* 夕焼け雲は君との思い出 *












――夕焼け雲を見ると君を思い出す。


「それじゃあおやすみ。また来週ね」

改札前、繋いでいた手を解きながら笑顔でそう告げる。
目の前の顔は不満有りげで視線が合わない。
心なしか先が尖った唇が動いたかと思うと「本当に帰んの?」などと言う。

「帰るって。明日大学の友達とランチだって言ったじゃん」
「……」

一旦離された手が再び掴まれる。
指を絡め取られて、きゅっと力を込められる。
目線はこっちに真っ直ぐ。
……。

「もぉーわかったよ」

なんだかんだ私はその目に弱い。
手を握り返して、夜の暗がりへと靴先を向ける。

大学で実家暮らしをしていた頃は
お泊まりをするときの言い訳にいちいち苦慮したものだ、
と思いながら気楽な一人暮らしの足取りは軽い。
一度腹を括ってしまえば上機嫌になって、
暗がりから現れたネオンの並びに足を進めていく。



  **



「ねっむー…」

人工的な明かりは消えて、視界全体が明るい。
来たときとはすっかり装いを変えた通りを歩きながら、思わずドスの利いた声。
ハンドバッグに入っていた最低限のメイク直しの道具では
くっきり浮かんだクマは隠しきれなかった。
寝不足で半分しか開かない目に朝日が眩しい。

「結構寝てたじゃん」
「ほんの数時間だよ。誰かさんのせいで」
「ハハッ」
「ハハじゃないよー…」

そう文句を言うけれど、私だって本当に不機嫌なわけでもない。
口では軽口を叩きながら繋いだ手をブンブン振り回す。

「まだ時間あったしもう少し寝てて良かったのに」
「帰って着替えたいし無理だってば」

腕時計を確認して、本当に余裕ないなと気づいて足をわずかに早める。
そうして駅の改札前にたどり着いた。

「それじゃあ、今度こそまた来週」
「おう」

まだ人気の少ない午前の街。
10時間前と同じその場所で、
今度は新鮮な太陽の光を浴びながら
バイバイと手を振り解散をする。

一緒に過ごす時間は楽しいし幸せだけど、
ようやく落ち着いた気もしてふぅと一息。
ガラガラの下り電車の端に座って気づかぬうちにうとうとしてて、
最寄り駅のアナウンスが聞こえてハッと電車を飛び降りた。

シャワーは浴びたからいいとして、
服着替えて、
メイクして、
髪巻いて、
アクセサリーを何種類かとっかえひっかえして
結局一番最初に着けたやつを着け直して、
1時間前に下ってきた電車の今度は上り電車に乗る。
逆方向だし時間も進んでるし、
さっきよりは混んでいたけど席は空いていない。
スマホをいじりながらゆらゆらと目的地へ向かった。

数カ月ぶりに合う友人たちは相変わらずだった。
みんな可愛いし楽しいし自由だし、
愚痴が課題メンドイから上司ムカツクに変わったくらいで。
されどそれも変化だと思えば今でも仲良くいられることに感謝。

次回は誰々の誕生日の頃ね、なんて約束をして解散。
次の予定へはしごする子もいて、元気だなぁと
昨日の疲れを引きずっている私はため息。
前はオールなんて余裕だったのに。
私は少しだけ買い物をしてから帰路に着いた。

最寄り駅に着くと日は傾いていた。
腕時計を確認して、この時間でもうかと驚かされる。
最近昼こそ半袖で歩けるけれど夜が涼しい日が増えた。
そういえば秋分の日も超えて、一年のうちの
日が短い側の時期に突入していたことを思い出した。
もう夏が終わった。すっかり秋だ。

空を見ながら歩き出す。
橙色の空に、橙と紫を交えた雲がいくつもぷかりぷかりと浮かんでいる。

ああ、なんだろう、この気持ちは。


『それじゃあ、また明日な』


頭の奥で再生されたその声は、今の恋人のものではない、それはわかって。

部活のあとに待ち合わせて一緒に下校。
放課後一緒に図書館でお勉強。
たまにしかない休日のデート。
どんなときも、家の夕ご飯に間に合うように、って門限を律儀に守って解散してた。

その頃いつも、君の顔越しに見上げていたのがこの空だった。


別にあの頃に帰りたいって思っているわけではないけれど。

ただ、夕焼け雲を見て、君とのそんな日々を思い出した。
























大石夢小説の箸休めに大石現実小説をば…(笑)
※現実小説…夢小説の対義語を意味する稲瀬の造語。夢見がちでなく現実み強め。

大石はまともに登場しないけどデート私は大石夢のつもりで書いたからこれは大石夢。
否、大石現実(???)

結論:大石の元カノになりたい人生だった。


2022/09/25