「大石ほどデータが取りやすいやつはいないよ」 パタンとノートを閉じつつそういう乾に、思わずしかめ面。そんな俺の表情を気にも留めない様子で乾は続ける。 「教科書通りのプレイだ。裏を掻くときも『このような場合はこうして相手の裏を掻くとよい』という基本に忠実だ」 「……」 自覚はあるだけに、言い返せない。というより俺自身、一番確率が高く確かな方法を取ることが間違っているとは思っていない。それだけに、改めて指摘してくる乾の発言に何の意味があるのか疑問を抱かずにはいられない。 「嫌味か」 「褒めてるんだよ」 冗談半分問いただした俺の言葉に、乾から返ってきたのはまさかの返答。褒め言葉、だったのか? さっきのが? 「俺と大石の戦績はほぼ五分だ。厳密には一戦大石が勝ち越している。いかに基本が大事かを物語っているよ」 そうだったのか。確かに乾とはお互い勝ったり負けたりの間柄で(もっとも最近だけに絞れば乾の方が勝率が高いような体感はあるが)、数字として事実を突きつけられると、意外なような気もしつつ納得もした。 「あとお前は」 乾はパタンとノートを閉じた。目元こそ眼鏡の反射でよく見えなかったが、鋭い目線が想像できた。 「なかなかアウトボールを打たないからな」 ――相手のライン際を狙うとき、なるべくギリギリ、ではない。一線……もっと言えば一点。針の穴を通すコントロールで、神経を切り詰めながら一球一球を放っている。そのことには自負があった。普通ならばアウトかもしれないと願えるボール、残念ながら、狙って打っているよ、いつも。 「大石がライン際に打ってきた球は迷わず全部取る。これで俺の勝率は格段に上がった。もっとも、それができるだけの脚力が最近ようやく身に付いたというのが真実だけど」 褒められているのか貶されているのか、はたまた自慢しているのか。意図は読みかねたけれど、きっと乾のこと、「ただ事実を述べているだけだ」ってことなんだろうな。 「ジャッジに迷わなくて助かるよ」 「嫌味か?」 「これは嫌味だ」 嫌味なのか。 今度は否定してくれなかった乾はどういうつもりなのかと耳を傾けてみると。 「お前のコントロールがもう少し悪ければ、もう少し楽に勝たせてもらえるんだけどな。だけど、味方としてこれ以上心強いことはないよ」 乾はニッと笑ってみせた。 やっぱりそのノート、苦手だな。口には出さなかった代わりに、苦笑いをこぼした。 |