んでしまって体が仰け反るようになって、あわわと腕をぐるぐる回して、右足左足が何回か入れ替わって、尻もちを付……きかけて、片手を支点とにくるりと反転してなんとか両足着地に成功。 「あっぶねー!!」 「英二は氷上でも身軽なんだな」 「ひゃーびっくりした! でも、なんか急にコツ掴んだかも」 心臓はバクバクしたけど、転びかけたのをきっかけになぜか急に普通に立てるようになった。なんか、もう怖くないや。 「慣れてきたら、これローラースケートとほとんど一緒だ〜」 「お、おい待ってくれよ英二」 一気に数メートル進んだオレに続いて、大石もいよいよ壁から両手を離した。パントマイムしてる人みたいに不自然に両手を前に掲げて滑りだしたけど、数歩進んで尻もちをついた。 「わっ大石大丈夫!?」 「いてて……」 「にゃはは、大石に帽子貸しておいて良かったね」 大石はなんだかバツが悪そうな顔をしたけど気にしないことにした。オレがニット帽を貸したお陰で、大石は帽子に手袋にマフラーで完全防備だ。 「オレちょっと一周回ってくるから、大石少しは滑れるようになっとけよー」 そう言い残して、オレは少し勢いを付けて滑り出してみる。 さっきまで立っているのでさえ難しかったのが不思議なくらい。軽く蹴り出すだけで、体が簡単に前へ進んで行く。右足の次は左足。交互に繰り返すだけで景色が流れていく。風圧でフードがめくれる。耳に届いていなかったベルの音とクリスマスソングが聞こえだす。周りは赤と緑と、青と黄色と紫と、七色に光ってキラキラしてる。 (きもちー……) 頬を撫でていく涼しい風を感じながら、そのキラキラの世界の中を滑り抜けた。 一周と少しを回って、そろそろ大石に追いつけるかなと思ったけど、意外と大石は半周以上先にいた。 「追いついたー!」 「わっと! 急に押すなよ、危ないだろ」 「大石結構進めてるじゃん!」 「俺もだんだん慣れてきたよ」 そう言う大石は言葉の通り、先ほどとは見違えるほどスケートらしい滑りになってきていた。ほんの少し腰が引けてて、いつも背筋がピンと伸びている大石らしくないと思ったけど、たまに緊張してるときとかお腹痛いときとかで見慣れている姿だとも思った。 「やっと一緒に滑れるね〜」 「まだ英二ほどスムーズには滑れないよ。もう一周回ってきていいぞ」 大石はそう言ったけど、考えて、オレは一言告げる。 「んー……スピード付けるのも気持ち良かったけど、二人一緒が楽しいや」 そう言って笑いかけると、大石からも笑顔が返ってきた。 滑り始めは少し寒いくらいだったのに、1時間が経つ頃には完全に汗をかいていた。いつの間にか大石も速度を出せるようになっていた。だけど追いかけっこをし始めた途端に大石は盛大にコケるから笑ってしまった。 「あーたのし! ほら大石、大丈夫」 「ありがとう」 差し出した手を大石が掴んできた。手袋を介して2枚の布越しなのにあったかくって、なんて楽しいんだろう、と急に思った。 こうして二人で居るのが、楽しくて、嬉しい。 「……」 「……引っ張りあげてくれるんじゃないのか」 「あっ、ごめん!」 大石が尻もちついて握手したままになっていたのを焦って引っ張り上げる。まっすぐ立ち上がった大石は、背が高い、と思った。 オレはくるりと体を反転させて前を向く。 「そんじゃ、もういっちょ滑ろっか」 「ああ」 大石は手を離そうとした、けど、オレはその手に力を込めた。そして足を力強く蹴り出す。 「あっ、おい!」 「引っ張ってやるよ」 「危ないぞ!」 そう言ってグイグイと引っ張りながら滑り出した。けどムリヤリ解かれてしまって、つまんねーのと思ったら、 「引っ張るならこっちの手にしてくれよ」 と大石は左手でオレの手を掴み直した。 確かに、右手で右手引っ張ってたら滑りにくいや。 オレは大石の左手を掴む自分の右手に力を込め直して、足をどんどん動かしていった。なぜか一人で滑るより上手に滑れるみたいな感覚に陥った。きっと、錯覚なんだろうけど。 結局そのあとも大石は何回かコケて、オレも巻き添えくらって初めてコケて、その度に二人で笑い合った。 ** 「あー楽しかった!」 「思った以上に盛り上がったな」 なんだかんだ2時間くらい楽しんでしまった。偶然だったけど、クリスマスらしい楽しい一日を過ごせたように思う。 「これ、ありがとな」 「ほーい」 大石から返してもらったニット帽を被る。大石の体温が移っててあったかい。 空を見上げると、まだ5時を過ぎたばかりなのにすっかり暗い。冬の一日は短いな。もう終わっちゃうんだ。 楽しかったな。今日、大石と一日一緒に過ごせて良かった。 「んじゃ、そろそろ帰る?」 「そうだな」 大石はすんなりと了承して駅に向かって歩き出す。オレは半歩遅れて歩き出して横に並ぶ。 お腹も減ってきたし、今夜はチキンだから楽しみ。だけど、なんか、まだまだ帰りたくない気持ちもあって――。 「あ!」 駅に向かう足に急ブレーキ。一歩遅れて大石も足を止めた。 「プレゼント交換! 忘れるとこだった!」 オレはアセアセと鞄の中を漁る。大石は落ち着いた様子だった。もしかしたら大石はばっちり憶えていて、オレが言い出さなかったら大石の方から切り出してきたのかも。 大石がどんなものを準備してくれたのかも気になったけど、それ以上に早く自分が準備した物を見てほしい気持ちが勝った。「じゃーん!」とプレゼントを乗せた手を大石の眼前まで伸ばす。 「これは……何だ」 「タマゴのぬいぐるみ! かわいいっしょ!」 それは卵形をした手のひらサイズのぬいぐるみ。白くてふわふわしてて、黄身を模した中央部分には顔が刺繍されている。見た瞬間に絶対コレしかないと思ったんだよねー、と付け加える。大石はそれを手に取った。 「ありがとう、大切にするよ」 「ちゃんと喜んでる?」 「喜んでるさ。まあ正直、俺にはぬいぐるみを集める趣味はないけど、英二からもらったものならなんでも嬉しいよ」 そう言って、大石は笑った。その笑顔には嘘がないように見えた。 嬉しいな。大石が喜んでくれることが、嬉しい。大石の笑った顔が好きだ。 そう思って大石の顔を見つめていると、大石は顔を逸らして、自分の鞄から何やら取りだしてきた。 「俺からは、これ」 ハイ、と大石の手から差し出された紙袋を受け取った。その中を覗き込むと、何やらしっかり包装されていたので、「開けていい?」と確認してからその包みを解いた。紙のような布のような柔らかい不思議な素材のそれを開いていくと、中から出てきたのはマフラーだった。 「えっ、えぇー……思った以上にガチで驚いてる」 「ご、ごめん!」 「いや謝ることはないんだけどさ! これじゃあ……」 ホントウのコイビトみたいじゃん。 そう頭に浮かんで、顔がみるみる熱くなった。恥ずかしくなってジャケットの首元に顔を埋めていると、大石は「よかったら、着けて見せてくれないかな」と言った。 紙袋を手首に掛けて、少し落ち着いた赤色のチェックのマフラーを広げて、首にふわりと巻き付けた。新品の香りがして、冷えていた首元がたちまち温かくなって、全身までぬくもりが広がるようだった。 その両端を大石が整えるようにして、 「良かった、似合ってる」 と心底嬉しそうな顔をした。 その顔を見ていたら、温かくなったのはマフラーのお陰だけじゃないのかも、って思った。 なんだよこれ。ぬいぐるみなんてあげてる場合じゃなかったじゃん、オレ。 どんどん熱くなる顔を今度はマフラーに深く埋める。鼻まで隠れるくらい。そのまま大石を見やると、目が合って、大石はまたにっこりと笑った。 なんで大石、そんな目で見るのさ。 「……ねえ、おおいし」 今日一日、楽しかった。合流して一緒に遊んで一緒に食べて一緒に流れる景色を見て。 だけどそれだけじゃあ足りないって、なぜか思うようになってしまった。 「来年――高校生になったらもうちっと門限延びるからさ、そしたら夜まで一緒に過ごそ?」 そのわずかな身長差がわざと大きくなるように首を傾げて見上げてみせる。上からは、したり顔と強気な言葉が返ってきた。 「英二は来年も俺と一緒に過ごしたいんだ」 「えっ、大石はヤなの!?」 「イヤなわけないだろ」 そう言って笑う。なんだか悔しくなって口を突き出したのを見逃さず、大石はオレの頭をわしゃわしゃと撫でる。オレが機嫌損ねると、すぐこれだ。 「それじゃあ、約束な」 頭に乗せた手を離して、大石は小指を差し出した。 「うん。約束」 言葉を復唱して、オレも小指を出して、絡める。何回か揺すった後に、大石はハハッと楽しそうに声を上げた。 「クリスマスプレゼントに、最高の約束をもらっちゃったな」 その笑顔と、目が合った。 大石って、普段はしっかり者のくせに、たまにこうやって無邪気な顔してコドモみたいなことするから困る。 こうなってしまった今、オレは用意したプレゼントにはちょっと満足がいってないけど、もう一つのプレゼントも含めて大石が幸せそうに笑ってくれてるから、これで良いんだって思った。 それじゃあ今度こそ帰ろうか、と大石の言葉を合図にオレたちは駅に向かう。来年はもう少し近い距離で、もう少し遅い時間まで、一緒に居られたらいいなと考えながら、中学3年生のオレたちのクリスマスイブはこうして終わりを告げるのだった。 続きはまた来年。 |