* 賞味期限切れ気にしない! *












『ごめん。体調を崩してしまったから明日の予定は延期にさせてくれ。
 埋め合わせはまた今度。直前にごめんな。』


彼氏の誕生日を翌日に迎えて受け取ったメッセージに、
私はスマホをぽろりと手から落として呆然とするしかできなかった。

今年の彼氏の誕生日は連休中日の土曜日。
昼間のお出かけの予定も立ててたし
夕方にはうちに来る計画になっていた。
だから明日の午前中は掃除をいつも以上に入念にするし
前夜である今、私はバースデーケーキを作っている。

レシピを確認するために開いたスマホ、
通知に気付いてメッセージを開いたらまさかの展開。

「(こんなことになるとは)」

前からすごく楽しみにしていただけに
全身の血の気が引いていくような気さえした。

秀一郎はただでさえ忙しい人だ。
たまに通話したりもするけど、
普段はメッセージのやり取りが中心で、
直接会えるデートはいつぶりだったか、
遡る記憶ですら曖昧なほど。

プラネタリウムのチケットはずっと前から取っていた。
少し奮発して取った特別席。
何ヶ月も前から準備して、
本当に本当に楽しみにしていたんだけど、なあ。

「………」

悲しいとかイヤだとか、こっちの都合をぶつけるのは簡単だ。
だけどそんなことしたって事態は変わらない。
寧ろ変なこといって秀一郎に無理させてしまう方が悲劇だ。

体調不良って言ってたけど、具体的にどうしたの?どのレベル?
メッセージを送れる程度ということはわかるけど。
内容が簡素に見えるのは長文を打つ余裕がなかったのでは。
いや秀一郎のメッセージはいつもこれくらい簡潔だったか。
それでも謝罪の言葉だけは繰り返すあたりに
本当に申し訳なく思っている気持ちは伝わってくる。

……。

『どうしたの?風邪?大丈夫??
 忙しそうだったし疲れが出たのかもね。
 ゆっくり休んでね。お大事に』・・・。

タップ、するだけですんなりとメッセージは送信されていった。
30秒ほど待ったけど即既読にはならないことを確認して画面を閉じた。

ふぅ、と無意識にため息が漏れて、
目の前を見渡してケーキ作りの途中ということを思い出して激烈に萎えた。
そういえば明日着ようと思って通販で買った新品のお洋服の
段ボールが受け取りっぱなしで廊下に鎮座してる。

こんなはずでは。
とりあえず作りかけじゃあどうしようもないし、
自分で食べることになりそうだと思いつつも
ケーキは最後まで作り上げて冷蔵庫にしまった。

日付が変わった瞬間、
『秀一郎、お誕生日おめでとう!その後体調はどう?
 これから先の一年が良いものになりますように』
とメッセージを送ってから眠りについた。



  **



朝起きたら秀一郎から返事がきていた。
体調を崩していてもいつもの早起きの習慣が抜けないのか、
受信時刻は6時台だった。

も今日を楽しみにしてくれていたのに、
 優しい言葉を掛けてくれてありがとう。
 少し熱があるけど、ただの風邪だから心配しなくて大丈夫だよ。
 スタートから躓いてしまったけど、これから良い一年にできるように
 ゆっくり休んで、また会える日に備えておくよ。』

メッセージを読んで、ほっ…として、そして悲しかった。

大事ではなくて良かった。
昨日よりは文章に温かみがある気がする。
昨晩はもっとしんどかったんだろうな。
といっても今だってまだ全快ではないよね。
だから会えないんだもんね。

会えないという事実はやっぱり変わっているはずがなかった。
寝て起きたら違う世界線にいたらいいのになんて願いながら寝たのは現実見えてなさすぎた。

『ゆっくり休んでね。お大事に』なんて送りつつ、
その言葉は、相手への労い以上に
なんとか自分の気持ちを落ち着かせたいためのような気もしてる。

さあて今日はどうしようか。
部屋の掃除は予定通りするとして、
ケーキは自分で食べちゃうしかないか。
小さめとはいえホールだし一人で食べたら
お昼ご飯とおやつ兼ねる感じになるかな。

そういえば秀一郎は何食べてるだろ。
食欲あるのかな。
っていうか食べ物ある?
大丈夫かな。
……。

スマホを見る。
現在時刻は7:40。
今日の日付は4月30日(土)。
天気は晴れ。

何やってるんだ、私。

こんなことしちゃ居られない。
活動開始するべく布団から飛び起きた。



  **



朝ご飯は30分。
おめかしするのに1時間弱。
出掛ける支度に20分。
そこから電車に1時間と少し揺られて、
幾度と訪れたことのあるそこに、初めて一人でやってきた。

私は今、秀一郎の部屋の前。

チャイムに指を伸ばしてから、固まる。
寝てたら起こしちゃうかな。、
そういえばメッセージも何も送らずにきてしまったけど。
アポなし訪問とかもし私が逆の立場だったらめちゃくちゃ困るな。
ましてや体調も悪いのに。

でも今更メッセージ送るのもなんか。
電話するのも。
……。

いーや押しちゃえ!

『ピンポーン』

電子音が鳴り響く。
30秒くらい待って応答がなかったら合鍵で突入してやろう。
そう思って鞄から鍵を探して取り出して、
やっぱり寝てるかなと鍵穴にそれを差し込もうとした瞬間に
ガチャリとドアが開いた。

、来てくれたのか」
「わっ、秀一郎起きて大丈夫!?ごめん歩かせちゃって!」

そこにはマスクをして心なしか瞳の潤んだ秀一郎がいた。
これは明らかに体調が悪そうだ。
なんと玄関まで迎えにきてくれるとは。
部屋にインターホンあるのに。
体調悪いときって数メートルの距離がすごく長く感じたりするのに。

「どうして……」
「どうしてって、お見舞いだよ」
「ありがとう、でも、うつしたくないから…」

そこまで言って、ゲホゲホ、と秀一郎はむせ込んで
「ごめん、本当に早く帰った方がいいぞ」と言った。
病人に気を遣わせてしまってこちらこそ申し訳ない。
「ちょっとだけ上げて」と言って部屋に入って
とりあえず秀一郎にはベッドに戻ってもらった。
布団入っていいよ、って言ってるのに入ろうとしない。頑固!
否、礼儀正しいんだよね!わかってるけどその育ちの良さは!
体調悪いときくらい無理しないでのに…。

「あんまり長居はしないけど、とりあえず、足りてないものない?
 私なんでも買ってくるよ」
「大丈夫…買い置きが色々あるから」
「お昼これから?私作るよ」
「本当に、本当に大丈夫だから…」

そう言って、またゲホゲホとむせ込む。
背中をさすってあげたけど、
「本当に、離れた方がいいぞ」とそっと体を押された。
気遣いなのはわかるけど、ちょっとしょんぼり。

「ごめん、私が居ると余計無理させちゃうね」
「来てくれたのは嬉しかったよ。ありがとうな」

有り難迷惑かもしれないのに、
秀一郎はそう感謝の言葉を述べてくれた。
そういうところが本当に好きだと思った。

「とりあえず、しんどそうだから寝て。水分摂ってる?」
「ああ」

秀一郎は枕元に置かれていたペットボトルから一口飲んでみせて、
いよいよ大人しく布団に潜り込んだ。
ふぅ、と浅く息を吐いて瞼を伏せる様子を見るに
これは本当にしんどそうだ。

少し汗ばんだその額にそっと手を当てる。

「わっ、熱高そう!冷えピタとかアイスノンとかある?」

手を離して探しに立ち上がろうと思った瞬間、手首を握られた。

あっこれは早く帰れと振り払われるやつかもしれない!
と思ったのに予想外に私の手は秀一郎の頬へと誘導された。
そっと宛がうと、スリ、と手に顔をすり付けてきた。

もしかして甘えてる?
こんなになってる秀一郎見たことない。
珍しー。かわいー…。

の手…ひんやりして気持ちいいよ」
「そっか、心が温かくて良かったわ」

私のつまらんギャグはスルーして、目を伏せたままの秀一郎は
愛おしそうに顔を何度か手に擦りつけるようにする。
熱のせいか普段と様子が違ってドキドキする。

手は離してくれないのに
「帰る前によく手は洗ってくれ」
って言ってくるから
「秀一郎は心配しすぎだって」
って笑っちゃった。
熱があっても心配性なところは変わらないんだね。

そのまま寝ちゃった?と思うくらいしばらく動かなかったけど
2分くらいして「ありがとう。元気出たよ」と手は離された
少しでも私が来た意味が生まれたなら良かった、と思った。
無理させて体調悪化させるだけさせて帰るわけにはいかないもんね。

さあ私も、そろそろ時間だし行かないと。

「秀一郎、それじゃあ私そろそろ帰るけど、本当にゆっくり休んでてね」
「ありがとな、
「でさ、最後にちょっとこれ見てよ」

秀一郎が、目と首をこちらに向けてくる。
私はその場で両手を広げてくるりと一周。

「新しい服とアクセサリー。実は鞄も」
「いいじゃないか」
「これね、今日のデートのために買ったんだ」

そう伝えると、秀一郎は申し訳なさそうな顔をする。
だけど私は、満面の笑みで見返す。

「そんな悲しそうな顔しないで!私、今から行ってくるから」

大きく見開かれた目が、パチパチ、と大きく瞬きを繰り返す。

「どこに」
「テラスランチとプラネタリウム!」
「誰と」
「え、一人で」
「一人で…?」
「空席にはこれ座らせとく」

そう言って前に一緒に水族館に行ったときお土産に買った
お魚のぬいぐるみをポーチから出して見せる。

「さすがに食事は一人分キャンセルしたー。
 キャンセル代出ないって。良かったね。写真撮っておくから!
 プラネタリウムも感想伝えるね!特別席楽しみー!」

そのときの自分は、客観的に見たら過剰にはしゃいでいたかもしれない。
だけど楽しみなのは本当で。
本当は、本当はすごく残念だし悔しいんだけど
そんなこと言ったって何も変わらないんだから。
かき消すくらい楽しみな気持ち膨らますしかないじゃん、って。



秀一郎は、私の手を掴む。
もう布団から体を起こさないくらい、体調悪そうなのに、
瞳だけは真っ直ぐでそこはいつもの秀一郎だ。

「本当にごめん。なんて言えばいいかわからないけど…ありがとう」

私の気持ちを汲んでくれたような言葉と表情に、
込み上げてくるものがあったけど。

泣くな泣くな。
泣いたら秀一郎が申し訳なく思ってしまう。

ぐっと唇を噛み締めて、
表情を作れる確認をしてから、
満面の笑みで前を向く。

「見てて!秀一郎がいなくたって最高の一日過ごしてやるんだから!」

思いっきり笑顔でピースを向けてやる。
そして、バイバイと手を振る。

それじゃあ行きますかね…とその前に。

「そうだ。ケーキ作ってきたから、冷蔵庫入れとくね」

そう伝えて持ってきた立方体の箱を掲げて見せると
秀一郎の目がまん丸になるのが見えた。

「作ってくれたのか…ありがとう!」
「うん。もし元気出たら食べて」
「食べるさ!しかしその箱、大きくないか」
「うん。小さめだけどホールだよ」
「それは俺一人分なのか?」
「まあ、普通だったら二人以上かなぁ」

そう伝えると、秀一郎は訴えかけるような上目遣いで見上げてくた。
熱のせいか潤んだ瞳で。

「えっと…また明日…?」

問うと、眉の八の字の角度が急になった。

「また……後で?」

言い直すと、ふにゃりと崩れた笑顔が見えた。

何その顔。
見たことないんだけど。

弱ってる姿、可愛いなとか思っちゃった。

「じゃあ早く寝てゆっくり休んで!
 私が戻ってくるまでに少しでもよくなっててよね」
「そうするよ」
「起きて掃除して回ったりなんかしてちゃダメだよ!
 秀一郎の部屋は通常時で充分綺麗なんだから!」
「わかったよ」

ハハッて柔らかく笑うのが見えた。
その表情は、いつもの秀一郎だった。

「それじゃあ、またあとでね。本当にゆっくり休んでね」
「ありがとう。またあとで」

今度こそバイバイしてそこを立ち去る。
そして言われた通りよく手を洗ってうがいをする。
私が体調崩すわけにもいかないもんね。

お見送りないのも、寂しいけど、鍵を閉めて部屋を後にする。
さあ、予定していたデートプラン決行のときだ!

もちろん、本当はすごくすごく寂しいけどさ。
一人で行ったってどうすんの?って今も思ってるけどさ。
だけど仕方がないから、私が君の分まで分楽しんできてあげるよ。

「ねー、楽しもうねー」

鞄から顔を覗かせたぬいぐるみに話し掛けながら
電車の時間をめがけて小走り。

そういえばお誕生日おめでとうって
口頭で伝えてないやって思い出した。
ケーキを食べるときにしようか。
何かお土産も買っていってあげないとね。

まだ一日は始まったばかり。
君がいたっていなくたって、
私は今日という日を楽しく過ごすことができる。

涙は置き去りにして、笑顔で足に力を込めた。
























『賞味期限は6月初旬』をセルフオマージュした
『賞味期限に関わらずお早めに』を更に別バージョンとして
今度は自分が看病する側になってみたw
だって…だってだってだってまさか近ちゃん体調不良で
テニフェス欠席だなんて聞いてないよーうわーん!!!
悲しいけどそれでも全力で楽しむぞ!の誓いですこれは。

体調不良でいつもより甘え気味になる大石に萌えすぎて爆発四散した。あーかわいー!


2023/05/30-31