* 夏日にマフラー、さんぴん香る。 *












「U17強化合宿に参加しているので、その時期は一緒に過ごせませんね」。
数か月前に恋人から言われた言葉を思い返しながら私は今、一針一針マフラーを編んでいる。

東京まで応援しにいった全国大会も終え、新学期が始まってしばらくした頃。
今年の誕生日はどこでどうやって過ごそうかと提案をしたらまさかの返事。
楽しみにしていただけにショックだった。
「そもそも、毎年決まって訪れることに、
 そこまで大袈裟になる必要はないんですよ」なんて言っちゃって、
永四郎が大して気にしていなさそうなことも寂しかった。
でも、それが逆に私を燃えさせた。

離れてるからこそできること…
場所は関東地方の山奥…
時期は11月中旬…
考えてた末、「マフラーを送ろう!」と決めた。

少女漫画なんかで見たことがあった。
好きな人のために、愛情を込めて、一針一針編んでいく。

毛糸と編み棒はご近所では手に入りそうになくて、
通販で一週間以上かけて取り寄せた。
暖炉の前でロッキンチェアーに座って…なんていうのが憧れなのに、
縁側で燦々と日差しを浴びながら半袖半ズボンで編んでいるのは様にならないと思いつつ。

(ここで?裏山に針を刺して?あれ、どっちが表だっけ??)

道具と一緒に取り寄せた初心者向けの編み方BOOKと自分の手元を交互に見比べる。
こっち?いやこうか?あれ、なんか変になっちゃった。
さっきまではうまくいってたからそこまで解…あれ、どうやって止めるんだっけ!?

しゅるしゅると引っ張っていくうちに、マフラーになるはずだった何かは
ちりちりの編み跡だけを残した一本の毛糸に戻ってしまった。

「はー……」

心折れそうになって項垂れる。
まだ時間はあるから焦りはないけれど、本当に完成するのか気が重い。
完成したところで好意的に受け取ってもらえるような出来かも自信がない。
どうせだったらちゃんとした売り物を贈った方がいいのでは。
それこそ今時、通販だってあるわけだし。

『すごいじゃないですか!でーじうれしいですよ!』

満面の笑みで喜ぶ永四郎を想像して、
いや、ありえない。と自己完結して思わず苦笑い。
良くて「まあまあですね」とかそんなものだ。
私は一体何を頑張っているんだろう…。

(でもそんな永四郎が好きなんだもんな。これは惚れた弱み…)

頭持ち上げて伸びをして、青空と黄色い太陽と真っ赤なハイビスカスが目に入って、
よし、と決意新たに、対照的な黒と紫の毛糸に向き直った。



 **



何度編み直して、何度心折れたかわからない。
だけど10月も下旬に入って、なんとか完成させることができた。
広げて見てみると、作り始めのへん、へたっぴだな〜とか、
ここらへんはもう少し緩めに編んだ方がよかったかも、とかあるけれど。

(永四郎、喜んでくれるかな…)

宅急便を届けるには、最低2日。
でもなんだか不安で、1週間前にもう発送することにした。
丁寧に梱包をして、発送作業をした帰り道に何故か御嶽(うたき)でお参りなんかして、
指定日に無事届いてくれるか、どんな反応が返ってくるか、
ドキドキしながらその日を待つこと数日――…



…――例年より少し暑い11月がやってきた。
年によってはそろそろ長袖が欲しい頃なのにな、と
今日も半袖のシャツに袖を通す。
最高気温は何度なのだろうとテレビから流れてくる天気予報に耳を傾けていると…

『東京都心では100年ぶりに11月に最高気温を更新し…』
『半袖で十分、昼間は汗ばむほどの…』
「……は?」

とんでもない情報を告げてくるテレビに向かって思わず声が出た。
東京で20度台後半?そんなのここ(うちなー)と変わらんしが?
永四郎がいるのは都心ではないと言ってた、
関東のことはよくわからないけど、
それほど大きく気候は変わらないのでは?

誕生日当日まであと数日。
女心と秋の空、なんて言葉を聞いたことがある。
数日で気候ががらりと変わってくれやしないか…と祈りながら、

誕生日当日を迎えた。

(最高気温、22度…)

永四郎がどこらへんにいるのか細かく把握はできていないけれど、
おおよそあのへんだろうと全国地図の関東あたりに表示されている温度を見る。

喜ばせるどころか嫌がらせにならない!?
私には100%善意しかないんだけど…
永四郎もまさか私が嫌がらせするとは思ってない、と思うけど…。

大丈夫かなー…と遠くの地でテニスに励んでいるであろう恋人を想った。



 **



日付が変わると同時に送ったメールには
「ありがとうございます」とだけ返事があって、
そのまま特に追加の連絡はないまま夕方を迎えた。
「あとで電話していい?」「かまいませんよ」というやり取りがあって、
夕ご飯を食べ終えて落ち着いた今、
私は布団の上で正座をしている。

もう見ただろか。
どんな反応が来るだろうか。
ドキドキしながらダイヤルする。
………。

「永四郎!ハッピーバースデー!」

呼び出し音が切れた瞬間、
居間にいる家族まで絶対聞こえただろうなって声でお祝いを伝えた。

「随分大きな声ですね。さすがに驚きましたよ」

サプライズのつもりですか?だって。
別にこれはそんなつもりなかったんだけど。

「合宿所にいる人たちにはお祝いしてもらえた?」
「ええ。私は必要以上に囃し立てられるのは苦手と伝えたんですけどね」

そんなことを言いながら、得意げな顔が頭に浮かんだ。
なんだかんだ嬉しいんだろなって想像できて笑っちゃった。

そして…さて。

「……なんか言うことない?」
「……何かありますか」
「えーっと…見てないかな」
「何をですか」

この反応は、さすがに見てない、と思う。
まさか嫌がらせだと思われてスルーされてる…とは思いたくない。

「今日、永四郎に届くように、プレゼント送ったんだけど」

間が、怖い。

「…ちょっと待ちなさいね」

はい、という声がおそらく永四郎の耳に届く前に、プツッと音がした。
保留かと思いきや通話は切れていた。

掛け直してくれるのを待っててもいいの…?
電話が切れた先では何が起きているの…?
不安感のせいでやたらと長い体感時間を過ごしていたら
永四郎から折り返しが掛かってきたので焦って出た。

「荷物、届いていましたよ」
「ほんと?良かった!」
「基本は数日分がまとめて部屋に届けられるみたいです。
 荷受け室まで取りに行ってきましたよ」

そう言いながらガサガサと音がする。
どうやら箱を開封している模様。
ああ、たった今対面してしまうんだ、永四郎がアレに…!

「……なんですかこれは。マフラー?」
「そう、マフラー!」
「…………」
「ほら、こっちと違ってそっちの11月って寒いかなって思って」

あせあせと説明をする私に対し、永四郎がフッと笑うのが聞こえた。

「今日もノースリーブでテニスをしていましたよ」
「うー…だよねー…。聞いたよニュースで最近すごくあったかいって。
 で、でもさ、あと1か月もすればさすがに出番が…」
「W杯開催国のオーストラリアは南半球、大会が開催される頃は真夏ですよ」
「あいやー…」

もしかしたら使うタイミングない?
作り始めた頃はまさかこうなるだなんて思ってなかったから。

「使わなかったら飾っといて。実用性なくてごめんね」

頑張って作ったけど、自己満だったかも。
そんな思いもありながら半ばふてくされるように言ってしまった。
だけど永四郎からの返事は、思わぬもので。

「この世のほとんどの物がそうですよ。実用性などなくて見た目だけが美しい物とかね。
 これからはアナタの愛情が感じられる。それだけで十分じゃないですか」
「えーしろー…」

厳しいことを言っているようで、急に甘いことを言う。
これだから私は、永四郎から逃れられないのだと思う。

「そう言ってくれて良かった、けど」
「けど?」
「遠回しに見た目は美しくないって言った?」

そう聞いたら、永四郎は「どうでしょうね」だって。
ズルイなあ…。
思わず口を尖らせていると、質問が飛んできた。

「…さんぴんですか?」
「あ、気づいてくれた?」

マフラーには、さんぴんことジャスミンの香りをまとわせた。
とても良い香りだし、少しでも、沖縄(うちなー)のことと、
そこにいる私のことを、思い出すきっかけになればなって。

「非常に良い香りですが、うちなーを連想してしまいますね。
 それがマフラーから香るのは妙な感じがしますよ」

そこまで言ったら、フッと笑って。

「帰りたくなりましたよ」

だって。
狙い通りどころか、それ以上に言葉が聞けて、
この2か月の苦労もこの1週間の苦悩も報われた気がした。

「帰ったら、何したい?」
「まずアナタに、なんてものを贈りつけたんだと、文句を言いに行きますねえ」

一番に来てくれるんだ、って嬉しくなっちゃって、
電話越しじゃあわからないだろけど、思わず満面の笑みになってしまった。

さっきから、期待していた以上に嬉しい言葉ばかりが聞ける。
それは今、永四郎も期待以上に嬉しい気持ちになっているからだったらいいな、
って勝手に願った。

早く会いたいなあ。
その頃には、沖縄(うちなー)ももう少し寒くなってるかなあ。

それでも、永四郎がマフラーを着けている姿なんて、
見覚えなさ過ぎて想像もできないけど、
「暑いですね」なんて言いながらそれを首に巻き付けている姿を想像したら
面白くなってしまって今度こそ声を出して笑ってしまった。

「何を笑っているんですか」
「んーん。楽しいなって思っただけ」

うまりびーかりゆしー。
と伝えたら、

まったく。
とだけ返ってきた、

その溜め息交じりの声は、呆れているようで、あまりに柔らかい。

勝手に想像できてしまった笑顔のせいで、
「やっぱり早く会いたいな」と尚更思ってしまって、
電話越しに繋がる海の向こうの彼の姿をもう一度思い浮かべた。
























先日開催のysprオンリーで頂いたリクエストより
比嘉王子ということで永四郎で一本書かせて頂きました!
人生初の比嘉夢です!リクありがとうございました!!

今年の11月、あったかすぎません??ということでこんなお話し。
確かU17合宿って11月って設定だったよね?
強化合宿の招集っていつ頃だ?もっと直前だったか?
細かいことは気にしたら負け!!

永四郎書くとしたらもっと毒々しい(?)作品になるかなあと
思ってたけどBDパワーでハッピーな話になったw
うまりびかりゆしー!!


2023/11/09