「少しお時間よろしいですか」

居酒屋の喧騒には似合わぬおしゃれなスーツ姿でその人物は現れた。
シルクハットを浮かせた下から形の良い頭がちらりと覗き、
会釈から直ると端正な顔と目が合った。

「流しのマジシャンをしております、大石秀一郎と申します。
 よろしければ皆さんの夜を一層素敵な時間にするお手伝いをさせてください」

爽やかな笑顔の下、襟元にはトランプ柄のバッジが輝いていた。










  * Trick AND Treat! *












「いいよ〜お兄さんかっこいいし!なんなら一緒に飲も!」
「こら、まーた面食い発揮して」
「いいじゃんいいじゃん!だって見てみ!?顔面がSSR過ぎてる!」

本人の前でそんな話を大声でする私に横から「酔い過ぎ(笑)」と鉄拳が入る。
苦笑いとも取れる微笑が返ってきて、大石と名乗ったその人は内ポケットからトランプの束を取り出した。

「それでは、1枚好きなものを選んで頂けますか」

そう言ってトランプを手に乗せられた。
疑って掛かっている私は何か仕掛けがあるのではないかと
デッキの一枚一枚を確認しながら、結局適当に1枚を選んだ。

「それでは、僕に見せないようにして覚えてください」

彼の指定どおりに、まずは自分だけで覚える。
そして、本来は周りの友人らにも見せるんだろうけど
「待って!ここで回し見するときにたぶんリークするから!」
などと言って私は他二人にすら見せることを許さなかった。
(ずりーぞとか言われたけど知るか!私は本気だ!)

「ではこちらの束の好きなところにカードを差し入れてください」
「はい入れました」
「そうしましたらシャッフルを願いします」

ぽんと、マジシャンさんから私の手元にデッキが渡ってきた。
ぱっと見はなんの変哲もないトランプに見えるけれど…。

「それくらい俺らにやらせろよ」
「おーやりなやりな」

シャッフルを同僚に任せ、私はマジシャンさんの様子を観察する。
背筋が伸びていて表情は穏やか。本当にイケメン。
シャッフルが完了したデッキはまたマジシャンさんの手元に戻る。
彼はそのデッキを開いてカードを見渡しながら
「カードが何かを知っているのはお姉さんだけですね」
と私の方に手を伸ばして確認してきた。

「はいそうです」
「では、僕の目を見てください」

言われたとおり、その目を見る。
心の中まで見透かされそうなほど真っ直ぐな目線が
じっとこちらを見つめ返してくる。

え待って。
マジでイケメン過ぎてる。

既にお酒で顔は赤いかも知れないけど、
それ以上に熱くなった気がした。
私がそんなに心臓バクバクさせているのに気づくはずもなく、
マジシャンさんは「ダイヤの3ですね」と唱えた。

「(…当たってるんだが!?)」
「だって。あってる?」
「あれっ、違いますよぉー?」

わざと、そんなことを言ってやった。
きょとんとするマジシャンさん。
大丈夫っスかーとガヤを飛ばす友人たち。

しかし、彼は動じなかった。
こちらを見て、にこりと目を細めると、

「嘘つきな方ですね」

だって。

ちょっと待って。
ドキッとかやめてよ私の心臓。

「スミマセン当たってます……」
「おいマジかよ」
「えーなんでー全然わかんなかったー」
「俺疑ってずっと左手ばっか見てたけどなんも怪しいことしてなかったわ」

ワイワイと盛り上がる我が卓。
その様子を一歩引いた位置で見守っている彼。
お酒を飲むために一旦会話を離脱してそんな彼を盗み見る私。

「では次はコインを使ったマジックを…」と続き、
2つ3つとマジックが披露された。
どれも面白くって、
一つもタネはわからなかった。
とてもとても楽しい時間を過ごさせてもらった。

「ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございましたー」

ぱちぱちと拍手。
彼はシルクハットを外して、
少し申し訳なさそうにそれを裏返した。

「もしも楽しいと思って頂けていたなら、
 お気持ちだけでも入れていただけると幸いです」

がさごそと財布を鞄から取り出して、100円を中に放り込んだ。

「えーめっちゃ面白かったー」
「光栄です」
「えてかもう1000円課金するからもうちょっとここにいてよ」

わざとおどけた態度を取る私に「課金って(笑)」とまた隣から鉄拳。

「お金目的ではありませんので…でもせっかくなのでもう一つだけ」

彼はそう言って帽子を横に避けると、襟元についたスペードのバッジを外した。
「よく見ていてくださいね」と前置きをし、
袖の位置を整えると、
親指の背で弾くように宙に飛ばすと、
両手を結ぶようにパシリと掴んだ。

「今、バッジはどちらの手に入っているでしょうか」

したり顔で、そう聞いてきた。

これは私にもわかる!!
たぶん、両方の手に入ってるやつだ!
それで選んだのの逆の手を開いて「残念でした」って言うやつだ!
私にもできるやつ!

「こっちに見えましたー」
「じゃあ私こっち」
「いや俺もこっちに見えたな」

右手と左手をそれぞれ指差してやんややんや。
両方に別れてしまった私たち(意図的だけど)。
さあ、マジシャンさんどうするどうする…?

「本当にいいですね?」
「「はい!」」

元気よく頷く私たち@酔っぱらい一同。
まず左手の白手袋の拳が前に伸びてくる。
くるりと裏返すと、花が綻ぶようにその指が解かれる。
中には…何もなし。

となると、右手に?

そう思って、自分が選んだ方であるその手を見つめる。
同じように手が伸びてきて、裏返って、開かれる。
……何もない。
は?

「え?」
「どういうことですかー」
「消したってことっスか」

ヤジを飛ばす私たち。
マジシャンさんは、おかしいな、と首を傾げて、
あちこちのポッケに手を突っ込んだりと忙しない。
ん〜〜?

まさか本気で失敗じゃないよな、と思ったときに
「あ、お兄さん」と同僚男子に視線が向く。

「ちょっと、ポケットの中を確認して頂けませんか」

胸元を指差されて、胸ポケットに手を当てると、
焦った様子で中に手を突っ込んだ。

「嘘っしょ!?……あったわ」
「待っていつから!?」
「ヤバイ…俺人間不信になりそう」

頭を抱える我が同僚。
あーでもないこーでもないと盛り上がる私たち。

「少しでも楽しんで頂けてましたら幸いです。ありがとうございました」

マジシャンさんはそう言って軽く会釈をすると、
いつの間にお金を回収したのかシルクハットをすぽっと被り直して去っていった。

「えーすごかったね」
「俺全然タネわかんなかったわ」
「私も」

軽く同意をして、彼が去った方向を目で追い続けていると…。

「惚れた?」

横を見るとニヤケ顔の友人。

「ちょっとやめてよ!そういうんじゃないから!確かにかっこよかったけど!」
面食いだからな〜」
「だから違うってば!」

その後も飲み会は盛り上がり、
確かに私たちの夜は一層素敵な時間になった、のかもしれない。




  **




「(あれ?)」

後日同じ店で飲んでいるときのことだった。
店内でこの前のマジシャンさんを見かける。
この前見掛けた金曜日と違って、火曜日である今日は店内も客がまばら。
団体も少なくてどちらかというと多いのは二人組。
私みたいな一人客もちらほら。

「……」

仕事帰りに一人でやってきてほろ酔い気分になっていた私は少し気が大きくなっていて、
そのマジシャンさんが着こうとしている卓を探しているのを察して大げさに手を振る。
様子に気付いたのか、こちらに歩み寄ってきてくれた。

「あれ、もしかしてこの前の…」
「わっ覚えててくれたんですか!光栄ですー」

私が手をひらひらと振ると、彼はくすりと笑った。
こんな笑い方もするんだな、なんて…。

「追い課金しようとしてくれていたので印象に残ってますよ」
「ちょっとその言い方やめて!ごめんなさい!酔ってたんです!」

今も酔ってるのにそのことは棚に上げて言い訳をする。
彼は今度はハハハと声を上げて笑う。
マジック中の凛とした表情も素敵だけど、
こういう自然な感じも好きだな…。

「(って、好きだなって!コラ!)」
「せっかくなので、今日もお時間頂いてもよろしいですか」
「あ、ぜひぜひ!」

ぱちぱちと手を叩く私。
「きっと素敵な時間にさせて頂きます」。
彼はそう言って目を細めた。

「(もう既に素敵な時間だな、なんて)」
「それではカードマジックから」
「はい!」

綺麗な手付きでのカード裁き。
見透かすことのできないトリック。
伏せられたまつげ。
二重の下の澄んだ瞳。
通った鼻筋。
落ち着く声。

「(第一印象で顔がかっこいいなって思ったけど、
 それだけじゃない……この気持ちはなんだろう)」

なんだろう、なんて、本当は自分でもわかっているのに
わざと気付いていないフリをして自分を律しようとしている。

だけど例えば彼が、ワンツースリーなんて言って指でも鳴らそうものなら、
それが合図で恋に落ちてしまいそうな。
それとも恋に落ちる瞬間なんて、
予告のカウントダウンなんてないものかもしれないけれど……。

「退屈させてしまっていますか?」

ダイスを使ったマジックを終えたタイミングでそんな質問が飛んできた。
「え?そんなことないですよ!」と急いで否定をする。
まったく退屈なんてしていなくて、寧ろ楽しすぎて
この時間がずっと続けばいいと思っていたくらいなのに。

「それならいいんですけど…目がとろんとしていたので」
「気のせいですよ!私飲むと目が冴えるタイプだし!
 今もすごく楽しいし!目がとろんとして見えたなら……」

『それはあなたに見惚れていたからであって』。

続く台詞を頭に浮かべて顔がカッと赤くなる私。
言葉を口から出せずにまごまごしていると、
「退屈させているわけでないなら良かったです」
と言って彼はカードをシャッフルした。
そして、「ん?」と首を傾げる。

「あれ……おかしいな」
「どうかしましたか」
「カードが一枚足りないみたいで」

そう言いながらシャッフルをやめ、
カードをテーブルの上に綺麗に広げる。
そのテクニックが見事で見惚れ…ている場合ではない。
彼は顎に手を当てて「やっぱり一枚ないな」と言った。

「すみません、本当になくしてしまったみたいで……探すの手伝って頂けませんか」
「えー、どこだろ」

お皿の下、テーブルの下、ありえないとわかりつつ自分の鞄の下も確認して。
だけどどこにもそれらしいものは見つからない。

「もう一回数え直した方がいいんじゃないですか?」
「あ!」

私の助言を無視するように声を上げ、同時に彼はパチンと指を鳴らした。
連動したように私の心臓もドキンと鳴る。
視線を上げると、彼の目は私の胸元に落ちていた。

私も自分の胸元を見る。
え?

「失礼します」

すっと長い綺麗な指先が、私の胸元に伸びてくる。
人差し指と中指の二本が、胸ポケットから頭を覗かせていたカードを摘む。
すっと引き抜かれたそれは。

「こんなところにこんなものが」

ハートのエースをこちらに向けて、
彼はその後ろでしたたかに笑っていた。

ヤラレタ。

「お見事デシタ」
「楽しんで頂けたなら幸いです」

シルクハットを外してペコリと会釈をするから、
顔もまともに上げられないままコトリと500円玉を落とした。

最初から最後まで、彼のトリックは見抜けなくて、
私は彼の手玉に取られている。

「次は必ず見抜きます」
「それではまたお会いしましょう」

その帽子を頭に乗せて彼は颯爽とテーブルを去っていった。
ただ一人、胸の鳴り止まない私を残して。
























ハロウィンガチャ当たってくれ祈願w

テニスをやめてまで医者の道を目指した大石が
流しのマジシャンになってしまうだなんて完全に勘違いなんですけど(笑)、
よりによってこんなテクニシャンなドS様だなんて解釈違いの極みなんですけど、
それはそれとしてマジシャンでドSテクニシャンな大石に夢を見てしまうので書きましたw

ふざけ過ぎて顔面SSRとか追い課金とかワード使っちゃったけど(ふざけすぎ)、
そうじゃない素直に当たってくれSR+ピックアップ(白目)


2022/10/16-18