* All for you, you for me. *












「ハッピーバレンタイン」

朝一待ち合わせ場所で出会い頭に紙袋を掴んだ手を伸ばす私。
秀一郎は面食らったようにまばたきを繰り返してから

「ありがとう!」

と満面の笑顔で受け取ってくれた。
そして紙袋の中を覗いて、硬直。

「(さあ、何か言ってくるか?)」

その横顔をじっと見る私。
しかし、秀一郎は柔らかく微笑むのみだった。

「あとで大切に頂くよ」

私はこくんと頷いて、
二人で肩を並べて歩き始める。
秀一郎は、紙袋を片手に。

私があげたのは、手作りのチョコクッキー。
そして、大きな紙袋。
アパレル店で服を2着も3着も買たときにもらえるようなおっきなやつに、
片手に乗るくらいの大きさのクッキーを入れて渡した。


その理由は、私たちが付き合うきっかけともなった、去年のバレンタインから。



  **



「わっ!」

目の前で靴箱の蓋を開けた大石くんは大きな声を上げた。
地面にはいくつかお菓子の包みが落ちていて、
大石くんはそれを拾い上げると
靴箱の中から更に新しい包みを
引っ張り出しては片腕で抱えこもうとして、
でも結局もう一つ取りこぼした。

「すごいね」
「ご、ごめん!」

謝ることじゃないよぉと拾ったそれを大石くんが抱えている山に乗せた。

さて…私も大石くんに義理チョコ渡したいと思ってたんだけど。
この状況でちょっと申し訳ないかなー。
だけどいつもお世話になってるしなー。

「その…私も大石くんに渡そうと思ってたんだけど、迷惑かな?」

表情を伺いながら問いかけると、
「そんなことないよ!」と言った大石くんは
ちょっとごめん、この鞄を開けてもらえないか、と言って、
私がチャックを下ろすとそのラケットバッグに抱えたお菓子たちを入れた。

そして私はサランラップでくるんだドライフルーツ入りチョコレートを差し出した。
大石くんは律儀に両手で受け取って、
「ありがとう。大切に食べるよ」と言った。
本当に丁寧な人だなぁ、と思ったのを憶えている。



そしてまさかのホワイトデーの放課後。
大石くんに、ちょっとついてきてくれないかと言われるから、
何かと思ってついていったら、誰も居ない校舎の影で。

「先月はチョコレートをありがとう。
 すごく嬉しかったよ!それから、すごくおいしかった!
 それで俺…さんのこと、前からちょっといいなとは思ってたんだけど、
 気持ちが嬉しかったし、今回の件で改めて、その、
 さんのことを特別な意味で好きだなと感じるようになって…」
 
ん?
んんんんん??

これ、告白されてない!?!?

「えっ、そんな、うわ、どうしよ…」
「よかったら、俺と付き合ってくれませんか」

大石くんは真っ赤な顔でそう言ってきて、
釣られるみたいに顔が熱くなった。
でも、でも、だけど…。

「義理のつもりだったんだけど…」
「えぇっ!?でっでも、手作りに見えたから…」
「義理でも手作りのことあるんだよ」

説明する私に対し、
大石くんは、焦った様子で「そ、そうだったのか!ごめん!」と、やっぱり謝ってきたけど、
顔が赤いのが移ったみたいに、
胸のドキドキもきっと移っていて、
優しくて、頼りになることはよく知っている大石くんが
目の前で照れて顔を真っ赤にしている事実が、
なんだか愛おしく感じてしまって。

「じゃあ……付き合ってみる?」

そうして、私たちは付き合うことになった。



  **



そしてその判断は大正解だった。
大石くん、改め秀一郎は、優しいし頼りになるし、
意外と可愛い一面も持っていて、
付き合っていくうちに好きな気持ちが増していくのを感じた。

ただ、その優しくて頼りになる一面は、
私にだけ発揮されるものではなくて……。

「(あ、また手伝ってあげてる)」

授業で使った資料をクラスの女子と運んでいると思われる姿を見かけた。
秀一郎はこの前日直だったばかりだから、今日は違うはずなんだけどなー…。
(あらかた、男子の日直が押し付けて逃げたのを不憫に思って助け舟を出したのだろう)

こういうのは、もう慣れた。
それが秀一郎のいいところだから。
彼女だからって独り占めするつもりなど毛頭ない。
そんなことしたら助けた子に好きになられちゃうんじゃ、とか思うけど、
私を不安にさせないくらい「好き」の気持ちを伝えてくれるから
こういう現場を見ても我慢できる。というか、そこまで嫌な気持ちにはっていない。

「(むしろ優越感。なんてね、絶対こんなこと人には言えないけど)」

心の中でだけしか主張できない自尊心が私の味方だった。


さてしかし今日はバレンタインデー。


独り占めするつもりはない。
それはいつもと変わらない。
他の子からもらわないでなんて言えない。
ずっと一緒に居てなんて思ってもいない。
ただ、私が他よりちょっとでも特別で居られればそれでいい。
それ以上は何も望まない……。



  **



「(……居ない、か)」

教室移動のタイミングで3年2組の教室を覗いた。
時間ありそうだったらお話しできるかな、と思ったけど残念。
まあそういうこともあるよね。

そして授業が終わった帰り道も、
その昼休みも、
放課後になってすぐである今も。

「(居ないかー…)」

なんだかんだ気にして2組の前をうろついてみたけど、
結局秀一郎と会うことはできなかった。

私にはわかる。
これは。

「(……呼び出されてるな)」

秀一郎が教室に居ない理由を勝手に察する。でもたぶんあってる。
委員会や部活のことで教室にいないことはこれまでも多々あったけど、
ここまで一日中いないことは普段はなかなかない。

「(紙袋、役立ちそう)」

私は今朝渡した大きな大きな紙袋のことを思い返していた。
去年みたいなことになったら困るだろうけど、
秀一郎がそれを見越して準備するとも思えない。

「(私、デキる彼女ですので。なんてね)」

この様子だと放課後も呼び出されたりしてそうだなー、
と思っていると、ケータイに一通のメールが。

『今日委員会終わるの待っててもらえるようだったら、一緒に帰ろう』

それはつまり、委員会を終えて、
さらにバレンタインイベントもこなしてから?
……。

「(待ちますよ、いくらでも)」

『オッケー』と簡潔に返事をして、委員会無所属の私は宿題をこなしながら待つことにした。



  **



「ごめん、お待たせ!」

秀一郎から『終わったよ』の連絡が来たのは、
授業が終わってから約1時間後のことだった。
委員会はいつも30分くらい…もう委員長なわけでもないし…
これはやっぱり、そういうことだ。勝手に確信する。

「一年の総括だから長く掛かったよ。待たせてごめんな」なんて言ってるけど
取り繕った方便にしか聞こえない。

にしても、一年の総括か。
もう一年も終わりだ。
卒業も近いなー…。

日が暮れかかった道を歩きながら、
一年前はまさかこんなことになってるとは思ってなかったなとか、
一年後はどうなってるんだろうとか考える。
去年の私が今の私を想像できなかったように、
来年の私は今では到底想像できないような状況に立たされているのだろうか。

そのとき、秀一郎は私の隣に居るのかな。

目線を落としたまま、チラ、と横を見る。
私から遠い側の手の下で、大きな紙袋が揺れている。
中は見えない。

「それ、重くない?」
「えっ、重くないよ」

秀一郎はアハハと笑った。
まるで私が冗談を言ったかのように。
冗談じゃなくて真面目だし、なんなら軽い皮肉なんだけど。

「ちょっと持たせて」と腕を伸ばして紙袋を奪い取ると、
予想をしていなかった重量に手が高く宙に浮いた。

「はい?」

咄嗟にマヌケな声が出て、私は急いで中を覗き込む。

そこには、
私が今朝渡したチョコクッキーだけが鎮座していた。

秀一郎の全身をくまなく見渡す。
急に突拍子もない行動を取る私に困惑した表情が返ってくる。
部活を引退してラケットバッグは背負っていない。
教科書ノート以外入っていなさそうな学生カバンはぺったんこ。
あれ!?

「他、チョコもらわなかったの!?」
「え……もちろん断ったよ」
「義理とかあったでしょ!」
「それも断ったんだ」
「はい!?」

なんでそこまで……
呆気にとられて言葉に出せずにまばたきを繰り返す私に、

「俺たちだってたった一つの義理チョコから始まっただろ。ないがしろにはできないよ」

と言って秀一郎は微笑んだ。

いや待って。
私はここまで求めていなかった…けど。

「(嬉しくて、ニヤける。バカみたい。こんなことで浮かれて)」

口角が上がりそうになるのを手で押さえてごまかしたけど、
顔も、耳まで、赤くなってる気がする。

「靴箱に勝手に入れられたりなかったの…去年すごかったじゃん」
「去年みたいなことはなかったよ。と付き合ってることは知られてるし。
 でもいくつか入れられてしまって…実は休み時間に返して回ったんだ」

それでいつ教室覗いてもいなかったんだー…。

今日、嫌な気持ちになりかけるのを納得して落ち着かせる必要があった秀一郎の行動、が、
全部私を喜ばせるものに変わっていく。
(この様子だと、委員会が長引いたのも本当に本当だ)

「もしかして、俺がたくさんもらうと思って袋こんなに大きかったのか」
「他になんだと思ったの?」
「受け取ったときはよほど中身が大きいのかと思って、でもそうじゃなかったから、
 もしかしたら周囲へのアピールかと思ったよ。
 がそんな強引なことするとは思えなかったから少し驚いたけど…」
「しないよそんなこと!」
「だよな」

ハハ、と秀一郎は眉尻を下げて笑う。
胸がきゅっとなる。

ねえ、秀一郎。
これからもみんなに優しくていいからさ。
その顔だけはみんなに見せないでよ、
って言ったら独り占めになっちゃうのかな。

「…秀一郎、一個いいこと教えてあげる」
「ん、なんだ?」
「私、毎年義理チョコはなんらか手作りしてたんだけど、今年は秀一郎にあげたやつだけだよ」

「たくさん気持ち込めて作ったから」。
そう伝えると、
「あんまり喜ばすようなこと言わないでくれ」と言って
口元を覆った秀一郎の顔は赤くなって、
一年前のあのときほどじゃないけど、
今年も変わらず真っ赤だなって思った。

「(この顔だけはきっと、私しか見られない)」

秀一郎はみんなに優しい人。
だけどそれ以上に、いつも私を喜ばせてくれる。
それが、来年も、その先もずっと、
続いてくれるとどうしても願わずにはいられない。

私がどれだけ良い彼女でいられているか、
もらったものを返せているか、わからないけど。
今はこの笑顔を信じていたいと、横を歩くこの人を見ながらそう思った。
























今年忙しすぎてバレンタインネタ書く暇なかったけど
過ぎたあたりで舞い降りてしまったので書いちゃったよ笑

正直大石はそんな両手で持ちきれなくて
どさどさ落とすほどはモテないと思ってるけど、
これはアニプリ52話の世界線…(笑)

さり気なく青酢差し込んだの気づいた人ー!?(笑)(Don't Look backでした)


2023/02/18-2023/03/13