* 私の記念日 *












仲は良い方だと思う。
だけど用もなく近くに居られる関係ではない。
だから私は、親友の恋心に感謝をしている。

「英二〜!」

声を掛けて、ちょいちょいと手招きをする。
教室内の人だかりの中から私の存在を認識して、
輪を抜けると英二は小走りで近づいてきた。

「どしたんっち、わざわざうちのクラスまで来るなんて珍しー」
「ちょっと聞きたいことがあってさ」

3つ離れたクラスから訪れた私を英二は不思議そうに見てくる。
私はキョロキョロと周囲に目配せをして、口元に手をかざす。
雰囲気で察して英二も少し膝を曲げて耳を寄せてきた。
こしょこしょ声ながら張り気味な音量で私は問いかける。

「大石の誕生日わかる?教えて!」
「いいけどなんで」
「実は知り合いに大石の」

ことを好きな子がいてさ、と言いかけて、
それを明かすのはかわいそうかと機転を利かせて
「…ファンがいてさ!」、と繋げた。

「ファン?」
「そう、ファン」

自分を納得させるように繰り返した。
目の前で英二は顎に手を当ててニヤリと笑うと
あいつスミに置けないな〜と楽しそう。

しかし見る間にいぶかしげな表情に変えて
「でもさ」と問い掛けてくる。
本当に英二の表情はくるくる変わるな、
と思いながら耳を傾ける。

「だったら大石に直接聞けばいいじゃん」
「えー、だって私別に大石と話すような関係じゃないし」
「そっかあ」

納得したのか、うんうんと頷いて
英二はようやく答えを教えてくれた。

「誕生日、4月30日だよん」
「へー、学年変わったらすぐじゃん!」
「確かにそだね」
「ありがとー、助かった」

4月30日…よし、憶えた。
あとでにばっちり教えてあげよう。

どさくさに紛れて英二の誕生日聞いちゃおっか、
と思ったけど知ってたわ11月28日だった。
まだまだ先だな…。

「お礼は?」
「えー、大石からもらって」
「何それ!」
「うそうそ!今度学食かなんか奢るからさ」
「マジ、やりー!」

嬉しそうにピースサインを差し出す英二に私もピースを返す。
またうまいこと約束を取り付けられた、と
こっそりがっつポーズをしながら教室を後にする。

廊下を歩いていると、正面からは我らが生徒会長でありテニス部部長の手塚国光くん。
今日もカッコイイな〜なんて横目でチラチラ見つつすれ違う直前、
バタバタと大きな足音を立てながら誰かが私たちの間を通過していった。

「そこ、廊下を走るな」
「ヤベッ手塚だ」

同じ生徒に注意されると思っていなかった様子の男子2名は
同級生に対して薄ら笑いを浮かべなら速度を落とした。
さすが生徒会長。

結果、手塚くんは私のほぼ真横で足を止める形に。
これはチャンスと斜め下から舐め回すように観察する。

背高いー。
顔良いー。
ビジュアル最高ー。

そんなことを思いながら、話しかけるようなことはないまま、
私は再び歩き出したし背後では手塚くんの足音が遠ざかっていった。

見た目がカッコイイだけじゃなくて
テニスうまいのも
勉強できるのも
責任感がある人なのも知っている。

そういう意味では私は、
それこそ手塚部長の“ファン”かもしれない。

「(でも、好き、とは違う)」

一方的に見るだけじゃ満足できない。
だけど踏み出す勇気も出ない。
そんな気持ちになるのは、英二に対してだけなんだ…。


  **


英二に教えてもらった情報を、
大石ファン……もとい、大石のことを好きな友人、に教えてあげたら
誕生日当日はプレゼントを準備するんだと張り切っていた。

そして時はあっという間に流れて、学年も上がった。
私とは奇跡的に2年連続同じクラスで、
英二とは去年より更に1クラス離れたことを心の中で嘆いていたら
は大石と8クラスも離れてることに気付いてしまった。
頑張れ…。

私は何かと理由を付けては4つ離れた英二のクラスへ遊びに行ったけど
は大石の教室の前を通りかかるときにチラ見しているくらいで
こんな様子で誕生日プレゼントなんて渡せるの?と
私の方が心配になってしまう。
元々シャイな子なのに。

逆にいうと、話しかけるのですら大変なくらいなのに
告白するという決心ができるくらい、大きな気持ちなんだろなー…。

職員室前で大石とすれ違ったことを嬉しそうに報告してくる様子を見て
なぜだかため息が出てしまった。

の大石に対する気持ちと、
私の英二に対する気持ち。
違うようで似ているようで、やっぱり違うのだろうか。


そして迎えた大石の誕生日当日。

の様子は明らかに妙。


朝からずっとそわそわしてて、
授業中の手紙交換も休み時間も大石のことばっか。
そして昼休み、いつもはチャイムが鳴るまで二人で駄弁ってるのに、
今日のは食べ終わるなり「私、行くところあるから!」と去っていった。
手には小包を掴んで…。

急いでてもお弁当は一粒残さず食べて、
きれーーにお弁当箱を布にくるみ直している姿を思い返して
本当にらしいなと思う。

そういえばすごく一生懸命噛んでたけどあれは急いで食べようとしてたのかな。
全然速くなってなかったけど。

一人で思い出し笑いをして、うまくいってほしいな、と
今は学校内のどこにいるかもわからない友人を思った。

しかし一人になったら暇だなー。
…6組にでも遊びに行っちゃおっかな。
……なんで?

「(理由、ないな)」

理由がないと、私は英二に話しかけにすら行けない。
教室4つ分離れた微妙な距離感。

…違うな。

「(物理的な距離のせいでは、ない)」

それは私もわかってる。


  **


昼休み終わりの予鈴が鳴ってから教室に帰ってきたの手には
先ほど見た小包が握られたままだった。

もしかして受け取ってもらえなかった…?
フラれた……?

嫌な予感がする私だったけど、
「テニス部昼練だったみたい。会えなかった」
と授業中に交わされた手紙に書かれていた。
じゃあ6組にいっても無意味だったんだな、ということをそんな形で知った。


そんなこんなであっという間に放課後。
は大石の掃除が終わってテニスコートに向かうタイミングを狙ってプレゼントを渡すつもりだという。

「私も残ってようか?」
「大丈夫だよー」

本当に?と念を押したけど、本当に!と明るく返されたので
これは遠慮じゃなくて本音のやつだと思って私は帰ることにした。

「(…ガンバレ……)」

心の中で応援をして、靴を履き替えて、
学校の敷地内から出ようと思った…とき。

『ピンポンパンポーン♪』

鳴り響く館内放送に足を止めて耳を傾ける。
その内容は。

『連絡します。体育祭実行委員の生徒は至急多目的室へ集まってください
 繰り返します、体育祭実行委員会の生徒は…』
「えっ」

、体育祭実行委員じゃん。
……大丈夫?

もう渡せたかな。
最悪今渡せなくても部活終わりに渡せれば大丈夫か。
委員会がすぐに終わるものならいいけれど。
しかし緊急招集だったみたいたし、
何かトラブルでも起きてるのかも?

予定があるって嘘ついて早抜けするとか、
そもそもサボるとか。
……できる子じゃないもんなあ。

もし、が委員会終わるより先にテニス部終わっちゃったとして、
大石を足止めするくらいなら私にもできるかも?
………。

考えた私は、テニス部のコートがある方へ歩を進めた。


 **


結構久しぶりかも、テニス部見に来るの。

「(……英二)」

くるくる飛び回って華麗にボールを打つ英二。
教室にいるときともまた違う。
その様子を離れた場所から見つめて、胸がきゅっとなった。

大石のこと監視するため、必要なら足止めするため。
そう言い聞かせながら、私はただただ英二の姿を目で追い続けた。


練習が一息ついて、片付けに入った英二に大石たち。
その途端…。

「「大石センパーイ!」」

「(げっ!!!)」

甲高い声になんだか嫌な予感がした。
大石はみるみる女子グループに囲まれ、
よそからも人が加わってきて、
お誕生日おめでとうございますと声を掛けられたり
プレゼントを渡されたりと一気に大賑わいになった。

うわー…。
大石って意外とモテるんだ……
が大石のこと好きと聞いたときは物好きなって思ったけど…。

っち」
「わっ!?」

大石とその周辺の様子を奇異の目で見つめていたら
不意に背後から声を掛けられてすっとんきょうな声を上げてしまった。

「英二…!」
「なになに、オレんこと見に来たの?」
「バカ!私は手塚部長推しだから」
「ちぇー。手塚のどこがいいのー?堅物じゃん」
「英二の分際で手塚部長の悪口言うなー!」
「あー、っちひっでぇ!」

あああああバカ私ー!!
本当は本当に英二のことが見たくて
テニス部の練習覗くようになったのに…。
(その過程で手塚国光がカッコイイことに気付いてしまったのも事実だけど…)

素直になれない…
はすごいな。
まともに喋ったことすらほとんどないような相手に
好きな気持ちを告白するなんて、ものすごい勇気だよ。
私にはできない。
楽しくおしゃべりすることはできるけど。
できるからこそなのか、今の関係が崩れるのが、怖い。

「(本当は、こんなに好きなのにな)」

英二の顔を見上げると、
っち、聞いてる?」
と怪訝な顔をしていた。

「あ、ごめん!ぼーっとしてた!」
「別にいいけどさー。
 …ね、この前言ってた大石のファンってあの中にいんの?」

聞かれて、人だかりを再び見る。
大石は女の子たちに囲まれて、
照れた風に、少し困った風に、
優しげな笑顔を振りまいている。
もちろんそこに私の親友の姿はない。

「いや……いない」
「ふーん?」
「え、何その言い方」
「べっつにー」

英二はいつものように両手を頭の後ろに当てて
くるりと回れ右をした。
そして「ま、」と話を続ける。

「そのモテモテの大石とオレは今日の帰り二人っきりなんだけどね〜」
「はー!?なんで!!」
「だって誕生日だしなんか奢ってやるよって…」
「ええー…」

まだの姿はここにない。
委員会が終わっていないに違いない。
これから片付けと着替えをしたとして…
大石は30分以内にはきっと下校するだろう。
それまでには現れるのか…。

私はパンと顔の前で両手を合わせる。

「英二お願い!そこをなんとか譲って!
 どうしても大石が一人になれるよう協力してほしいの」
「え、ええ?」
「お願いーどうしても!」

このとーり!と合わせたままの両手を高く上げる。
少し待ってから手を下ろして目を開けると、
英二はニヤッとからかうような表情。

「本当はその子、ファンとかじゃなくてガチで好きなんじゃん?」

好きな人のことを想う気持ちには私にもわかっちゃう。
例えば私が英二に告白しろって言われても、怖くて怖くてできない。
好きな気持ちはこんなに大きいのに。

でもは、私よりもずっと小心者なはずなのに
告白するって一大決心できるくらい、
本当に本当に大石のことが好きなんだよ。

「そうだよ……本当は本気で好きなんだよ」

自分の気持ちもこもっちゃって、
半泣きになっちゃった。

英二のバカ。
恋する乙女には色々あるんだよ。

私の必死の懇願が届いたようで
「わかったよ」とため息混じりの返事が返ってきた。

「オレとの約束は今度に延期するから。
 んで、絶対一人で帰るようにって伝えとくよ」
「神〜〜!」

英二は視線を逸らして、今度ははっきりとため息をついた。
こっちの事情で無理なお願いして悪かったかな?
……。

「じゃあ、さ」
「ん?」
「埋め合わせに私が英二と一緒に帰ってあげよっか?」

おちゃらけて両手でピースなんてしてみたけど
内心バクバク。
顔が赤い気もする。
汗かいてきた。
気にせず笑顔。
気にしたら負け。

目の前で英二はフリーズしてる。
え。
これはやったかやらかしたか
余計なこと言わなきゃ良かったかなあああああ!!!

イヤならいいけど、と言いかけたときに
英二はポカンとして「え、いいの」と言った。

「へ?どういうこと?」
「あ、いや、っちがそれでいいならいいけど」

英二はカシカシと頭を掻いた。
ん、何か会話が噛み合ってない…?

「…もしかして友達に大石のこと好きな子いるのって本当?」
「は?なんでそこ疑うの!」

だって、と何やら英二は説明を始めたけど
モゴモゴうにゃうにゃ言ってて意味不明。
どうしたー…?

「とりあえず、終わったら急いで着替えるから待ってて!」
「はいはーい」

英二はバタバタとその場を去っていって、
片付けも終えて全体が解散になったら
走って部室に飛び込んでいくのが見えた。

…英二と二人で帰れるんだ。
学校の中で二人で喋る機会は今までもいくらでもあったけど、
さすがにこれは初めてだ。
ドキドキ。

「(なんて、私より緊張しいなのに、
 大石と二人っきりで大丈夫なのかな…ガンバレ)」

なんて、人のことを心配して気を紛らわせたりして。
本当は私も自分自身を制御できないくらい
緊張して舞い上がってしまっているっていうのに。

「おまたへ。行こ」
「早っ!」
「急いで着替えるって言ったじゃん」

英二は一番に制服姿で部室を飛び出してきた。
心構えが足りなくて心臓がドキンと跳ね上がった。

「大石はいつもよりゆっくりでいいよー、
 そんで絶対一人で帰れよって念押しといたから」
「あ、ありがと!」

そういえば、私が今英二と帰ってるのは
そのお願いがあったからだった…と思い出した。

ありがと
ごめんね
私、それどころじゃないわ。

心臓をバクバクとさせながら、ちらりと横を見やる。

制汗剤の香り。
少しだけ濡れた毛先。
隣に並ぶと、思いの外高くにある頭。

「(1年のときから気が合って、好きだったけど、
 まさかここまでカッコよくなるなんてな…)」

もうかれこれ2年近い片思いを振り返っていると
英二が「もしかしてさ」と切り出してきた。

「その友達の子さ、大石に告白しようとか考えてる?」
「どうなんだろ。私も詳しくは突っ込めてなくてさぁ」
「そうなんだ」
「うまくいくといーなー…」

本心からそう願った。

引っ込み思案だけど、大丈夫かな。
十分なお膳立てはしたつもりだけど。
そもそも委員会が終わるまでに大石帰っちゃわないよね?
もちゃんとテニス部覗きにくるよね?
不安要素が多い…何卒うまくいってほしい…。
がどれくらい大石のことを好きかわかっているだけに。

「…っち優しーね」
「え!?」
「自分のことみたい」

私は無意識に両手の指先を合わせるようにして祈っていた。
英二は私の姿を見て、切実な思いに気づいたみたいだった。

自分のことみたい…そうだね。
言い得て妙かもしれない。
の成功を祈りながら、私は、どこかで自分に重ねてたかもしれない。
私のこの想いも成就すればいいのに…って。

「だって、友達には幸せになってほしいじゃん」
「まーね。…で、そんなっちは好きな人いないの」

思わぬ質問が横から飛んできた。
びっくりして隣に立つ人物の顔を見る。
くりんと二つのどんぐり眼がこちらを覗き込んできていた。

『英二だよ』

喉まではその言葉が出たのに、口から出ていかない。

「い、いないよ!」
「ふーん?本当は本当に手塚のことが好きとかじゃなくて?」
「手塚部長はそういうんじゃないから!」

顔が赤くなってる気がする。
焦って否定すればするほどそれっぽく聞こえてしまいそうだけど
私が焦っているのはそうではなくて…。

『私が好きなのは、英二だよ』

その言葉を口に出すか出さないかで、今後の展開が大きく変わるのはわかる。
だけど良い方向に転ぶかそれとも悪い方に転んでしまうかわからない。
二人で帰るなんて、今後またとないチャンスな気もするけど。

「本当に違うならいいけどさ」

そういった英二は少し口を尖らせていて、
頬はほんのり赤くて。

英二?

「どういう意味?」
「大石のこと好きな友達がいるのもホントみたいだし」
「だからなんでそこ疑うの!」

さっきから英二は意味不明だ。
一体何を言いたいのか。
どうしてあたかも私が嘘をついているかのように疑ってくるのか。
考えていたら、英二はこんなことを言う。

「…オレさ、っちが大石のこと好きなのかと思って」
「は!?」
「大石の誕生日聞いてきたり、一人きりにさせようとしたり…
 自分のためなのかと思ってた」

そうか、そういうことだったんだ…。
これまでの英二の言動が繋がってきた。

じゃあそれが本当だとして。

なんで、
なんでなんで英二がそんなに私の好きな人を気にして……

え?

――すべての糸が一本に繋がってしまった。

本当に?
本当に本当に?

もしこの考えが本当にあっているとしたら、
中学1年生で出会ってから今日に至るまで2年と少し、
ずっと楽しくってたまにもどかしくって、
だけどずっとずっと変わらずにあった
「スキ」
の気持ちが、口から飛び出したくてたまらなくなって。

「……英二」
「なに?」
「ずっと前から言いたかったことがあるんだけど、言っていい」
「え!」

焦ったように英二は顔を赤くして、少し考えて。

「いや…オレが先に言いたい」
「えーなんで私が言うよ」
「待って!とりあえず場所変えよ!もっといい感じのとこ!」

英二は私の手首を掴んだ。
小走りでないと追いつけないくらいぐいぐいと引っ張っていく。
斜め後ろから見える耳は真っ赤っか。

ありがと
ごめんね
私が先越しちゃったかも。

「(まさか親友の好きな人の誕生日が
 私にとっての記念日になるだなんてね)」

そして、君も今日が大切な記念日と思ってくれますように。
そう祈りながら、あとで伝える予定の2文字を頭の中で反復した。
























本編書いたときから実は友人ちゃんは英二が好きだし両片想い、
という設定はあったんだけど書かないまま20年の時が流れてたw
これで不自然さ解消できたよね。

サイト開設当初からあったこの作品をようやく完成形にできた気持ちw
今後とも●かくれんぼ●をよろしくお願いします…!


2022/01/18-04/30