* 胃袋に掴まれている *












「で、何が食べたいですか?」
「カレー」
 その返事が来ることは予想の範疇だった。観月はフリルのあしらわれたエプロンを身に着けながら「あまりにシナリオ通りだ」とため息を吐いた。
 一緒に出掛けて外食をすることになったとき、赤澤は好んでカレーを選ぶ。カレー屋を選択して入ることもあれば、ファミレスに入ってもカレー、定食屋に入ってもカレー、そういえば学食でもカレーをよく頼んでいたか。「カレーは一日三食食ったって飽きねぇ」と笑いながら言っていたが、それは言葉通りの意味だったのだと観月は思い返していた。
 打ち合わせをするために寮に訪れていた際に腹が減ったと騒ぐ赤澤に、卵とベーコンとご飯を炒めて塩こしょうを振っただけの簡易的なチャーハンを振る舞ったことがきっかけだった。聖ルドルフの学生寮には簡単な料理ができる設備が整っており、共通の冷蔵庫の最上段は他に寮生の使い残しであり自由に食べていいことになっている。もっとも観月自身は好き好んでその食材を食すことはなかったが、赤澤に与える分にはいいだろうと最低限賞味期限を確認して使用したのだった。
 「お前料理うめーな」と労う赤澤に対して観月は「あり合わせですよ」と謙遜して見せたが「それでこれだけできるのは逆にすげぇって」と笑顔で頬張った。そのことをきっかけに赤澤は観月に料理を作るようせびるようになり、観月もお小言を零しながらではあるが都度振る舞った。「すげーうまかった。またお前の料理食わせてくれ」という赤澤の屈託のない言葉は、顔に出さないながらも少なからず観月にとって嬉しいものであった。
 共通冷蔵庫の材料はたかが知れていて、二人で食材の買い出しをすることもあれば、赤澤の事前リクエストに応えて観月が予め買い揃えておくこともあった。(材料費は折半している)そしてそのリクエストは、ほとんどの場合が「カレー」だった。稀に違うリクエストが来るとその理由を聞きたくなるほど、ほどんと毎回カレーなのだ。
 だから、シナリオ通りなのだ。赤澤が「カレーを食べたい」と言い出すことは。例え今日が今年一番の気温をマークした真夏日だとしても。
「こんなに暑いのによくカレーなんて食べたがりますね」
「暑い日こそカレーだろ」
「呆れる食欲ですね」
 校舎から寮まで歩いてくるだけでわずかに汗を滲ませている赤澤はそう言って笑った。今日はまだ5月だというのに最高気温は30℃を超えるとニュースで言っていた。気温が高くなると食欲が減り夏バテしやすい観月にとっては理解しがたいことであったが、赤澤にとっては寧ろ今日の天気はカレーにおあつらえ向き、ということだろうか。
 そんな今日は日曜日。各部の部長と顧問達による一斉会議日で、監督不在ということで部活動は禁止されている。観月も自室でデータをまとめたり練習メニューの見直しをしたりと急がしくしていたのだが、シナリオ通りでなかったのは『あと1時間くらいで終わるんだけど寮で飯食っていっていい?』という赤澤からのメール。そうなるならば前日のうちに言っておいて欲しかったと思いながらも急いでスーパーで買い出しを済ませて戻ってきた、という状況であった。
 観月は買い物袋から食材を一つずつ取り出していく。人参に玉ねぎ。じゃが芋は男爵。肉は牛よりも豚。バラではなくブロック。ルーは銘柄違いの辛口のブレンド。
「そんな言って、お前もちゃんと準備してくれてんじゃん」
「人参玉ねぎじゃが芋に肉くらい、料理の基本食材でしょう」
「これも?」
「……」
 二種類のカレールゥの箱が赤澤の手によって持ち上げられ、観月はそれを奪い取った。
「カレーがリクエストに上がるくらいボクのシナリオ通りです! ただアナタが急に言い出すからなんの下ごしらえもできてないんですよ、大人しく待っててください」
「はいはい」
 途中で他の寮生が飲み物を取りにきたり湯を沸かしにきたりとする中、観月はせっせとカレーを仕込んだ。「めっちゃいい匂い」と肩の後ろから顔を覗かせる赤澤に「火を使っているときに近付かないでください」と肘鉄を食らわした。そんなこんなで1時間弱の間に黄金色に輝くカレーが出来上がった。それをお皿からはみ出すほどに大きく盛り付け、赤澤の目の前に置いた。
「めっちゃうまそー!」
「本当はカレーは寝かせた方が美味しいと言いますけどね」
 観月はそう言いながら、赤澤の半分程度の量を盛り付けた皿を持って赤澤の正面に座った。赤澤はスプーンを掴むと
「出来たてが一番だよ」
と述べ、両手を合わせて「いただきます!」をして勢いよく一口目に食らいついた。
「うめぇー! やっぱお前のカレー最高だよ!」
「喋るなら飲み込んでからにしてください」
 頬を半分膨らませたままの赤澤は、ワリーワリーと言ってそのまま二口目に進んだ。
 さすがにここまで喜ばれると悪い気はしない。料理が特別得意であるつもりもなく、家庭科の授業の調理実習で習った通りのことを間違いなくこなせれば出来る程度の極基礎的な料理のはずだった。だけどいつの間にか、カレーを作ることが得意になっている。
 胃袋を掴むとは良く言ったものだが、自分の腕こそが赤澤に掴まれて放してもらえないのかもしれない、だなんてことを考えた。
 いただきます、と小さく声に出して観月もスプーンで一口カレーを掬う。もう既に五口目くらいをかき込んでいる赤澤を見ながら自分もそれを口にする。
 確かに出来たてのカレーも悪くない、と思った。

























観月が赤澤好みのカレーが作れるように
調教されてたら可愛いねという話でした。
寮の仕組みとか細かいことはわからないので変なとこあっても見逃してください。
赤観webオンリー企画のワンライでした!


2022/05/29