* Don't grow, no more. *












 お願い英二、それ以上大きくならないで。



…………」
「サムイ…ネムイ…ムリ……」
!何寝ぼけてるの!
 あと20分で英二くん来るよ、朝ご飯食べるでしょ」
「ん?んー…………わー!!!」

ようやく事態を理解した私は服を脱ぎ散らかしながら布団を飛び出す。
急いで制服着て、置き勉しまくって筆箱しか入ってない鞄を掴んで
リビングと玄関のある1階に駆け下りる。

「せめてあと10分早く起こされたかった〜!」
「起こしたよ。っていうか30分前と20分前にも声かけたんだからね」
「えーんごめんお母さんありがと〜〜!」

半泣きで着席して、チーズを乗せたトーストにかぶりつく。
もくもく噛んでもなかなか飲み込めなくて、
牛乳飲んで喉をトントンしてトマトを口に運ぶ。

「小学校の頃からそうだったけど、
 寝坊しても絶対に朝ご飯は食べるからえらいよねは」
「らっておらかへっかうもん!」
「はいはい、よく噛みなさいね」

必死にもぐもぐして、もぐもぐして…。
ごくんと全部飲み込んで時計を確認。
よし、英二が来るまであと5分!
あとはこの寝癖だらけの髪を――。

『ピンポーン』
「わー!今日に限って早い!」
「お母さん出とくからなんとかしてきなさい」
「ありがと〜!!」

洗面所にダッシュして、取り急ぎ髪を濡らしてちょっぱや歯磨き。
口をぶくぶくさせながら髪をとかして、
これは誤魔化しきれないと観念して雑にポニーテールでまとめて束ねる。
なんとかなっ…た?なったことにする!

「英二!おはようおまたせ」
「おっはよーん」
「はいはい、気を付けていってらっしゃい」

すっかり和んで話してたお母さんと英二に切り込んで靴を履く。
二人声を揃えて「いってきまーす」と残して家を出る。

「20分前に起きたんだって?」
「あっもうお母さんめー!」

事のあらましを知ったらしい英二は
ニシシと歯を出してこちらに笑いを向けてきていた。
バラしたお母さんに文句を言いたい思いもあるけれど、
お母さんがいなかったらもっととんでもない寝坊に
なってただろうからこれ以上は言えない。

「だって11月入って急に寒くない!?
 おふとんから出たくなさすぎて三度寝くらいしちゃった」
「オレもオレも!ねーちゃんに布団引っぺがされてやっと起きた!」

二人で声を上げて笑って、駅に着いて電車に乗って、
学校まで歩いて、廊下でバイバイしてそれぞれの教室へ。
入学して半年以上経つけど変わらないこの習慣。
今日もいつも通りの道を駅まで歩く。

ラッシュの電車も乗り換えて、学校に着くまであと少し。
ふと、英二の視線が私の頭のてっぺんに。

、ここぴょんってなってるよ」
「わー!」

かろうじてセットしたのに!やっぱ適当すぎたか!
一旦髪をほどいてまとめ直すことにした。

「ってかあちこちぴょんぴょんじゃない?」
「あーもう!時間なかったのー!これでもなんとかしようとはしたんだから!」

おくれ毛が出ないように、うまい向きで束ねられるように、
髪を手ぐしでかき集めて再び頭の高い位置で結び目を作り直す。
英二が私のことをじっと見て、何を言うかと思ったら「なんかいいね」だって。

「なんかって?」
「んー、なんて言えばいいか難しいけど、その髪結んでる感じ」
「ふーん?」

よくわかんないけど、いい感じなんだったらいいや。
よし、と結び終えたあたりで駅に着いた。

恥かいちゃったなぁ。
まあ、英二の前だし今更どうでもいいっちゃいいんだけど。
寧ろ学校着く前に気づけて助かったと言うべきか。

「よく気付いたね」
「丁度目の前で跳ねてた」
「くそー」

そんなやり取りをして、ふと気付く。
横から私の頭を見上げてきていた英二の目線。

前はなんかこう、もっと、見上げる感じで。
っていうか、英二の顔を今の私、こんな真横でいいんだっけ。

あれ?

「英二、背伸びた?」
「まあ、伸びてるんじゃない?」
「そんなんじゃなくてめっちゃ伸びてない!?」
「えー?」

英二の頭の天辺と、自分の頭に手を乗せる。
これ……は。
変わらない?
なんならちょっと、英二が…?

「…認めない」
「どったの?オレのこと抜かした?」
「言わないでよー!次の健康診断まで執行猶予ー!」
「えー!?」

わかってたけど。
いつかは抜かれると。
でもその日がついに来てしまったんだ。

なぜだかわからない。でも、
英二に身長が抜かれるとき、それは、
私たちの関係が変わるときにもなる。
そんな確信めいた不思議な思いがあったんだ。

(ねえ英二、もっと大きくなっちゃうの?)

心が、チクンとして、
そして何かが引っかかった。
なんだろう、何か。
はっきりと思い出せなくて、もやもやとして、
でもそうだなんだかそんな夢を見た気がする。

「んじゃまたね、
「あ、うん。またね!」

ぼーっとしているうちに学校に着いていた。
いつも通り、私たちは廊下で別れた。



その翌朝のことだった。


「告白された!?」

今日は寝坊もしなかったしゆっくり朝ご飯食べて髪型もバッチリ。
余裕を持って英二が来るのを待って、
学校に向かって歩き始めた、ひとつ目の会話だった。

「そー。昨日授業終わってから部活始まるまでの間」
「すごいじゃん英二!どっか呼び出されたりとか?」
「まーそんな感じ」
「へーへーへー」

英二といえば、小学校からずっと仲良しの男の子で、
同い年だけどなんか弟っぽさあって、
だからなんだか寂しい気持ちもあるっちゃある。
一番近い女子は自分だと思ってたのに。 

「どーすんの付き合うの?」
「んーどうしよっかな」
「迷ってるんだ」
「だって別にその子のこと好きなわけじゃないし」
「え、他に好きな子いるの?」

質問に対して固まった英二は、視線を上に逸らして
「んー…そういうわけでもない」と答えた。

「何そのあいまいな答え」
「そういうは?」
「私は完全にいない」
「あっそ」

そんなこと言って笑い合いながら、
どうしよう、これで実は英二が私のことが好きで隠してるとかだったら!?
なんて妄想もしてみる。
「もしかして私のこと気になってる?」なんておどけて聞くこともできるけど、
そうじゃなかったら恥ずかしいし、
そうだったらどうしていいかわからないし。
だからやめとくことにした。
本人は、好きな人がいるわけではないと言ってるわけだし。

そんな感じでその日は笑って別れた。
だから翌日、朝一番の会話が
「付き合うことにした」から始まるとは思っていなかった。

「えっ!?あ、おめでとう!」
「あんがと……でさ」
「ん?」

次の瞬間に聞こえた言葉を、
私はすんなりと理解することができなかった。

「明日からはと一緒に学校行けないや」

……え?

「…その子と一緒に登校するってこと?」
「そういうわけじゃないけど。家の方向違うし。でも、
 付き合ってる子いるのに他の女子と登校するわけにいかないじゃん」
「そっ…か。そういうもんか」
「そ」
「今日はいいんだ」
「ま、今日までは」
「ふーん」

なんだか、微妙な空気になって、
なんの疑いもなくバカ言い合ってた頃の感覚がもう思い出せない。
昨日まで、なんならさっきまで持ってたはずだったのに。
私、英二とどうやって話してたっけ?

そのまま学校に着いて、いつもと変わらぬ廊下でのお別れ。

「じゃあまたね、
「うん、またね英二」

いつもとそんなに変わらない、ように感じるけれど、
でもこれが最後みたいだ。
なんか変な感じ。

そのまま立ち尽くして英二の背中を見送ってしまった。
やっぱり、英二は少し背が伸びたように見えた。


  **


ー急ぎなさい、そろそろ英二くん来るよ」

翌朝、いつも通り出かける準備を進める私にお母さんが掛けてきた声に
「来ないよ、英二は」と簡潔に返す。

「どうして?」
「彼女できたんだって、英二」

えー!!とテンション高いお母さんの声が朝から響く。
どんな子なの!?と囃し立てられたけど「知らないよ!」と返すしかなかった。
だって、本当に知らないし。

そういえばどこの誰とか聞いてないや。
どんな子なんだろう。
こんだけ近くにいても英二は私を選ばなかったってことは、
私とは全然違うタイプなのかな。
……。

考えながらマイペースに準備を終えて、家を出た。
早く迎えに来られるのも、思ったより来るのが遅いのも、
気にしなくて自分のタイミングで家を出られるのは寧ろ快適だった。

(ホント寒い…)

もう12月も近いしそれはそうか。
ポケットに入れていた手袋をはめながら歩いていると、横の通りから人影。

(げっ!)
「おはよ、
「おはよう……」

英二とかち合ってしまった。
そりゃそうだ、私たちは元々同じ時間に登校していたんだから。

横に並ぶわけにいかず、英二の後ろにつく。
これで英二がめちゃくちゃ歩くの速いとか、
逆に余裕で抜かせるくらい遅いとかならいいのに。
ピッタリ前後に並んで、付かず離れずのペースで歩き続けることになる。
そりゃそうだ、私たちは元々一緒に登校していたんだから。

(気まず……)

マフラーに顔をうずめて下を向く。
英二の姿を視界に入れなくていいように。

だけど追いついてしまった。
赤信号だ。
早く変わってくれと願いながら自分の靴を眺めていた、ら。

「近くにいるのに話せないって、気まずいね」

顔を上げると、英二は首だけこちらに傾けてふにゃっと笑っていた。
それだけで、抱えていた嫌な気持ちが全部ほぐれてしまう。

そしてその瞬間、

(私、英二のこと、好きなんだ)

って思ってしまった。

英二は顔を前に戻して、カシカシと頭を掻いた。

このたった、数十センチの距離が、
数センチ、もしかしたら数ミリの差が、
今はこんなにも遠い。


お願い英二、
それ以上大きくならないでよ。

私だけがここに置き去りにされているみたいだよ。


「泣いてる?」

首を垂直に折り曲げた私の頭のてっぺんに声が降り掛かる。
直後、思わずガバっと持ち上げることになる。

「泣いてないよ!」
「なぁーんだ、オレと登校できないのさびしくて泣いてるかと思った」
「そんなわけないじゃん!目を合わせなくていいように下向いてただけ!」

そうこうしているうちに、信号は青。
童謡が電子音で流れてる。

笑って渡りながら、英二の体はこちらに斜めに傾いていて、
「オレはちょっとさみしーよ?」
と言った。

(…バカ英二。私の気も知らないで)

「じゃあ彼女と別れたら?」
「ヤダよ!それとこれとは別!」
「じゃあバイバイ!ほら早く前向いてよ!」
「ホイホーイ」

私は英二の背中をズイと押す。
そのまま英二は前を向いて歩いていった。
私たちは一定の距離を保ったまま、学校までたどり着いた。

「それじゃあまたね」の声も届く距離。
だけど今日の私たちは、挨拶をせずに別れる。

英二に彼女が出来てからに自分に気持ちに気付くなんて、バカみたい。
それとも、そうならなかったら私は気付かないままだったのかな。

まあ、気付いたところでどうせ失恋なんだったら、
英二に気持ちを伝えて失恋になってないだけ、マシかもしれない。

そう考えながら教室に踏み入れて、
鞄を降ろして黒板を見て、とあることに気付く。

(そっか、明日……)

それは、記憶にある限りずっとお祝いし続けた日。
明日は、英二の誕生日だ。


  **


いつもより早起き。
髪型だって入念にセットした。
スカートの丈だっていつにないくらい微調整した。

マフラーはしっかり巻いて、でも手袋はしないで。
これは、私の手から、渡したかったから。

「……おはよ!」

曲がり角から現れた姿に声を掛ける。
おはよ、とびっくりしたような英二の表情。

「大丈夫、一緒に行こうとかじゃなくて、ここで終わらせるから」

そう言って、私は



「フラれに来ました。
 今日はお誕生日おめでとう。
 英二のことが、好きです」

必死の作り笑いをした。

だけど英二は笑い返してこなかった。
重々しく、その口が開いた。


「ごめんね




  **




夢を見た。


『お願い英二、それ以上大きくならないで』


訴え掛けると、

英二は足を止めて、

振り返った。


大人びた顔立ちで、

だけど表情はあどけなくて。


顔半コ分は差が付いたであろう高さから、

曇りのない笑顔で言ってきた。



『大丈夫だよ、も大きくなってるよ』




  **




「英二、おはよう!」
「はよー」

玄関には入ってこなくなった英二と家の前で落ち合う。
横に並んで歩き出しながら、
目線の高さにある肩を見て、
そのまた更にある外はね髪と
大人な顔だちになった顔を見る。

「ホント背伸びたよねー」
「もうそろそろ止まりそうだけどね、
 そういうは、髪伸びたね」
「ちょっとやめてよ!まだ家の前なんだから」

髪を一束掴んで匂いを嗅ごうとする英二の手を払う。
「おっこらーれたー♪」なんて小走りし出す英二を
待て待てと私も続いて走り出す。
大きくなった背中に追いついて
厚みを増した肩に手を掛ける。
そしてまた、横に並んで笑いながら歩き出す。

今日も私たちは、
二人で声を上げて笑って、
駅に着いて電車に乗って、
学校まで歩いていく。

でも、今日は一つだけ違うこと。
私は背中に掴んでいた小さな紙袋を前に出した。

「はい」
「えっ、プレゼント!?いいの!?」
「ちょっと奮発しちゃった」
「やったーなんだろ」

ガサガサと包みを開けることに夢中になってしまう前に、
「それからさー」と一つの提案。

「今日、待ってるから一緒に帰ろ」
「ホントに!?最近寒いし暗いから待つのヤダって言うじゃん」

英二のごもっともな発言に、私はニコリと笑顔を見せる。

「でも誕生日だし、記念日じゃん」

英二は嬉しそうに笑い返してきた。
じゃあ約束ね、と小指を差し出してきた。

少し長めの指切りをしているうちに学校に着いた。

「それじゃあ、また後でね
「うん、後でね英二」

そう言って手を振って別れた。

廊下を歩きながら、2年前の英二の言葉を思い返した。


『ごめんね。オレ、ウソ吐いた。
 彼女なんていないしそもそも告白されてない。
 一旦と離れて、自分の気持ち確認したかっただけ。
 そしたらの気持ちも確認できるなんてね』

『気のせいじゃなかったみたい、オレは、のことが好きだよ』


それは、君が一つ大きくなった日にもらった言葉。

あれから一回りも二回りも大きくなった君に、
私は同じ気持ちをもらい続けている。


英二の背中が見たくなって、廊下を振り返った。
丁度、英二もこちらを見るところだった。

私たちは、笑いながらもう一度大きく手を振った。
























どうせ私は成長期が好きだよ!
だって思春期の青春ラブ最高じゃねーの!

1年英二から3年英二への成長に涙が止まらんし
どこにいったら3年4月の初期菊に会えるのかいつも考えてる(笑)

タイトル、普通のフレーズにするなら
Don't grow anymore.のところをもじりました。

英二お誕生日おめでとう!


2023/11/27