* まだクーリング・オフ期間 *












俺は大石秀一郎。
青春学園中等部3年生だ。

こっちは菊丸英二。
俺のダブルスパートナーであり、
プライベートでも俺のパートナーだ。


と、いうことになっている。表向き。


こうなったのも、ちょっとした事情がある。



遡ること、3ヶ月前……。





  **




「大石お願い!オレのカレシになって!!!」


ちょっと付いてきてほしいと廊下の端に連れてくるなり
手をパンと顔の前で合わせた英二は必死の形相で懇願してきた。

しかし…え?
俺のカレ、え、
なんだって!?


「英二、今なんて…」

「だから、カレシになってって言ってんの!」


これは、本気で言っているのか!?
同性愛を否定する気はない。
それが英二の本心ならば、驚きはするけど、嫌な気持ちはしない。
受け入れられるかは別問題ではあるが…。

しかし、それは愛を告白する人の態度ではないぞ、英二。


「まず顔を上げろ」

「なってくれるの!?」

「落ち着け」


どうどう、と眼前まで顔を迫らせてきた英二の肩を押さえる。
そして自分の記憶の中の情報を整理する。


「お前、最近彼女ができただろう」


そう。
つい一週間ほど前、「と付き合えることになった!」と
英二が嬉々として報告してきた姿も記憶に新しい。
それが、何で?俺に…英二の彼氏になってくれ、だって?

「そう、それなの。“だから”なの!」
「…ちょっと落ち着いて一から説明してくれないか」
「だからー!!」

いかにも俺の理解力が足りないような前置きで英二は話し始めたが、
そこから全くの初耳な内容を聞かされた。


英二に彼女ができた。

それでも英二に告白してくる女の子がいる。

恋人ができたから無理だ、と伝えると、誰?と聞き返された。

うまく返せずに口籠っていると…


『もしかして…あの噂は本当なの』

『ウワサ?』

『英二くん、大石くんと付き合ってるって…』

『えっ!?そんなウワサ出回ってんの!?』

『わーその反応アタリっぽい』

『…へぇぇぇ?!』

『でも……大石くん相手なら、諦められるかな…』


…………。


「それで、『そうだ』って答えたのか!?」

「だってー!!」


大声を張り上げて反論してきた英二は、
直後に肩も口もすぼめて理由を説明してきた。


「ずっと前にもさ、俺たち仲良いから付き合ってるんじゃないかって噂になったことあって…
 そのとき、呼び出されて怖い目あったんだって。
 オレ心配でさ…」


明るくて、周りも明るくできる英二はみんなの人気者だ。
しかしそれ故に、一人と個人的に仲良くなることを
快く思わない人たちも多く現れてしまうということだろう。

俺と仮初めの恋人関係になりたいという意味不明な願いが
ちゃんを守りたいという思いからきていることにぐっと来てしまった。


「とりあえず俺は、口裏を合わせておけばいいんだな?」

「大石っ!ありがとー!!!」


そんなわけで、俺は英二と付き合っている“フリ”をするという契約を結んでしまった。

あとから考えたら、
他校に彼女ができたとか、言い訳はどうとでもなったんじゃないか…?
何はともあれ、俺は、英二と仮染の恋人関係になった。


元々俺たちは「本当にただのダブルスパートナーか?」なんて揶揄されるくらい仲は良かった。
加えて英二は人気者だし、俺も人の恨みを買うようなことをしてこなかったお陰で、
皆肯定的に受け入れてくれているように感じた。
応援してるよ、なんてわざわざ声を掛けてもらうこともしばしば。

って違う。
皆に受け入れてもらえて喜んでいる場合じゃない。

作戦通りというか、ちゃんに対して攻撃が行くことはなくなったそうだ。


しかし。



「(俺の気持ちはどうなるんだ!)」



俺には同じクラスにほのかに恋心を抱いている相手が居た。
さん。

それなのに、彼女もまた…。


「菊丸くんとの話、聞いたよ。いつも仲良さそうで羨ましいな」


その発言からは揶揄する意図も、偏見の欠片も感じられず、
きっと俺が別の女の子と噂になっても同じように声を掛けるんだろうな、
と感じられる彼女らしい言葉選びだと思った。
俺は、そんなさんのことが好きだったのに…。

「(どうして親友と付き合っていると誤解されて諦めなければいけないんだ…)」

英二、恨むぞ…。

がっくりと肩を落とすしかない。

かといってちゃんを危険に晒すわけにもいかないし…
そもそも、俺が英二と付き合っているという噂がなかったところで
さんと付き合える保証があるわけではないのだから。
そういう意味では英二を恨むのは筋違いかもしれないが…。

親友の恋人を守るために、俺の恋心は犠牲となった。




少なくとも今すぐはさんと付き合うことは愚か、
想いを伝えることすらできないな…と思っていた矢先のことだった。

掃除を手際良く終えたうちの班は早々に解散となった。
英二が部活に一緒に行こうと誘ってくれていたので、
俺は前の黒板のチョーク入れの中の粉を払ったり長さを揃えたりとしていた。
そのとき、「ね、ちょっと聞いていい」と話しかけてきたのはさん。
心臓がドキリと鳴った次の瞬間、更に大きく驚かされる。

「大石くんと菊丸くんって本当に付き合ってるの?」

近くに誰も居ないのに小さめな声で耳打ちされた内容に
俺は目を白黒とさせながら口をあわあわとさせていたに違いない。


「ど、どうしてそう思うんだい」

「なんていうか、大石くんの片想いに見える」

「えっ!?」

「仲良しそうだけど、菊丸くんは大石くんの方全然見ないもん」


ご指摘の通りで。

俺たちは間違いなく仲良しではある。
しかし恋仲ではない。
構図としては自由に動き回る英二に俺が世話を焼いているようなことが多い。
当の英二は、本当の恋人であるちゃんに夢中だ。

しかしまさか、気付かれるとは。
疑ってかからなければ騙されてもらえるような距離感だとは自負している。
(現に付き合うという設定にする前からもそう思われることは度々あったわけで…)

なぜさんは気付いたのだろう。
まさか……。


「もしかして……英二のこと、好きだったりするのかい」

「えっ、なんで?」

「とてもよく観察しているんだな…と思って。……そうなのか?」


問いかけながらその顔を覗き込むと、
ボッと音がしそうなくらい一気に赤くなった。

さすがにわかる。
これは…本格的に失恋か。

英二のために付き合っているふりをすることになったから
この恋を諦めなければいけないと思っていたけど、
別の理由で、でも、結局原因は英二だというのか。

やりきれない思いがした。


「俺たちが付き合ってないのは正解だ。
 でも、残念だったな。英二には別に彼女がいるよ」


そんな言葉を強めの語調でさんにぶつけた。
これはもはや腹いせかもしれない。
我ながら態度悪いな、と思う。

こんな風に君を傷つけたって、
俺の気持ちが晴れるわけでも、
君が俺の方を向いてくれる可能性が増えるわけでもないのに。

悲しんで眉を潜めるだろうか。
不機嫌になって睨みつけてくるだろうか。

そんな想像をする目の前で、
さんの瞳が、
期待に満ちて揺れたように、見えた。


「じゃあ大石くんは、本当は付き合ってる人、誰もいないってことでいいの…?」


えっ。


「大石おまたへー!」


あ。


「あ、二人の邪魔しちゃ悪いね。私はこれでっ」


俺と英二の間には何も無いとわかったはずなのに、
わざとらしくそういうとさんは教室を後にした。
ちょっ…待っ…。


廊下の入り口に立っていた英二は
さんが横をすり抜けていくのを見送り、
俺と立ち去ったさんの姿を交互に見た。


「あり…もしかしてタイミング悪かった?」

「英二…」


どこまで俺達の邪魔をしてくれれば気が済むんだ。なんて、
八つ当たりのような怒りを英二に向けることになってしまった。

でも違う。
これ以上人のせいにするのはやめよう。
ここで動かなければ、俺は変われない。


「恋人の契約、今日限りかもしれない」

「は?」

「それからごめん、ちょっとだけ遅れるから部室の鍵頼む」

「はあ!?」


鍵を手のひらに押し込んで、
どういうことだよー!と叫ぶ英二を置き去りに
階段を早足で駆け下りる。

まだ追いつけるだろうか。
まだ間に合うだろうか。


視界に入った後ろ姿に「さん!」と声を掛けると
振り返ってきた顔は真っ赤で、
俺まで釣られて赤くなってしまった。


「(さんが、悪いんだぞ)」


人のせいにするのはやめようと思ったのに、すぐこれだ。
そう思いながら、「ちょっと付いてきてほしい」とさんを廊下の端に連れていく。

3ヶ月前に英二にされたことと同じことをしながら、
そのときとはあまりに違った弾んだ胸で
愛を告白することになった。


「(結果的に英二にきっかけをもらってしまったな)」


そう思いながら、“本当の恋人”となった
大切な人をぎゅっと抱き締めた。
























ずっと前から書きたかった、
黄金が付き合ってると勘違いされて
ごちゃごちゃする大石夢、でしたw

こんなことくらいあるやろ…
付き合ってるようにしか見えんもん(←)
(腐脳とかじゃなくて普通にそう思う)

書き始めた頃まだ改行多めだったのでその頃の書き方に揃えて完成させた。


2019/05/11-2023/08/28