* 僕たちみんなの記念日 *












「英二〜!」

教室の入り口から好きな子の声がした。
くるりと振り返っていちもくさんに駆け寄る。

オレの好きな子、っちとは
1年のときに同じクラスで仲良くなって、
2年3年は別のクラスだけど
今でもこうやって仲良しのまま。

「どしたんっち、わざわざうちのクラスまで来るなんて珍しー」
「ちょっと聞きたいことがあってさ」

っちはキョロキョロと周りを見渡して口元に手をかざした。
何か内緒話かな、と思って少し耳を近付ける。
前よりも膝を大きく曲げないといけない気がして、
1年の頃はオレの方が小さかったのにな、って思った。

そしてそんなっちが何を聞いてくるかと思ったら…。

「大石の誕生日わかる?教えて!」

……へ?
よりによってなんでまた。

「いいけどなんで」
「実は知り合いに大石の…ファンがいてさ!」
「ファン?」
「そう、ファン」

ファン。
要するに大石のことが好きってこと?

「あいつスミに置けないな〜」

思わずニヤニヤしてしまう。
大石って、自分はモテない、オレなんかより英二の方が…とか言うけど、
オレはただ女友達が多いだけ。大石の周りはガチな子が多い。

でも、その大石“ファン”の子は、っちの知り合いなんでしょ?
別にっちが大石に聞く分にはいいんじゃないかな。

「でもさ、だったら大石に直接聞けばいいじゃん」
「えー、だって私別に大石と話すような関係じゃないし」
「そっかあ」

そのお陰でオレもっちと話せたし、まいっか!
寧ろオレは大石に感謝しないといけないってことか。

「誕生日、4月30日だよん」
「へー、学年変わったらすぐじゃん!」
「確かにそだね」
「ありがとー、助かった」

そのあとなんだかんだやり取りがあって、
っちはうちのクラスから帰っていった。

「…………」

っちの友達が大石と付き合って、
っちがオレと付き合ったら、楽しそうじゃん?
……なーんてね。

でも、どこか引っかかる。
確かにオレに聞くのが手っ取り早いのかもしれないけど、
だったらあんな内緒話みたいにして聞いてくるかな?

「(大石のファン、ねぇ…)」

そう言うときにっちの言葉が少しつっかえたのも気になった。

本当に居るのかな。
その大石のファンの子は。



  **



委員会関連の用事で職員室に寄った帰りのことだった。

「(あ、さん)」

両手に大事そうにノートの束を抱えて廊下の端から歩いてくる姿が目に入った。

やあさん。
日直なのかな?
重そうだけど大丈夫かい?

「(なんて、声を掛けられるわけがないだろ!)」

向こうはこちらを知らない。
俺の存在を認識していないであろうことに留まらず、
まさか、俺が君のことを好きだなんて……。

先生にすれ違いざま、足を止めると会釈に留まらないきちんとした礼をしていた。
相変わらず丁寧な子だな、と胸の中がほっこりとした。

「(あと5メートル…3…2…1……)」

本当は近くでじっくり見てやりたい願望を抑えて
廊下のはるか遠く、真正面を見つめたまますれ違った。
肩の力を抜くと同時にふぅと大きな溜め息が出て、
無意識に息を止めていたことに気付いた。

今年はクラスが8つも離れてしまってすれ違うことすら減った。
昨年半年間のみ同じ委員会になったというだけの関係。
それなのに、俺は毎日のように君のことを考えていて、
その姿を探しているだなんて知ったら、
さんは驚いてしまうだろうな…。
驚くだけならまだいいが、引いてしまうかもしれない。

「(何か、話せるきっかけがあれば良いのだけれど)」

それも叶わないまま、3年生の1ヵ月目が終わろうとしていた。



  **



今日はなんだか練習を見に来てる女の子が多い気がする。
そしてその視線の多くが、自分の相方に注がれている。

「(あー、大石の誕生日だから…)」

なるほど納得していると、
っちの姿が目に入って二度見した。
っちも今日見に来るんだ。

「(……もしかして、大石の誕生日だから?)」

はっとして、っちの方をもう一度確認した。
もしかしたら例の“大石のファン”の子の付き添いできてるだけかも…
という可能性に賭けたけど、隣には誰もいない。

なんだよ。
やっぱそうなんじゃん。

「英二、ナイス!」

高く掲げられた大石の手に、
バシィ!と力一杯のハイタッチをかました。
いてて、と言いたげに大石は手を軽く振った。
オレの手のひらもジンジンしてるけど、そんなの気にならない。

大石のファンの友達なんていない。
っちが、大石のことを好きなんだ。

そう思って観察してたら、全てに納得してしまった。

前にっちは、自分は手塚ファンだって言ってた。
だけど手塚が練習してるコートを見てなんかいない。
オレと大石が練習してるダブルスコートの外にいる。

……なるほどね。



  **



今日は俺の誕生日。
練習しているコートの周りに女の子たちが多い。
さすがにうぬぼれではないと思う。
俺の誕生日を祝いにきてくれているのだろう。

「(さんは……いるわけないよな)」

ラリーが切れる度ギャラリーに目をやる。
全面見渡したと思うが、さんの姿はなかった。
過去に何回か見に来てくれていたことはあったが、
様子を観察しているとお友達の付き添いだったように見えた。

だから、こんなに気にしてラリー毎に見渡すのは馬鹿げている。
期待できるようなことは何もないのだから。
俺の誕生日を知っているはずも。
俺のことを個人的に応援に来てくれるはずも。

「(だけど俺は、誕生日を祝ってもらえるのだったら、君が良かった)」

なんて、あまりに贅沢過ぎるけどな…。

もちろん他の応援もありがたい。
声援に応えられるように、
間もなく始まる地区大会に向けての調整に励んだ。



  **



練習が終わった。
その途端、大石は待ち構えていた女子たちに囲まれた。

「(うわー…)」

そして、っちは他の女の子たちに囲まれる大石を
一歩引いた位置から見つめていた。
あーあ……。

「……っち」
「わっ!?英二!」

っちはどぎまぎとした表情を見せた。

「(大石を見てるとこ見られちゃった、ってか?)」

「大石のこと見に来たの?」と聞きたい、
その気持ちをぐっと飲み込んだ。

いつもオレ、っちの前でどうやって笑ってたっけ。
一生懸命思い出して、それを再現した。

「なになに、オレんこと見に来たの?」

自分を指差してにぱっと笑う。
っちは
「バカ!私は手塚部長推しだから」
と返してきた。
あーね。

「ちぇー。手塚のどこがいいのー?堅物じゃん」
「英二の分際で手塚部長の悪口言うなー!」
「あー、っちひっでぇ!」

いつものじゃれ合いみたいに深い意味はなかった。
だけどっちは俯いてしまった。
……あれ?

っち、聞いてる?」
「あ、ごめん!ぼーっとしてた!」
「別にいいけどさー…」

とか言いながら、本当はよくないんだけど。

っちは、
本当は誰のことが好きなのか。
どうしても、聞きたくなってしまった。
ごくりと喉がなった。

「この前言ってた大石のファンってあの中にいんの?」

聞くと、っちは大石の周りの人だかりを見て
「いや……いない」と言った。
やっぱそうだ。
いないんだよ、大石のファンの子は。

「ふーん?」
「え、何その言い方」
「べっつにー」

っちと向き合っているのが辛くなってそっぽを向いた。
わかっちゃったよ、オレ。っちの好きな人。
好きな人の、好きな人。

「(心臓、モヤモヤする)」

オレにはわかる。
っちはまったく大石のタイプじゃない。
だからもしっちが大石のことを好きでも
二人が付き合うとかは考えられない。

でも、っちは大石のことが好きなんだ。
そう思ったら、胸の辺りがくぐもって、苦しくって、
それを晴らすために、大して効果があるかもわからない反撃をする。

「ま、そのモテモテの大石とオレは今日の帰り二人っきりなんだけどね〜」
「はー!?なんで!!」
「だって誕生日だしなんか奢ってやるよって」
「ええー…」

っちは心底イヤそうな顔をしていた。
どう、羨ましい?
反撃大成功すぎ?

優越感に浸れたような、
でも気持ちはすっきりとしないような、
やっぱりモヤモヤしていたらっちは両手を合わせた。

「英二お願い!そこをなんとか譲って!
 どうしても大石が一人になれるよう協力してほしいの」
「え、ええ?」
「お願いーどうしても!このとーり!」

っちは合わせたままの手を揺すりながら
頭を深々と下げる。
何、オレに、協力してくれっていうの?
オレが君のことを好きなのも知らずに?

「本当はその子、ファンとかじゃなくてガチで好きなんじゃん?」

イジワルしたくなって、そう言った。

イヤな気持ちになってよ。
そんなことないって否定して
さっきのお願いも取り下げてよ。
だから何って開き直ってよ。
本当のことを教えてよ。

っちは視線を逸して、眉を潜めて、
苦しそうとも取れるような顔で小さくつぶやいた。

「そうだよ……本当は本気で好きなんだよ」

胸が、ぎゅっとなった。

イジワルを言ってやったはずだったのに、
苦しそうに眉を潜めて伏せられた顔を見てたら
応援したい気持ちも生まれてしまった。

「本当は本当に好きなんだよ」なんて、
オレが言われたかった言葉なのにな…。

「(何やってんだろオレ)」

ハァ、とため息が漏れた。
無意識に眉間にシワも寄っていた。
心配事が多い大石がいつもこうなってる理由がよくわかった。

「わかったよ」と言った自分の声はかすれていた。

「オレとの約束は今度に延期するから。
 んで、絶対一人で帰るようにって伝えとくよ」
「神〜〜!」

っちは嬉しそうに満開の笑顔になった。
それを見て、オレは思わずため息。

何でオレ、協力するみたいなことしちゃってるんだ。
そんなことしたらっちは大石と二人っきりになって、
もしかしたら告白とかして、そして……。

悪い妄想で頭が埋まるオレに対して、
っちは「じゃあさ」とまさかの提案をしてくる。

「埋め合わせに私が英二と一緒に帰ってあげよっか?」

……え?
え。
え?
え?????

え……いいの?

「…もしかして友達に大石のこと好きな子いるのって本当?」
「は?なんでそこ疑うの!」

だって、と取繕おうとしたけどうまく説明ができなかった。

よくわかんないけど、
とりあえず、
っちが大石を一人にしようとしてるのは
っち自身のためではなくて、
そんでもって、
今日はオレと二人で帰ってくれる。
だよね!?!?

「とりあえず、終わったら急いで着替えるから待ってて!」
「はいはーい」

片付けが終わって集合して手塚が総括を喋ってる間
オレはなんも聞かずにぐるぐる考え事をしていて、
解散になった瞬間に部室に飛び込んで急いで着替えながら
やっぱりぐるぐるぐるぐる考え事の続きをした。

大石のファンの子はいったいどこにいんの!?
っちの好きな人は!?
そもそも好きな人いんの!?
わかんない!
でも今日はオレと二人!それは確か!!

「(っちと二人で帰れるんだ…)」

制汗剤をいつもの3倍くらい吹き掛けた。
制服に着替え終わったタイミングで
ちょうど大石が手塚と話しながら部室に入ってきた。



  **



「おーいし、今日の予定キャンセルね!」
「えっ」

部室に足を踏み入れるなり、英二がそう声を張り上げた。
そしてその英二当人はやたら入念に髪をセットしている。

今日は英二と一緒に帰る約束をしていた。
たまにはオレが奢ってやるよ、と
ハンバーガーショップに連れて行ってくれる話だった。

普段英二は約束があるときそれを最優先してくれる。
何か、余程の理由があるみたいだ。

「何かあったのか?」
「大石!」
「な、なんだ」

危うく顔同士がぶつかるのではないかというほど
英二は顔を近付けてきて、俺は思わず仰け反った。

「今日は、ゆっくり着替えて、ゆっくり部誌書いて、ゆーーっくり最終点検して、
 そんで必ず一人で帰ること!いいな!」
「えっ、どうして」
「手塚もダメだからね!手塚もわかった!?」
「……わかった」

唐突に話を振られた手塚は、わかったと返しながらも
ぐちゃぐちゃに荷物を鞄に詰め始める英二の後ろ姿を不思議そうに見ていた。

追加説明はあったけど…明確な答えはわからない。

「(これは、何かサプライズが用意されているのか?)」

「じゃね大石。お誕生日おめでと!」
「ありがとう…」

嵐のように英二は去っていった。
なんだったんだろう…。

「なんだ、あれは」
「俺もわからない」

英二の突飛な言動は今に始まったことではないが、
相変わらず唐突だなと思いながら俺も身支度を始めた。



  **



「(うひゃー……)」

本当に、二人だ。
今までも二人だけで喋ることはよくあったけど、
学校で周りに色んな人がいる状況とは、ちょっと違う。
学校の敷地を抜けて通学路を歩き始めたら途端に緊張が増してきた。

本当はオレはここを大石と二人で歩いているはずだった。
大石のことを待ってるうちに日が暮れて
オレンジ掛かった空の下を
もっと気楽な心境で
ハンバーガーショップに向かっている、はずだった。

「(なのに今、心臓がバクバクして、止まらない)」

斜め下にあるっちの表情を
覗きたい気もするけど怖くって、
気を紛らわそうと見上げた空は真っ青だった。

「(こんなチャンス、この先あるかな?)」

っちの好きな人聞き出すとか。
それとも…オレの気持ちを伝えるとか。
そんなチャンスだったりする?

ドキンドキンと胸は大きく鳴ってるけど
ヘーゼンを装いながらオレはそのタイミングを伺う。
とりあえず大石絡みの雑談を振ることにした。

「もしかしてさ、その友達の子、大石に告白しようとか考えてる?」
「どうなんだろ。私も詳しくは突っ込めてなくてさぁ」
「そうなんだ」
「うまくいくといーなー…」

っちは両手の指先を合わせるようにして祈っていた。
その横顔を見ていたら、ドキドキしているオレの胸が
一瞬だけきゅっとせばまる感じがした。

「…っち優しーね」
「え!?」
「自分のことみたい」
「だって、友達には幸せになってほしいじゃん」
「まーね」

この流れなら……聞いてもいいのかな。

「…で、そんなっちは好きな人いないの」

っちはこっちを見て、
あからさまにどぎまぎした表情で首を横に振った。

「い、いないよ!」
「ふーん?本当は本当に手塚のことが好きとかじゃなくて?」
「手塚部長はそういうんじゃないから!」

否定するっちの顔は赤くて、
目が合っても、一瞬で逸らされる。
これは別に、
図星で否定している感じではないかな…。

様子を伺いながら
「本当に違うならいいけどさ」
と返した。

「どういう意味?」
「大石のこと好きな友達がいるのもホントみたいだし」
「だからなんでそこ疑うの!」
「…オレさ、っちが大石のこと好きなのかと思って」
「は!?」
「大石の誕生日聞いてきたり、一人きりにさせようとしたり…
 自分のためなのかと思ってた」

そこまで伝えて、一瞬の静寂。

オレはっちの顔を見る。
っちもオレを見返してくる。
っちの顔が赤い。
たぶん、オレも赤い。

ずっと気になってるのは一つのこと。
『オレの好きな人の、好きな人はダレ?』。



  **



「それじゃあ…俺は職員室に寄ってそのまま帰る」
「ああ。付き添えなくて悪いな」
「問題ない」

手塚は部誌を手に掴んでテニスバッグを持って、
部室の扉を開ける直前、足を止めて振り返った。

「今日誕生日らしいな…おめでとう」
「ありがとう手塚」

さっき英二が言っていたから知ったのだろうか。
祝ってもらえるのはありがたいことだと噛み締めた。
手塚は部室を後にした。

さて、俺はもう帰っていいのだろうか。
部誌を書いてゴールデンウィーク中の練習メニューを
話し合っているだけでいつもよりもだいぶ遅くなったけれど。
サプライズの準備にも時間が掛かるだろう。

「(ここ、ずっと気になっていたし整理しておくか)」

過去の部誌や試合の記録、
戦術に関する指南書や
初心者向けの練習マニュアル……
ありとあらゆる書物や書類が乱雑に押し込まれた棚を
分類別に整理する作業を開始した。
表紙で気になったものは中身を確認しつつ、
長く時間を取りながら作業は進められた。



  **



「英二」
「なに?」

名前を呼ばれてその顔を見て、
急に、空気が変わったことに気付く。

この空気は感じたことが今までもある。
例えば、放課後の体育館裏とか休み時間の屋上とか。
目の前に一人の女の子がいて、
困ったなーどうしよっかなーって過ごすその時間。

それと同じ空気。
一つだけ違うのは目の前にいるのは、オレの好きな子ということ――……。

「(……アレ?)」

思わず硬直。

アレ、アレアレアレ?????
さすがに、これは……。

「(そういうことなんじゃないの!?)」

心臓バクバクなりながら次の言葉を待っていると、
っちは

「ずっと前から言いたかったことがあるんだけど、言っていい」

と言った。

え!!!

「(これはさすがに、決定じゃん)」

わかるよオレだってバカじゃないよ。
大石は意外とこういうところ鈍感だったりする…
とか考えてる場合じゃない!

「いや、オレが先に言いたい!」
「えーなんで私が言うよ」
「待って!とりあえず場所変えよ!もっといい感じのとこ!」

あっちにいい感じの公園があったはず!
とオレはっちの腕を掴んで歩き始めた。
歩き始めてから、普通に腕を掴んでしまったことに気付いた。
今更離すのも気まずい。

「(何やってんだ、オレ、めっちゃテンパってる)」

さすがに顔が熱すぎる。
公園に着くまでには赤いの直ってくれって祈りながら、
公園の帰り道は、こんなじゃなくて、
手を掴んで笑いながら帰れればいいなって
思いながら大股で歩き続けた。



  **



「(もうこんな時間か)」

遠くから最終下校時刻を告げる放送が聞こえて時計を見る。
やり始めたら熱中してしまった。
さすがに遅くなりすぎたな。
十分過ぎるくらいゆっくり帰り支度ができただろう、と
荷物を掴んで立ち上がる。
部室を出て、鍵を閉める。
そのとき、背後から「大石君」と、か細い声が。

「誰だい?」

人がいると思っていなかった俺は
驚いて声を上げながら振り返った。
直後、もっと驚かされることになる。

「(さん!?)」

心臓がドキリとなった。
もしかして、これがそのサプライズ?
そうであればサプライズは大成功だ。

「(英二、もしかして俺の好きな子に気づいて…!?)」

考え居ているうちに、さんは俺の目の前で泣き出してしまった。
まるで妹をあやしているような感覚…となどと言っては
さんに怒られてしまうかもしれないけれど、
まさに妹が泣いているときにそうするように宥めて、
「落ち着いていってごらん」と問い掛けた。

さんはしゃくり上げながら
鞄から何かを取り出して腕を伸ばしてきた。
これは……プレゼントだろうか。

「……くれるのかい?」

さんは大きく頷いた。

「ありがとう」

ありがとう、さん。
ありがとう、英二……。
こんなサプライズがあるだなんて思いもしなかった。

しかし、気になることが一点。

「(どうしてこんなに泣いているんだ?)」

目の前でさんは涙を流し続けている。
まさか英二、嫌々やらせたんじゃないだろうな!?

事実関係を確認したい、
しかし今のさんに喋らせるのも…。
どうしようかと悩んでいるうちに
言葉を途切れ途切れにさせながらもさんの方から喋り始めた。

「えとっ、ヒック……あの、おたんじょっック……ぅび、おめで……う〜」
「誕生日、知っててくれたんだな。ありがとう」
「そえれ、……ぅぐっ! あぁあろれっわら、しゅィック!
 ずっ……ふぅ〜……おおいしくんの…コトっ!
 ……ぅっく。……うぐぅ〜〜あぁ〜ん」

……半分くらいしか言っていることがわからない。
いや正直ほとんど何もわからない。

大石くんのこと、とだけ聞き取れた。
それに続く言葉と言ったら…。


『大石くんのこと、好きです』


首を横に振ってかき消した。

「(都合の良い妄想すぎる)」

まさかそんなわけがないだろう。
俺がさんのことを好きなのは事実。
そのさんが俺の誕生日である今日
二人きりの状況で目の前に居るのも事実。
だけど、まさか、俺のことを好きでいてくれているだなんて…。

「(さすがに都合が良すぎる……よな)」

自問自答しながら、先ほど渡された包みを見る。
手作りのクッキーみたいだ。
そう、ぱっと見で手作りとわかるような、
少しムラのある焼き目の、特に飾りもない、素朴なクッキーだ。
だけど一生懸命作ってくれたことが伝わってくる。

「(緊張しながら、渡してくれたのかな)」

元々、引っ込み思案な子だ。
こんな思い切ったことをするのには勇気が要ったに違いない。
泣いている理由が少しわかった気がして、愛しさが溢れてきた。

「(だとすると、さん、本当に俺のこと…?)」

英二が俺の好きな子に気付いて
その子から俺にプレゼントを渡させる…だとしたら、
英二が何か既製品でも用意させるだろう。
だけどそうではない。
これは、さんの意思で、俺にプレゼントを…?

「(いや、まだ何か可能性があるかもしれない!)」

脅されて嫌だと言えない状況に追い込まれたとか…
いやさすがの英二もそこまではしないだろう。
実はこのクッキーには毒が仕込まれていて
これを食べた俺が毒殺される未来がさんには見えて…!?
いやそれは妄想が過ぎる…映画や小説じゃないんだ…。

「(……さん)」

真実はわからない。
本人に聞かない限り。
ただ、わかるのは、
今日は俺の誕生日で俺の好きな子が
俺へのプレゼントを涙ながらに渡してくれて
今なお泣き続けている。
そして最終下校時刻は過ぎている。
………。

絶対に一人で帰れって言われたのは
二人きりになれるように、という配慮であって
これを断れという話ではないよな。
この状況だったら、一緒に帰ろうと誘っても不自然じゃないよな。

「(…………英二、これで良いんだよな)」

考えた末、
「今日一緒に帰ろうか、さん」
と問い掛けた。

さんから言葉での返事はこなかったものの、
大きくはっきりと頷いてくれた。



  **



お互い言いたいことがある…
はずだった。

なのにオレたちは駅の裏の公園へ移動してから、
ずっと笑い話を続けていた。

空の色がオレンジ色に変わっていく。
そのオレンジがどんどん濃くなっていく。
反対端の空が少しずつ紺色になってきても
オレたちはずっとずっと笑ってた。

楽しい。
楽しい。
っちといるのは楽しい。

この時間がずっと続いてほしい。
そう思った。
そう思う一方で、
変えてみたいとも思ってしまった。

ねえ、この笑い話、終わらせちゃっても大丈夫?



  **



一緒に下校することになった。
話題を振ってみたがあまり盛り上がらず、
退屈させてしまっているのでは…と
不安になりながらの帰り道は
つい言葉が少なめになってしまい、
最終的には無言となって肩を並べて歩いた。

そして俺はずっと
「いつこの気持ちを伝えようか」
ということを考えていた。

「大石君、うちここ……」
「そっか」

切り出すタイミングを見つけられないまま、
さんの家の前に着いてしまった。

さんは、先日見かけたときに先生にそうしていたみたいに、
腰から深く曲げた礼をしてくれた。

「わざわざありがとうございました」
「いや、こちらこそプレゼントありがとう」
「ハンカチ、洗って返すね」

話しながら、
このままだと会話が終わってしまう。
と俺は焦っていた。

どうしようか。
泣いていた理由を聞いてみようか。
俺の誕生日を知っていた理由も。
そもそも何故俺のことを知っているのか。
英二に何かを頼まれたのか。

聞きたいことがたくさんあって、
何から切り出そうか迷っているうちに、
論点はそれらのいずれでもないと気付かされた。

「実はさ!」

唐突に切り出した俺のことを、さんは不思議そうに見返してくる。

それまでの流れも、聞きたかったことも、
全部どこかへ飛んでしまった。

知りたいのは、君の気持ち。
知りたい以上に伝えたい、俺の気持ち。
それだけだった。

「オレ、前からさんのこと良い子だなと思ってて……その」

意を決して、飲み込み掛けた言葉を、
喉から絞り出した。

「君のことが好きだ!」

伝えた瞬間、さんはまた泣き出してしまった。
どうしようかと狼狽していると、
一生懸命、振り絞るような声で「スキ」と伝えてくれて、
愛しさが溢れて考えるよりも先にその体を抱き締めた。

好き。
好きだ。
さん、俺も君のことが大好きだ。



  **



いよいよ空全体が紺色になってきた。

「暗くなってきちゃったね」
「ホントだね」

オレが先にベンチから立ち上がって、
っちも立ち上がった。
しかしどちらも、じゃあ帰ろうか、と言わない。
足も動かない。

……。

「「あのさ」」

「あ、ごめん」
「や、こっちこそ」

……。

「…先いいよ」
「いや、そっち先言ってよ」
「えーなんで?」

……。

「……じゃ、同時に言う?」
「いいね、そうしよっか」

視線を探り合いながら、
「せーの」の直後、
大きな声で

「好き!」

が被った。
オレたちは二人で大爆笑して、
どちらからともなく手を取り合って、
帰り道へと足を進めた。



  **



ぎゅっと抱き締めて、どれくらいの時間が経っただろう。
随分長くそうしていたように感じられたし、
思い返せば一瞬のようにも思えた。

そうでなくとももう時間は遅かった。
それじゃあまたなさん、と呼びかけようとして一瞬思いとどまる。

付き合うことになって苗字呼びなままも変か。
……。

「それじゃあ…また明日、ちゃん」

あからさまに驚いた表情になって、
「しゅ…」まで言って両手で顔を覆ってしまう彼女が愛しくて、
別れの挨拶を終えてしまったのにもう一度その体を胸に抱き寄せた。




――――――こうして4月30日は

  大切な大切に記念日になりましたとさ。
























はい大石視点と英二視点を1話で盛り盛りにしてみました!
ポイントは、友人編で告白のタイミングを「先越しちゃったかも」と
思ってた友人ちゃんだけど実は越せてなかったという点です笑

こういう主人公のことを好きになる大石の話を書くたびに
「大石が三次元にいても私のことは好きにならない」と確証を深めてしまうよね笑
良かったw二次元で夢の世界で出会えて良かったよw

元祖に倣って下の名前呼びをねじ込んだよ笑
欲望に忠実に生きよう!ww

大石お誕生日おめでとう!(遅い)
サイトも20周年おめでとう〜!


2022/04/32-36