* 泡沫のレインボー *












今年の梅雨はやたら短く通り過ぎてしまった。
お陰でまだ6月だというのに毎日が猛暑日でたまったものじゃない。
校庭の花たちに水を撒きながら、
自分も水を浴びたら涼しかろうと額の汗を拭う。
頭上には少し傾き始めたけれどまだまだ精力旺盛な真夏の太陽。

雨が降った日は水やりは必要がない。
梅雨に入って園芸委員の仕事はしばらくお休みかと思ったのに
今年はほとんど休む暇なく梅雨明け宣言。
じとじとしているよりは良いかもなと思いつつ
梅雨前線、もうちょっと頑張ってくれたって良かったんじゃないの?なんて。

なんて儚い泡沫のような梅雨だったことだろう。
雨は鬱陶しいなんてこと言ってたことを棚に上げて、
急にカッと暑くなった初夏のあとの一時の涼しさに思いを馳せる。

そうは考えたところで暑いものは暑い、晴れてるものは晴れてる。
シャワー状に撒かれた水は光を浴びて七色に光った。
角度や高さを変えては新しい虹の橋を楽しむ。
花たちから見たら私は命の雨を降らしてやってる神のような
存在にでも見えているかもしれないと考えたら少し気分が良くなってきた。

「(あとはテニスコート側の花壇か)」

ぐるぐる巻きのホースを引っ張りながら歩を進めると、
前方少し遠くから「青学ファイオー!」と活気のある掛け声が聞こえてきた。
こんなに暑いのに、今日もテニス部は元気に活動しているみたいだ。

うちのクラスにもテニス部の奴いたよな、と考えていたら
なんとそいつがテニスバッグを持って目の前を通り過ぎていくところだった。

「大石、これから部活?」
「ああ。そっちは園芸委員の仕事か、お疲れさま」
「そういう大石こそまだ校舎に居たんだ。保健委員の仕事だったの?」
「来週は安全衛生週間だから、その準備があって」

そういえばそんなこと言ってたなぁと、
朝礼の時に大石がアナウンスしていた内容を思い返した。
冬に比べたら風邪は流行りにくいけど、
夏風邪は長引くし、食中毒に、熱中症と、
意外と夏にも気をつけなければいけないことは多い。

「委員長さんは大変だね」と茶化すと
「委員のみんなが真面目だから俺は楽できてるよ」と
優等生すぎるお返事がくるから参ったものだ。

さて、部活に向かうところだろうのに
あんまり引き留めてしまっては悪いな。
そう気付いて会話を終わらせる方向に仕向ける。

「最近急に暑いから熱中症とか気をつけてね」
「ありがとう。そっちこそ気をつけるんだぞ、水分補給もしっかりな」

会話を終わらせる方向、だったのに。

あまりに優しいことを言うから。
あまりに優等生なことを言うから。
気遣いが嬉しいようで一周回って腹が立った、みたいな。

右手に掴んだスイッチを、カチリ。

「ほらっ、少し体冷やしていった方がいいんじゃない!?」

シャワーを斜め上に向ける。
放出された水は大石の頭上に降り注ぐ。
雨みたいに。
だけど梅雨時の雨とは違って、空には熱くて眩しい太陽。

「こらっ、セットが乱れるだろ!」

大石は急に取り乱したような素振りで頭の上に両腕を掲げて
私の方へ大股で歩み寄ってきた。
思ったより怒ってる!?と気付いたときにはもう遅くって
大石は私の手首をぐいと掴んでシャワーヘッドを何もない方へ向けさせる。

明後日の方向に虹が架かっている。
顎、鼻、前髪から滴をポタポタと垂らしながら
至近距離で大石は私を睨み付けてくる。

水もしたたる良い男じゃん、
などと茶化す余裕は私にはなかった。
慌ててシャワーを止める。

「ごっ、ごめんね!」
「こっちこそごめんな」

目を合わせずに大石は私の手首を離した。
合わないまま、テニスコートの方へ足を向ける。

「じゃあ、俺は部活に行くから…」
「う、うん。頑張って」

ひらひらと手を振って見送って、
大石はその場を去って行った。
再び青学ファイオーが聞こえてきて、訪れた沈黙を自覚した。

大石、あんな顔するんだ。
ただの優等生くんだと思ってた、けど。

制服の胸の部分をぎゅっと掴む。

奥の方で パチン と何かが弾けた気がした。

「(……あついな)」

目を閉じたまま顔を上げて
瞼越しに太陽を感じて
テニスコートへ向かっていったその背中を思い描いた。
























大石は急に取り乱してしまったことを
猛省しながら部活に向かったことでしょう。可愛いねw

ポッピングバブルのガチャ祈願でした。
どちらかというとレインボーメインだけど
「泡沫」とか「慌てて」とか「目が合わない」とか
さり気なく漢字や音であわ要素を突っ込んでみた笑
そして泡のように弾ける恋心…。

青学に園芸委員があるのかは知らないけど捏造した。


2022/06/29