* いいよね今年くらいは *












今日は私の誕生日!
自分の好きな人である大石にそれを祝われたいなと意気揚々に登校した私。
自分の席につくと、目の前には遥か高くから見下ろしてくる人影。

「お誕生日おめでとう」
「……」

重低音を発したその主を思わず訝しげに見上げてしまう。
よりによって、お前かい。一番に祝ってくるのが。

「それもデータにあるんだ」
「勿論だ。それに、せっかくだから祝っておこうと思って」
「せっかく?」
「5月6日が平日である確率…
 いやこの場合は割合といった方が正しいかな、
 三連休の直後であるこの日は当日が土日である場合に加え
 前3日間のいずれかが日曜日であるときに
 振替休日となる場合を含むため7分の5つまり71.4%となり
 年内で他に例はない。
 つまり俺たちがお前の誕生日当日に顔を合わせる確率は
 俺たちがわざわざ休日に会うような関係にならないと仮定すると
 偶然街中で出くわす確率を足し合わせたとしても30%を切っている。
 ……わかったかな」

ここまで一息。

「………キモ」
「俺の発言に対してお前が『キモイ』と発する確率は96%だった」

そう言って眼鏡を釣り上げた。
わかってるんだったら言わなきゃいいのに。
…それともキモイって言われるのちょっと喜んでる?
乾ってそういうとこあるよね。

「ちなみに、お前がつい先週の大石の誕生日を祝うついでに
 自分の誕生日アピールをしていた確率…72%」

……図星だが?
なんかさー乾ってさーホントさー……。

「…ねー本当にキモイ」
「その反応はアタリってことでいいのかな」
「あってるよー!もー!うるさいなー!!」

「じゃあ、これもいらないかな」
「何それ?」
「誕生日プレゼント」
「…だからそれは何?」

乾は自分の顔の高さに一枚のルーズリーフを掲げている。
透かしてみようと目を凝らしたけど文字は読めない。
乾は顔を一旦顔に向けて、戻して、口を開いた。

「今日の大石の時間割とテニス部の練習メニュー」
「くれ!!!」
「おっと」

飛びつく私に対し、乾はひょいっと腕を持ち上げる。
乾にそれをされてしまってはお手上げだ。
私が全力でジャンプしたって届かなそうな位置にそれは持ち上げられた。

「何か言うことは?」
「へ?……それを寄越しくださいませ乾様宜しくお願い申し賜ります」
「他には?」
「は?」
「……」
「…………キモイとか言ってスミマセンデシタ」
「よくできました」

ペン、と額にそれは押し当てられた。
私が紙の両端を掴むと乾の人差し指は離れた。
ありがと、と小さく返すと乾は去っていった。

「(喜んでなかったのかー…)」

さすがにキモイ連呼しすぎたな、とおでこを擦りながら乾の後ろ姿を見送った。

さてさてこのあとの大石の予定は…

次の授業が体育か。
午後には音楽もあるみたい。
結構教室移動多いねー。

ん、教室移動??

「ところで、自分の時間割把握できてるか?」
「わー!行く行く!」

次の授業は理科で、私も理科室に移動しなければならないことを思い出した。
乾は既に荷物を持って廊下に出るところで、
私も焦って荷物を掴んで追いかけた。



  **



「(ここで待ち伏せしよう…)」

1時間目が体育ということは必ずここを通る。
更衣室がある別棟への渡り廊下付近でうろうろと私は機会を伺う。
そして、遠くからその姿が近づいてきた。
少し早る胸を抑えて声を掛ける。

「大石!」
さん」

私の声かけに対して、大石は爽やかに返事をしてくれた。

「奇遇だなこんなところで会うなんて」
「そうだね」

って本当は待ち伏せしたんだけどね!とは言わないけどね!!

よし、このまま少し雑談をして、向こうから切り出してくれば百点!
その気配がなかったら『今日はなんの日か憶えてる?』って聞いてやる!
誕生日のやり取りをしたのは一週間前。
さすがにまだ憶えてるよね!?

と、思考を巡らせていたら。

、丁度確認しておきたいことがあったんだがいいか」

手塚ァー!

大石しか目に入ってなかったけど、その隣には手塚の姿が。
1組と2組は合同体育!そりゃそうよね!
しかしまさか手塚の方に呼び止められるとは!
なんで生徒会執行委員なんてやってるのバカ自分!偉い!偉すぎるよ!!

今度の役員会での確認事項について
一点議題を追加するべきだと思うんだがと
あれやこれや手塚が話している間に
大石は去っていってしまった。ああ……。

くそっ、手塚国光…。
お前がこんなに美形でなければ殴ってた…
だのにすらりと伸びた背筋の先をチラリと見上げれば
鼻高いし切れ長の二重くっきりだしまつげ長いし眉整ってるし勘弁してくれ…
顔だけじゃなくてなんか手も綺麗だしそもそもスタイルいいし
その低音ボイスも卑怯だ……
なまじっかお前がこんな美しいから…
許せないのに許してしまうのユルセン…クソめが…。

、聞いているのか」
「聞いてるよ、昨年から文化祭の形式に変更する部分があるから
 予算案についても委員長たちに事前承認取るべきって話でしょ」
「聞いていたのか」
「聞いてたよ」
「目線が泳いでいるように見えた」
「うるさい!お前が美しいのが悪い!」

それは褒めているのか?
と首をわずかにかしげる手塚を置き去りにして小走りでその場を去った。

もう休み時間は残り少なかったのでそのまま自分の教室に帰った。



  **



2時間目と3時間目の間、大石のクラスは教室移動がない。
このチャンスを逃すわけにはいかない!
授業が終わるなり私は早足で3年2組に向かう。

改まった様子で警戒されるのもよくない。
いつものノリで、「大石ー!」と元気よく話しかけてやろう。
脳内シミュレーションをしながら廊下を進んであると、数メートル前方には見慣れた赤茶の髪。

「大石ぃー!」
「(げっ!!)」

その人物は、私よりも数歩早く3年2組の入り口にたどり着くと声を張り上げた。

「(英二に先越された!)」

なんでいつもこうなるんだー!!
とはいえ英二のお陰で私が大石と仲良くなれたのもまた事実ー!
くっそぉあああ英二ぃぃぃ!

ちゃんじゃん!」
「やほー」

念が届いたのか英二は私に気付いて声を掛けてきてくれた。
平然を装って私も気前のいい挨拶を返す。
英二と話すべく教室の出入り口にやってきた大石も私に気付いた。

さん、今日はよく会うな」
「そうだね!今日はね!」

あ、
今の発言なんかちょっとわざとらしかった!?
でも、なんとかして気付いてくれ大石!
今日は、今日は…!

「あれ、さん、今日誕生日じゃなかったかい?」

憶えててくれたー!!
浮かれ気味に「そうなの!」と返す。
あとは、おめでとうの言葉をもらって
そのまま楽しく色々お話できれば…と思った。
ら。

「えっ、そうなの!?知らなかった!!」

想像していた以上に英二が過敏に反応した。

「だって教えたことなかったし…」
「なんで大石は知ってるの!?」
「この前俺の誕生日のときにその話題になって」

キョロキョロと私と大石の顔を見比べた。
そして、私の手首を掴んだ。
えっ。

「ちょっとこっち来て!」
「ええっ!?」

手首を掴まれたまま、廊下を走りだす英二に引っ張られる。
大石に「こら、廊下を走るな!」なんて声を後ろから掛けられながら
私たちはドタバタと3年6組に辿り着いた。

せっかく流れがきてたのに〜!
ってか、一回話題に上がってしまったからには
また再び誕生日の話題に持って行きづらくなったのでは!?
英二のバカー!バカバカ〜!!!

「(恨んでやる…)」
「はいコレ!」
「え?」

英二はバッグの中から引っ張り出してきたお菓子の数々を差し出してきた。

「お誕生日おめっと!」

そう言って、にっこりと笑った。
それは、私を心から祝っているとわかる柔らかい笑顔だった。

「(かわよ…正義…バカとか思ってごめん……)」
「あれ、いらなかった?」
「あ、ううん!めっちゃ嬉しい!ありがと!!」

不安そうに覗き込んでくる英二に焦ってフォローを入れた。
そのタイミングで斜め後ろから声が掛かった。

「あれ、さん。今日誕生日とか?」

不二周助だっ!

「あ、そうなの」
「へー。おめでとう」
「ありがとー」

イケメン助かる〜!
学年一いや下手したら学校一モテる人だ。
眼福…とりあえず見とこ。
ていうか英二も実はモテるよね。
この二人と喋れてるってもしかして贅沢?

しかし、時間…。

「あー、チャイム鳴っちった。またねちゃん」
「またね」
「うん。またねー!」

すごすごと11組へ帰ることに。
う……乾’sデータによると
3年2組の教室移動がないのはこの2,3時間目の間だけだったのに…。

いや、諦めるのはまだ早い!
授業が終わってすぐさま向かえばまだ教室に残ってるかも!
私は!大石に!誕生日を祝ってもらって!楽しくお話しするんだっ!!

授業が終わったらどんなライン取りで机の間をすり抜けて教室を脱出し、
どの程度の小走りなら廊下を走るなと怒られないかと、
そればかりシミュレーションしていたお陰で
授業の内容は頭に入らなかったことは言うまでもない。



  **



「(11組から2組、遠すぎる!!!)」

早めに行けば間に合うかも!?
と授業が終わってすぐさま教室を飛び出した。
本当はダッシュかましたいところだけど、
走ってるところを大石に見られるわけにもいかない。
うちのクラスも授業の終わりが休み時間に食い込んでたし厳しいか!?
と考えながら次第に人口が増してくる廊下を早足ですり抜け
ようやくたどり着いた3年2組に…は、ほぼもぬけの殻。

「(ですよねー…)」

ほとんどの子たちは教室移動済みだった。
数人残ってるコイツらは間に合う気があるのかどうか。

わかってはいたけど残念…。
来るときの倍以上時間を掛けなからとぼとぼ引き返していたら。

「あー寿司屋…」
、いい加減その呼び方やめてくれないかな」

河村は下がり眉で情けなく笑った。
その顔を見てたらなおさら泣きたくなってきた。

「えーん!かわむらすし〜〜!」
「だからそれはうちの店の名前だって」

わかってる。河村が悪くないことくらい。
だけど、落ち込みすぎてつい当たりたくなってしまった。
ぐすんぐすん。

「どうした、何かあったのか?」

身長を合わせるように屈んで、不安そうに覗き込んできた。
なんだかんだ、っていうか普通に、コイツも優男だよなー…。

「…ちょっと落ち込むことあってさ」
「どうしたんだ?」
「……かわむらすしの無料券もらえたら元気出るかも」
「えっ、そんな急に言われても持ってないよ」
「いいからちょうだいよ誕生日プレゼント〜〜!」

ポカポカ、と胸を叩くと
「もしかして、今日誕生日?」
と気付いてくれたのでウンと返した。

「それなのに落ち込むことがあったのは残念だね」

困った風に眉尻を下げて、慰めるように微笑みかけてくる。
その表情は、大石にもどこか似ていた。
大石ー……。

「無料券は渡せないけど、の家族だったらいつでもサービスするから。
 また家族でおいでよ」

河村はそう言ってくれた。
初めて家族でかわむらすしに行ったときに
同級生がお手伝いをしてたときは驚いたけれど、
いつの間にかうちの家族もすっかり常連で、たまにサービスしてもらう。
かわむらすしのお寿司、本当においしんだよな。
今度の週末は、私の誕生日祝いってことでお父さんにおねだりしてみようか。

「……アリガト。ちょっと元気出た」
「よかった」

河村にバイバイをして、私は自分の教室に向けて再び歩き出した。
ちょっと元気は出た。けど、根本解決にはなってないわけで…。



  **



乾メモによるとテニス部は昼休みも練習。(大会近いもんね…)
5時間目はうちが体育だから、着替えて帰ったら次の授業にギリギリくらいだ。
つまり5時間目と6時間目の間も厳しい。

「(放課後……放課後か〜…)」

残された選択肢はもう放課後しかないけれど、
みっちり書き込まれていたテニス部の練習メニューを思い返してため息が出た。
休憩の合間にちょっとお話、なんて望める感じじゃなかった。
おまけに大石は、終わったあとに日誌を書いてコートの最終点検をして部室の鍵締め…と。

乾曰く、今年は7分の2のチャンスだった。

「(せっかく、当日に会えるのに)」

私はテンションが下がった状態で午後の授業をこなすことになった。
大石と、好きな人とまともに話せないまま、お祝いをしてもらえないまま、
私の誕生日が刻一刻と通り過ぎていく。

『キーンコーンカーンコーン』
「(……終わっちゃった)」

学校が終わってしまった。
部活のない私は、掃除を終えたら予定は全て終了だ。

帰っちゃうの?
このまま?

「(……とりあえず見にだけは行こう)」

そう考えて、校舎を出て正門へ向かわず
テニスコートへと足を進めた。


ついこの前、大石の誕生日にはギャラリーがたくさん居た。
大石の誕生日を祝うためにプレゼントを持った子たちがたくさん。
でも今日はそんなギャラリーはいなくて。

「(今日は私の誕生日。私だけにとって、特別な日)」

大石と話したい理由でここに来ている事実は変わらないけれど、背景は違う。

色んな人にお祝いしてもらった。嬉しかった。
お祝いしてもらえる人数は多いに越したことはない。
だけど私は、たった一人、他のみんなには祝ってもらなかったとしても
どうしても大石にだけはお祝いしてほしい気持ちがあって。

「(大石…)」

その姿をじっと見る。
全体に指示出ししたり、個人的に声掛けしたり。
さっきは一年ルーキーと何か話してたし
今度は喧嘩してる後輩達の仲裁に入った。
そして、自分もコートに入ればがむしゃらに走り回る。

「(……やっぱりカッコイイなー)」

学校の中で見る姿で、好きだ、って思うけど、
汗をキラキラとさせながらコート内を走る姿は
また違う姿で、カッコイイ。

「(大石がテニスを頑張っている確率…7分の7、なんてね)」

今朝の乾の話を思い出してそんなことを思った。

私がここに来るのは、それこそ誕生日とか、たまにだけだけど、
大石は毎日頑張ってるんだもんな。

そう考えたら、充分なのかもしれない、と思った。
この姿が見られただけで私の心は満たされているから。
大石が毎日頑張っているお陰で、
大石は私の誕生日にも頑張ってくれていた。

それだけで、充分だ。

「(……帰る、か)」

ちょっとでも話せたし。
一方的だけど、一日中大石のことを考えてる一日は悪くなかった…ってね。

片付けが始まったのを確認して、
私は校門の方へと方向転換をした。

その瞬間。

さん!」

え?

「お、大石?」
「よかった間に合って」

はい???


「お誕生日おめでとう」


まだ額にキラリと汗が滲んだ笑顔で、そう私に向かって微笑んで。
くれた。
え。
え!?!?

「あ、ありがと…」
「しっかりと言葉で伝えられてないの、ずっと気になってて」
 授業の合間とかで伝えられれば良かったんだけど、
 教室も遠いし…なんだか今日は教室移動が多い時間割りで」
「……大石も気にしてくれてたんだぁ」
「も?」
「えっ、あ!!」

余計なこと言った!!と思って慌てて誤魔化そうとしたけど
テンパっちゃって尚更顔が熱くなる気がしてわたわたしちゃって、
そんなだから見逃しかけてたけど大石の顔もちょっと赤い?

っていうか、え、大石も私に誕生日おめでとうって伝えたいって
一日中気にしてくれてたってそれは紛れもない事実なのよね!?

「あの……さ」
「うん?」

やっぱり少し顔が赤い気がする大石が、その頬をぽりと掻いた。
そして思わぬことを言う。

「今日、よかったら一緒に帰らないか」

………え。

「え!!!!!!」
「あっ、いや!迷惑だったらいいんだ!ただ…」
「迷惑じゃない!!!」
「ほ、ほんとかい?あ、でももう帰るところだったよな。
 俺これから日誌も書かなきゃいけないから急いでたら…」
「急いでない!!!」
「本当に?」
「うん!!!!!」

力んで前のめりになる私とは裏腹に、
よかった、と大石はゆっくり胸を撫で下ろした。

これって…そういうこと?
え、どういうこと!?
誕生日に、大石から、一緒に帰ろうって、
このあと私たちどうなっちゃうの…!?

「こんな夢みたいなことがあっていいの…?」
「大袈裟だな」

左右両方のほっぺをつねる私を見てははっと大石は笑った。
八の字眉のいつもの笑顔で。

「誕生日なんだから。いいんじゃないか、今日くらいは」

「今日くらいは」。
その言葉を聞いて、私はふるふると首を横に振った。
だって今日は、数年に一度しかないチャンスだから。

「それを言うなら、今年くらいは、だよ」

得意げに語る私に、大石は不思議そうに首を傾げた。
そしてテニスコートの方を振り返った。

「どういうことかは後で詳しく聞かせてもらうよ。一旦片付けに戻らないと」
「あ、そうだよね」
「それじゃあもう少し待たせちゃうけど、ごめんな」
「全っ然大丈夫だよ!待ってるから!」

戻っていく大石の背中を見送って、
一人になってからまた信じられなくなって思わず「どーしよー!?」と声が出た。

だって、だってだって、
今日一日中一生懸命追いかけ回していた人が
まさか向こうから歩み寄ってきてくれて
そしてこれから一緒に帰れるだなんて。

もしかして…もしかしなくても、
告白とかされちゃったりする…?

あまりに夢みたいで、
まだ夢なんじゃって疑ってるけど、
もういっそ夢でもいいんじゃみたいな気持ちになっている。

だけど、もう少しこの夢に浸っていていいだろうか。

「(いいよね、私の誕生日だし。いいよね、今年くらいは)」

自分で自分を納得させて、
刻一刻と過ぎていく自分の誕生日が
少しでも長く続いてほしいと思いながら、
だけど早く君と話したいとも思って、
矛盾の気持ちを抱えたまま心臓だけが強く強く鳴り続けていた。
























自分の誕生日祝いの作品だからプチ逆ハーにした!
いいよね今日くらいは。誕生日なんだから!!
誕生日に仕上げたかったけど約3ヶ月遅れになった!
いいよね今年くらいは。サイト20周年もあるしさ!

という作品でした(こらこら)

いやさリアイベやら旅行やら忙しすぎて時間なかったんだけど
20周年に加えて1200作目にあたるし順番ずらしたくないと思って
日付表記めちゃくちゃ誤魔化して上げました笑

去年上げた『いいよね今日くらいは』と対ってわけでもないんだけど
なんとなーく似ている作品になりました。
大石と祝う私の誕生日は楽しい。


2022/05/06+82