* I've been wishing you happy days *












街灯につけられたスピーカーから流れるジングルベル。

どこか浮足立っている通りゆく人たち。

視界が揺らぐほどまばゆいイルミネーション。


俺はこの時期が、
一年で一番苦手だ。


「(年の瀬、だな)」


目の前の大型イベントを無視して、
季節の伏し目に思いを馳せることで胸の中のわだかまりを抑え込んだ。




  **




「クリスマスデート?」


「ああ。もし予定が空いてたらなんだけど…イヤかな」
「そんなことないです。大石先輩から誘ってもらえて嬉しいです」

そう言って笑う彼女…の笑顔は、
学校でいつも見る表情と比べると霞んで見えた。
俺の思い込みかもしれないけれど。
でも。

「(まだ…俺のことは好きになってもらえていなさそうだな)」

快活で、テキパキと仕事をこなし、周りを元気に鼓舞し、
いつでも明るい笑顔でいる彼女のことを好きにならない部員はいなかった。
人としてはもちろん、恋愛感情という意味でも彼女を好きになる部員もいた。
俺はその一人だった。

好かれている自信はなかった。
ライバルの存在にも気づいていた。
俺にできることは、誰より早く気持ちを伝える、これだけだった。
先輩と後輩、時期副部長とマネージャーという
断りづらい立場を利用した面もあったかもしれない。
優しい彼女は、俺の告白にNOとは言わなかった。

付き合い始めて3ヵ月経つけれど、どれほど近づけただろう。
まだ一緒に出掛けたことは数える程度。

名前で呼び合えるようになりたいとか、
敬語をなくしてもらいたいとか、
手をつなぐとか、その先とか……。
次のステップは頭には浮かんでいるのに動き出せずにいる。

一つでも踏み出せたら……そう思いながら迎えた、この特別な日。

といってもすごく特別なことをするわけでもなく。
電飾がキラキラと光って
陽気な音楽が流れる街中で、
肩を並べて歩いて、
他愛もない話をして、
それだけで幸せだった。

隣のの笑顔も
少しずつ明るくなっていくような
そんな気がして嬉しかった。

それと比例するように、冬の日はすぐに落ちる。

「そろそろ帰らないと」

時計を確認してはそう言った。
空はすっかり暗くなっていて、
街を着飾る電飾たちは飾りとしてだけでなく
灯りとしての役目も果たすようになっていた。

「帰る前に広場に寄っていかないか?」
「はい、いいですよ」

俺に提案に対して疑問を持つ様子もなく、は着いてきた。
数分歩いて、広場にたどり着くとそこは大勢の人で賑わっていた。
真ん中には大きなツリー。

「わあ、綺麗…!」
「もう少し近づいてみようか」

オーナメントで飾られてライトアップされたツリーは特別な存在感を放っていた。
クリスマス以外の時期はどうなっていただろうか、今となっては思い出せない。

待ち合わせをしている人、
ツリーを見に来た様子の人たち、
大勢でそこはごった返していた。

ツリーが見やすいよう距離を近づけて、
人混みの中の隙間を見つけて足を止めた。

「すごーい…あったんですね」
「俺も最近知ったんだ」

また来年も一緒に見たいな、とか。
名前を呼んでもいいだろうか、とか。
今の雰囲気ながら手を握れるだろうか、とか。
色々な計画が頭の中を巡りながら、まずは準備していたものを。

……あの、これ」

鞄からラッピングされた包を取り出す。
の目は少し驚いたように見えた。

「あ、すみません…私何も準備してなくて…」
「いや、いいんだよ!俺が渡したくて勝手に準備しただけだから」

それは本心だった。
見返りを求めていただけではなく、
純粋に渡したい、喜ぶ顔を見たくて準備したものだった。
腕を前に差し出しながら、問いかける。

「受け取って、もらえるかな」

一瞬、言葉に詰まりかけた。

なぜなら今の一言は、
受け取ってもらえる前提ではなく、
拒否される可能性が頭を過ぎってしまったから。
そして。

「…………ごめんなさい」

嫌な予感が、的中した。
予感はしていたけれど心構えは足りていなかったのか、
頭をガンと殴られたような衝撃が走った。

「大石先輩は、優しいのに。嬉しいはずなのに」

そう言いながら大粒の涙を目から零す彼女。
嬉しがっているはずがない。
こんな苦しそうな顔で。

手で拭っても拭っても拭いきれない涙で頬を濡らしたまま、
頭が腰の高さまで下がると同時
「別れてください」

聞こえた。

















――頭が真っ白になって言葉が何も出なかった。

だけど考えてみれば当たり前だった。
付き合えただけで奇跡だと思ったし、
付き合い始めても好かれている確信は持てないままだった。

気にしないでくれとか、
これまで無理させてごめんとか、
掛けてあげたい言葉は頭に浮かぶのに一つも口から出ていかない。

彼女はきっと気にするだろうし、
ずっと無理させていたのは予感ではなく事実だったとわかって
平常心で居られるほど俺も人間ができちゃいなかった。




  **




そんな昔話を思い返しながら家にたどり着いた。
街中と違って自宅周辺は最低限の灯りのみに留まっていて安心した。
習慣化した流れでポストを開けると。

「(ん、クリスマスカード)」

しかも海外からのエアメールだ。
珍しいな、と差出人を確認して、
急いで部屋に入って中のカードを開いた。

巨大なクリスマスツリーの前で
見覚えのある、だけど少し形を変えた、
二つの顔を見て俺は思わず声を出して笑った。

そうか、アメリカで一緒に暮らし始めたのか。
最近は活躍をテレビで見かけることも増えた。

……良かった。

本当に良かった。
そう思えた。

憑き物が落ちたような、
不思議な感覚に陥った俺は、
掛け慣れたその者にコールをする。

「あ、もしもし」

今までずっと避けていたけれど、
もしかしたら、
面と向かえばどうってことないのかもしれない。
もちろん勇気はいるけども。

「明日は家に行かせてもらう約束をしてたけど、
 やっぱりイルミネーションを見に外に出ないか」

直前になってなんでと文句を言われたけれど、
声はなんだか嬉しそうに弾んで聞こえた。


まばゆい明かりと陽気な音楽、そこに君の笑顔が並べばどれだけ良いだろう。

想像しているうちに、
ああ、この季節も悪くないものだ、
と考えを改め始めた。

どうぞ、素敵な一日になりますように。
時と距離を超えて、願いを込めて。
























クリスマスに悲恋書くなー!www
いえね大石元カノシリーズで、リョマ誕兼クリスマス祝い書いたなー
って思い返して読み返したら舞い降りてしまったw
てわけで『Who's wishing you a happiest day?』のアナザーサイドです。

大石にはハッピーになってほしいし
願わくば自分が大石とハッピーになりたいし、
だけど辛くなる大石も好きなんだ…ごめん…。
でも最後の最後にはやっぱりハッピーでいてほしい…。

ところでこの大石、受け取ってもらえなかったプレゼント
未だにどこかに持ってると思う(←最低のあとがき)


2022/12/24