* 真夏の太陽が肌を刺す *












「かーっ、夏だぁ!!」


教室に入ると、全開の窓の外へ向かって大きく叫ぶ桃城の姿が目に入った。
窓の外には、絵の具で塗ったような青い空。
浮かぶくっきりとした白い雲。

確かに今日は、最高に夏らしいお天気だ。
炎天下の太陽に照らされながら、汗を脈々と流しつつ通学路を歩いてきた。
学校に入れば涼しいと期待してたどり着いたのに、踏み入れた校舎は生ぬるかった。
そういえば夏休み期間中は校舎の冷房が切られるという話を聞いたことがある。
廊下や階段に教室は暑くって、今涼しいのはきっと職員室ともしかしたら保健室くらいだろう。

教室の前方に臨時で設置された扇風機の前に溜まる男子数名を見、
全開の窓の外へ嬉しそうに身を乗り出している桃城に視線を戻した。

「めっちゃ夏休みって感じのお天気だよね」
そう声を掛けながら近づくと
「ま、俺らは授業延長戦だけどな」
と返ってきたので、やめてよ、と笑った。

そう、既に数日前に夏休みに突入しているはずなのに教室に集まっている理由…それは、
紛れもない私たちが補講受講者だから、だ。

「お前が補講なんて意外」
「う……英語だけはどうしても苦手で」
「わかるぜ。英語は難しいよな、難しいよ」
「何言ってんだお前さっきの国語の補講でも
 先生に当てられてなんも答えられてなかったじゃん」
「う、うるせー!国語もムズイって」

腕を組んでウンウンと首を頷かせる桃城に、
別クラスと思われる男子が肘鉄をしながら話に乱入してきた。
私は知らないやつだけど、桃城の去年のクラスメイトとか?
いや、コイツのことだし同じクラスになったことない友達とかいくらでもいそう…。
そう考えながら教室中を見渡したけど、
学年中の赤点取得者(…)の中に私の顔見知りはほとんどいない。
それこそ気軽に話せるのは桃城くらいしか。
でも、桃城はそうじゃないんだろうなとよくわかる。

「二人は何繋がり?」
「ん?何繋がりっつーか、さっきの補講で仲良くなった」

コイツは2年1組のー、といかにもマブダチみたいな様子で
説明を始める桃城の顔を私は信じられない気持ちで見渡す。
男子ってすごいな…その中でも桃城は特別か。
思えば同じクラスでも一度も喋ったことのないようなヤツもいるけど、
席が近くなったこともなければ班も係も委員会も勿論部活も、
何一つ共通点のない私たちがこんなに気軽に話せる間柄なのは完全に桃城のお陰だ。

「そういうお前らはどういう関係?」
「ああ俺らはクラスが…」
「もしかして桃城のこと好きだったりする?やめとけーコイツは」
「ちっ、違うよ!」
「おいヒデーなお前!」

それだけ残してその男子(あれ名前なんだっけ…)は
笑いながらその場を去って、扇風機の前の塊に飲まれていった。
残された私たちは肩を竦めて目配せをした。



  **



先生が入室してきて補講が始まって、
聞いてみればあれもこれも授業で教わったなぁと思いながら
しかし何一つ身についていなかったなとノートを取り直す。
授業では右から左へ聞き流してしまったことを反省しながら
今度は脳みそに押し留めるべくぎゅうぎゅう頭蓋骨を押した。
桃城は先生に当てられて、やっぱり答えられてなかった。



  **



「もうこんな時間か。部活1時間くらいしか出らんねぇよ〜」

補講が終わって、テニスバッグを背負いながら桃城は大きなひとり言を漏らした。
周りにその言葉に反応した人がいなかったので、
ならば構ってやろうと茶化してやる。

「自業自得じゃん」
「うるせー!」

桃城は窓際に向かうと「うわっ、暑そうだな」と校庭を見下ろして呟いた。
私も窓に一歩近づいて、桃城の肩越しに空を見上げる。
確かに、さっき向かってきたときよりも日差しが強くなっているように感じる。

「早く行かねーと、俺のファンが殺到しちまってるかもしんねーしな」
「そんなわけないじゃん」
「あ?こう見えて俺はまあまあモテるんだぜー知らなかっただろ」
「知らないし信じないし、そうだとしても殺到とかありえないでしょ」
「いや今日はさ」

やいやいとしたやり取りの途中、
桃城は一旦言葉を区切るとニカッと大きく笑って
自分を親指で指差した。

「俺の誕生日なんだよ!」

青い空。
白い雲。
カンカン照りの太陽。
桃城武の誕生日。

あー…。

「今朝天気予報で言ってた。今日って“大暑”ってやつなんだって。
 一年で一番暑い頃のことを指すらしいよ」

ピッタリだね、って言ってやる前に、桃城は、
「へー、俺にピッタリだな」って元気に笑った。

「……そういうとこ」
「あ、なんか言いたげだな!?」
「褒めてるんだよ」

笑いながらそう言ってやると、どこか不満有りげな顔ではあったけど、
それも照れ隠しだったのか頬を少し掻いて
「ヤッベ雑談してる場合じゃねぇ!」と言ってバッグを背負い直した。

「それじゃあまた明日な!」
「明日ぁ?明日は私居ないよ」
「嘘だろ!社会は!?」
「私が苦手なのは英語だけって言ったじゃん!」
「マジかよ!」

会話をしながら桃城の体はもう教室を飛び出していて、
そのままバイバイの挨拶もないままダッシュ気味に去っていった。
全国レベルのテニス部…練習厳しそうだもんな。

「(テニス部、か)」



  **



荷物を片して教室を出た私は、気まぐれにもテニスコートに足を向けてみた。
本当に桃城のファンが殺到しているかもちょっと気になったし。なんちゃって。

「(あ、いたいた)」

丁度桃城は着替えてテニスコートに飛び込むところだった。
テニスコートの周りに、桃城のファンらしい人…?

「(………全然いないけど?)」

それらしい人は見当たらない。
可愛そう過ぎて思わず笑ってしまった。
誰だよ、殺到しちまってるかもしんねーとか言ってたヤツ。

「(バカだなー、ほんとに)」

バカ、って思っちゃうけど、
真夏の太陽に照らされながら
早速汗だくになって走り回る姿を見ていたら、
ああ、教室に居る姿よりはずっとマシじゃん、なんて。

「(君は、お日様の下のほうが似合ってるよ)」

動いていないのに汗が滲むほどジリジリと暑くて、
爽やかを通り越して痛いくらいだけど。

そういえば誕生日だったっけって思い出して、
差し入れくらいしてやるかと学校の敷地を出て自販機に向かった。
どれがいいかと悩んで、なんとなく目が合った気がして、ピーチティーを選んだ。

「こんな甘ったるいもん部活上がりに飲めるかよ」なんて文句言われるかもしれない。
でも直後に「冗談だよ、サンキューな」なんて言って笑うかもしれない。
そこまで想像が出来てしまって、
君は、痛いくらいな真夏の太陽みたいだね、なんて。

「(もう少し、優しくしてくれたっていいんだよ?)」

太陽はジリジリと容赦なくて、キンキンに冷えたペットボトルは汗を掻いていく。
それで透かしても眩しすぎる太陽を薄目で見上げながら私はテニスコートへ引き返した。
























今朝テレビで「今日は大暑」って言ってたのと、
家を出たら 夏休み! って感じのお天気だったのと、
Sweat&Tearsで桃ちゃんが自分の誕生日に補講受けてるのが面白すぎるので笑

本当に桃には夏が似合う!お誕生日おめでとう!!!


2022/07/23